目次
- 学校行事の配布物をはじめ、試験のプリントなど数多くの印刷物を校内で作成。印刷機器は複数台あるが連動しておらず、消耗品の過剰在庫が常態化していた
- 現在あるもので乗り切ろうとする教育現場の風習は教員の疲弊につながる。従来の工程や作業の課題を洗い出すことからスタート 印刷関係費用が年間大幅削減!
- 「常総学院は遅れるわけにはいかない」との危機感から関東で1番にGoogle Workspace for Educationを導入。職員一人ひとりにパソコンを支給するも「もったいない!」との声が続出
- 潮目が変わったのは新型コロナウイルス感染症の拡大。ICTインフラを整備していたため、在宅で授業を受けられる体制に即応できた
- 学費や部活動費、行事費用の払込にはネットバンキングを導入。金の流れが可視化され、生徒に現金を持たせる不安も解消
- 現状の正確な把握を通じて働き方改革にも寄与。教職員の勤怠管理にIDカードを導入して出退勤時間を正確に記録
- 感染症だけでなく、災害時など非常時のBCP対応にもICTは必須
- メタバースによる学校見学も実施。地域に貢献し、地域の皆さんに「常総学院があってよかった」と思ってもらえる学校でありたい
常総学院といえば多くの人が「高校野球の強豪校」、あるいは全国トップクラスの実績を持つ吹奏楽部を思い浮かべるのではないだろうか。しかも、その他多くの部活も全国大会での活躍がめざましいことで知られている。一方、学業においても東京大学をはじめとする難関大学に毎年多数の合格者を出し、四年制大学への現役進学率が例年9割に達するなど、高い進学実績を誇る学校法人である。
1905年に創設されるも戦況の悪化に伴い閉鎖された茨城県の常総学院中学校。その校名を引き継ぎ、常総学院高等学校として同校が創立したのは1983年のこと。その後1996年には中学校を開校した。現在生徒数は高校生が1,800人、中学生は300人、職員数は200人が在籍している。
同校が注目される点は部活動や進学実績だけではなく、教育現場にデジタル教材をいち早く導入し、校務にもICTを活用している先進性が挙げられる。さらに現在も、メタバースによる学校見学を実施するなど、他校と比べても新しい技術やソリューションの導入に圧倒的なスピード感がある。そんな同校がICTソリューションを本格的に導入したターニングポイントは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大期だったという。
日本ではICTを活用したGIGAスクール構想の実現に向けて歩みを進めてはいるが、概ね日本の学校現場は民間企業と比べてICTの活用が遅れていると指摘される。同校では普及に向けてどのような課題を抱え、乗り越えてきたのだろうか。(TOP写真:茨城県土浦市にある常総学院高等学校・中学校の校舎。校内にはゴミひとつ落ちておらず、清々しい空気に満ちている)
学校行事の配布物をはじめ、試験のプリントなど数多くの印刷物を校内で作成。印刷機器は複数台あるが連動しておらず、消耗品の過剰在庫が常態化していた
学校というところは、配布物の多い場所である。修学旅行や文化祭、体育祭などの行事のしおり、保護者への連絡プリント、授業の資料のほか、年間に数回行われるテストの問題用紙や解答用紙なども必要だ。どの学校でも内容は教職員や事務職員が作成し、校内で印刷までワンストップで行われている。学校行事の多い同校においても数多くの工数をかけ、しかもその総量が可視化されていない課題があった。
「課題として認識したのが、プリントなど紙ベースの成果物を作る教員の負担の大きさです。彼らの仕事は深夜にまで及んでいました」そう振り返るのは同校中学校および高等学校の事務次長を務める櫻井直己氏である。櫻井事務次長は2017年に民間企業から同校に入職すると、校務および学務における生産性の向上と効率化を目標に改革に取り組んだ。
現在あるもので乗り切ろうとする教育現場の風習は教員の疲弊につながる。従来の工程や作業の課題を洗い出すことからスタート 印刷関係費用が年間大幅削減!
かつて同校では職員が各自で持ち込んだパソコンやワードプロセッサーを利用してプリント出力し、それを元に輪転機で大量に印刷していたという。そして、校内にはその都度導入した種類の異なるプリンターが長年にわたって蓄積。規格の異なるインクや用紙などの消耗品は過剰在庫となっていた。しかし、日々の業務に追われる職員たちに従来の作業工程を変えようとする心の余裕はなく、皆今ある機器や道具で乗り切ろうと頑張り、疲弊していた。
「コピー機、プリンター、輪転機といった出力機器の数が多い割にはそれぞれの機器が連動しておらず、作業性が良くないなと感じました。コピー機やプリンターのトナーやインクの在庫が一元管理されていないことも経費的に気になりました」(櫻井事務次長)
そこで櫻井事務次長は2018年から作業環境の見直しを進めていった。まずはこれまで使用していた印刷機6台、コピー機4台、プリンター約30台を廃止し、コピー機は複合機に統一して合計7台(中学校で2台、高校で5台)を新規に導入。そして、校務職員・教職員全員に支給したIDカードによる認証式複合機を採用し、複合機でカード認証しないと出力されないしくみとなったことからミスプリントも減少した。さらにプリント数はカウンター式で一元管理するようにしたため、消耗品の適正在庫も把握しやすくなった。その結果、これまでの印刷関係費用が年間で大幅に減少した。「ICT化が遅れていたので、かえってゼロベースから環境を構築できてよかったです」と櫻井事務次長は振り返る。
「常総学院は遅れるわけにはいかない」との危機感から関東で1番にGoogle Workspace for Educationを導入。職員一人ひとりにパソコンを支給するも「もったいない!」との声が続出
櫻井事務次長が次に取り組んだのは、情報共有の仕組みづくりだった。従前の情報共有の仕組みは朝会での申し送りのみで、参加していない職員には情報が伝わらないこともあった。そこで櫻井事務長は2018年に校内の管理棟に無線LANを整備してクラウドを導入し、非常勤の職員も含む全員に1台ずつパソコンを配布した。ところが思わぬ声が返ってきた。
「職員のおよそ6割から『パソコンにお金をかけるなんて、もったいない』という声が上がりまして」と苦笑する櫻井事務長。職員たちの教育者としての気概は理解できる。しかし、それまで民間企業にいた櫻井事務次長は大きな危機感を抱いていた。
GIGAスクールの構想に「急がないと遅れてしまう。負けられない、という気持ちがありました。特に学校機関は一般的に新しい事の導入に対しては時間がかかります。でも、うちの学校は一番にやらなければダメだと思ったんです。『常総学院がやっている』ことは地域や学校機関のモデルになっているからです」。櫻井事務次長は「間違ったら引き返せばいい」と腹をくくり、2017年度には教育機関向けのクラウド型グループウエア(オンライン学習ツール)「Google Workspace for Education」とノートパソコンを関東圏の学校では一番に導入して生徒全員が利用を開始。各教室には電子黒板を設置するなど教育活動全般でICTの活用を積極的に進めていった。
潮目が変わったのは新型コロナウイルス感染症の拡大。ICTインフラを整備していたため、在宅で授業を受けられる体制に即応できた
同校は他に先駆けてICTを教育現場に導入し、生徒に向けた情報リテラシー教育も実施してきた。今や教員によるオンライン学習ツールの利用も活発となり、50人近くの教員がGoogle認定教育者の資格を取得。さらにオンライン学習ツールや端末を活用して革新的な学習環境づくりに貢献しているとして2021年には「Google for education校」に認定された。このようにICT教育に力を入れていることが今や強みとなった同校だが、潮目が変わったのは新型コロナウイルス感染症の感染拡大が大きかったという。
2020年の緊急事態宣言発令下で政府から全国の学校に向けて一斉休校が要請される中、すでにICTインフラが整備されていた同校ではオンライン授業または教室での授業を選択でき、授業自体を続行することができた。また、生徒は専用のポータルサイトを介して授業や学校行事、部活動などの連絡を受け取ることができ、学習記録や予習にも役立てられる体制が整っていたため、情報共有に支障をきたすことは皆無だった。
学費や部活動費、行事費用の払込にはネットバンキングを導入。金の流れが可視化され、生徒に現金を持たせる不安も解消
校務関係では2021年にネットバンキングを導入した同校。世の中のキャッシュレスやペーパーレス化の時流に呼応するべく必要な取り組みである。櫻井事務長は2018年から実施を目指し、ようやく実現にこぎつけたという。生徒の学納金の入金に際しては保護者に学校の専用サイトからクラウドにアクセスしてもらう仕組みで、保護者の負担を軽減できるという。
「これまでは部活動費も現金で集金していましたが、子どもに現金を持たせる必要もなく、会計の数字も『見える化』できて保護者も安心です。部活ごとに銀行口座を用意して備品や用具の購入申請も専用サイトからできるようにしました」(櫻井事務次長)
現状の正確な把握を通じて働き方改革にも寄与。教職員の勤怠管理にIDカードを導入して出退勤時間を正確に記録
情報の集約と管理は、働き方改革にもつながっている。同校では2021年から勤怠管理にもIDカードを導入して正確な出退勤の時間を記録することにした。このIDカードは2018年に複合機の認証用に作ったものだ。
「それまで出退勤の記録はタイムカードへの打刻によるものでしたが、押し忘れる人も多く、勤怠管理がきちんとできていませんでした」と話す櫻井事務次長。セキュリティ会社と連動したシステムによって入退室にもIDカードによる認証が必要となったため、いつ、どこに誰がいるのかが可視化された。これは人材活用や働き方改革を検討するにも重要な基礎データだという。櫻井事務次長は「さまざまなルールを作るにしても、ICTの導入をするにしても、まずは現状把握が必要」と断言する。
感染症だけでなく、災害時など非常時のBCP対応にもICTは必須
新型コロナウイルス感染症の蔓延(まんえん)時には、在宅でのオンライン学習にも対応してきた同校。学校にとって授業の継続は企業のBCP対策と同質である。しかも、脅威は感染症のみならず、台風や地震、水害などの自然災害にも及ぶ。どのような状況下でも不断なく教育を提供していくために、ICTによるインフラづくりは有効に働くと櫻井事務次長は見据え、さらなるBCP対策の強化に努めていきたいと決意を新たにする。
「学校自体が地域の避難所にもなっていますので、今後はソーラーバッテリーの導入も検討しています」(櫻井事務次長)
メタバースによる学校見学も実施。地域に貢献し、地域の皆さんに「常総学院があってよかった」と思ってもらえる学校でありたい
同校では今、メタバースによる学校見学を実施するなど、次々に最新コンテンツの活用を進めている。このように、日頃からデジタルツールに親しみながらICTリテラシーを高めている同校の生徒たちは、これからの社会を担っていくグローバル人材として、さまざまな場面で歓迎されるだろう。また、「ICT先進校の常総学院」の教職員たちも教育界をリードする存在としてさらなる活躍が期待される。
「常総学院の卒業生は2万5千人超います。同窓生のグループLINEもあるほど同窓会活動も活発で、卒業生が気兼ねなく訪れ、協力的です」と話す櫻井事務次長。その言葉通り同校は地域社会に目を向けることも忘れない。同校では地域社会をテーマとした探究活動を全校プログラムとして設定し、ローカライズされた視点を持つ人材の育成にも力を入れているという。
「百年企業を目指して、地域の皆さんに『常総学院があってよかった』と思ってもらえる学校にしたいですね」と結ぶ櫻井事務次長。
世界を広い視野で俯瞰し、足元の地域社会にも目を向けることのできる人材を育成する。そのために貪欲にICTを活用していく同校の取り組みは、多くの学校の模範となるだろう。
企業概要
法人名 | 学校法人常総学院(常総学院高等学校・常総学院中学校) |
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所在地 | 茨城県土浦市中村西根1010 |
HP | https://joso.ac.jp |
電話 | 029-842-8771(高校) 029-841-1808(中学) |
設立 | 1983年3月 |
従業員数 | 200人 |
事業内容 | 学校 |