複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)

目次

  1. 先進的な電気炉で創業 苦境乗り切るため鋳鋼製造に特化し再スタート
  2. 事業承継への戸惑いを断ち切り、社内変革に挑んだ創業家3代目の女性社長
  3. 37にも及ぶ複雑な工程はすべて手作業 一部の作業者が「人海戦術」で進捗状況や納期を管理するブラックボックス化した作業工程
  4. 複雑な作業工程をクラウドシステム開発で視覚化 勘や経験に頼る業務フローから脱却
  5. 紙ベースの情報管理を一掃 作業実績はタッチスクリーンとタブレット端末でリアルタイムに把握
  6. 完成した製造工程の見える化システムは、顧客も製品の進捗状況を見ることができ、画期的なサービスとして業界で大きな評価
  7. 完成した見える化システムにより納期を30%短縮できたケースも
  8. ミーティングはプロジェクターから電子黒板に切り替えたことで意思疎通がスムーズになった
  9. 望まれる会社、選ばれる会社に向け、DX、設備投資、新規事業展開の企業変革を推進
中小企業応援サイト 編集部
全国の経営者の方々に向けて、経営のお役立ち情報を発信するメディアサイト。ICT導入事例やコラム、お役立ち資料など「明日から実践できる経営に役立つヒント」をお届けします。新着情報は中小企業応援サイトてお知らせいたします。

群馬県高崎市に本拠を置く昭和電気鋳鋼株式会社は、1939年5月に創業、2024年5月で85周年を迎えた鋳鋼部材メーカーだ。長い歴史で培われてきた技術は定評があり、建設機械、自動車・産業用車両、鉄道車両の重要保安部品に広く採用され、鋳鋼生産量で国内シェア3.5%、業界第5位の地位を確保している。ただ、これに甘んじることなく、複雑な工程で高い難度が求められる生産技術向上には設備投資を含め革新的に取り組み、近年は鋳鋼素材提供にとどまらず付加価値を高めるため加工事業を新規に立ち上げた。足元では作業現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)で作業工程の見える化を図っており、高品質な製品提供と短納期化の実現を目指している。(TOP写真:溶解した鉄を型に流し込む注湯の作業)

先進的な電気炉で創業 苦境乗り切るため鋳鋼製造に特化し再スタート

複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)
群馬県高崎市にある昭和電気鋳鋼の本社・工場

昭和電気鋳鋼の前身は、現在の手塚加津子代表取締役社長の祖父に当たる天野定次郎氏が1939年に創業した昭和電気製鋼株式会社にさかのぼる。現在のJR高崎駅近くで鋳鋼品及び特殊鋳鋼品の製造を手掛けてきた。社名に「電気」が付くのは、創業当時、鉄を溶かし鋳物の溶湯とするにはコークスの燃焼熱を利用したキューポラ(溶銑炉)が主流だったのに対し、先進的な電気炉での製法で取り組んだこだわりがあったとみられる。

終戦を経て事業が拡大したことから、1969年に公害対策と生産増強に向け、現在の昭和電気鋳鋼の本社・工場がある高崎市倉賀野町に移転。1972年には創業家の二代目で手塚社長の父、天野和雄氏が社長に就任した。この間、鋳鋼品及び特殊鋳鋼品から鉄関係に事業を広げてきたものの、オイルショックに見舞われたことなどから1983年に鋳鋼部門を発展的に独立し、現在の昭和電気鋳鋼を設立した。いわば創業の原点に立ち返り、事業を鋳鋼製造に特化し、今日に至っている。

事業承継への戸惑いを断ち切り、社内変革に挑んだ創業家3代目の女性社長

複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)
創業一族の責任を背負い、不退転の決意で社長になり社内改革をスタートした手塚社長

しかし、転機は2001年に訪れる。天野和雄社長が死去し、事業承継の問題が持ち上がった。そこで後継者として創業家3代目社長に就いたのが手塚社長だった。2004年に取締役、2007年に社長に就任したものの、「決して順風満帆で会社を引き継いだわけではない」と手塚社長は当時を振り返る。手塚社長に会社を継ぐ意志は毛頭なく、「業界も会社の仕事も何もわからず、父も業種柄、女性には向かないとの思いもあって、娘に会社を継がせる意思はなかったことで、東京から呼び戻された際は戸惑うばかりだった」。

一方で、手塚社長は「会社にとって責任者の不在は大変重いことであり、自分なりに何かしないといけない」と考え、社員へのヒアリングなどを通じて会社の現状を捉え、改善すべき課題を整理し、会社の将来を担ってくれそうな若手社員に「会社を変えていこう」と呼びかけ、社内変革に乗り出した。

まず取り組んだのはトップダウンとボトムアップの相乗効果による革新。トップからの経営理念が生産活動に反映され、現場の状況を吸い上げる循環を繰り返す仕組みづくりを目指した。2009年からは具体的に5S活動、経営・業務の見える化活動に取り組み出した。社内変革はさらに進み、現在は工場のDXによる作業工程の見える化に着手し、作業現場でのデジタル技術の活用を一段と加速しようとしている。

37にも及ぶ複雑な工程はすべて手作業 一部の作業者が「人海戦術」で進捗状況や納期を管理するブラックボックス化した作業工程

手塚社長は作業工程の見える化になぜこだわったのか。それは昭和電気鋳鋼が製造する鋳鋼品の特殊性にある。鋳物のうち鉄鋳物は鋳鉄鋳物と鋼(はがね)と呼ばれる鋳鋼鋳物の2種類があり、国内生産比率で昭和電気鋳鋼が製造する鋳鋼鋳物は10%に過ぎない。素材の性質としては耐食性、耐摩耗性、強靭(きょうじん)性、耐衝撃性、熱処理性がある。つまり伸びる力のある鉄で衝撃に強く割れず、建機などの重要保安部品に最適な素材なわけだ。

半面、鋳鉄鋳物は3日程度で製造できるのに対し、鋳鋼鋳物は製造に1ヶ月半から長いもので3ヶ月も要する。さらに作業工程は複雑で、昭和電気鋳鋼の場合は5キログラムから最大4.2トンまでの製品を生産し、単品から数百個の量産品まで対応する設備能力を備える。生産する製品は月間300アイテムと多品種で、5,000~6,000個に及ぶ。

ただ、この生産工程の中で整形・補修、熱処理、検査という仕上げ工程は自動化が困難で、37にも及ぶ膨大で複雑な工程はすべて手作業。現場の長や一部の作業者が「人海戦術」で進捗状況や納期を管理する、いわばブラックボックスと化していたのが現状だった。

複雑な作業工程をクラウドシステム開発で視覚化 勘や経験に頼る業務フローから脱却

複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)
2022年に導入したハンディー型の3Dスキャンで製品を検査する女性作業員(昭和電気鋳鋼提供)

この現場の「今」が見えにくい現状に、手塚社長は「現場で作業情報を簡単に視覚的に把握できるシステムの構築」を指示した。それが①確実な作業による品質の安定②生産進捗の詳細把握③確度の高い納期解答—の課題克服を目指し、2021年に導入した独自のDXクラウドシステムの開発につながった。

開発を担当した製造管理部品質保証課の深津典弘課長は「開発に当たり従来の勘や経験に頼っていた業務フローからの脱却をコンセプトに据えた」と語る。手塚社長も「この業界は作業工程が多くDXからは遠い業界だった。採用も難しくなり、いかに効率よく作業を進めるか、熟練した作業員がいない中でいかに正確な作業を進めるかが課題だった」とDXに着手した背景を話す。

紙ベースの情報管理を一掃 作業実績はタッチスクリーンとタブレット端末でリアルタイムに把握

複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)
鋳型を作る造型の現場に設置された作業計画の入ったタッチスクリーンの大型モニター(昭和電気鋳鋼提供)

システム開発に当たっては、まず散らばっていた情報の一元管理に取り組んだ。従前は製品に関するさまざまな資料や作業手順、さらに図面などの資料はすべて紙ベースで、膨大な量だった。現場の作業員はそれら資料の確認に現場を離れ、資料を保管している事務所に出向き、それをコピーして現場に戻るといった煩わしい確認作業を強いられてきた。

この状況の改善に向け、これらすべての情報をクラウドへ一元化し、現場で瞬時にデータにアクセスできるようにして確実な作業につなげ、作業手順の順守を作業者に徹底した。ベトナム人実習生含む複数人で作業する鋳型を作る造型の現場には作業計画の入ったタッチスクリーンの大型モニターを設置した。その日の作業画面をタッチすれば作業指示書が表示され、何の迷いもなく作業を進められる。製品の仕上げ工程は個人作業のため各自のタブレット端末で対応している。

完成した製造工程の見える化システムは、顧客も製品の進捗状況を見ることができ、画期的なサービスとして業界で大きな評価

工場内からはWi-Fiに接続でき(し)、作業者はタブレット端末でそれぞれの生産実績を入力し、事務所に在席する管理職も生産進捗状況を詳細に把握できるようになった。これにより、工程表もリアルタイムで更新され、この日はどの工程でどんな製品の作業が進められたかが正確に把握できる。さらに、この工程表は一部を製品の発注元にも開示している。発注した製品に限って発注元がクラウドに入り、生産の進捗状況を確認できる。手塚社長は「業界で画期的なサービスで、業界で驚かれている」と胸を張る。

さらに、このシステムの特徴の一つに発注元に確度の高い納期回答ができるようになったことが挙げられる。現場は工程毎に手掛ける製品の納期が解り、作業の「遅れ」や「優先指示」も確認する事ができる。これにより口頭での指示の漏れがなくなった。この結果、作業計画・指示に要していた時間を大幅に削減でき、営業部門も発注元により正確な納期期日を伝えられることにつながった。この点を深津課長は「顧客目線で作業ができる点で大きな効果につながっている」と話す。

完成した見える化システムにより納期を30%短縮できたケースも

システム導入の結果、すべての製品ではないものの納期を3割程度短縮できた事例もあり、着実に効果を上げている。手塚社長によると、社員の平均年齢は38歳で、中途採用も多く、約半数が経験5年以内、しかも日本語に習熟していないベトナム人の作業員も抱える。こうした環境で良い製品に仕上げる為に作業指示書に従った正確な作業につながるこのシステムは「非常に役立っている」という。その意味で「現場の力を発揮できる独自のシステムになっており、当社自慢のDXです」と話す。

ミーティングはプロジェクターから電子黒板に切り替えたことで意思疎通がスムーズになった

複雑な工程の現場の「今」をDXで見える化し、製品の高品質化と納期3割短縮を目指す老舗鋳鋼品メーカー 昭和電気鋳鋼(群馬県)
ミーティングはプロジェクターに替えて導入した電子黒板を使って行われる

一方、社員のミーティングには従来のプロジェクターから電子黒板に切り替えた。プロジェクターは書き込みができず視覚的変化の打ち合わせが困難だった。電子黒板にすることで、手書きによる意思疎通が容易になり、書き込んだ内容をそのまま保存し、議事録として利用できるようになった。

望まれる会社、選ばれる会社に向け、DX、設備投資、新規事業展開の企業変革を推進

DX以外でも、2021年3月には20トン熱処理炉を重油炉から都市ガス炉に転換し、正確な温度調整を可能としたことで品質が安定。夜間稼働もでき納期改善につなげるなど、生産技術の革新に取り組んでいる。さらに、2020年4月には新規事業として加工機2基を導入し、加工事業に参入した。一部製品の機械加工までを引き受け、付加価値をつけることを狙った。

DXの推進や設備投資、新規事業の立ち上げとさまざまな形で企業革新を進めてきた点について、手塚社長は「本当に、息継ぎをしたら沈んで、また息継ぎをして沈むような会社だった。何とかして安定した受注に恵まれる会社にしたいとの思いで、これまで取り組んできた」と振り返る。そのうえで「安定した受注を維持していくにはお客様から良い受注を頂くことが必須で、技術を上げて行く事でお客様に望まれる会社、選ばれる会社にしていくほかない」と語る。

一連の改革を通じて確立した高い安定した生産技術と納期の正確さの成果は、日本の最先端を行く会社の主要部品のサプライヤーに選ばれた事である。この機械は2022年にオランダのアムステルダムでの運河改修工事で採用されたほか、日本の津波対策に活用されるなど高い将来性が見込まれる。昭和電気鋳鋼の名も無き部品は世界に羽ばたいて行くのだ。これこそが、企業変革へのあくなき挑戦の結果であり、その戦いはまだまだ続く。

企業概要

会社名昭和電気鋳鋼株式会社
住所群馬県高崎市倉賀野町3250番地
HPhttps://www.showadenki-chuko.co.jp/
電話027-346-1725
設立1983年2月
従業員数95人
事業内容鋳鋼品製造