多くの企業が後継者難に直面する中、近年ではアトツギベンチャーが注目されている。経営資源やノウハウを後世に残したい経営者にとって、アトツギベンチャーは有効な選択肢のひとつだ。どのような仕組みなのか、本記事では主な特徴や最新事例を紹介する。
目次
アトツギベンチャーとは?
日本各地で育つ次世代の起業家たち
アトツギベンチャーとは、若手後継者である”アトツギ”が先代から譲り受けた経営資源を活用し、イノベーションなどの新領域に挑戦することである。一般社団法人ベンチャー型事業承継が提唱した新しい考え方であり、主な目的は「永続的な企業の存続」と「社会に新たな価値を生み出すこと」とされている。
ここでいうアトツギとは、主に先々代の経営者から同族承継で事業を引き継いだ人物だ。未来の経営者として有望ではあるものの、該当する後継者は公的な支援対象から外れていることが多い。
<アトツギとは?>
(引用:中小企業庁「~地域のアトツギの挑戦が地域の未来を創る~ 一般社団法人ベンチャー型事業承継について」)
会社の永続にコミットしながらも
「親子」という圧倒的な上下関係があり
時代感に30年の「ギャップ」がある先代から
経営を引き継ぐ人
アトツギに求められる役割としては、次のような点が挙げられる。
・先代から受け継いだノウハウを、さらに次の世代に託すこと
・ノウハウを現代の価値でアップデートすること
・地域に根差して、持続可能な事業にすること
ベンチャーを立ち上げる目的は、IPO(新規株式公開)やバイアウトだけではない。運営方針によっては、廃れるリスクが高い事業や地域を救ったり、貴重なノウハウを継承したりする役割を担えることもある。
アトツギベンチャーの役割はまさにその部分であり、すでに日本全国で新たな挑戦に取り組むアトツギが増えている。
アトツギベンチャーが注目される背景とは
国内でアトツギベンチャーが注目される背景には、同族企業の多さや後継者難がある。
国税庁の会社標本調査(2021年度分)によると、国内企業のうち96.4%は同族企業にあたる。同族企業とは、上位の3グループにあたる株主が、50%を超える株式(または出資額)を保有している企業である。
(参考:国税庁「会社標本調査 -調査結果報告-」)
つまり、国内では後継者を親族にするケースが多いものの、その一方で後継者問題に悩まされている企業は後を絶たない。帝国データバンクの調査によると、2023年の後継者難倒産は初めて500件を超えて、年間最多件数を更新した。
(参考:帝国データバンク「「後継者難倒産」動向調査」)
いまや後継者難は社会問題となっており、中小企業の倒産とともに多くの経営資源が失われている。このような時代において、会社そのものを次の世代へとつなぐアトツギベンチャーの存在は大きく、今後もますます重要性が高まると予想される。
公的機関もアトツギベンチャーを後押し
近年では、国や自治体もアトツギベンチャーを後押しする姿勢を見せている。
中小企業庁は「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会(第3回)」において、アトツギベンチャーを通じた後継者の育成を議題に挙げている。また、本研究会の提供資料には、ベンチャー型事業承継の事業概要がまとめられている。
参考:中小企業庁「第 3 回 中小企業の成長経営の実現に向けた研究会 議事要旨」
参考:中小企業庁「~地域のアトツギの挑戦が地域の未来を創る~ 一般社団法人ベンチャー型事業承継について」
また、経済産業省が管轄する北海道経済産業局は、アトツギベンチャーの支援強化に取り組んでいる。2021年9月には、道内のアトツギを対象にしたコミュニティを立ち上げ、積極的な情報交換などを行った。
参考:北海道経済産業局「アトツギベンチャーの支援強化 ~承継を契機とした挑戦・成⻑を加速~」
公的な支援策が充実すると、アトツギベンチャーの注目度はさらに高まることが予想される。
アトツギベンチャーのタイプとそれぞれの目的
一般社団法人ベンチャー型事業承継は、アトツギベンチャーのタイプを「Exit型アトツギ」「地方豪族型アトツギ」「ランチェスター型アトツギ」に分けている。
それぞれどのような目的があるのか、以下では各タイプの特徴を解説する。
Exit型アトツギ
Exit型アトツギは、IPOやM&Aによるイグジット(出口戦略)を目指すアトツギベンチャーだ。既存企業だけではなく、新会社を別に立ち上げてイグジットを目指すようなケースも、このタイプに含まれる。
通常、IPOやM&Aを目指す場合は企業価値が必要になるため、Exit型アトツギは借入金や社債などの外部資本も活用する。多方面から資金調達を行い、そのリソースを使って急成長を目指す方針が基本になる。
地方豪族型アトツギ
地方豪族型アトツギは、地域での雇用創出の役割をもったアトツギベンチャーである。既存事業で地道に規模を拡大しながら、持続的なイノベーションも狙って地域を支えていく。
地方豪族型アトツギは特定の地域にフォーカスするため、成長率の目安は1~2桁(1~100%)とされている。Exit型に比べると成長の規模は小さいが、地域活性化のためには欠かせない存在になることが予想される。
ランチェスター型アトツギ
ランチェスター型アトツギは、独自性の高いビジネスモデルでニッチな市場を狙うアトツギベンチャーだ。会社としての規模は小さいが、高い収益性を期待できる特徴がある。
ランチェスター型はしぶとく生き残ることが目的であり、基本的には規模拡大を狙わない。オンリーワンの企業を目指す方針なので、高いシェア率を維持しやすいと考えられる。
アトツギベンチャーはイノベーションをどう創出するのか
Exit型や地方豪族型のアトツギベンチャーは、持続的な成長のためにイノベーションを創出する必要がある。ランチェスター型についても、市場でのポジションを確立するには生産工程などのイノベーションが必要になるだろう。
アトツギベンチャーが目指すイノベーションは、下記の5つに分類できる。
- プロダクトイノベーション(新たな商品やサービスの開発)
- マーケットイノベーション(新たな市場や販路の創出)
- プロセスイノベーション(生産方法や体制、流通方法の再構築)
- サプライチェーンイノベーション(原材料や調達方法、供給方法の見直し)
- 組織イノベーション(組織力や人材の強化)
イノベーション創出のハードルは高いため、通常の起業とは異なるプロセスで事業展開をすることが必要になる。どのように方針を立てれば良いのか、以下ではアトツギベンチャーがイノベーションを創出するポイントについて解説する。
既存事業の承継と新規事業のローンチを同時に行う
アトツギベンチャーがイノベーションを創出するには、新しいビジネスモデルの構想だけではなく、土台となる資金や人材、技術、ノウハウなどが必要だ。また、既存事業を疎かにすると、収益が減ることで倒産のリスクが上がってしまう。
そのため、一般社団法人ベンチャー型事業承継は、以下のような事業スキームを構築している。
簡単にまとめると、既存事業を承継するまでのプロセスと、新規事業の展開を同時並行で進めていく流れだ。既存事業の特性やノウハウを十分に理解することで、新しいビジネスモデルの質が上がり、結果としてイノベーション創出の可能性が高まる。
また、「イノベーションを起こす」という観点から既存事業を見直すと、新たな課題が見つかることもあるだろう。会社を永続的に存続させるには、既存事業・新規事業のいずれも必要になる点はきちんと理解しておきたい。
分野によっては官民連携のサポートが必要に
資金や人材などが限られた企業では、イノベーションの創出が難しいこともある。売上アップやコスト削減につながる施策であることが分かっていても、そのリソースを確保できないケースは珍しくないだろう。
したがって、アトツギベンチャーの分野によっては、官民連携のサポートを利用することも考えたい。例えば、前述の北海道経済産業局は、情報交換や人脈形成に役立つさまざまなイベントを開催している。
また、ものづくり補助金やIT導入補助金など、国の支援制度を活用する方法もひとつの手だ。新規事業やイノベーションの方向性によっては、他にもさまざまな支援制度を活用できる。
アトツギベンチャーの先進事例2つ
アトツギベンチャーは事業承継の新しい考え方だが、すでにイノベーションを形にしている企業も存在する。ここからは、北海道経済産業局が公開している事例の中から、参考にしたいアトツギベンチャーの先進事例を紹介しよう。
事例1.研鑽を積んだアトツギが既存事業とデジタル技術を融合/アイビック食品
北海道札幌市のアイビック食品は、2021年にデジタル技術を駆使した食品施設「GOKAN~北海道みらいキッチン~」を創設した。同施設は、商品開発の打ち合わせやイベントなどに活用されている。
同社はもともとDX事業を手がけていたわけではなく、アトツギの次男が会社に入ったときには、主力商品のブームが終わって殺伐としていた。従業員がひとつのメールアドレスを共有し、伝票も手書きで作成するなど、社内の基本業務にも多くの問題があったという。
事態が好転したのは、アトツギが経営塾や未来塾に通い、経営に対する意識を変えてからだ。社長の就任から1年後、アトツギは既存事業である食品製造業の基盤を活かして、デジタル技術を駆使した食品施設を創設。現在、同施設は北海道の食のDX拠点として機能している。
参考:経済産業省 北海道経済産業局「アイビック食品(株)[札幌市]|「アトツギベンチャー」インタビュー」
事例2.MVVや管理会計の整備で、地域のゼブラ企業に成長/神馬建設
北海道浦河郡の神馬建設は、地方豪族型アトツギにあたるアトツギベンチャーだ。先代は経営と現場を両立していたが、アトツギが社長に就任したことをきっかけに、トップダウン禁止の組織化を目指した。
古い慣習が残る建設会社では、引き受ける業務が曖昧であったり、管理会計がどんぶり勘定になっていたりするケースが珍しくない。神馬建設も同じような状態だったが、同社のアトツギはセミナーやコンサルを積極的に活用し、社内のMVV(※)や管理会計を整備した。
(※)ミッション・ビジョン・バリューの略語。
結果として、同社はゼブラ企業としてのポジションを確立し、地域になくてはならない存在となっている。
参考:経済産業省 北海道経済産業局「(有)神馬建設[浦河町]|「アトツギベンチャー」インタビュー」
アトツギベンチャーは今後も注目される可能性が高い
中小企業の後継者難はしばらく続くことが予想されるため、アトツギベンチャーはさらに注目される可能性が高い。このままのペースで成功事例が増えていけば、国・自治体による支援が充実することも考えられる。
高齢の中小経営者にとっては有効な選択肢となり得るため、引き続き最新情報をチェックし、事業承継の計画に組み込んでみよう。