中堅中小企業M&Aにおける株式交換スキームの活用状況
日本M&Aセンターでは、上場企業が買い手となるM&A案件の成約を数多く支援している。そのうち株式交換スキームを用いたのは、昨年度で4件、その以前3年間で1件であったことを考えれば、株式交換スキームがここにきて注目を浴びてきていることがわかる。成約には至らなかったが、交渉過程で株式交換スキームを検討するケースは数多い。この背景には、やはり金庫株の増加・価値増大が背景にある。売り手である未上場企業株主(オーナー)は、現金対価を望むケースが多いが、株式交換のメリット(税務の繰り延べ、高配当利回り、株価上昇等)を理解することで、株式交換活用例が増加していくことが予見される。
上記メリットに対して、株式交換スキームの手続の煩雑さ、組織再編税制、売り手株価下落等のデメリットも、当然のことながら存在する。しかしながら、税務上の問題をクリアしたケースや売り手オーナーが株式対価を厭わないケースでは、株式交換スキームは非常に有効である。以下、株式交換を実施する上での具体的な課題と、その課題をクリアしたケースについて、弊社事例を基に解説したい。
税務上の問題
1999年の商法改正で誕生した株式交換スキームにおいて、当初は株式交換で完全子会社となる会社、すなわち買収対象会社では、ほとんど税務関係に留意する必要はなかった。しかし、2006年の税制改正で組織再編税制に取り込まれたことにより、一定の要件を満たせない株式交換(非適格株式交換)に該当した場合、買収対象会社で課税が生じる扱いになった。具体的には、買収対象会社で含み益があった場合、その含み益に対して課税が生じる扱いになる。さらに、困ったことに「のれん」に対して課税が生じるかどうかという非常に重要な問題について、税務上不確かな状態が続いており、非適格株式交換が忌避される傾向がある。
したがって、こうした非適格株式交換とならないスキーム構築が重要となってくるのだが、中堅中小企業のM&Aで株式交換を利用する場合、なかなか一度に適格要件を満たすことが難しいのが実情である。
逆に、たとえ非適格となっても課税関係が発生しないケースでは、この問題はクリアになる。弊社事案で、時価評価をすると含み損の状態であり、かつのれんもマイナスという案件が過去にあった。こうしたケースの場合、受取った株式を市場でただちに売却したとしても、買収対象会社での課税は生じない。
なお、昨年までは非上場企業株式の株式譲渡益課税が20%であるのに対して、上場企業株式の場合10%であった。株式交換を実施した時点ではたとえ非適格株式交換であっても原則株主では課税は生じず、株式交換で受取った上場会社株式を譲渡した時点で初めて課税が生じる。よって、売り手オーナーの譲渡益課税は、上場企業の株式譲渡になるため10%で済み、このことが株式交換スキーム採用の後押しになることがあった。しかし、現在こうした優遇措置はなくなっているため、売り手オーナー側における税務上のメリットが得られなくなっている点に留意が必要となる。
中堅中小企業オーナーの傾向と対策
弊社でご相談を受ける案件の多くは後継者問題を機にM&Aを決意されるケースである。そうしたオーナーにとって、「M&A=経営者としての引退」であり、引退時に受取る対価は、価格が日々変動する株式ではなく確実性の高い現金を好むという傾向が顕著にみられる。
株価変動リスクをヘッジする方法としては、本号で取り上げたセントラルビルサービスとコムシスホールディングスの事案のように、変動制株式交換比率方式をとった上で、交換後ただちに売却するといったスキームも有効である。ただし決済実務の関係上、数日間の株価変動はヘッジしきれないことや、ある程度まとまった株数を市場で売却し切れるか、といった対処すべき課題がある。
売り手オーナーが株価変動リスクは承知の上で、受取った株式の継続保有を考えているようなケースでは、株式交換は有効である。こうしたケースに該当するものとして、M&A後も経営を続けるような若手経営者のM&Aがあげられる。
実は、弊社での株式交換事例で多くみられるのは、売り手オーナーが40歳前後の若手経営者というケースである。自らは引き続き経営に従事しながらも大手グループの傘下に入ることで会社のさらなる発展を目指すためにM&Aを決意されたというケースだ。こうしたオーナーの場合、M&Aの対価として受取った買い手企業の株式の価値を、M&Aによるシナジーを実現させることによってさらに上げていくという夢を買い手企業とともに追うことができるため、株式交換が有効なスキームとなる。
まとめ
株式交換というと、現金が不要というメリットに注目しがちだが、税務上や売り手オーナーの意向等様々な課題に留意する必要がある。ここでは省略したが、反対株主による買取請求権の行使などの形で思わぬキャッシュアウトが生じるといったことだ。その一方で、経営者が続投するような案件では、株式交換でグループに取り込んだ後も、譲受企業と同じ方向を目指した、高いモチベーションで経営に向かってもらえるという大きなメリットがある。
このように、M&Aにおいてどのようなスキームが最適であるかは、様々な要素を総合的に判断して決定する必要がある。豊富な経験をもった公認会計士、税理士、弁護士、司法書士など専門家による十分な議論をふまえたアドバイスをもとに、慎重にスキーム構築を行ってほしい。
澤村八大 (公認会計士 株式会社日本M&Aセンター、執行役員 コーポレートアドバイザー室長)