新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)

目次

  1. スタートはNPO法人で若者支援事業 就労継続支援B型事業所の立ち上げで福祉サービス事業を本格化
  2. 古本の回収・販売で得た収益で新本を子どもに寄贈する「象と花」のプロジェクトを展開
  3. 福祉サービス事業と書店業務を一体化し、施設利用者の就職支援を強力に後押し 就職率は79%、定着率も95%
  4. システム化した訓練プログラム、就労支援マニュアルで就職支援
  5. 業務改善システムの導入で手作業の記録業務を大幅改善
  6. 社員の残業時間は大幅削減、有給休暇取得率も改善 社員提案も増える副次効果も
中小企業応援サイト 編集部
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株式会社盛岡書房は、岩手県盛岡市でインターネットによる古本の販売を通じ、障がい者向けの福祉サービス事業を展開している異色の企業だ。主体は障がい者が書店業務で習得した社会参加技能を生かして障がい者の就労を支援する事業で、蓄積したデータをもとに開発した独自の就職支援マニュアルや訓練プログラムの活用により高い就職率と就業継続率を誇る。2023年4月には書店事業と福祉サービス事業を一体化した新体制に移行し、現状にとどまらずソーシャルビジネスといった新たな領域に挑もうとしている。(TOP写真:読み終えて寄付された本は通所利用者により丁寧にクリーニングされ、書棚でインターネットでの販売に備える)

スタートはNPO法人で若者支援事業 就労継続支援B型事業所の立ち上げで福祉サービス事業を本格化

新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)
「就労継続支援B型事業所盛岡書房」も入る岩手県盛岡市にある盛岡書房の社屋

株式会社盛岡書房は、現在の事業形態に至るまでに二つの過程を踏んできた。まず、障がい者対象の福祉サービス事業を手掛ける「特定非営利活動法人(NPO法人)いわてパノラマ福祉館」を2004年に立ち上げた。さらに、2021年には古本のインターネット販売に向けて盛岡書房を設立した。

NPO法人は当初、障がい者へのパソコンの使い方などを指導したり、知的障がい者施設に出向きパソコンの操作やイラスト作成、カレンダーの作成などを手助けしていた。ただ、東日本大震災に見舞われた2011年までは福祉サービスは手掛けておらず、行政からの委託事業などで引きこもりやニートらへの若者支援や職業訓練などに取り組んできた。

若者支援事業を通じて実感したのは、対象者の7割程度がメンタル疾患や発達障がい、軽度知的障がいを抱えており、継続的な支援が不可欠との判断が働いた。ただ、行政の委託事業は1年で終わってしまう。そこで、NPO法人を創設した高舘美保子氏(盛岡書房代表取締役)は「継続的な支援には国の障がい者総合支援法に基づく事業を登録する必要がある」と決断し、2011年に障害福祉サービスの事業申請をした。

その後、障がい者総合支援法に基づく就労系障がい福祉サービスのうち、一般企業との雇用契約による就労が困難な障がい者に就労機会の提供や生産活動機会を提供する「就労継続支援B型」の認可を受け、2018年に「就労継続支援B型事業所盛岡書房」を立ち上げた。

古本の回収・販売で得た収益で新本を子どもに寄贈する「象と花」のプロジェクトを展開

新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)
岩手県内の協力企業・団体の店舗や事務所などに設置される「象と花」のプロジェクトの書籍回収ボックス
新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)
盛岡書房の玄関に展示されている「象と花」のプロジェクトのパネル

2021年に設立した株式会社盛岡書房は、B型事業所に通所する利用者が回収・仕分けからクリーニング、検品、梱包、発送などを手掛けた古本を査定・販売する。古本の取り扱いは試験的に実施していたものの、株式会社化によって本格的に取り組むことになった。

そのベースとなるのは「象と花」のプロジェクトだ。この取り組みは岩手県内の協力企業・団体の店舗や事務所などに回収ボックスを設置し、地域住民や従業員、学生らが読み終えた本を寄付してもらい、これを査定した上でインターネット通信販売大手の「Amazon」とフリマアプリ「メルカリ」内のEC(電子商取引)ショップ「メルカリShops」で販売する。

回収ボックスは盛岡信用金庫が県内全23本支店に設置しているほか、リコージャパン、第一生命保険、JR東日本、JTBなどに50箱程度を設けており、2021~2023年で48,055冊を回収し、16,000冊程度を出品している。盛岡市は2017年に1世帯当たりの本の購入金額が全国1位となっており、こうした活動に取り組む上でポテンシャルは高い。

ここで得た収益金はB型事業所で働く利用者への工賃に充てられるほか、子どもたちに贈る新本の購入費となる。プロジェクトを開始した2021年10月に、岩手医科大学付属病院の小児科無菌病棟に53冊を寄贈して以来、毎月10冊程度の新本を贈っている。このほか、学生の企画で販売した分は学生の母校の小学校に新本を寄贈する。寄贈する新本の選書は岩手県内などで書店をチェーン展開する株式会社さわや書店(岩手県盛岡市)が協力する。また、新たな試みとして、児童福祉法に基づき18歳未満で障がいを抱えた就学児を対象にした放課後等デイサービス施設に毎月、新本をレンタルする話が現在、進んでいるという。

福祉サービス事業と書店業務を一体化し、施設利用者の就職支援を強力に後押し 就職率は79%、定着率も95%

新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)
「株式会社に一体化していろいろな事業を試してみたい」と話す盛岡書房の高舘代表

こうした二段階の過程を踏み2023年4月に組織形態は大きく切り替わった。NPO法人は閉鎖し、すべての事業を株式会社盛岡書房に譲渡、一本化した。

高舘代表は「何か新しいことをやろうとした場合にNPO法人は意思決定に時間がかかる。書店業務だったり、利用者の就職を推し進めるサイクルの早い案件にはついていけない使い勝手の悪い仕組みで、現状の事業を進めていく上で法人の形態を変えたいと思った」とその理由を語る。

しかし、「社会福祉法人はハードルが高く、一般社団法人には現状の事業はそぐわない」と考え、結果的に「株式会社にしていろいろな事業を試してみたい。さらに、手掛けたい事業のOS(基本ソフト)を作り、後進に譲りたい」との思いが新体制移行に踏み切らせた。

そこには「利用者にとって、ここは基本的に就職を目指す場所」という理念があるからだ。それを裏付けるように、就職率は極めて高い。利用者の多くは発達障がい者で、2013~2021年に就職希望者で実際に就職できた就職率は79%、うち95%は1年以上職場に定着している。さらに2021~2022年度の就職者は10人を数えた。

通常、就労継続支援B型事業所は企業との雇用契約で就労困難な障がい者が対象で、盛岡書房の取り組みはB型事業所の枠を超えて利用者の就職を後押ししてきた結果だ。高舘代表は「全国のB型事業所で当社のように利用者を就職させるところはほとんどない」とし、「当社は利用者が就職できる、さらに実際に就職していることが大きな強み」と強調する。

実際、利用者は地元日刊新聞社のほか、スーパーやエステティックサロン、高齢者介護施設、さらに公的な機関など様々な分野に就職している。そこはシステム機器の営業職に従事してきた高舘代表が就職先の開拓に積極的に取り組んできた結果で、現在は150社超の協力企業を抱え、雇用を生み出している。

システム化した訓練プログラム、就労支援マニュアルで就職支援

新たな社会ビジネスモデル!古本の回収・インターネット販売で、独自のプログラムを持った障がい者就労支援企業 盛岡書房(岩手県)
「象と花」のプロジェクトで回収された書籍。施設利用者はこの場で書店業務を習得し、企業などへの就職を目指す

高い就職率の背景にはNPO法人の設立以来19年間蓄積してきたデータをシステム化し、訓練プログラムや就労支援マニュアルを作り上げてきた点にある。これをベースに書店業務を通じて就職希望者の強みや特徴を見出し、就職先とのマッチングを図っている。

一方、利用者には書店業務を11項目に分け、各人の特徴、技術、勤務日数に応じて段階的に仕事を割り当て、利用開始時からデータベースにその内容を登録し、最適な作業ポジションを割り当てている。さらに、企業実習で評価される16項目を日々の業務を通じて重点的に取り組み、「基本的社会スキル」を身に付け、就職につなげる支援策を整えている。

業務改善システムの導入で手作業の記録業務を大幅改善

新体制に移行した盛岡書房の社員は10人(うち3人はパート社員)で、オンライン販売専任に1人、そのほかは障がい者福祉サービスとして①就労継続支援B型②就労定着支援③相談支援の3事業を担っている。利用定員は20人で、現在、盛岡市とその近郊から19人が通所で利用している。

障がい者福祉サービスの業務面で悩まされてきたのは記録業務が多く、その作業に時間を費やし、結果的に残業時間が増えたり、有給休暇が取りにくいといった課題を抱えていた。特に利用者への対人支援業務は記録の作業が極めて多く、利用記録や面談記録を手作業で紙に記入していては、多くの時間が割かれてしまう。対人支援業務以外の作業もあるため、結局、就労時間内に業務を終わらせられない事態に追い込まれてしまう。

さらに、紙ベースでの記録は社員間での情報共有が追いつかず、回覧すると1週間以上かかり、大変なロスとなる。そればかりか、利用者個々の状況が共有されずトラブルが発生したり、支援が1人の担当者に属人化してしまう問題につながっていた。

このため、「利用者情報はリアルタイム、あるいは遅くともその日のうちか翌日午前中に社員全員が把握していく必要がある」(高舘代表)として、NPO法人当時の2018年に自社の業務に応じた業務改善アプリケーションを作成できるクラウドサービスの導入に踏み切った。そこには「社員に疲弊が募ってくれば、辞めることにもつながってしまう。社員みんなで責任を持って、無理しない状況を作らなければ」(同)との思いがあった。

このシステムは障がい者向け福祉サービス、古本のインターネット販売の両事業に活用しており、「アプリは改善に改善を重ねて作り上げていくため、導入から相当時間も経過し精度も上がり、業務の効率化はかなり進んだ」(同)。

具体的にアプリは利用者情報、顧客情報、プロジェクトの進捗状況、労務、経理、来客管理、社有車配車管理と業務ごとに管理している。システム導入によって業務全体の見える化が図れたことで、「対面での情報共有が深くなり、社内コミュニケーションがうまくとれるようになったのも大きな変化だ」(同)。また、社員のスマートフォンにもアプリのデータを入れており、外出先でも情報を確認でき業務効率の向上につながっている。

社員の残業時間は大幅削減、有給休暇取得率も改善 社員提案も増える副次効果も

導入効果が端的に表れたのは残業が減り、有給休暇の取得状況も大きく改善した点だ。2023年2月の全国平均の残業時間が13.8時間に対し3.4時間、2022年の有給休暇の取得率は66.4%と全国平均の58.3%を大きく上回る。

システムの導入によって指導の業務が整理され、時間的な余裕もできたこともあり、社員からさまざまな発想で事業や業務への提案が増えたという副次的な効果も生んでいる。高舘代表は組織形態を株式会社という営利法人に一本化したことについて「こうした社員のアイデアを生かしていくうえでも、現状の障がい者向けの福祉サービス事業にとどまらず、新たにソーシャルビジネスという形に挑戦してみたいと思ったのが一番のきっかけ」と話す。

そこには自ら掲げる「未來を作る書店」として利用者に就職支援という形でこれからの未来に求められる「生きる力」を育むと同時に、事業の未来を若い社員の次代に託す意味合いを込めている。

企業概要

会社名株式会社盛岡書房
住所岩手県盛岡市本宮1-9-12
HPhttp://www.moriokashobo.co.jp/
電話019-681-3971
設立2021年
従業員数10人
事業内容障がい者向けの福祉サービス事業、インターネットによる古本販売