極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)

目次

  1. 3分の1の極薄テープ開発を依頼され、どこも作れず自社で製造。法人化して事業拡大の波に乗る
  2. 2013年にフィルムの原反製造に参入。現在は厚さ0.0025ミリメートル、幅0.6ミリメートルのテープも量産段階に
  3. 世界を舞台に仕事ができる、と入社。ものづくりの厳しさにぶつかるも事業全般担い海外向けが好調で成長を維持
  4. 輸出の8割占める中国依存に警戒。コロナ後に電子機器の需要に陰りが出て業績にブレーキ
  5. リスク分散狙い米国市場への本格進出を検討。カーボンナノチューブの分散化技術で先行し事業化も進展
  6. 機器設備を一括導入し先端ICTビルを建設。新たな飛躍に向け業務効率化も実現し残業ゼロに
  7. 顧客管理・営業支援システムで全部門の見える化が進み、受注状況や売上がリアルタイムで表示され、全員が受注や売上に関心を持つ
  8. 「従業員に幸せな生活を送ってもらう」ため、勤怠、労務管理システムも導入へ 健康経営を目指す
中小企業応援サイト 編集部
全国の経営者の方々に向けて、経営のお役立ち情報を発信するメディアサイト。ICT導入事例やコラム、お役立ち資料など「明日から実践できる経営に役立つヒント」をお届けします。新着情報は中小企業応援サイトてお知らせいたします。

金属箔とフィルムをコーティングし用途に応じて多種多様なテープを製造する株式会社樫の木製作所は、独自の薄膜化技術を武器に大手に伍して先端製品を開発し、海外を中心に顧客を拡大している。カーボンナノチューブ(CNT)の単層分散技術でも成果をあげ、事業化に乗り出した。2023年夏、本社近くにICT機器を装備した開発・製造拠点「登戸ワークス」を建設。拠点間をネットワーク化し、受注から出荷までの工程を効率化して日々の売上高も翌日には確認できる「見える化」を実現した。(TOP写真:フィルムの原反をスリット加工し、さらに細分化して何台ものリールに同時に巻き取る=本社横の越谷ワークス)

3分の1の極薄テープ開発を依頼され、どこも作れず自社で製造。法人化して事業拡大の波に乗る

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
どこも作れなかった極薄テープの開発に成功したことが法人化のきっかけとなった=本社

樫の木製作所は、大隈浩氏(現会長)が個人事業として行っていた電線メーカー向けテープ商社を母体に2000年に設立。家電やパソコンなど電子機器のケーブル需要増を追い風に、事業を拡大してきた。法人化のきっかけは電線メーカーから通常の3分の1の厚さの極薄テープを作ってほしいと頼まれたことだった。

大隈航大代表取締役が「いろいろな企業に開発を頼んだが、その当時要求通りの薄さのテープを作れるメーカーがどこにもなかった。作れば売れるのがわかっていたから、先代社長が自分たちでやるしかないと考えた」と説明するように、切羽詰まってスリッター(フィルムの原反を細く切って巻き上げる装置)設備を購入し、自力開発に着手した。

PETフィルムテープの厚さは当時、0.012ミリメートルが主流だったが、数ヶ月後には要求通り、0.004ミリメートルの極薄テープの開発に成功。本格的な事業化に踏み出すことになった。社名はオークマのオークから「樫の木製作所とし、商社からテープメーカーに“衣替え”した。

2013年にフィルムの原反製造に参入。現在は厚さ0.0025ミリメートル、幅0.6ミリメートルのテープも量産段階に

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
原反製造に参入し、より薄く細いテープの開発が可能になった

電気機器に不可欠な細くしなやかなケーブルを作るためには、銅線などに巻き付ける絶縁、防水などの機能を備えたテープの薄さを追求する必要がある。樫の木製作所は当初はフィルムの原反を購入してテープに加工していただけだったが、2013年に廃業した原反メーカーから設備を購入して原反製造に参入した。原反から開発するようになって、現在は厚さが0.0025ミリメートル、幅が0.6ミリメートルのテープも量産段階にきている。中国や東南アジアなどでの家電や電子機器生産が増大するとともに電線用テープの需要も急増し、輸出量も右肩上がりで拡大。同社の薄く細いテープは世界市場で飛ぶように売れた。

世界を舞台に仕事ができる、と入社。ものづくりの厳しさにぶつかるも事業全般担い海外向けが好調で成長を維持

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
創業者の父、浩氏から「誘われて」入社した大隈航大社長。「父親は『誘ったつもりはない』と言っているが、今は悠々自適に暮らしている」と笑う

インターネット広告関連企業に勤めていた航大氏が入社したのは2010年。父から誘われたときに、「海外向け事業が伸びているので世界を舞台に仕事をするのもいいな」と軽く考えて入社したが、ものづくりの現場は想像とはかなり違っていた。

「ニッチな製品だからそれほど難しくないと思っていたが、製品を作るためには覚えなければならない知識が山ほどあって、しかも幅広い知識が求められる厳しい世界だった」(大隈社長)。2008年のリーマン・ショック後、世界経済の低迷は続いていた。日米欧の不振が長引く一方で、中国やアジアなど新興国は景気回復が進み、中国への輸出シェアが8割を占める樫の木製作所は総じて順調に成長。航大氏は取締役事業部長として事業全般を担う存在となり、2023年9月に代表取締役に就任した。

輸出の8割占める中国依存に警戒。コロナ後に電子機器の需要に陰りが出て業績にブレーキ

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
リールに巻かれたテープを手に「これよりさらに細いスリット加工もできます」と説明する製造部の大﨑亮祐課長=越谷ワークス

樫の木製作所が製造するフィルム加工テープは9割が電線メーカー向けに出荷される。パソコンやスマートフォンなどエレクトロ二クス機器用ケーブルがそのうち半分を占めるが、電子機器の塊ともいえる自動車分野や先端ICT機器の活用が進む医療分野がそれぞれ1~2割ある。生産量の3分の2が中国や東南アジア、米国に輸出されているが、なかでも8割を占める中国への依存度の高さがリスクとなりつつある。

中国の景気後退に加え、日中間の貿易は政治関係に左右されやすく、日本でも経済安全保障の法整備が進みつつある。大隈社長は「中国依存が高すぎるのは危険。サプライチェーンが分断されれば大きな打撃を被りかねない」と危惧している。

樫の木製作所の2022年8月期の売上高は前期比16%増の22億円だったが、2023年8月期は15億円を切り、大幅減益となった。新型コロナの巣ごもり需要でICT機器の需要拡大の恩恵を受けた反動と中国経済の失速で、「2023年に入って業績に急ブレーキがかかった」ためだ。2024年の事業環境も厳しめにみている。しかし積極的な技術開発で成長機会をとらえようとしている。

リスク分散狙い米国市場への本格進出を検討。カーボンナノチューブの分散化技術で先行し事業化も進展

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
R&Dセンターでは、カーボンナノチューブの研究開発に取り組んでおり、単層分散技術で先行。事業化が着々と進展(R&Dセンターが入るビル)

リスク分散のために注力しているのが米国市場開拓だ。「以前から米企業に直接メールして営業していたこともあって、最近『米国で製品を作らないか』と声がかかるようになってきた」という。米国市場に本格的に参入するために、現地に開発拠点を設ける考えだ。米国向け輸出比率は15%程度だが、米国メーカーとの協業が具体化すれば米国ビジネスは飛躍的に高まりそうだ。

『薄く、細く』を追求してきたフィルム加工技術を生かして新たに取り組んでいるのがカーボンナノチューブ(CNT)を敷き詰めた薄膜素材の開発だ。CNTは炭素が強固に結合して形成された直径がナノメートルサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)の円筒状の物質で、密度がアルミの半分と軽く強度は鋼の20倍で、銅以上の熱伝導性を備えているのが特徴だ。CNTを重ならないように並べた単層シートは形状により電気を通す金属的な性質や半導体的な性質の素材への応用が期待されている。

同社は困難だったCNTを均一に並べる単層分散化に成功し、CNTを薄膜フィルムにコーティングする技術を確立。「特性を生かしてどう活用していくか」が課題だったが、CNTヒーターシートを開発し特許を取得。販売子会社「樫の木環境ソリューション株式会社」を設立して自動車部品関連や医療関連から引き合いがきているほか、農業分野への活用も試行している。

2023年12月には、浜松ナノテクノロジー株式会社と単層CNTシートの商品化および販売委託契約を結んだばかりで、2024年は同社との協業を手始めにCNT技術の事業化が大きく前進しそうだ。

機器設備を一括導入し先端ICTビルを建設。新たな飛躍に向け業務効率化も実現し残業ゼロに

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
登戸ワークス外観  新たな飛躍に向けてICTビル「登戸ワークス」を新築。建設と同時にICT機器を一括導入した

同社は2025年に創立25周年を迎える。米国市場への本格参入、CNTの事業化という新たな飛躍に向けて事業体制もテコ入れした。樫の木製作所は越谷市の本社周辺に、工場やR&Dセンターなど3拠点が点在しているが、2023年夏に開発・製造拠点「登戸ワークス」を建設した。これを機に、従来複数のシステム支援会社に発注していた機器設備を単一のシステム支援会社に集約。光回線のほか、館内の無線LANやセキュリティ機器、「電子黒板」、パソコンなどICT関連機器を一括して導入した。

相談窓口を1社に絞ることで「こちらの要望に沿った対応を総合的に考えてくれる。工事も、システムも、デバイスも専門部隊がいることで安心できた」(大隈社長)という。登戸ワークスの完成を機に拠点間ネットワークを構築し、ICTソリューションの本格活用も始まった。世界的な顧客管理・営業支援システムを2023年9月に導入し、受注から出荷までの業務を大幅効率化した。「以前は注文が増えれば増えるほど残業が増えていた」(大隈社長)関連部門の残業時間は、2023年12月までにゼロになったという。

顧客管理・営業支援システムで全部門の見える化が進み、受注状況や売上がリアルタイムで表示され、全員が受注や売上に関心を持つ

極薄電線テープ開発で世界市場進出 独自技術でカーボンナノチューブの事業化を目指し先端ICT拠点を構築 樫の木製作所(埼玉県)
顧客管理・営業支援システムの導入で残業時間の大幅軽減とコスト削減を達成した

製造部門はこれまで出荷量の集計に時間がかかり、「状況を聞いても『来週には報告できます』などと言われていた」(大隈社長)が、翌日にデータが集計されるようになった。パソコン画面のトップページに受注状況や売上高がリアルタイムで表示されるため、全部門が「見える化」によって経営の数字を把握できるようになり、関心を持つようになったことも大きな効果といえそうだ。

2週間かかっていた請求書の発行も翌営業日には発行できるようになり、「デリバリー関連の効率化だけでも年間200万円ほどのコスト削減効果が出ているのではないか」(大隈社長)とみている。

「従業員に幸せな生活を送ってもらう」ため、勤怠、労務管理システムも導入へ 健康経営を目指す

業務効率化の狙いはコスト削減だけはない。「残業時間が増えていた当時は従業員の顔つきがきつくなってカリカリしていた。仕事を効率化して幸せな生活を送ってもらいたい」(大隈社長)。今後は勤怠管理や外部に委託している労務管理も自社で行う方針。従業員の体調にも気を配る健康経営の推進が次の飛躍に欠かせない重要な要素と考えている。

企業概要

会社名株式会社樫の木製作所
住所埼玉県越谷市柳町1丁目1番地3
HPhttps://www.oak-tree.co.jp/
電話048-990-6540
設立2000年10月
従業員数80人
事業内容  フィルムや金属箔などのコーティングによる各種テープ等の製造・販売、カーボンナノチューブ活用ヒーターシート製造、農業(菌床栽培によるキノコ生産)など