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石はさまざまな表情を持っている。火成岩、堆積岩、変成岩といった成り立ちによる違いだけでなく、瀬戸内海に多い花崗岩(火成岩の一種)ひとつとっても落ち着いた色目の小海石(エンジェルストーン)、ほんのり薄緑色の大部石(オリーブホワイト)、きめ細かく、光沢、重厚感ある風格を持つ庵治(あじ)石などさまざまだ。大坂城築城時以来の歴史を誇る〝石の島〟小豆島に本社を置く髙尾石材株式会社はホームページに14種類の花崗岩の特徴を写真とともに掲載、江戸時代に石割職人がくさびを槌(つち)で打ち込んで巨岩を割った「矢穴技法」や、水磨き、ビシャン、割肌といった仕上げ加工、道具など古来の技法を紹介している。(TOP写真:髙尾石材が施工した愛媛県武道館の外壁工事。城を思わせる石組になっている)
石材加工会社として出発。バブル崩壊後の苦難の時代から右肩上がりの業績へ
「石への思いは、企業としての背骨となっています」。専務取締役の母倉(ぼそう)雅孝さんが話す。髙尾石材は1973年、石材加工会社で働いていた髙尾勝泰(かつひろ)さんが独立して、墓の巻石、ビルの壁石などをつくる石材加工会社を設立したのがはじまりだ。意欲に燃え、イタリア、ドイツの最新機械を備えた新工場を開設したが、タイミング悪く、バブル経済の崩壊期に直面、中国産の安価な石材も輸入されるようになり、業績を圧迫した。専務だった長男、晋(しん)さんが石材の加工販売だけでなく、販路開拓をねらって自ら建設工事を請け負う石工事を始めたが、その晋さんがまもなく急死、苦難は続く。その後、次男の現代表取締役、豪(つよし)さんが石工事事業を継承するとともに、創業者、勝泰さんの義弟にあたる母倉専務が新規分野として土木建設事業を手掛け、徐々に経営を安定へ導いていった。
「この10年ほど、ようやく新工場建設にともなう借金の重荷から解放されました」。苦しかった時代を振り返って、母倉専務は笑顔を見せる。現在、髙尾石材の事業は大手ゼネコンの依頼を受け、西日本を中心に土木工事の石積みや石垣、ビルの壁面、敷石などを行う石工事を主体としながら、香川県から受注して自らが元請けとなって行う土木建設工事が経営を側面から支えている。営業実績はずっと右肩上がりを続けている。
シビアな入札価格のせめぎあいを積算ソフトがサポートする
「これがないとやっていけない時代ですね」。母倉専務が述懐するのは、積算ソフトと土木工事施工管理システムのことだ。「パソコンはどうも苦手なんですが…」という母倉専務だが、これらの導入はともに10年以上前になる。
公共事業の土木建設工事は、まず競争入札で受注を獲得するのが第一段階。発注者である県が作った設計書をもとに、どれだけの人員が必要か、どんな資材、機材を使うか、それらの費用はいくらになるか、といった建設工事に伴うすべての費用を積算する。それに自社の利益を加えた見積額を応札価格として提示する。県はその額を県が設定した設計金額と比較し、信頼できる積算で、より低い価格を提示した事業者に発注する。
「積算ソフトを導入する前は、パソコンも備えていない時代で、すべて手計算で積み上げていました。電卓を片手に、この部分の工事には生コンクリートが何立方メートル必要で、こんな機材で、作業員何人で何日かかるから…と、積算するのに何日もかかり、徹夜作業となったこともありました」
それが今や1日でできるという。県は設計書をPDFで配布、積算ソフトはそのPDFをそのまま読み込み、人件費や資材費用など全項目について、項目の内訳データを選択するだけで県が設定した設計金額を積算してくれる。これに自社の作業環境に基づく費用を勘案して手を加え、応札する。
「現在は県が入札価格の上限となる予定価格を公表していて、各社が最低価格を探り合う状況です」。それだけ競争はシビアともいえ、1,000円単位の差で他社に落札を許し、臍(ほぞ)をかんだこともあるし、数社が横並びとなり、くじ引きで決まったこともある。髙尾石材は石工事を自社でできる分、経費削減が期待できるが、受注競争は油断を許さない。
竣工書類作成では施工管理システムが活躍、労力は10分の1以下に
受注したら、今度は実際の工事を進める上でどれだけの工期と資材、機材、人件費が必要か、より精細な積算を加えた実行予算を立てる。ここでも積算ソフトが活躍する。人件費は普通作業員、特殊作業員、オペレーターなど、職種や人数によって異なり、資材の生コン一つとってもブロック、建造物、擁壁など工事の種類で必要量が異なる。「わが社の人材、資材などの状況に応じて手を加えるだけで、とにかく早くて楽です。電卓では計算ミスもしばしばありましたが、それも減りました」
工事が完成すると、施工管理システムが便利だ。現場の状況などに合わせて変更を行った変更設計図や、建設区域や過程を撮影した1,000ページを超えるような写真帳、日報といった施工管理書類など、工事のすべてを記録した竣工書類を県に提出しなければならないが、施工管理システムはそれらの作成に必要な約30のソフトを備えている。
例えば写真帳では項目を選んで写真をドラッグするだけでブロック積みのこの作業、というように工事の説明とリンクできる。「プリントした写真を1枚ずつ貼り付けて横に説明を手書きしていた時代がうそのようです」と母倉専務は笑う。「ICTの導入で書類作成の手間は、人件費に換算すれば10分の1以下になったと思います。しっかりした竣工書類だと県の評価も高くなり、結果として業績向上に役立っています」と話した。
月1回、半日の安全教育が安全管理ソフトの導入でスムーズに
髙尾石材がもう一つ導入して効果があったというICTは、安全管理ソフトだ。大型建設機械や重機の作業が同時進行で行われる土木建設工事現場は、労働災害の危険と隣り合わせ。髙尾石材の現場でも、砂防ダムの基礎工事で地面の掘削を行っていたバックホーがバランスを崩して横倒しになったことがある。幸いけが人はなかったが、安全管理は最重要課題なのだ。このため香川県はこうした土木建設工事を担う会社に月1回、半日の安全教育を義務付けている。
「半日分の安全教育資料を作成するのはとても大変なんです。工事ごとに異なるリスクを想定して説明文書を作り、イラストや写真を探してきて貼り付ける。かなりの量で、日常の業務をこなしながらの作業では大きな負担となります」。それが、安全管理ソフトを導入したことで格段に省力化された。
髙尾石材では、安全教育には毎回、現場作業に関わる全従業員12人が参加。現場監督が講師となってスクリーンで事例を見ながら行っているが、ソフトがすべての資料をそろえてくれる。例えば、足場作業では、架設する時は板の強度、手すりの高さなど、使用する時は板の上に物を置かないとか開口部の注意、重量制限など作業別に細かく取り上げ、ソフトが備えている資料を使って自動で研修教材を作成。ヒヤリハット事例や具体的な災害事例などをイラストや写真で示してくれる。
事前の準備としては、どこからどこまでの資料を使うか決める程度だ。「現場作業ではミャンマーからの特定技能実習生が2人いますが、イラストを見せて説明すればわかってくれます」(母倉専務)。足場架設のほか、重機作業や生コンクリート打設作業など、工事のすべての作業のデータがそろっていて、関連する法令の遵守チェックリストもある。
「安全教育を実施した内容を県に提出するのですが、その書類も手仕事の時代と比べると整然としていて見やすく、質が高いものを作れるし、なにより時間に余裕ができました」と母倉専務はいう。
東京営業所を開設、瀬戸内海の石の魅力を全国へ伝える足掛かりに
これまでほとんど一人で積算をはじめ、工事にかかわる事務作業をこなしてきた母倉専務だが、今、若い世代に業務の引き継ぎをしつつある。「石工事部門は自前でICT化を進めている状態ですが、土木建設工事部門ではいずれ重機のICT施工なども考える必要があるでしょうね。私の代では難しいかもしれませんが、若い世代の課題です」と話した。
髙尾石材本社の横には石材加工第2工場があった。生産事業部の宮澤健一課長は石を貼り合わせた石板見本を前に「この美しさは中国の石では出ません。瀬戸内海の〝花崗岩のダイヤモンド〟と呼ばれる庵治石を削り、磨くことで現れる風合いです」と説明した。中国産の石に比べて価格的には高くなる。しかし、良いものへの需要は必ずあるはず、と東京などの建築事務所へ売り込みを進めていて、すでに何件か注文も受けているという。2023年4月には東京営業所も開設し、東日本での営業展開に力を入れる方針で、母倉専務は「石工事分野の伸びしろ」に期待している。
大坂城築城を出発点とする小豆島の石工技術、古(いにしえ)と未来をつなぐICTの役割は大きい
「社員とその家族、関わる全ての人が幸せになれる会社に」。2020年、髙尾豪代表取締役はこんな経営理念を掲げた。大坂城築城を出発点とする小豆島の石工技術の400年の歴史へのオマージュを込めて「古(いにしえ)の技術を伝承し、未来へつなぐ」ことが人々の幸せ—笑顔への架け橋になる、との思いからだという。「古と未来をつなぐ」うえでのICTの可能性を思った。
企業概要
会社名 | 髙尾石材株式会社 |
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本社 | 香川県小豆郡小豆島町福田乙357番地1 |
HP | https://www.takao-s.co.jp |
電話 | 0879-84-2314 |
設立 | 1973年10月 |
従業員数 | 48人 |
事業内容 | 石工事業、土木建設業、警備業、通信販売業 |