中小企業が金融機関から資金を調達する際、これまでは経営者保証が求められた。この経営者保証が中小企業の活力を阻害する要因となっていることから、経営者保証のあり方を大幅に変更する「経営者保証に関するガイドライン」およびその「特則」が近年策定された。この記事では、このガイドラインおよび特則が策定された経緯や、内容の要点について徹底的に解説する。
目次
そもそも経営者保証とは?
経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者やその家族が会社の連帯保証人となることである。
事業が一定規模以上に大きくなれば、必要となる事業資金を自己資金のみで賄うことは難しくなってくる。銀行などの金融機関から融資を受けることは、中小企業の資金調達方法として一般的だ。
これまで中小企業が金融機関から融資を受ける際は、経営者個人が債務を保証しなければならなかった。返済が滞った場合は、経営者や家族の土地や建物、生命保険などの財産を処分して返済に充てなければならなくなり、経営者家族の生活は破滅することになる。
経営者保証によって負うことになる大きなリスクによって、成長が期待できる有望な企業であっても、借金をしなければならないような思い切った事業拡大を躊躇する傾向があった。また、保証後は経営者の生活が壊滅してしまうため、事業再生が困難になっていた。事業承継においても、経営者保証を理由として後継者候補が承継を拒否するケースが多かった。
「経営者保証に関するガイドライン」および「特則」とは?
経営者保証が中小企業の活力を阻害する大きな要因となっていたことから、金融庁と中小企業庁の後押しで、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会が事務局となり、2014年2月から運用が開始されたのが「経営者保証に関するガイドライン」である。
経営者保証に関するガイドラインは、経営者の個人保証について、
(1)法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の個人保証を求めないこと
(2)多額の個人保証を行っていても、早期に事業再生や廃業を決断した際に一定の生活費等(従来の自由財産99万円に加え、年齢等に応じて約100~360万円)を残すことや、「華美でない」自宅に住み続けられることなどを検討すること
(3)保証債務の履行時に返済しきれない債務残額は原則として免除すること
などを定めることにより、経営者保証の弊害を解消し、経営者による思い切った事業展開や、早期事業再生などを支援するものである。
また、経営者保証が事業承継の阻害要因とならないよう、経営者と後継者双方からの二重徴収を行わないことなどが盛り込まれた経営者保証ガイドラインの「特則」も、2019年6月に策定された。
「経営者保証に関するガイドライン」およびその「特則」はあくまでも「ガイドライン」であり、法的な拘束力は有していない。しかし、「中小企業や経営者および金融機関共通の自主的なルール」と位置づけられているため、関係者が自主的に尊重し、守られることが期待されている。
「経営者保証に関するガイドライン」が制定された経緯
経営者保証に関するガイドラインの制定は、2013年1月に経営者保証についての問題点を議論するため、金融庁と中小企業庁が合同で有識者との意見交換の場として「中小企業における個人保証等の在り方研究会」を設置したのが発端だ。この研究会において継続的に議論が行われ、2013年5月の「中小企業における個人保証等の在り方研究会報告書」において、ガイドラインの策定が適当であると報告された。
日本再興戦略においても、新事業を生み出し、開廃業率10%台を目指すための施策として、やはり経営者保証に関するガイドラインが必要という結論になった。
その流れを受け、2013年8月に金融庁・中小企業庁の関与のもと、日本商工会議所と全国銀行協会が協同で「経営者保証に関するガイドライン研究会」を設置した。この研究会により2013年12月に公表されたのが、「経営者保証に関するガイドライン」である。
「経営者保証に関するガイドライン」の目的
経営者保証に関するガイドラインの目的は、以下のとおりだ。
- 経営者保証について合理性が認められる契約のあり方を示すこと
- 債務整理を公正かつ迅速に行うための準則を定めること
- 経営者保証の弊害を解消し、債務者、保証人、および金融機関の良好な信頼関係を構築・強化すること
- 創業や成長、事業承継などに対する中小企業の取り組み意欲を増進すること
- 中小企業の活力が一層引き出され、日本経済の活性化に資すること
「ガイドライン」の要点1 適用対象
ここからは、「経営者保証に関するガイドライン」の要点を見ていこう。「ガイドライン」は、以下のすべての条件を満たす保証契約に適用される。
- 主債務者が中小企業であること
- 保証人が個人であり、主債務者である中小企業の経営者であること。ただし、実質的な経営権を有している者や営業許可名義人、経営者の配偶者、事業承継予定者が保証人となる場合も含まれる。
- 主債務者である中小企業と保証人である経営者が弁済について誠実で、金融機関の求めに応じて、負債の状況も含めた財務状況などを適切に開示していること
- 主債務者と保証人が反社会的勢力でなく、またそのおそれもないこと
「ガイドライン」の要点2 経営者保証なしで融資を受けられる条件
上記の適用対象に当てはまる保証契約について、以下のような経営状況である場合は、経営者保証なしで融資を受けられる可能性がある。
1. 企業と経営者の関係が明確に区分・分離されている
第一の条件は、企業が企業の業務や経理、資産管理などについて、企業と経営者の関係を明確に区分・分離していることである。役員報酬や賞与、配当、オーナーへの貸し付けなどの企業と経営者との間の資金のやり取りを、社会通念上適切な範囲を超えないようにするために体制を整備し、適切に運用するなど、法人と個人が一体化することの解消に努めていることも必要とされている。
このような体制の整備・運用の状況については、公認会計士や税理士など外部の専門家に依頼して検証を行い、その結果を金融機関に対して適切に開示することが望ましいとされる。
2. 財政基盤が強化されている
経営者保証なしで資金調達ができるよう、財務状況および経営成績の改善を通じた返済能力の向上などにより信用力が強化されていることも条件となっている。
3. 経営の透明性が確保されている
金融機関からの情報開示の求めに応じ、経営者個人のものも含む資産・負債の状況や、事業計画、業績の見通し、およびその進捗状況などに関して、信頼性の高い情報を適切かつ丁寧に開示・説明することにより、経営の透明性が確保されることも重要な条件だ。
開示・説明する情報は、公認会計士や税理士などの外部専門家による検証を行い、その検証結果と合わせたものであることが望ましいとされる。また、情報を開示・説明した後に、事業計画や業績見通しなどに変動が生じた場合は自発的に報告するなど、適時適切な情報開示に努めることとされている。
「ガイドライン」の要点3 融資の際に金融機関に求められる対応
上記の条件を満たした企業に対する融資については、金融機関に以下の対応が求められる。
1. 保証を求めない融資や代替的な融資方法を検討する
条件を満たす企業に対する融資については、金融機関は経営者保証を求めない融資や、
・停止条件または解除条件付き保証契約
・流動資産担保融資(ABL)
・金利の一定の上乗せ
などの代替的な融資方法を検討することが求められる。
【停止条件または解除条件付き保証契約とは?】
停止条件付き保証契約とは、企業が「特約条項」に抵触しない限り、保証債務の効力が発生しない契約のことである。解除条件付き保証契約とは、企業が「特約条項」を満たす場合は、保証債務の効力が失われる保証契約のことだ。特約条項の内容は、以下のようなものだ。
・役員や株主の変更などについての金融機関への報告義務
・試算表などの財務状況に関する書類の金融機関への提出義務
・担保の提供などを行う際に金融機関への承諾を必要とする制限条項など
・外部を含めた監査体制の確立などによる社内管理体制の報告義務など
【流動資産担保融資(ABL)とは?】
ABLは、企業が保有する在庫や売掛金などを担保とする融資方法。企業にとっては、在庫や売掛金を担保として活用することで、資金調達枠が拡大する。金融機関にとっては、在庫や売掛金を継続的にモニタリングすることにより、企業の経営実態をより正確に把握することができるので、信用リスクの強化につながる。
2. やむを得ず経営者保証を求める場合の対応
やむを得ず経営者保証を求める場合、金融機関は以下の対応が求められる。
経営者に対して、保証契約の必要性や、保証を実行する場合は経営者の資産などを考慮したうえで金額が決められること、保証の変更・解除などがあり得ることなどを丁寧かつ具体的に説明する。
保証金額を融資の全額とせず、保証人の資産や収入や物理担保の設定状況などから適切な金額を設定する。また、「保証債務履行時にはガイドラインに即して適切な対応を誠実に実施する」旨を保証契約に規定する。
「ガイドライン」の要点4 すでにある経営者保証を見直すことができる
前述の「経営者保証なしで融資を受けられる条件」に当てはまる企業は、将来にわたってその経営状況を維持することに努めることを条件に、すでに締結した経営者個人に対する保証契約を見直すことができる。
保証契約の変更や解除などの見直しの申し入れを企業から受けた場合、金融機関は経営者保証の必要性や適切な金額などについて、「真摯かつ柔軟に」検討を行うこと、およびその検討結果について「丁寧かつ具体的に」説明することとされる。
「ガイドライン」の要点5 事業再生や廃業などの際に認められること
「経営者保証に関するガイドライン」では、企業が事業再生や廃業をする際、以下のことが認められるとしている。
1. 一定期間の生計費や、華美でない自宅を残すことを金融機関に申し出ることができる
「一定期間の生計費」とは、標準的な生計費とされる「月額33万円」に、雇用保険の給付期間である「90日~330日」をかけ合わせた額が参考とされる。自宅兼店舗などで経営者と企業の資産分離が難しいケースでは、「事業を継続するために必要な華美でない自宅」について、金融機関が検討する。
2. 専門家の支援を求める
保証債務の公正な整理手続きが担保されるよう、弁護士や公認会計士、税理士など外部の専門家から支援を受けることができる。具体的な支援内容として、助言や残存資産の範囲の決定、弁済計画の策定などが挙げられる。
3. 経営者保証の免除や引き続き経営に携わる可能性があること
一定の経済合理性があると金融機関が判断する場合は、経営者個人の保証債務が免除されたり、経営者が引き続き経営に携わることが認められたりする可能性がある。
ガイドライン「特則」 事業承継をするうえでより有利な内容に
「経営者保証に関するガイドライン」が2013年に公表された後、2019年に「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」が公表された。ガイドラインの特則は、事業承継に焦点を当てたもので、前経営者と後継者双方からの二重の保証を原則的に禁止するなど、事業承継がより行いやすくなっている。ここでは、ガイドライン特則が策定された経緯や要点について見ていこう。
ガイドライン「特則」が策定された経緯
近年は中小企業経営者の高齢化が進み、事業承継は大きな課題となっている。2018年に事業承継税制が大幅に改正され、事業承継時の相続税・贈与税の負担がゼロになったにもかかわらず、依然として事業承継が進まないのは、「経営者保証」が大きなネックになっているからだ。中小企業庁の調査によると、後継者候補が事業承継を拒否する理由の約6割が「経営者保証」だという。
「経営者保証に関するガイドライン 特則」は、事業承継についてのネックを解消することを目的に策定された。事業承継後継者にたいする経営者保証の負担を大幅に軽減する内容になっている。
特例の要点1 前経営者と後継者の個人保証の二重徴収は原則禁止
「経営者に関するガイドライン 特則」では、前経営者と後継者の双方から二重に個人保証を徴収することを原則として禁止している。
現状では、二重徴収は全体の2割弱。後継者が経営者保証を提供するケースは、二重徴収を含めて6割弱であるとされる。二重徴収が原則禁止されることにより、後継者による経営者保証の負担は軽減されることになる。
特例の要点2 後継者との保証契約は柔軟に対応
「特例」では、経営者保証を後継者に求めることが事業承継の阻害要因になりうることを考慮し、後継者に対する経営者保証については柔軟に対応することとされる。前述の「経営者保証なしで融資を受けられる条件」に則して保証契約の必要性を改めて検討するとともに、条件を満たしていない場合でも総合的な判断として経営者保証を求めないで対応ができないか、真摯かつ柔軟に検討する。
特例の要点3 前経営者との保証契約を適切に見直す
前経営者の個人保証については、適切に見直すことが金融機関に求められる。特に、取締役などの役員でもなく、議決権の過半数を有する株主などでもない前経営者に対する個人保証は慎重に検討する。
特例の要点4 企業に対して具体的に説明する
保証契約が必要なケースでは、金融機関は企業に対して、保証契約が必要な理由や保証契約がどうすれば変更・解除できるかを具体的に説明する。
特例の要点5 金融機関の内部規約整備などによる手続きの整備
ガイドラインの特則に沿った対応ができるよう、社内規定やマニュアルなどを整備することで職員に周知する。社内規定やマニュアルを整備する際は、経営者保証に依存しない融資をさらに進めるための判断基準や手続きを具体的に定めるものとされている。
「ガイドライン」を利用して経営者保証なしの融資を実現させよう
中小企業の活力を阻害し、事業承継の大きな障害になっていた経営者保証だが、「経営者保証に関するガイドライン」およびその「特則」により、経営者保証なしでも金融機関からの融資が受けられる可能性が高まっている。
特に事業承継を行う際は、後継者が経営者保証の重荷から解放されることも夢ではなくなった。ガイドラインの内容をよく検討し、会社を整備することで、経営者保証なしの融資を実現させよう。
文・THE OWNER編集部