「私が継ぐしかない!」社長に就任して、職場環境改善・デジタル化促進 新規採用へも注力 金型のダイセット製造で高い実績を誇る 産和産業(神奈川県)

目次

  1. 自由鍛造からスタート。生産設備を拡充し金属加工事業を拡大
  2. ダイセットは製造部門の7割占める主力製品。自動車メーカーや鍛造メーカー向けに販売・修理を行う。
  3. 先代から事業承継を頼まれ、リース会社を退職して未経験の世界に飛び込む 「会社の継続が役目」と割り切り、実務は幹部に任せる
  4. 外から来てみて感じた違和感をもとに改善 従業員も意見を言える空気を醸成し、風通しの良い会社に変わりつつある
  5. 2022年からデジタル化が加速 本社と大和事業部をネットワーク化オンラインストレージの本格活用で業務効率化が進展し、セキュリティ対策も強化
  6. 出張中でもオフィスと同じように仕事ができ、業務効率は格段に向上勤怠管理など今後の課題も視野
  7. 技術の継承が課題。人材採用強化へ職場環境の改善にも本腰 女性が現場で普通に仕事ができる会社を目指す
中小企業応援サイト 編集部
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金属加工業の産和産業株式会社は設立70年を超える地場製造業の老舗だが、3代目の鹿野郁代表取締役社長のもとで働き方改革とデジタル化を推進し、経営体質の転換に取り組む。ICTソリューションによる業務効率化やネットワーク基盤を構築し、その中核にオンラインストレージの徹底活用を位置づけている。父や従業員に請われて事業承継を決断した異業種出身の女性社長と実務全般を担う事業部長との両輪で創業以来の変革に挑む。(TOP写真:工場ダイセット穴横  金型の土台となるダイセットの素材を研削する)

自由鍛造からスタート。生産設備を拡充し金属加工事業を拡大

「私が継ぐしかない!」社長に就任して、職場環境改善・デジタル化促進 新規採用へも注力 金型のダイセット製造で高い実績を誇る 産和産業(神奈川県)
横浜市西区に建つ本社ビル(中央)。本社機能と不動産部門が拠点を置く

産和産業は1933年に須藤英樹氏が創業した自由鍛造業の個人商店が母体だ。自由鍛造は金属をハンマーで叩いたりプレス機で圧力を加えて強度を高めながら成型する手法で、いわば鍛冶(かじ)屋のような町工場だった。当初は鉄製工具や組立用治具などを製造していたが、昭和恐慌が終わり輸出が急拡大する産業界の好況が追い風となって事業は好調に推移した。

1953年には株式会社化して大型金属加工機械など生産設備も拡充。県内数ヶ所に事務所や工場を置くなど会社は成長。1962年には中小企業庁長官から優良企業として表彰された。

1991年には元彦氏(現会長)が2代目社長に就任。自由鍛造事業は手放し、大型マシニングセンターや切削工作機械、溶接機などを順次導入。県の優良工場の認定や中小企業モデル工場の指定、横浜市の優良工業事業所の表彰など地元製造業として高い評価を得ている。

ダイセットは製造部門の7割占める主力製品。自動車メーカーや鍛造メーカー向けに販売・修理を行う。

「私が継ぐしかない!」社長に就任して、職場環境改善・デジタル化促進 新規採用へも注力 金型のダイセット製造で高い実績を誇る 産和産業(神奈川県)
完成したダイセット。使い込まれて変形したり亀裂の入ったダイセットの修理も重要な仕事だ

産和産業は製造部門では、プレス加工の金型を固定する土台、ダイセットの製造・修理が全体の7割を占める主力事業で、自動車メーカーや鍛造メーカーが主要顧客だ。そのほか精密機械加工や溶接加工など多様な設備を駆使した金属加工を幅広く手掛けている。

製造部門とは別に、横浜駅周辺の一等地にあるかつての工場跡地に建設した賃貸ビルなどが不動産部門の収入となっており、好不況に左右されやすい製造部門を補完している。2023年8月期売上高は約7億円だが、不動産部門が4割強を占める。

先代から事業承継を頼まれ、リース会社を退職して未経験の世界に飛び込む 「会社の継続が役目」と割り切り、実務は幹部に任せる

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未経験の事業経営に戸惑ったが「私が継ぐしかない」と覚悟を決めた鹿野社長

80歳を超えた父親の元彦氏から「会社を継いでもらえないか」と頼まれた時、大手リース会社に勤めたあと、結婚して3人の子育てに忙しかった鹿野社長は「全く経験のない私なんかがとても引き継げない」と逡巡(しゅんじゅん)した。しかし、祖父の代から続けてきた事業の信用や従業員の生活を考えると会社を存続させるには「私が継ぐしかない」と思いに至り、事業承継を決断した。

ただ、家業とはいえ産和産業で働いた経験はなく、金属加工の事業をいきなり差配するのは不可能なため、2022年1月にバトンタッチするまでには「事業部長に実務や現場を任せて、私は会社を継続させることだけ考えるという役割分担」の経営体制を整えてもらった。

事業の実務全般を担う大和事業部の二階堂隆執行役員事業部長は「(社長が後を継いでくれることになり)従業員がどれだけ安心したか。家族の事業承継が一番ありがたかった」と胸をなでおろした。

外から来てみて感じた違和感をもとに改善 従業員も意見を言える空気を醸成し、風通しの良い会社に変わりつつある

「私が継ぐしかない!」社長に就任して、職場環境改善・デジタル化促進 新規採用へも注力 金型のダイセット製造で高い実績を誇る 産和産業(神奈川県)
製造部門の拠点である大和事業部の事務所(右)と工場

とはいえ、鹿野社長は名前だけの“お飾り”経営者というわけではない。「2代目社長(現会長)が長く経営に携わっていたため、良い面もあれば時代に合わせなければいけない面もあった」(二階堂事業部長)。オーナー経営者が2代続き70年以上続く企業風土は自然と硬直化し、就労環境は改善の余地も少なくなかった。

鹿野社長も「外から来たので違和感は大きかったし、気づきも多かった。職場の環境や福利厚生、デジタル化の遅れなどいろいろ変えたいことはある」と変革への意欲を強くした。さまざまな工作機械が稼動する大和事業部の広い工場に2024年5月にようやくエアコンが装備される。2023年夏までは38度にもなる、うだるような暑さの中で、「ファン付きジャケットやウォータークーラーによる水分補給、過去には塩分補給用の梅干しを食べて熱中症を防ぎながら作業していた」(二階堂事業部長)と話す。

鹿野社長の問題意識に呼応して「従業員が意見を言ってくれるようになった」(二階堂事業部長)ことで風通しの良い会社に変わりつつあるようだ。鹿野社長就任とともに責任分担も変更した。経営全般の意思決定を社長が行う仕組みに加えてグループ制を導入。機械部門に2人、組立・溶接部門に1人のグループリーダーを置き、日々の業務において意思決定や指示を任せることにした。「リーダー3人と私の4人で話し合って決めようということだ。若い人にも責任を持たせて成長してもらう」と二階堂事業部長は狙いを説明する。

2022年からデジタル化が加速 本社と大和事業部をネットワーク化オンラインストレージの本格活用で業務効率化が進展し、セキュリティ対策も強化

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経営体制刷新とともにデジタル化が本格的に動き出した

業務のデジタル化もスピード感を増した。同社がネットワーク構築やセキュリティ対策への取り組みを始めたのは先代社長の時の2021年夏。大和事業部の入退室管理や不正アクセス防止対策の脆弱さを補強しようと検討を始めた。使用していた給与計算アプリをクラウド化したのも同時期だ。

ただ、本格的にICTソリューション活用が始まったのは経営体制が変わった2022年から。工場内無線LANや事務所と結ぶネットワークを構築し、ファイルバックアップ専用サーバーや統合セキュリティ装置を導入した。

2023年にはクラウド環境への移行を推進した。本社と大和事業部を結ぶネットワーク上にオンラインストレージと複合機を接続し、受信したFAXデータが自動的にストレージに保管されて各部署や遠隔地でも確認できるようになったことで、受信データの処理間違いや紛失防止とペーパーレス化を実現した。今後パソコンからのFAX送信機能も活用する予定だ。

また、会計アプリのクラウド化や、電子帳簿保存法への対応とさまざまな改善を行っている。

出張中でもオフィスと同じように仕事ができ、業務効率は格段に向上勤怠管理など今後の課題も視野

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「外にいても業務ができるので随分便利になった」と話す二階堂隆執行役員事業部長

オンラインストレージには各種業務データも保管されていて、どこでも必要なデータを取り出せるため、「出張中でも、オフィスと同じように業務処理ができる」(二階堂事業部長)。各地を飛び回ることが多い幹部にとっては業務効率が大幅に向上したという。データは自動的に複製されるほかアカウント管理の徹底でセキュリティ対策も強化された。

鹿野社長は住んでいる島根県松江市と神奈川県を月に4回程度往復しているが、オンラインストレージを活用したweb会議が可能になったことで、今後は出張回数を減らすことも可能になった。

「導入効果を数値で表すのはまだ難しいが、データをそのまま残せるようになって時間短縮やミス削減もあり、かなり効率化できている」(鹿野社長)のは確かなようだ。しかしまだ時間外労働はあまり減っていない。事務部門は時間的な余裕ができても「モノ創り現場としてはお客様のご要望に応えるために時間外もいとわない社風がある。従業員不足は多能技術技能者の育成に取り組み多台持ちを目指している」 (二階堂事業部長)状態だ。今後、勤怠管理のデジタル化も検討しており、現場の働き方改革はこれからが本番だ。

技術の継承が課題。人材採用強化へ職場環境の改善にも本腰 女性が現場で普通に仕事ができる会社を目指す

「私が継ぐしかない!」社長に就任して、職場環境改善・デジタル化促進 新規採用へも注力 金型のダイセット製造で高い実績を誇る 産和産業(神奈川県)
人材採用と育成に力を入れる(写真は工程管理の説明をしているところ)

事業承継は無事済んだが、技術の承継も大きな課題だ。鹿野社長は「70年続いた『お客様第一』のマインドは変えるつもりはない。私はいろいろな手続きを変えていくのが役割。停滞している採用活動もその一つだ」。同社は例年1~2人の新卒社員を採用していたが、「2年前からピタッと止まった」(二階堂事業部長)。

経営幹部は危機感を抱き、実効性のある採用活動や職場環境の改善に本腰を入れ始めた。2023年11月には「ホームページリニューアル企画チーム」を発足。若者に訴求するホームページ作りを目指して、アニメ―ションによる自社紹介動画やメタバース機能の活用も検討している。技術者育成方法も再検討している。

主力事業のダイセット製造は、自動車業界が主力であり、新分野進出を含めた事業構築のためにも技術者育成を目指す。働き方改革の究極の目標は、「女性も現場で普通に働ける会社」(二階堂事業部長)への転換だ。今も毎日早朝に出社して現場を掃除している会長の口癖が「働きがいのある会社」に加えて「若い人が働きやすい会社」に変わってきたことも3代目への期待の表れといえそうだ。

企業概要

会社名産和産業株式会社 大和事業部
住所神奈川県大和市中央林間西3-2-43
HPhttps://www.sanwasan.co.jp/
電話046-274-6260
設立1953年9月
従業員数22人
事業内容 大型機械による精密加工、溶接構造物の製作・溶接全般、熱間・冷間鍛造用ダイセットの製作・修理、販売