高度経済成長期やバブル期のような活気がないためか、補助金や助成金の受給を望む事業主が増えている。中には、資金難ゆえに不正受給をしてしまう輩もいる。しかし、不正受給のダメージは計り知れない。今回は補助金制度の概要を踏まえた上で、不正受給の内容や発覚した場合のダメージ、注意点について解説する。
目次
補助金の不正受給が後を絶たない
近年、補助金の不正受給事件が後を絶たない。国会で議論された2017年の森友学園の小学校建設のための補助金不正受給事件は有名だが、このほかにも大津商工会議所の5年間にわたる補助金不正受給や、杉並の商店会による2,000万円の補助金不正受給などが相次いで発覚している。
不正受給事件の多発から、補助金が資金に困る事業主の頼みの綱になっていることがわかる。申請するだけで、簡単にもらえるように見えるからだ。しかし不正受給が発覚すると、その後の経営に支障をきたすことになる。
補助金の目的と仕組み
一般人からすれば「申請するだけでもらえるお金」に見える補助金だが、実際は非常に厳しく規制されている。ここでは、補助金の意義や制度内容、運用に実態について解説する。
補助金とは何か
補助金は、国や地方自治体が個人や民間企業に対して給付するお金だ。事業拡大のための設備投資や新商品開発のための試験研究費、販路拡大のための広告費や人件費など、事業主が支払う費用の一部に充てるものとされている。
補助金は融資ではないので返済する必要はないが、その目的や用途は厳しく制限されている。その理由は、以下のとおりだ。
補助金は「補助金適正化法」により規定されている
私たち一般人にはなかなか理解できないところだが、補助金は国や地方自治体の思いつきで自由に設定されるわけではない。補助金には、その活用を適正に行うために「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下、『補助金適正化法』)」が設けられている。補助金の手続は、この法律に則って行われているのだ。
地方自治体が交付する補助金は地方自治法第232条の2に基づくが、その支出については補助金適正化法によって規制されている。
補助金の財源は税金
なぜ、法律によって補助金が規制されるのだろうか。それは、補助金の財源が国民の納めた税金だからだ。このことは補助金適正化法の第3条でも言及されており、各省庁と補助金の受給者に対し、補助金の効率的かつ公正な活用が義務付けられている。税金の徴収は憲法で定められているが、その使途についても法律によって厳しく規制されているのだ。
補助金の目的は「政策遂行」
補助金は、目的なく支給されるお小遣いではない。国や地方自治体が交付する補助金には、政策的な目的がある。二酸化炭素などの温暖化ガスを削減するために、二酸化炭素排出を抑制した設備投資に対する補助金が設けられる。商店街への支援を通じて経済を活性化するために、商店街に対する補助金が設けられるのだ。
つまり補助金は、社会をより良くするために民間に支給されるお金なのだ。
補助金は審査が厳しい
補助金の財源は貴重な税金なので、政策目的から外れた使途は当然認められない。補助金を受給するためには、厳格な手続を踏まなくてはならない。申請時に事前審査が行われ、補助金の受給対象となる事業を開始した後、その実施状況について検査が行われる。補助金の目的を正しく理解した事業者に補助金を支給し、適正な活用を確実に行うためだ。
補助金に返還義務が発生するケース
「補助金は融資と異なり返済義務はない」とお伝えしたが、例外的に返還しなくてはならないケースが2つある。1つは補助金を充てた財産を処分した場合、もう1つは本稿のテーマである不正受給をした場合だ。財産処分の場合は原則として受給された補助金を返還するだけで済むが、不正受給の場合は返還だけでは済まされず、後述の様々なペナルティが科される。
よくある不正受給 2つのパターン
補助金の不正受給と言っても、どのような行為が不正受給に該当するかは、一般の人にはわかりにくいだろう。「審査で不合格になれば受給しないわけだからセーフ」と思っている人は多い。しかし、補助金制度は想像以上に厳しいのだ。
虚偽申請しただけでも「不正受給」
「不正受給とは、お金をもらって不正に使うこと」と考えがちだが、実際は虚偽申請をしただけで不正受給に該当する。補助金等適正化法では、補助金の申請書にはいかなる理由があっても虚偽の記述があってはならないとされている。また事業開始後の状況報告をしなかったり、管轄当局による検査を拒否したり、質問に答えなかったりしただけでも不正受給になるのだ。
以下の2つのパターンは、不正受給の手段として用いられることが多い。
パターン1:発注書の日付の改ざん
発注書の日付の改ざんは、虚偽申請でよく用いられる手法の一つだ。「ものづくり補助金」や「IT導入補助金」のように、補助事業の実施期間が決まっているものについては、発注日が該当期間内かどうかを厳しくチェックされる。そこで、実施期間外に発注した業務の発注書の日付を、期間内だったことにするのだ。
パターン2:物品・経費の水増し
「補助金を充てる物品や経費の金額の水増し」もよくある手口だ。実際に支出した金額よりも高い金額の領収書を、相手方に出してもらうというもの。しかも、取引相手はリベートを受け取って、領収書の改ざんに加担するのだ。
たとえば、通常60万円で販売されている機械があったとする。受給したいと考えている補助金は、「購入額の3分の2」までだ。この機械を購入したとしても40万円しか受給できないが、経営者としては満額の60万円欲しい。
そこで、「この60万円の機械、70万円で買うよ。その代わり領収書の金額を90万円にしてくれないかな」と取引先に持ち掛ける。すると、経営者は60万円(90万円の3分の2)を受給でき、取引先は余計に10万円を手にできるので90万円の領収書を切ってしまう。このようにして、改ざんが成立するのだ。
補助金を不正受給した場合の4つのダメージ
補助金の不正受給が発覚すると、以下のようなダメージを被ることになる。一時の気の迷いが、その後の経営に暗い影を落とすのだ。
ダメージ1:受給額+年10.95%の加算金を支払う
不正受給をした場合、受給した補助金を返還しなくてはならないが、これに加えて年10.95%の加算金を支払わなくてはならない。資金繰りに困って補助金を不正受給し発覚すると、加算金の支払いによってさらに資金繰りが悪化してしまう。
ダメージ2:管轄省庁のホームページに事業所名が掲載される
不正受給が明るみに出ると、補助金の管轄官公庁のホームページに「補助金交付等停止措置企業」として事業所名やマイナンバー、補助金交付等停止措置期間などの情報が掲載される。
ダメージ3:刑事告発
不正受給は、国や地方自治体に対する詐欺罪にあたることもある。前述の森友学園の補助金不正受給事件が詐欺罪として起訴されたほか、昨年12月、和歌山南漁協が補助金を水増し請求したとして、詐欺容疑で書類送検されている。
ダメージ4:社会的信用の低下
不正受給が発覚すると、会社や経営者の社会的な信用は失墜する。取引先や金融機関の信頼を失い、その後の事業が難航することになるだろう。最悪の場合は、倒産や自己破産に追い込まれることもある。
不正受給をしないために気をつけたい2つのポイント
不正受給が、その後の経営に大きく影響することはおわかりいただけただろう。不正受給をしないために、経営者は以下の2点に注意してほしい。
コンサルタントの甘言に乗らない
最も注意したいのは、コンサルタントの甘言に乗らないことだ。昨今は補助金・助成金ビジネスがブームになっており、そのコンサルタントは玉石混交だ。中には、「ちょっと書き換えたくらいではわからないから」といった無責任なアドバイスをするコンサルタントもいる。しかし、補助金は法律によって厳格に運営されており、些細な虚偽すら許されない。
補助金制度を勉強する
経営者みずから補助金制度について勉強することも大切だ。補助金制度は「お金がもらえる」というメリットがあるが、「手続が複雑」「監視が厳しい」「補助金の分だけ税金が高くなる」といったデメリットもある。補助金が自社のビジネスに対して有用かどうかを見極めるために、概要だけでも押さえておくといいだろう。
「補助金ありき」ではなく「事業ありき」で考えよ
資金繰りに困ると、少しのお金でも欲しいと思うのが人間の性だ。しかし資金繰りの困窮には、それなりの原因がある。事業そのものを見直す必要があるのに経営者自身が気づいていない、あるいは見ないようにしている経営者も少なくない。
拡大路線で突っ走ってきたが、それが本当にやるべきことだったのか。削減できるコストはないだろうか。売掛金の回収や買掛金の支払いのタイミングについて、交渉しただろうか。商品・サービスの改良を検討しただろうか。
補助金は、最終的に社会に還元されることを見込んで設けられている制度だ。それを受給して事業を拡大しようと考える経営者は多いが、事業によっては拡大ではなく縮小、あるいは最適化すべきケースも少なくない。
「事業は金がすべて」と思っている経営者は多いが、事業に必要なのはお金だけではない。知恵や工夫、社員や取引先との連携強化も貴重な経営資源だ。見直すべきところを見直した上で、本当に必要な時に補助金を活用するようにしていただきたい。
文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)