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机にパソコンが並ぶ現代風のオフィスから階段を降りると、そこは高度経済成長を支えた活力ある工場だった。道路標識などの製造を手掛ける株式会社九州標識の製造現場。広い空間の中に、整然と機械や部品・材料が並んでいた。(TOP写真:工場内では、従業員が標識板に貼るシートの加工を行っていた)
2023年入社したのは20代の5人 従業員の高齢化と技術の継承に悩む会社に大きな光が差し込んだ
九州標識がこれまで抱えてきた大きな課題は、従業員の高齢化と製造技術の継承だった。2023年 この難問に大きな光が差し込んだ。従業員は毎年1人採用するかしないかという九州標識に、20代の5人が入社してきたのだった。
作業場で金属の溶接作業をしている若い男性従業員がいた。話を聞くと、彼は2023年に入社したばかりの21歳。溶接作業に興味があって志望したという。「自分は溶接のことを何も知らずに入ったので、60代や40代の先輩に指導してもらっています。やっと仕事を覚えてきたところです。ここは人と人とのつながりがゆったりしていて、とても働きやすい職場です」と、話してくれた。
山口・九州・沖縄をエリアに、道路標識などの設備・製品を設計から製造・販売・施工まで一手に手掛ける
九州標識の発足は、1975年8月。道路標識の製造・販売などを行う東原産業株式会社(広島県広島市)が、別の標識製作会社と合併し、「九州標識興業株式会社」として現在地に設立した。この1970年前後は、福岡県飯塚市など一帯の筑豊炭田で炭鉱の閉山が相次ぎ、地域の自治体は「脱産炭地」を掲げて企業誘致に懸命になっていた時期でもあった。
九州標識興業はその後、1994年9月に東原産業の福岡工場と合併し、現商号の「株式会社九州標識」となった。現在は山口・九州・沖縄をエリアとし、道路標識をメインに災害案内板や交通安全施設関連の設備・製品についても、設計から製造・販売・施工までを一手に手掛けている。2017年11月に常務取締役だった大塚広貴氏(53歳)が代表取締役社長に就任し、創業者である古田泰久氏(85歳)は代表取締役会長を務め、現在に至っている。
道路標識は仕様が県ごとに違う 手作業が多い
「道路標識というと、どこでも同じものに見えると思いますが、実際は違うのです」と大塚社長は言う。九州標識は主業務として、警察や国、地方自治体が発注する道路標識の製造を行っている。
大塚社長は「標識部分と支柱との取り付け方など各県ごとに違っており、細かい仕様があって、それぞれに対応が必要なのです。加えて標識のサイズや発注される数量はその年その年で違います。材質はアルミニウムが主ですが品質を維持するために作業環境や取扱いには十分注意する必要があります」と説明する。
このため、大量生産のオートメーションが組めず、手作業部分が多いのが道路標識製造の大きな特徴なのだという。知識や長年の経験が必要な場合もあり、作業を属人化してしまっている部分もある。昨今の製造業の人手不足も重なり「従業員の高齢化とその技術の継承」が近年の課題だった。九州標識の従業員は、最高年齢が68歳で50代が最も多い。
製造業の人材集めは厳しかった しかし20代5人が入社
大塚社長は「高校の新卒だと地元の大きな企業がしっかりパイプを持っておられるので難しい。求人媒体やハローワーク、ホームページでも募集はしていましたが、ここ数年若い人たちからの応募はほとんどありませんでした」と、製造業の厳しい求人事情を語る。
「これまでは、欠員が出たらその補充で採用するぐらいで、5人も採用したのは初めてのこと。それも全員20代。同時期に偶然応募してくれたのですが、よく考えると大変なことですよね」大塚社長はあっけらかんと笑うが、製造現場で作業をしていた20代のひとりが「ここはとても働きやすい職場」と語るところに、人が集まる組織としての大切な秘訣が隠されているように も思える。
まずは勤怠管理からICT化に乗り出した 販売管理や情報共有による時間の有効活用で働き方改革が進む
製造現場の機械化、大量生産化が難しいならばと、事務作業や各部門間の情報の伝達・共有をできる限り省力化、スピード化した。社内の業務は紙からデジタルベースへと大きく舵を切った。
まずは2019年勤怠管理システムを導入し、従業員の出退勤は従来のタイムカードからICカードで管理することになった。勤怠管理は毎月給与の締日に約半日かけてタイムカードの残業時間や有給休暇の情報をエクセルに入力し管理していた。システム導入後は集計に5分、チェックまでやっても30分もかからない。勤務状況をタイムリーに確認することができ、残業時間の上限規制や有給消化取得義務の法令に則って管理ができる機能も備えている。
2021年にはおおよそ2年かけて開発・構築した販売管理システムを導入。営業部門と業務部門の情報をシステム内で共有化した。それまでは営業担当者が見積書や受注書をエクセルで入力し、これを受けて納品書や請求書、製造部門への指図書など必要な書類を作成するために、業務担当者が別のソフトへ入力。2つの部門で同じ内容を入力する重複作業が発生していた。販売管理システムの導入後は、営業担当者の入力した受注書のデータを基に業務担当者が必要な書類を作成することができ、重複していた作業が削減されデータ伝達のスピードと正確性が格段にアップした。
同時期に導入したクラウドストレージはNASと連携させ、災害時のBCP対策としてデータのバックアップを行っている。また、外出先でのデータの閲覧・編集も可能になり、社外の取引先とは写真や図面など大容量データのやりとりも安全にスムーズに行うことができている。
大塚社長は「この5年間、たくさんのシステムやツールを導入してきました。設置してすぐに稼働でき効率化できたなと感じるものもあれば、開発・構築に長い時間が必要で、さらに導入後は操作に慣れることや、データが蓄積されるのに時間がかかり効果が見えにくいものもあります。グループウェアは3年利用して今年別のものに変えました。いずれも導入して終わりではなく、効果が出ているのか、現状と合っているのかを考え見直していくことも必要ですね」と話す。
社内ICT化の次の段階は製造部門 製造過程の映像化で技術の継承も視野
社内のICT化で、大塚社長が次に考えているのは、製造部門だ。製造業務に必要な指図書や図面は紙ベースで運用している。製造業務以外では機械保全管理、在庫管理、安全衛生管理などがあるが、これもまた全て紙での管理となっている。製造業務は販売管理システムのデータをパソコンやタブレットでいつでも確認できるようにし、管理業務はタブレットとグループウェアを利用して管理するなど作業の効率化をすすめたい。
製造部門のもう一つの問題は、製造技術の継承だ。大塚社長は「当社の製品は、長年の経験や知識、職人的な技術を必要とする部分が多いです。それらを言葉や文字だけで表現することは簡単ではない。それならば、その技術を動画撮影して編集したものをマニュアルとして残せないか考えているところです」と話す。
会社をもう一歩先に進めるため「ぶれない軸」を持ちたい 新しい企業理念を検討中
道路標識の製造は、直接の受注相手は道路工事等を請け負っている民間企業だが、最終的な納入先は警察や自治体などであり、公共工事関係が売上の95%を占める。大塚社長によると、業界としては全国に20社足らずであり、九州では九州標識を含め4社程度。それでも大手の参入もあり、不断の努力は欠かせない。
「道路標識は法令に従ったものであり独自色が出しにくいのですが、納期をなるべく短くするとか、自社配送で顧客の都合に合わせて届けるとか、他社の手が届かない細かい部分で勝負していきます」「与えられた仕事はきっちりこなしているから自分の仕事が終われば終わり。ではなく、周りの人の仕事にも目を配るなど、あとひと手間を加えることで仕事の質は大きく変わる。そんな雰囲気が当たり前の会社にしていきたいですね」大塚社長は、もう一歩先にある会社像を見据える。
その思いを従業員に伝える方法として、大塚社長は今、新しい企業理念を検討中という。現在の九州標識の企業理念は「安全を創造する」である。「私は2001年に同業他社から移ってきた中途入社組です。現在の企業理念は創業以来大切に受け継がれてきたものだが、我々を取り巻く経営環境が大きく変化するなか、新しい行動指針や企業ビジョンを策定し、私たちの存在意義というか、私たちが日々の仕事をやっていく中で、ぶれない確固とした軸になるものを持つ必要があります」
会社の新年度が始まる2024年5月は、新しい企業理念でスタートしたいという。
大塚社長は、2023年入社した5人の若手社員がはやく会社になじみ、成長してくれる事を願っている。10年先20年先の九州標識を見据えた企業理念の刷新には「挑戦し続け会社の未来を切り拓いていく」という大塚社長の決意が表れている。
企業概要
会社名 | 株式会社九州標識 |
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所在地 | 福岡県飯塚市伊川294番地 |
HP | https://www.kyu-hyo.co.jp |
電話 | 0948-24-1711 |
設立 | 1975年8月 |
従業員数 | 33人 |
事業内容 | 交通安全施設 設計・施工(遮音壁・防護柵・区画線・視線誘導標・道路鋲)道路標識・道路情報板(設計・製作・販売・施工)広告塔・サイン・モニュメント(設計・製作・販売・施工)河川安全施設(調査・設計・施工)LED関連(設計・製作・販売・施工) |