働き方改革の施行にあたって、労働基準法の改正が順次行われている。現在設定している社内規定では、新しい改正案に対応できない企業もあるだろうが、労働基準法は遵守しなければならない。今回は、労働基準法に違反について、罰則や過去の事例についてお伝えする。
目次
労働基準法とはそもそも何なのか?
労働基準法は労働者のための法律である。労働者が雇われた場合のルールとして様々な規定が盛り込まれている。
社内規定である就業規則に、「パートやアルバイトについては別途規定する」などと記載していることがあるが、労働基準法にはこのような例外はない。労働者のための労働基準が定められており、この条件を下回ることは労働基準法違反に該当する。
労働基準法だけでは全てのルールを網羅はできないので、契約に関しては労働契約法、労災の補償に関しては労働者災害保険法、最低賃金に関しては最低賃金法など、労働基準法には関連した法律がある。
労働基準法違反には罰則の規定がある
労働基準法違反を犯した場合の罰則は、第117条から121条までにしっかりと規定されている。
○条に違反した場合には「1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下」、もしくは「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」などと、懲役や罰金について具体的に記載されている。
労働基準法を違反した場合には、規定されている罰則だけでは済まされないこともある。
過労により社員が自殺した場合でも、社内処分としては関係役員が役員報酬の一部を自主返納したり、関係社員が社内規定に則った処分が発表されたが、その後何度も労働基準法違反を起こし、是正勧告を受けたという事例がある。
会社が慣習となってしまったルールを改善するのは容易ではない。そのため、2019年4月からは「働き方改革」が施行され、労働基準法違反をした企業に対して新しい罰則ルールが適用される。
「働き方改革」には3つの大きな改革がある。労働基準法に関する改正に関わるものとしては、「残業時間の上限規制」と「年次有給休暇の年5日以上の時季指定」といった新しいルールが適用される。
残業時間の上限設定では、原則として「月に45時間、年間で360時間」までしか時間外労働が許可されない。
この残業時間に関する改正労働基準法に違反すると「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が課される。罰金に関しては、違反者1人につき随時適用されることに注意が必要だ。
年次有給休暇についての労働基準法の一部改正では、10日以上の有給休暇付与者に対して、年5日以上の時季指定を行わなければ、違反者1人につき「最大30万円の罰金」が課される。
企業の規模によって、「働き改革」に関する改正労働基準法の適用タイミングは異なるが、ルール変更による違反には注意しなければならない。
労働基準法違反の具体例
労働基準法はどのような時に違反となるのだろうか。2018年の労働基準法違反に関係する裁判事例を一部交えながら、具体的な労働基準法違反について紹介する。
残業代に関する違反
残業代はできるだけ払いたくない、それは会社側の切なる希望かもしれない。そのため、固定残業代を就業規則に盛り込み、一定時間をすでに労働時間に含めたとして給与明細の区分を改正した会社もあるだろう。
この固定残業の取り決めが法的に有効かどうかについては、近年、裁判が続いている。残業代を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払う事は可能だが、通常の労働時間にあたる部分と、残業代にあたる部分が判別可能かどうかが争点となる。
もし手当として払っていた場合は、具体的に会社が労働者にその手当や残業代について説明していたのかはもちろん、説明内容や労働者の実際の勤務状況などが考慮された上で、労働基準法違法かどうかが判断される。
あくまでも労働者との合意が条件なので、会社が説明会を開き、労働者から書類に署名押印してもらえば固定残業代を導入できるわけではない。また、固定残業代を支払っているからといって、労働時間の管理が不要となるわけではない。
毎月労働時間を管理し、定められた時間を超えた場合には超過分の残業代を支払う義務は発生する。休憩時間なども、労働者が自分の休憩に当てられず、電話応対などの労働をすることが義務付けられているのであれば、もちろんその休憩時間も労働時間に含まれる。
とはいえ、超過分が発生しないよう、できるだけ多くの時間を固定残業代に含めることは許されない。脳、心臓疾患の業務上災害認定基準によると、恒常的に月80時間程度の長時間労働をさせると、労働者の健康を損なう危険があることが指摘されている。
このような過重労働が常態化しているならば、特段の事情がなければ公序良俗に違反したとみなされる。
参考:日本ケミカル事件、イクヌーザ事件
雇い止めに関する違反
労働者の雇い止めをする場合には、注意が必要だ。雇用契約書に、3ヵ月ごと1年ごとなどと深く考えずに契約期間を記入し、最初の数枚のみ雇用契約書を締結しただけで、それ以降は作成していない、もしくは口頭で雇用条件を伝えることがあるかもしれない。
原則的には、雇用契約期間満了後、雇用を継続することを期待させている合理性があるかどうかがポイントとなる。
65歳時点の雇用契約と雇い止めについても触れておきたい。今後、公的年金だけでは生活できない時代が来るとも言われている。確定拠出年金などの拠出も延長される可能性があることを思えば、高齢者の活用も欠かせない。
労働基準法違反の裁判事例の中から、有期労働契約が7回から9回更新した後、満65歳に達したことから雇い止めされたことを発端とした裁判事案を紹介しよう。
事例の会社の就業規則には、65歳に達した日以降に雇用契約の期間満了の日が到来した場合、それ以降は契約を更新しないという条項が記載されていた。
また、雇用継続期待の合理性の有無に関しては、65歳到達後の不更新を説明する書面が交付されていたこともあり、この雇い止めは労働基準法違法ではないと結論づけられた。
この事案では、年齢を条件として上限年齢を設定することに「違法性はない。」と結論づけられているが、高年齢者等の雇用の安定に関する法律に抵触しない可動化の配慮は必要となる。
参考:日本郵便事件
解雇に関する違反
今は、二人に一人が癌(がん)に罹患すると言われており、メンタルヘルス上の疾患で会社を休業する労働者も珍しくない。会社を長期に休業し、医師の証明がある場合には、最大1年6ヶ月の傷病手当金を健康保険に申請できる。
ただ、長期に入院したからといって、障害年金を受け取れるようにはならないし、会社への復帰をどうするのか、明確に復職への道のりが確定している会社は少ないように感じる。
会社としても休職している労働者に復職をいつの時点で促すべきか、それともそのまま退職勧奨を勧めるべきか、本当に難しい判断を迫られることがある。
そこでリハビリ出勤を適用した上での解雇が、労働基準法違反かどうかの裁判事案をご紹介したい。この裁判例では、企業側のリハビリ出勤後の解雇を不当として労働者側が企業を告発したが、最終的には解雇は不当ではないと結論付けられた。
ここで問題となるのは、リハビリ出勤の法的な位置づけである。就業規則でリハビリ出勤制度を規定しても、細かな規定まで定められていないこともある。
例えば、リハビリ期間は復職できるかどうかのための判断期間となるだろうが、以下のような問題を解決する必要がある
・労働者に賃金の請求権は発生するのか
・行き帰りに通勤災害が起こった場合に、労災の補償を適用するのか
・その時点の給付日額の算定はどうするのか
リハビリ出勤後、本人が復職を希望したにもかかわらず、会社としては解雇せざるを得ないとの判断に至った場合、会社としては不当解雇と言われないよう、万全の配慮が必要だ。
この裁判事案おいては、リハビリ出勤中の賃金支払いに関して、最低賃金相当額の賃金請求のみが認められている。従業員の休職後に復職が難しそうであると判断しても、いきなり「解雇」などと言わず、しっかりと段階を踏むべきである。
参考:NHK名古屋放送局事件
労働基準法関連法で規定されたパワハラ防止措置義務
労働基準法では、パワハラに対する明確な規定はなかったが、2019年5月に成立した「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」では、ハラスメント対策の強化について新たな規定が盛り込まれている。
パワハラなどのハラスメントは、これまでも社会問題として何度も取り上げられてきた。だが、最近はマタハラ、パタハラ、セクハラ、カスハラ、など次から次へとハラスメント事案が発生している。
今回改正された条文には、事業主のパワハラ防止措置義務、事業主による不利益取り扱いの禁止、講ずべき措置について規定されている。
「こんなこと当たり前だ。わかっている。」と言われる方も多いかもしれない。だが、パワハラをするつもりでいる人はほとんどいないだろう。
「自分はパワハラをしていない。」と言っても、受けた相手が「パワハラだ。」と言えばパワハラにもなり得る。ハラスメントか否かを自ら線引きできるケースはほとんどないのだ。
ただ、今回の法改正の中では具体的な規定がなく、行為者の刑事罰については規定されていない。ただ、厚生労働大臣は、助言、指導、または勧告を事業主に対して行うことができ、勧告したことを公表できる。
今の時代、労働者はSNSで自由に情報を発信できる。2019年にも起きたパタハラでは、会社の株価が下がる事態となったのを覚えている方もいるだろう。
労働基準法違反の企業名は公表されている
厚生労働省は、労働基準法などに違反した企業名を公表している。これはブラックリストと言われており、2019年の1月から12月31日までに、全国の労働基準局が労働基準法や関連法律に違反していると指摘した企業の名前は、実に63ページに及んでいる。
その中から、労働基準法違反でリストアップされている案件の条文と内容について、いくつか抜粋してみたい。
労働基準法に違反しないために
解雇や残業代の未払い、雇い止め、パワハラなど、労働基準法違反に発展するような労働者との行き違いは突然起こるわけではない。
会社が「これまでずっとこのやり方でやってきたし、労働者はみんな分かっている。」などと、一方的に判断してはいけない。雇用する労働者が変われば対応も変えるべきだし、労働基準法が改正されれば、違反しないために会社のルールを変更する必要もある。
大事なことは、しっかりと就業規則への落とし込みやルールの明文化を行い、社内で共有することである。「社員はわかっているつもり」で終わらせず、労働者一人ひとりにしっかりと説明責任を果たさなければならない。
会社、労働者、それぞれの希望が一致しないということもあり得るが、労働基準法に従い、どちらにも納得できる選択肢の落としどころを見つけることが重要だ。
万が一、「解雇」「雇い止め」などを選択せざるを得なかったとしても、それまでに至る経緯はしっかりと証拠を残し、会社としては、「やるべきことはやった。これ以上の対策はできなかった。」くらいの努力をすることが大切だ。
文・當舎緑(社会保険労務士)