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介護業界では、以前から構造的に人手不足が続いています。これには、仕事内容の他、賃金などの待遇、職場の環境など、さまざまな要素が絡み合っており、即効性のある対策は困難です。しかし、そんな中でも工夫をこらすことで、高い職員定着率を維持し、人手が不足することなく運営している施設もあります。そのポイントはなんなのでしょうか?
本記事では、中小の介護施設が人手不足を補うための考え方を解説します。
介護業界における人材不足の状況
過去から現在まで、介護関係職種の有効求人倍率は、常に全職種平均を大きく上回ってきました。最近は、おおよそ4倍前後で推移しています。
▽求人倍率
いわゆる「団塊の世代」が全員75歳以上の後期高齢者になる2025年以降、介護人材の不足は加速していきます。
高齢化率(人口に占める65歳以上の高齢者の割合)が上昇して、介護サービスを必要とする需要が増大していくのに対して、それを供給する職員になる人の母数、すなわち生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の割合が減少していくためです。
厚生労働省が公表している「第8期介護保険事業計画」によれば、2019年の介護職員数が211万人であるのに対して、2025年度の必要職員数は243万人で32万人の不足、また、2040年度の必要職員数は280万人で、69万人の不足となることが見込まれています。
▽将来の介護人材不足
とはいえ、介護人材の不足は、どの事業所でも均質に進むわけではありません。
まず、地域による差があります。先に有効求人倍率が4倍程度と述べましたが、これは地域差が大きく、例えば、福岡県では10倍を超えていますが、徳島県では1.2倍程度です。
また、同じ地域でも離職率が低くて新規採用の頻度が少ない事業所と、離職率が高いため常時採用をしなければならない事業所とが明確にわかれる傾向があります。
下記資料では、令和4年において、訪問介護員については58.9%、介護職員については、36.1%の事業所が不足を感じています。逆にいえばそれ以外の施設では不足を感じていないということです。
介護業の人材不足は2極化が進んでいるのです。
▽介護サービス事業所における従業員の不足状況
介護業における人材不足対策の考え方
これまで以上に、介護人材が不足し、介護業界全体での人材獲得競争が激しくなる中では、小手先の「人材対策」ではなく事業所の業務運営全体を見直して、磨き上げていくことが必要になります。
業務運営が効率的におこなわれて、生産性が高い事業所は、職員に一定水準以上の給与を支払うことができます。また、職員が休日や休憩をしっかり取れる体制も築けますし、ICTツールやロボットなどの導入により、職員の業務負担を軽減できるなど、待遇面でも魅力的な職場になります。そのことによって職員の定着率も高くなり、ますます良質な人材が集まるという、好循環が生まれるのです。
一方、業務生産性の低い事業所は、職員の負担が大きく、働きにくい職場環境となり、職員の定着率が低く、そのために一層人材が集まりにくくなるという負のスパイラルに陥ってしまいます。
そこで、人材不足対策も施設運営全体を見据えた、以下のような考え方で取り組みを進めましょう。
(1)業務改善による生産性の向上
(2)ICTツールやロボット等の活用による省力化
(3)人材の離職を防ぐための施策
(4)人材の採用率を上げる施策
(1)業務改善による生産性の向上
2024年度には、3年に1度の介護保険制度の改定がおこなわれます。その柱の1つが、これまで社会福祉法人等だけに義務づけられていた、財務諸表(決算書)の都道府県への報告が、すべての介護事業者に義務づけられるようになり、財務諸表が公表されるようになることです。
財務諸表が公開されれば、介護施設の経営状況が誰にでもわかる数字で「見える化」され、施設運営の状態にごまかしがきかなくなります。
これは、集客にも採用にも影響を与えるでしょう。
さらに、財務諸表の公表とあわせて、勤務する介護士などの賃金データについても公表が求められることになります。賃金データの公表は義務ではないものの、多くの事業者が公表すれば、自分のところだけ公表しないことは困難となるため、事実上、義務化に近い状態になると思われます。
財務諸表や賃金データが公表されれば、求職者は当然それらをチェックして比較検討します。経営状態や賃金が良い会社のほうが採用面で有利になるでしょう。
そのため、事業所の経営状態や業務改善と人材採用が、これまで以上に直結することになります。
厚生労働省のガイドラインに沿った業務改善を実施し、生産性を向上させる
法人全体としての経営状態を良化させるためには、業務を改善して、生産性を向上させることが不可欠です。
介護業において、施設業務改善をどのように見直して改善していけばいいのかについては、厚生労働省が公表している「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」が参考になります。
同ガイドラインでは、以下の7項目にわたって、施設の業務改善を進めていくこととされています。
1.職場環境の整備 2.業務の明確化と役割分担 3.手順書の作成 4.記録・報告様式の工夫 5.情報共有の工夫 6.OJTの仕組みづくり 7.理念・行動指針の徹底 |
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それぞれの具体的な内容は、厚生労働省のWebサイト「介護分野における生産性向上ポータルサイト」で確認できます。経営改善にはじめて取り組む施設でもわかりやすいように、動画によるマニュアルも充実しています。
すでに、同ガイドラインに基づいた業務改善を実施している施設もあるでしょう。もし未着手であれば、すぐにでも着手して下さい。
(2)ICTツールやロボット等の活用による省力化
ICTツールやロボット等による省力化・省人化は、業務効率化の一環ではありますが、設備などの導入を伴うものとして、ここでは(1)と別に説明します。
これらの機器による自動化や機械化は、例えば4名の職員が必要だった業務を3名で済ませられるようになるといった、直接的な省人化をもたらす場合もあります。
しかし、そのような直接的な省人化だけではなく、職員たちの業務負担が大きく軽減され、休憩や休暇が取りやすくなる、労働の密度が下がり身体的・精神的な疲労度が低くなるなどの効果がもたらされることが、とても重要です。
これらは、結果として職員定着率や採用率の向上に役立つものだからです。
ICTツールやロボット等の種類
介護施設で導入することが有効なICTツールやロボット等には、以下のようなものがあります。
介助業務を直接的にアシストするもの | パワーアシストスーツ、歩行支援機器、リフト機器、移動型入浴・シャワー設備、排泄支援ロボットなど。 |
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介助業務を間接的にアシストするもの | 見守りセンサー、ベッドセンサー、食事支援システム、ウェアラブルデバイス、コミュニケーションロボットなど。 |
バックオフィス業務をサポートするもの | パソコンやタブレット、AI介護記録システム、ケアプラン作成システム、行動データ予測システム、勤怠管理システム、請求業務・会計システムなど。 |
なお、バックオフィス業務を中心に、施設運営全体を総合的にサポートする「介護ソフト」と呼ばれるシステムも各社から発売されています。
こういった総合システムを導入する場合、厚生労働省が2021年から運用している「LIFE(科学的介護情報システム)」とのデータ連携ができるかどうかを確認しましょう。
LIFEを活用することにより、より少ない労力でより質の高いケアを提供できるようになり、職員の負担軽減にもつながります。
ICTツールやロボット等の導入には補助金の活用を
介護業が人材不足を補うためには、これらのICTツールやロボット等の導入は、必須だと考えられます。
難点は導入コストが高いことですが、厚生労働省等でも導入を後押しするために補助金などの制度を用意していますので、積極的に利用しましょう。
代表的な補助金には以下のものがあります。(※2024年3月時点)
・地域医療介護総合確保基金による「介護ロボット導入支援事業」「ICT導入支援事業」
地域医療介護総合確保基金による補助金は、都道府県単位で実施されます。都道府県からの案内等を確認しましょう。
・省力化・省人化補助金
中小企業・小規模事業者の省人化・省力化の取り組みを支援するために、令和5年度の補正予算で設けられた「中小企業省力化投資補助事業」による補助金です。採択されると、IoT、ロボットなど、人手不足解消に効果のある製品を導入する際の費用が、最大1,500万円、補助率1/2で補助されます。
・IT導入補助金
中小企業・小規模事業者等の業務効率化やDX等に役立つITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金で、ITツールなどの導入に際して、最大450万円、補助率1/2で補助される(通常枠)等の内容です。
(3)人材の離職を防ぐための施策
施設の介護職員を減らさないためには、既存の職員の離職を防ぐことと、新規の職員を採用することの両方を考えなければなりません。
このうち、優先的に取り組まなければならないのは、離職を防ぐための対策です。新規採用のほうがコストもかかるのに、離職率が高いままで新規採用を増やしても、穴の開いたバケツに水を注ぐようなものだからです。
離職率の目安は10%以下
介護職の離職率は、下記のように推移しています。
▽離職率の推移
近年の離職率の平均は15%前後なので、20%を超えるようであれば離職率が高い職場となりますし、10%以下なら低い職場となります。病気や死亡、結婚や定年などのやむを得ない理由による離職は必ず発生するので離職率をゼロにすることは不可能ですが、まずは10%以下を目指すとよいでしょう。
離職対策のポイントは待遇改善
厚生労働省の調べによると、介護職員が離職する理由、および、早期退職防止や定着促進に効果のあった方策は下記のようになっています。
離職理由の1位は「職場の人間関係に問題があったため」、2位が法人や「施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため」です。
また、効果があった離職防止対策のほうを見ると、残業減や有給休暇取得を容易にする、希望に応じた勤務体制にするなど、給与以外の労働条件の改善が、1位、2位となっています。
出典:社会保障審議会介護給付費分科会(第223回)資料「介護人材の処遇改善等」(厚生労働省)
目に見えにくい人間関係の把握には、サーベイツールの活用が有効
離職に直結しやすい職場の人間関係の問題を予防し、もし問題が生じていれば早期に対応するためには、理事長や施設長が、職員の気持ちや、人間関係の状況を正しく把握しなければなりません。しかし、施設長からは問題が見えにくかったり、職員に尋ねてもなかなか本音を引き出せなかったりすることもよくあります。
そこで、組織内の人間関係などを調べるためには、「エンゲージメントサーベイ」「パルスサーベイ」などと呼ばれるような、ツールを利用することがおすすめです。
これらのツールを利用することによって、職員に不協和音を起こすことなく、客観的に組織の状態や、人間関係の状況を調べることができます。
トップがメッセージを発して、それに従って業務を改善していく
介護職員は、人の役に立ちたいという理想を抱えて就職する人が多くいます。その理想に対して、事業所がどのように応えていくのかは、経営トップの姿勢や語る言葉に表れます。
どのようにして理想を実現していくのかというビジョンをトップがしっかりと伝えて、具体的な業務に活かせるように日頃から心がけることが離職防止につながります。
業務における経営理念の実現や、待遇・労働条件の改善は、「(1)業務改善による生産性の向上」や「(2)ICTツールやロボット等の活用による省力化」により、かなりの程度、実現可能です。まずはそれらの対策から始めてみましょう。
給与は最低水準を上回るように設定する
介護報酬が法律で規定され、また、施設の入居者、利用者数に上限がある介護業では、現在と同じ施設環境で、売上や利益を何倍にも増やすことは不可能です。
そのため、経営者が給与を大きくアップさせたいと思っても、財源的に難しい業種です。だからこそ、まずは給与以外の待遇面での改善を図るべきなのです。
しかし、当然ながら、給与水準を考えなくてもいいわけではなく、最低水準を上回っていることは、人材の定着・採用に必須の条件です。
先の調査でも、離職理由の4位は「収入が少なかったため」であり、これは給与水準の問題です。
また、3位は「他に良い仕事・職場があったため」、5位は「自分の将来の見込みが立たなかったため」となっていますが、これらはいずれも、給与水準に関する内容も含まれると思われます。
では、上回ることが必須となる「最低水準」はどう考えればいいのでしょうか。これは、法律で規定される最低賃金のことではありません。地域の介護事業者との比較の中で、最低限、求職者の対象となる水準という意味です。
例えば、介護職の平均有効求人倍率が4倍だとすると、100箇所の施設が求人を出したとき、採用できるのが25施設です。そこで、採用できている上位25施設の給与水準の下限が、最低水準ということになります。
先に述べたように、今後はすべての介護事業者の賃金が公表されるようになり、求職者が簡単に賃金を比較できるようになります。給与が最低水準を下回っている事業所は、はなから求職者の応募対象外とされてしまう可能性が高くなるでしょう。
(4)人材の採用率を上げる施策
介護人材の採用メディアは求人媒体やハローワークなどが中心です。事業所のホームページ、採用ページなどは、もちろん作ったほうがよいのですが、求人媒体での情報発信が基本となります。
採用情報は、できるだけ具体的に発信する
上記の(1)から(3)までの施策を実施した上で、それらを具体的に、できれば客観的な数値の根拠を上げて、求職者にアピールすることが大切です。
例えば、「風通しのよい職場です」といった言葉は、多くの事業所が載せるのですが、あまり意味がありません。
そうではなくて、「毎週、チームでの勉強会を実施」「施設長に意見を伝えられる1on1ミーティングを毎月実施」とか、「職場の懇親会(飲み会)の費用は会社がすべて負担」など、「風通しの良さ」がイメージできる具体的な内容を記載することがポイントです。
また、待遇面についてアピールしたいなら、「休みもしっかり取れます」と書くのではなく、「有給休暇年間15日、取得率95%」とか、「60分の昼休みの他に、20分の休憩を3回取れます」となどの数値で示すということです。
就職後のキャリアの見通し、将来像を示す
退職理由の5位には、「自分の将来の見込みが立たなかったため」がありました。これは給与面ととともに、どういう仕事を将来していくのかが見えないということでもあります。
介護職員が取得できる資格は、介護福祉士、介護支援専門員(ケアマネジャー)、社会福祉士など、さまざまなレベルがあります。
自施設で何年くらい働けば、どのような資格が取得できて、どのような業務内容になるのか、また、給与や待遇はどうアップするのかといった、キャリアの具体的な道筋と職員の将来像を示すことも、採用率の向上につながります。
雇用管理責任者の活用も有効
法人の理事長や施設長は多忙であるため、現場のマネジメントの細かいところまで目が届かないこともあるでしょう。また、介護職員から施設長などになった人の場合、組織のマネジメントについては学んでいないので、そもそもマネジメントノウハウを知らないこともあります。
そういった事業所を含めて、導入を検討したのが「雇用管理責任者」の専任です。
雇用管理責任者とは、介護事業所で、介護職員の雇用管理を改善したり、職員からの相談に対応したりすることで、魅力ある職場作りのサポート業務を担当する専門職員です。
雇用管理責任者がいることで、離職率の低下、採用率の向上などが見込めます。
また、雇用管理責任者の選任は、介護分野の助成金(人材確保等支援助成金(介護福祉機器助成コース))の支給要件の1つにもなっています。
雇用管理責任者となるには、公益財団法人介護労働安全センターが主催する介護労働者雇用管理責任者講習を受講・修了する必要があります。なお、受講料は無料です。
まとめ
2000年に介護保険法が成立して、現在のような形での介護サービス業が普及してから、20年以上が経ちました。この過程で、介護事業者間の格差も徐々に広がってきています。
高齢化の進展と労働力人口の不足を背景に、人材不足対策の差によって、事業者間格差は一層広がっていくことが考えられます。
とはいえ、本文中にも述べたように、人材不足対策の本質は経営や業務全体の見直しと効率化、生産性向上にかかっており、一朝一夕に実現できるものではありません。
だからこそ、事業所運営を今後も安定して続けていくためには、すぐにでも取り組みを開始することが必要です。
沓澤翔太
デイサービス、特別養護老人ホーム、有料老人ホームなどの新規開設、収支改善、異業種からの介護事業への新規参入支援などを手がける。現在は、主としてデイサービスや有料老人ホームの利用者獲得や新規開設を中心にコンサルティングを行っている。
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