会社や事業をしている個人は、年に一度は決算書を作成する。その決算書を銀行などの利害関係者が見て、経営状況について判定を行う。ここでは、決算書分析についてどのような視点で見るのか、何を見ようとしているのかを解説する。
目次
決算書分析をする3つの理由
決算書分析をする代表的な理由として、以下のものが挙げられる。
1.銀行が今後返済できる見込みがあるかどうかを確認するため
銀行が融資先から決算書を入手することがある。これは、決算書の内容から融資債の今後の返済能力や会社の維持を判定するためだ。
2.会社の現在の状況を自ら判断するため
会社が決算書分析を行い、現在の状態や推移から経営状態を判断することによって、出店や閉店などの事業戦略の判断を行うことがある。
3.投資に資するため
上場会社の株式購入など状況は限られるが、決算書分析を当該会社への投資を行うか否かを判断するための資料にすることも多い。
次に、分析の視点について説明する。
分析の視点その1:推移を見る
視点の基本となるのは、推移を見ることだ。
1.1つの科目の推移を見る
売上などの科目や営業利益、経常利益の3~5年間の推移を調べて、会社の規模の拡大などを見るのがこの視点だ。また、大きい変化がある場合は、何らかの環境の変化(出店や閉店、取引先の変化)がないかどうかを見ることも必要である。
2.指標の推移を見る
この先で説明する比率などの推移を見ることで、科目のみでは分からない会社の状況の推移を確認できる。これにより、利益を獲得する能力、持つべき資金があるかどうかを見る能力が増えているか、または少なくなっているかを判断することとなる。
分析の視点その2:1つの科目を見る
1つの科目を見るだけで、その会社の現状が分かることがある。ここでは、どのようなことが分かるかを説明していく。
1.雑収入、雑損失、特別損益
雑収入、雑損失など、1つの科目を見て異常に金額の多い場合や、固定資産売却損益などの特別科目が出た場合は、その内容について調べることがある。これにより、その年度に会社の中で何が起こったのか、今後どう影響するのかなどが分かる。
例えば、固定資産売却損や固定資産売却益が出た場合は、なぜ資産を売却したのか、その資産に関する事業から撤退を考えているのか、今後の収益にどのように影響するのかなどについて検討することとなる。
2.減価償却費
減価償却費は、毎期決まった金額の中であればいくらでも計上することができる。利益を計上するために減価償却費を削るか、まったく計上しないでおくことも可能だ。
減価償却費を検証する際には、申告書の減価償却費関連の別表または固定資産の一覧表がある場合は、それらから求めるあるべき金額と実際に計上されている金額を比較するとよい。本来、計上すべき金額を上げているか、それとも利益操作のために何らかの加減を行っているかを調べることが望ましい。
分析の視点その3:科目の比率を見る(損益計算書)
損益計算書の観点から科目を見る場合において、その分析手法について説明する。
1.売上高利益率
売上高と売上利益、営業利益、経常利益など、利益を表す数値と比較することによって、売上がどれだけの利益に結び付いているのかを見ることができる。計算式は以下の通りだ。
売上高利益率 = 利益 ÷ 売上高 × 100(%)
この指標を見れば、何が利益に影響しているかが分かる。
2.売上高人件費率
売上高人件費率は、人件費がどれだけ売上に貢献しているか、あるいは売上を圧縮しているか、ひいては人件費が利益に貢献しているか、利益を圧縮しているかが分かる指標である。計算式は以下の通りでだ。
売上高人件費率 = 人件費 ÷ 売上高 × 100(%)
一般にこの数値は、サービス業などの労働集約型の業種において高い数値が出る傾向がある。
3.配当性向
配当性向は、当期純利益のうちどれだけの金額を配当に回したかを示す数値である。計算式は以下の通りだ。
配当性向 = 配当金 ÷ 当期純利益 × 100(%)
この数値は会社の業績の良し悪しではなく、会社の利益の使いみちを示すものだ。配当性向が100%を下回った場合は、配当に回さなかった部分について新しい固定資産の投資を考えているなど、会社の拡大を視野に入れている場合が多い。
また、配当性向が100%を上回っている場合は、会社が安定期に入っているため少しでも多く株主に還元する姿勢がある可能性が高い。ただし、会社の中には利益に関係なく、一定額の配当金を支払っているところも少なくないため、会社の配当金の推移を見た上でこの数値の判定をしたほうがいい場合も多い。
分析の視点その4:科目の比率を見る(貸借対照表)
貸借対照表の数値から見る場合における、分析手法について説明する。ここでは、貸借対照表と損益計算書の両方を使って分析する手法についても述べる。
1.流動比率
流動比率とは、貸借対照表の流動資産と流動負債の比率を求める指標である。計算式は以下の通りだ。
流動比率 = 流動資産 ÷ 流動負債 × 100(%)
この比率が100%を下回ると、大半が1年以内に返済しなければならない負債で構成されている流動負債の返済に対して、大半が現金や1年以内に金銭に変わるもので構成されている流動資産では返しきれないということだ。この場合、資金繰りが非常に悪い可能性が高い。
ただし、100%を下回っていても、その原因が親会社や会社役員からの借入金である場合も多いため、実質を見ることが必要になる。
2.自己資本比率
自己資本比率とは、総資産に占める自己資本、つまり会社の出資者の持ち分に占める割合を示すものである。計算式は以下の通りだ。
自己資本比率 = 純資産 ÷ 総資本 × 100(%)
この比率がマイナスの場合は、債務超過に陥っている状態で会社が危険な状態にあることを示している。
一方で、高い比率を示している場合は、借り入れが少ないことを示す。ただし、借り入れがないまたは少ないからといって、いい状態であるとは一概に言えない。必要な借り入れを行っていないため、資金繰りが苦しい場合もあり得るのだ。
3.総資本利益率
総資本、つまり会社すべての資産を使って、どれだけの利益を生み出すことができたのかを示す指標である。計算式は以下の通りだ。
総資本利益率 = 利益 ÷ 総資本 × 100(%)
なお、総資産の数値は期中平均または期首残高と期末残高の平均を使うことが多い。この比率が高ければ高いほど、資産を有効活用して利益を生み出しているといえる。
4.株主資本利益率
総資本利益率に対し、株主の持ち分にどれだけの利益を生み出しているかを計算するものである。計算式は以下の通りだ。
株主資本利益率 = 当期純利益 ÷ 自己資本
なお、純資産の数値は期中平均または期首残高と期末残高の平均を使うことが多い。この数値が高ければ高いほど、株主の資金を有効利用しているといえる。
5.売上債権回転率
会社の売上債権、つまり売掛金や受取手形をどれだけ効率的に回収できているかを示す数値である。計算式は以下の通りだ。
売上債権回転率 = 売上高 ÷ 売上債権
この値が大きいほど、売上債権の回収に時間がかからない、あるいは現金や前受金での売上が多く、資金が効率的に入ることを意味する。また、この指標を分かりやすくするため、以下のように期間で示すこともある。
売上債権回収期間(月数) = 売上債権 ÷ (売上高 ÷ 12)
この場合、値が小さい(期間が短い)ほど効率的に資金が入ることを示している。
分析の視点その5:その他
決算書以外の数値を利用して、決算書分析を行うことがある。
1.従業員一人あたりの売上高
従業員一人あたりどれだけの売上を上げることができたかを示す数値である。計算式は以下の通りだ。
従業員一人あたりの売上高 = 売上高 ÷ 従業員数
この数値が高ければ高いほど、その会社の生産性が高いことを意味する。ただし、従業員一人あたりの売上が高い会社であっても、無駄な投資をしているなどその他の効率が悪いために利益が低いこともある。
分析の視点その6:他社との比較をする
分析を行う際に必要なことは、同業種の他社との比較をすることだ。個々の会社の数値を手に入れることは難しいものの、複数の同業者の平均と比較するための資料は、いろいろなところで提供されている。
まず挙げられるのは、「日本政策金融公庫の中小企業の経営等に関する調査のページ」だ。業種、従業員別、業種によっては地域別に比較できる資料が掲載されており、対象となる会社と全体の平均を比較して、対象となる会社の現状を把握することが可能である。
次に、独立行政法人中小企業基盤整備機構がWEBサイト上で提供している「経営自己診断システム」が挙げられる。これは財務諸表の数値を入れるだけで、中小企業の財務データとの比較を行ってくれるサービスだ。
ただし、他社との比較で良い数値を示したことが必ずしも望ましいとは限らない。粉飾などをして売上や利益を水増しすれば良い数値にはなるものの、不自然な数値が示されることも十分ある。そのような数値を示したときは、注意しておくことが必要だ。
決算書はさまざまな見方で深い分析を
ここでは、決算書の分析が必要な理由や、その分析において必要な視点について述べた。自社や他社の分析を行う際には今回挙げた視点を始めとし、さまざまな角度から分析を行って経営に生かしていただきたい。
文・中川崇(公認会計士・税理士)