目次
- 大工職人が木の個性を確かめながら手刻みで一本一本加工して家をつくる
- オリジナルブランド「キグミノイエ」が避暑地に移住してくる人たちに好評
- 「木育」をテーマに木の複合体験施設「ミマキウッドラボ」をオープン
- 木ではなく布に印刷するガーメントプリンターも導入。クリエイターに広く役立つ施設めざす
- 音楽ライブができるホール 音の反響を抑え、音源から出る音を直接聞けるオーディオ用パネルも開発
- カフェコーナーもある吹き抜けのラウンジ
- ホームページで予約から決済まで一気通貫でできるシステムを導入。
- 10年以上前から温めてきた構想を一気に実現。点と点が結びついて今につながる
- 完成度はまだ3割。イチゴ狩りやレストランなど体験の場づくりへ夢広がる
地元長野県産の無垢材にこだわり、大工職人の手刻みで一本一本を加工して柱や梁(はり)を組み、木の香りとぬくもりに包まれた家をつくる——。〝木のスペシャリスト〟をキャッチフレーズとするそんな住宅建築会社が2023年3月、長野県東御市に「木育(もくいく)」をテーマにした木の複合体験施設をオープンした。
多くの人に木に慣れ親しんでもらい、木の良さを知ってもらおうとノコギリやカナヅチといった手道具からCNC(コンピューター数値制御)ルーターやパネルソー、レーザー加工機、ガーメントプリンターといった大型自動機械までを取りそろえ、木工を中心にさまざまなものづくり体験ができるようにした。
予約システムでホームページから予約や決済ができる仕組みにするなどICTも活用。音楽ライブなど各種のイベントも随時開催していく計画で、地域振興の役割も期待されている。(TOP写真:2023年3月にオープンした木の複合体験施設「ミマキウッドラボ」)
大工職人が木の個性を確かめながら手刻みで一本一本加工して家をつくる
工場でプレカットされた集成材を現場で組み立てるだけの量産型住宅が市場を席巻する中、木造住宅の伝統工法を頑なに守り続けているのは東御市に拠点を置く有限会社田中製材工業である。社名が示す通り、1948年の創業当時は製材業から出発した会社だ。材木の納入先である地域の工務店が大手ハウスメーカーの台頭に押されて廃業していく中、自らも住宅建築を手掛けるようになり、1989年に会社組織にすると同時に建設業許可も正式に取得した。
「今の新築住宅の8、9割は工場から送られてきたキットを現場で組み立てるだけなので、大工さんは上棟式の日に初めて家の形を知るのですが、当社の場合は木を熟知した大工職人が自分の加工場で木の個性を一本一本確かめて、住宅の適材適所に振り分け、それを手刻みで一本一本加工して家をつくります。その職人の思いが家づくりに現れていると思っています」
こう語るのは田中製材工業の田中俊章代表取締役社長だ。田中社長は大学で建築学を学んで設計事務所で実務経験を積み、一級建築士の資格を取得してから25歳で同社に入社。製材、住宅建築に続く第3の事業部門として設計事務所を開設し、社内外の設計を引き受けてきた。2011年に父親の跡を継いで30代で社長に就任してからは社業全般の指揮を執っている。
オリジナルブランド「キグミノイエ」が避暑地に移住してくる人たちに好評
2019年には長野県産の無垢材に特化した、〝木組み〟の伝統工法による住宅を「キグミノイエ」というオリジナルブランドに制定。集成材による住宅との違いを強調し、木の家にこだわる顧客から年間10棟前後をコンスタントに受注してきている。
「新築物件のお客さまの半分以上は別荘地などに移住してきた人たちです」と田中社長は説明する。東御市のある東信地方には軽井沢や蓼科といった別荘地が点在しており、隣の山梨県にある八ヶ岳も近い。2020年に始まったコロナ禍以降、テレワークの定着により、そうした避暑地に別荘ではなく、定住用の住宅を建てて首都圏から移住してくる人が増えてきている。田中製材工業の近年の顧客はそうした経済的に比較的余裕のある移住者が半分以上を占めているそうだ。
「木育」をテーマに木の複合体験施設「ミマキウッドラボ」をオープン
そんな田中製材工業が社屋にごく近い場所にオープンしたのが木の複合体験施設「ミマキウッドラボ」だ。「ミマキ」というのは、この地域が東部町と合併して東御市になる前は北御牧村(きたみまきむら)という名称だったように昔からの地名だ。施設のテーマとして掲げる「木育」とは林野庁が提唱する概念で、子どもから大人までを対象に木材や木製品との触れ合いを通じて木材への親しみや木の文化への理解を深め、木材の良さや利用することの意義を学んでもらうことを意味する。
同施設は2階建てで、1階には「ものづくり工房」として、プロ用の大型機材を設置した木工機械室や手道具を使って作業する作業スペース、それに「デジファブ」や「木のショップ」「キッズスペース」「ミニ図書館」がある。奥に進むと吹き抜けの広いラウンジがあり、その隅にはキッチンもある。さらに奥には「木のあそび場」があり、子どもが遊べる木のすべり台やボールプール、木のおむつ台や授乳室まである。2階に上がるとワークショップや音楽ライブなどのイベントができるホール、それに木の囲いで仕切られた個別ブースや4人で座れるテーブル席のある「コワーキングスペース」がある。
ものづくり工房の木工機械室には木材を自在に切断、掘削できるCNCルーター、大きな板をカットするパネルソー、木材にカンナをかけたり切断したりできる万能木工機、木工旋盤などがある。作業スペースにはノコギリ、カナヅチなどの大工手道具や電動工具などがそろえてある。デジファブはデジタルデータからモノを作るデジタルファブリケーションのための部屋で、オンデマンド印刷機、レーザー加工機、ガーメントプリンターが設置してある。常時、2人の木工家が在席しており、必要に応じて機械や道具の使い方を教えてもらえる仕組みだ。
木ではなく布に印刷するガーメントプリンターも導入。クリエイターに広く役立つ施設めざす
デジファブのガーメントプリンターは木ではなくTシャツやトートバッグといった布に印刷する機械なので少し異色だが、「当社のスタッフが大阪のあるデジファブを見学してきて、そこにこれと同じ機種があったので、即、メーカーに相談して導入しました。オリジナルなものが一品からできるので非常に好評です」(田中社長)。1枚や2枚なら短時間で印刷できるので、急いでいる人が飛び込んできて使うこともあるという。木工だけでなくクリエイターに広く役立つデジファブとしての一翼を担っているわけだ。
木のショップでは長野県の四大針葉樹であるマツ、アカマツ、スギ、ヒノキのツーバイ材や小物の木工製品を販売。2階のコワーキングスペースはWi-Fi完備なので持参したパソコンで調べものをしたり、動画をチェックしたりできる。
音楽ライブができるホール 音の反響を抑え、音源から出る音を直接聞けるオーディオ用パネルも開発
60人分ほどの椅子を並べられるホールにはドラムやキーボードが置かれており、バンドの練習なども可能だ。2023年11月25日にはここで第1回の音楽ライブを開いた。「木と音楽の融合」をテーマに、スタジオジブリの映画『猫の恩返し』の主題歌『風になる』を歌っているつじあやのさんをメインゲストに地元のバンドも出演。田中製材工業が開発中の音響パネルも披露した。音の反響を抑え、音源から出る音を直接聞けるようにすることで音質を高められるオーディオ用パネルだ。
カフェコーナーもある吹き抜けのラウンジ
吹き抜けのラウンジの大きなガラス窓からは日差しが降り注ぐ。「南側を大開放して、太陽熱を生かした設計にしています。屋根には太陽光発電パネルが載っているので、今はほとんど消費エネルギーゼロの状態ですね」(田中社長)と環境にも配慮した。
ホームページで予約から決済まで一気通貫でできるシステムを導入。
ミマキウッドラボの開設にあたってはユーザーがインターネットで予約するための予約システムを導入。ホームページのカレンダーから手軽に予約できるようにした。このシステムは予約受付・管理だけでなく、事前のクレジットカード決済も可能で、予約履歴、支払履歴、顧客情報を一括して管理できる。田中社長は「予約から決済まで一気通貫でできるシステムはそんなに多くないので、システム会社と相談して、当社にいちばん適していそうなものを選びました」と話す。
現時点ではタブレット上でレジとして活用するケースが多いそうだ。現金やクレジットカード、電子マネーでも決済できる端末をタブレットに接続。施設内だけでなく、外部のイベントなどで木工製品を販売する際にもタブレットと端末を持ち出して、この予約システムのレジ機能を使うなど、重宝しているそうだ。
10年以上前から温めてきた構想を一気に実現。点と点が結びついて今につながる
DIY好きに限らず多くのクリエイターの垂涎(すいぜん)の的となりそうなこのミマキウッドラボは、田中社長が10年以上前から温めてきた構想を一気に実現したものだ。きっかけとなったのは、コロナ禍対策として施行された国の事業再構築補助金制度だという。「この土地は地主さんから『買い上げてくれ』とずっと前から頼まれていたのですが、なかなか踏み切れなかったんです。それが今までにない大型の補助金を使えることになったので、ここぞと思い切りました」(田中社長)
おもちゃ箱をひっくり返したように大人でもワクワクするアイテムが詰まったこの施設。田中社長は「昔の点と点が結びついて、今ここに一つになって結ばれたような状況です」と、〝Apple信者〟を自任するだけにスティーブ・ジョブズの名言を引用して説明する。幼い頃から、母親がなんでも体験させてくれた。ラジコンが流行ればラジコンを買い与えてくれ、音楽をやりたくなったら家にピアノがあったし、シンセサイザーも買い与えてくれた。そうした体験の積み重ねが、単なる工房で終わらせずに音楽スタジオやその他のクリエイティブな要素をたっぷり盛り込む結果になったというのだ。
完成度はまだ3割。イチゴ狩りやレストランなど体験の場づくりへ夢広がる
もっとも、田中社長にとってミマキウッドラボの完成度はまだ3割程度に過ぎないのだそうだ。例えば、施設の前に広がる遊休農地もまだ手付かずだ。将来的にそこに木造のビニールハウスを作り、イチゴ狩り体験ができるようにしたり、レストランを建てたりするという構想がある。2019年度に関連法が改正され、地目変更をしなくても、地域の食材を8割以上使えば農地に体験型の農家レストランを建てられるようになったことに着目。「木工を一日中やっていると、お昼は、外で食事をしたくなります。東御市は非常に農産物が多いので、地元産食材をウリにしたレストランを作って、お昼にピザでも食べられるようにしたい」と話す。
そこではICTを徹底して活用するのだそうだ。「日本はイチゴ生産のデータがそろっているので、イチゴ狩り用のイチゴならビニールハウスで日射や酸素濃度、養分を入れるタイミングなどすべてデータだけで育てられます。汗水を垂らさずにエアコンの効いた部屋でタブレットを見ながら農業をするのが夢です」と田中社長。
最後に「最近騒がれているAI(人工知能)は、ここ数年で人間の仕事をどんどん奪ってしまうでしょう。でも体験することだけは奪えません。AIに対抗できるのは体験と体験に基づくストーリーです。だからこそ、私はこれからも体験施設の事業に力を入れていきたいと思います」と結んだ。
企業概要
会社名 | 有限会社田中製材工業 |
---|---|
住所 | 長野県東御市下之城753 |
HP | https://www.tanakaseizai.jp |
電話 | 0268-67-2139 |
設立 | 1989年 |
従業員数 | 13人 |
事業内容 | 製材、住宅建築、住宅設計、木の複合体験施設運営 |