労働基準法改正
(画像=Flamingo Images/Shutterstock.com)
當舎 緑
當舎 緑(とうしゃ・みどり)
社会保険労務士・行政書士・CFP®。阪神淡路大震災の経験から、法律やお金の大切さを実感し、開業後は、顧問先の会社の労働保険関係や社会保険関係の手続き、相談にのる傍ら、一般消費者向けのセミナーや執筆活動も精力的に行っている。著書は、「3級FP過去問題集」(金融ブックス)。「子どもにかけるお金の本」(主婦の友社)「もらい忘れ年金の受け取り方」(近代セールス社)など。

労働基準法はこれまで何度も大きな改正が繰り返されてきた。2019年から施行されている「働き方改革」でも数々の法改正が既に行われており、今後も行われるであろう労働基準法改正に対して、中小企業がどのように対応していかなければならないかをお伝えする。

目次

  1. 労働基準法改正のポイント
    1. ポイント1.時間外労働の上限規制
    2. ポイント2.有給休暇の取得義務
    3. ポイント3.高度プロフェッショナル制度
    4. ポイント4.フレックスタイム制の拡充
    5. ポイント5.60時間以上の割増賃金の割増率
  2. 労働基準法改正にあたり企業が取るべき対策は?
  3. 労働基準法の改善と合わせて改正された2つの法律
  4. 働き方改革の労働基準法改正で会社が目指すもの

労働基準法改正のポイント

働き方改革の施行により、労働基準法改正が随時進められている。いずれも経営者はしっかりと理解をした上で、従業員への周知徹底と速やかな運用を行わなければならない。ここでは、働き方改革における労働基準法改正の5つのポイントについてお伝えする。

ポイント1.時間外労働の上限規制

これまでも労働者の労働時間には目安時間はあったが、法的強制力はなかった。目安時間を超える場合には特別条項というものがあり、実質上限はないようなものだった。

今回の労働基準法改正によって、繁忙期であったり顧客の納期対応のためなど、臨時的な理由であっても定められた時間外労働の上限を超えることが出来なくなった。大企業は2019年4月より施行されているが、中小企業については2020年4月から適用される。

時間外労働の上限規制に対応するのが大変なのは、毎月の労働時間で基準を超えたかどうかを見ればいいわけではからだ。過労死の目安である80時間もしくは100時間を超えていないか、複数月の平均を確認しなければならない。

厚生労働省の働き方改革パンフレットから、労働基準法改正についての抜粋を紹介する。

時間外労働の上限は、原則として月45時間年360時間となる。臨時的など何らかの特別な事情がある場合には特別条項を結ぶことは可能だ。だが、以下のような条件を必ず守らなければいけなくなるのだ。

・時間外労働が720時間以内
・時間外と休日労働の合計が月100時間未満。
・時間外労働と休日労働の合計について、2から6時間のどの平均をとっても全て1ヵ月あたり80時間以内。
・時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヵ月が限度。

既に、固定残業代を支払ったり、営業手当など基本給以外に残業代名目という手当を設定した会社もあるかもしれない。ただ、残業代名目である旨を労働者に説明したとしても、法的には意味はない。

何時間の残業に対しての手当であるかを明示することが必須要件となるし、残業代名目の手当を支払っていたとしても、労働時間の管理をしなくてもいいわけではないからだ。

ポイント2.有給休暇の取得義務

2019年4月から企業規模に関わらず適用されている労働基準法改正は、有給休暇の取得義務化だ。そもそも、日本の有給休暇の取得率はとても低く、2018年は51.1%である。

働き方改革による法改正により、会社が労働者に有給休暇の取得希望日を聴き、「希望を踏まえて」時期を指定の上、必ず5日を取得させなければいけなくなった。これに伴って、就業規則を改正している会社も多いだろう。

就業規則に「有給休暇」の規定がある会社も、労働基準法通りに、「6ヵ月継続勤務し、その8割以上出勤した労働者に対して所定日数の有給休暇を与える」とだけ記載しているところが多いかもしれない。

有給休暇の付与日は労働者ごとに異なる。そうなると、いつ付与した有給休暇を取得しているのか、また、どれだけ余っているのか確認するのは難しい。会社によっては、労働者に対して、どのタイミングで何日の有給休暇を付与したか把握できていないこともある。

2019年の労働基準法改正では、有給休暇の管理簿を作成することが求められている。ない場合には、全国社会保険労務士連合会が会員向けに配布している管理簿が活用できる。顧問社労士をぜひ頼ってほしい。

ポイント3.高度プロフェッショナル制度

働き方改革の労働基準法改正では、みなし残業や裁量労働、固定残業代などが設定されていたような職種の一部に対して、高度プロフェッショナル制度が適用されることとなった。

対象労働者、対象業務は限定されており、労使委員会で一定事項についての決議をして労働者の同意を書面でもらい、その書面を労働基準監督署へ届け出ることが必須となる。

また、使用者から支払われると見込まれる賃金が1,075万円以上であることと、業務が以下のような5種類に限定されている。

1 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
2 資産運用の業務または有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務または投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務
3 有価証券市場における相場等の動向または有価証券の価値の分析、評価またはこれに基づく投資に関する助言の業務
4 顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査または分析及びこれに基づく当該事項に関する考案または助言の業務
5 新たな技術、商品または役務の研究開発の業務

単純な裁量労働などと違って、働く時間帯の選択や時間配分について、労働者自らが決定できるような広範な裁量が必要となる。

この高度プロフェッショナル制度は、単なる残業代節約とは考えてはいけない。長時間労働を強いられることの無いような規制もある。

まず、年間104日以上、かつ4週4日以上の休日確保を義務付け、さらには以下のいずれかの措置(①~④)を労使委員会の5分の4の多数で決議してもらった上での実施となる。

①インターバル規制(終業・始業時刻の間に一定時間を確保+深夜業の回数を制限)
②在社時間等の上限の設定(1ヵ月または3ヵ月あたり)
③1年につき、2週間連続の休暇取得
④臨時の健康診断の実施
(在社時間が一定時間を超えた場合または本人の申し出があった場合)

当然、在社時間が一定時間を超えた労働者に対して医師による面接指導も行わなければならず、違反したときには労働安全衛生法の罰則対象となる。

ポイント4.フレックスタイム制の拡充

働き方改革に伴う労働基準法改正のうち、フレックスタイム制の拡充は、既に制度を導入している会社にとっては少し負担が軽くなると感じるかもしれない。

これからフレックスタイム制を導入しようとする会社には誤解して欲しくないが、「好きな時間に出社して好きな時間に帰宅するのだから、残業代なんて支払わなくていい」ということではない。

フレックスタイム制を導入していたとしても、決められた労働時間を超えれば残業代は発生するし、所定労働時間を勤務していないと欠勤扱いされる点については変わりない。

フレックスタイム制では、あらかじめ働く時間の総労働時間を決めなくてはならない。その総枠の中で、日々の出退勤時刻や働く長さを労働者が自由に決定できるという制度だが、会社側としては労働時間の管理が不要になるわけではないのだ。

会社はフレックス制導入の際、就業規則等へ規定を盛り込み、労使協定で所定の事項を定めなければならない。。労使協定で定める内容にはいくつかあるが、対象となる労働者の範囲や「清算期間」「清算期間における所定労働時間」などは必ず定めなければならない。

労働基準法改正前は、この労働時間の清算期間は1ヵ月ごとであったため、会社としては管理や賃金の計算が複雑になりがちであった。1ヵ月を清算期間とすると、法定労働時間の総枠は以下の表のようになる。この枠内で働き、その時間を超えると残業代が発生する。

清算期間の歴日数1ヵ月の法定労働時間の総枠
31日177.1時間
30日171.4時間
29日165.7時間
28日160.0時間

法改正後は「清算期間は3ヵ月」という改正になった。例えば7,8,9月を清算期間とすれば、7月に多く働き、8月は7月に多く働いた分をあてることで、夏休みを多めに過ごすことが可能となる。

ただ、いいことばかりではない。清算期間が1ヵ月を超える場合には、法定労働時間の総枠を超えないことはもちろん、1ヵ月ごとの労働時間が週平均50時間を超えないことが必須である。さらに「労使協定の労働基準監督署への届出」という要件が追加となる。

労働基準法改正後の法定労働時間の総枠についても触れておく。

法定労働時間

ポイント5.60時間以上の割増賃金の割増率

時間外労働が60時間を超えた場合の割増賃金の引き上げについての法改正適用は、中小企業は2023年とまだ猶予がある。

ただ、これまで賃金割増率が25%だったのが50%と倍になることを考えれば、今回の労働基準法関連の法改正をいい機会と考え、少しでも「時間外労働を減らす」ことを考えたい。

ただ、残業時間削減のために仕事が残っているのに無理に社内を消灯した結果、労働者がパソコンや書類を自宅に持ち帰って仕事をすることになっては本末転倒である。

また、派遣労働者や一般社員、パートなどには残業をさせられないので、中間管理職にしわ寄せが来るということも考えられるが、それでは時間外労働削減の根本的な解決にはならない。

労働基準法改正にあたり企業が取るべき対策は?

働き方改革による労働基準法改正をきっかけに、会社は労働者の労働時間の把握をこれまでよりもしっかりとするべきである。残業についても、タイムカードで記録される時間が同じ社員でも、残業時間の仕事内容の密度に違いがないかなど着目しなければならない。

今後は、仕事が無い場合にはすぐに帰る、会社が指示しない残業はさせない、など、社内のルールをはっきりと決めるべきだ。

2020年2月4日、閣議決定され、国会に提出された労働基準関連の法律案がある。

民法の債権の請求権が改正したのに合わせて、今後、賃金請求権や割増賃金の未払い金の請求権が5年(当分の間、3年)になり、賃金台帳等、記録の保管も5年に延長される予定だ。

このように労働に関する法改正は進んでおり、企業は後手後手にならないように社内ルールの改正などに早めに着手しなければならない。

労働基準法の改善と合わせて改正された2つの法律

この度、労働基準法に関連する、労働安全衛生法と労働時間等設定改善法という2つの法律が改正された。

これまで月100時間の時間外労働の労働者がいた場合には、医師への面接指導の申し出をすることとなっていたが、改正後は月80時間を超えて勤労した労働者は、医師の面接指導を申し出することが認められる。

また、勤務間インターバル制度にも注意が必要だ。終業時間から次の始業時間まで一定時間あけなければならず、労働者に休息を確保させる効果が期待される。もし、時間外労働により、会社を退出するのが遅くなった場合には、次の出勤を遅らせる必要がある。

労働者が十分な生活時間や睡眠時間を確保し、ワークライフバランスを保ちながら働き続けられるようにする効果が期待される改正といえる。

働き方改革の労働基準法改正で会社が目指すもの

今回の働き方改革が目指すのは、労働者の「働き過ぎ」を防ぎながら「ワークライフバランス」と「多様で柔軟な働き方」を実現することだ。

労働基準法以外の法律の改正にもその流れは既に現れ始めている。今後は70歳まで働ける環境を整えるために、65歳を超える年齢まで全員の定年延長や再雇用を規定している企業には助成金が支給される。

また、現時点で60歳までの加入となっている確定拠出年金を、個人型65歳まで、企業型は70歳までと加入延長をさせるための法改正も控えている。私が顧問をしている会社でも既に70歳まで働ける労働者はいる。

今後も、本人が希望して会社が了承すれば、定年に関係なく「働く」ということは珍しくなくなってくるだろう。ただ、そのためには、中小企業も含めてすべての会社で「働き過ぎ」を防いで、働きやすい職場環境を構築することが、経営者の責務となるだろう。

文・當舎緑(社会保険労務士)

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