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介護や支援の必要な人が自宅で安心して暮らせるように、ケアサービス事業所や行政などとの間に立って支える相談事業。訪問介護やデイサービスなどの利用状況や介護保険給付に目配りし、関係機関と調整していくなど、仕事は多岐にわたっており複雑だ。(TOP写真:「福祉用具を借りるにはどうしたら?」と、訪れた住民の相談を受ける)
「支援を必要とする人の一生にかかわりたい」。視覚障がい児との出会いから福祉の世界へ
「ケアオフィスあい」は、高齢者などの要介護者のための居宅介護事業所と、障がい者を対象とする相談支援事業所を運営している。その代表、高橋理恵さんは「いわば偶然」で福祉の世界に入ったという。
大学の文学部を卒業し、一般企業に就職も決まっていた時、視覚障がい児らが通う特別支援学校の校長から「教師をしてみないか。点字は子どもと一緒に覚えればいい」と誘いを受け、臨時採用教員に。これが福祉との出会いとなった。
生徒たちは目が不自由というハンデがあっても笑顔が絶えない。中には視覚のほか身体や知的、精神の障がいもある子どももいたが、みな健気に生きようとしていた。
「学校という限られた期間だけでなく、その後の生活にもかかわりたい」と、障がい者や高齢者の施設で働き、社会福祉士の資格を取得。2011年から成年後見事業を始めた。障がい者や認知症患者などが身寄りをなくしたりして、施設入所などの契約行為や預貯金など経済面の自己管理が困難になった時に代理人となって支援する事業で、その人の一生を支援していく。
居宅介護支援事務所「ケアオフィスあい」(兵庫県姫路市)を設立したのは2016年。自宅で暮らす高齢者のためにケアプランを作ったり、その後の日々の様子にも目配りして高齢者の暮らしを支える相談事業だ。当初は1人で切り回していたが、相談件数が増えたためスタッフを募集。さらに5年後には障がい者を対象に同様の仕事をする相談支援事業所「たけのこ」を設立し、今ではケアオフィスあいで6人、たけのこで3人のスタッフを抱えて、利用者は前者で200人、後者80人に上っている。
適正なサービスを受けられるようプランを作成し、その後の経過をチェック、関係機関と調整する
介護分野ではケアマネジャー(介護支援専門員)、障がい者分野では相談支援専門員と呼ばれる相談員だが、いずれもカバー範囲は広く、煩雑だ。
介護が必要な人が自宅で暮らしていくには、訪問介護をしてもらったり、デイサービスやリハビリに通ったり、車いすなど介護器具をレンタル・購入する必要がある。介護保険がある程度カバーするが、その人の介護度に応じてそれぞれ限度額があり、それを超えると自己負担となる。行政への申請などさまざまな手続きも必要だ。ケアマネジャーはそうした要介護者が介護保険を利用しながら適切にサービスを受けられるよう、本人と各サービス事業所、行政などとの橋渡し役として調整する。
ケアマネジャーの仕事は、ケアプランの作成とその実施状況のモニタリングが大きな柱。本人の生活環境や介護度、本人の希望を把握し、どんなサービスをどこのサービス事業所で受けるのが適切か調べ、計画を立てる。その上で、そうした計画がうまく機能しているかをモニタリングして適切かどうか確認する。本人に負担がかかりすぎないよう介護保険給付内かどうかもチェックする。モニタリングの結果、本人に合った計画でなければ修正していく。
このため、ケアマネジャーはデイサービス施設を訪れて、利用者がなじめているか確かめたり、本人の居宅を訪問して話を聞き、サービス利用に問題がないか、介護度に変化がないかなどを確認。問題があれば、かかりつけ医やサービス事業所と連絡をとり、改善する。このほか、介護保険給付の管理も担っていて、毎月のサービス利用状況や介護保険給付額をチェックし、各サービス事業所と連絡を取り合う。
こうした日々の活動のすべては、居宅サービス計画、支援経過書、サービス利用提供票などの帳票に記録する。各記録は利用者、サービス事業所、国民健康保険団体連合会などと共有し、サービス開始時や問題が生じたとき、介護度認定の更新時などには、利用者の家族やかかりつけ医、サービス提供責任者らとサービス担当者会議を開き、意見交換しながら対応する。利用者や各事業所、行政などに提出する書類も膨大な量になる。
ケアオフィスあいでは、帳票を介護記録ソフトを使って記入しているが、このソフトでは作れない書類も多く、これらは担当のケアマネジャーがそれぞれのパソコン上で独自に作成していて、情報共有はできていなかった。
事務所がマンションの2階と7階に分かれているため、2階を成年後見事務所として使っている高橋さんにとっては、帳票などの記録を見ようとすると、わざわざ7階まで出向かなければならず、「とても不便だった」。
クラウドシステムの導入で誰でもデータを見られ、共有も容易に。対応の迅速化に役立った
「ケアオフィスあい」が信頼性の高いセキュリティソフトとともにクラウドシステムを導入したのは2022年秋だ。パソコンのデータが共有でき、どこでも誰でも、見たり記入したりできるというのが一番のメリットだ。
ある時、80代の男性利用者が脳梗塞(こうそく)の再発で自宅から救急搬送されて、病院から相談担当者に、普段飲んでいる薬や体の状態などについて問い合わせがあった。「従来だったら事務所へ行かなければ答えられなかったのですが、コロナ禍で自宅に仕事用パソコンがあり、ケア記録をすぐ確認できて、迅速な対応ができました」と、ケアマネジャーの藤原さおりさんが話す。ケアオフィスあいでは、基本的にはパソコンは事業所に置いておくが、コロナ禍のためリモート作業が必要となっていたのだ。
東日本大震災以降、BCP(事業継続計画:自然災害、テロなどの緊急時にも事業を継続できるようにする計画)対策に注目が高まっている。コロナ禍などのパンデミックでも同様で、高橋さんはクラウド導入により、非常時でも困っている人たちのための相談事業を途切れなく継続する態勢へ一歩近づいたと考えている。
ケアマネジャーは基本的には担当する利用者が決まっているが、病気で休んだりした時は他のケアマネジャーが代わって対応する必要が出てくる。こうした時も、以前は担当のケアマネジャーだけしか見られなかったデータがクラウドですべて簡単に情報共有できるようになり、スムーズに引き継げるようになった。
まだまだアナログが多い介護現場。市役所や病院の書式もクラウドで共有。福祉関連法の改定時も夜間自動で更新
介護現場はまだアナログ対応が多く、利用者ごとにどんなサービスを使い、介護報酬は何単位で、いくらになるかといったサービス利用提供票なども各介護サービス事業所へFAXで送っている。その送り状のスタイルが事業所ごとに違っていたり、市役所や病院の書類の書式もそれぞれ異なっていて、かつては相談員同士がUSBメモリでその書式をやりとりすることもあったが、これもクラウドで簡単に共有できるようになった。
福祉関連法は改定が多く、かつては事務所側で改定に合わせてシステムのバージョンアップをしていたが、長い時には半日もかかり、その間パソコンを使えないケースもあった。今は夜間に自動で更新してくれる。もちろん2階と7階を頻繁に上り下りしていた高橋さんも2階にいながら帳票を見られるようになった。
クラウドシステムは、もちろん障がい者を対象とする相談支援事務所「たけのこ」にも導入されており、こちらでも相談員同士の情報共有が容易にできるようになっている。
「その人がその人らしく生きられるような支援が大切」そのためには相談支援技術を身につける必要がある
「8050問題が最近、話題になりますが、私たちはもうすぐ9060問題になりそうだと言っています」(高橋さん)
8050問題とは、80歳の親と50歳の子どもが一緒に暮らしていて、子どもは引きこもりなどで収入がなく親の収入が頼り、という家庭だ。高齢化が進み、いまや90歳代と60歳代の親子も増えつつあるのだ。
「8050問題では、ケアマネジャーによる介護支援だけでなく、相談支援事業所、地域包括支援センター、民生委員など、複合的な支援態勢が必要になります」と高橋さんは話す。そして、高橋さんが今考えているのは、介護保険法に基づく高齢者介護、障害者総合支援法に基づく障がい者支援、また民法による成年後見制度を、縦割りでなく全体として見て人々の暮らしをカバーし支援する相談事業だという。
「そのためにも相談援助技術を身につける必要があります」と高橋さん。
相手の立場に立って話を聞きながら、法律や制度を適切に利用できるように専門的な知識を的確に生かす。その人がその人らしく生きられるように支えることが大切だという。
「人と人との信頼関係が私たちの仕事を支える一番大切なことだと思っています」。高橋さんはそのためにもICTのさらなる導入で書類を減らしたり、タブレット入力などで煩雑な作業の効率化を図り、人との対面に時間を増やしたいという。
子どもの頃から育んでくれた地域への貢献も事業の大きな柱
高橋さんのもとには、しばしば近所の人から相談が持ち込まれる。「どうも隣のおばあちゃんの様子がおかしい。認知症が進んできたみたいだ」「お客さんが車いすを買いたいと話していた」など。
「ケアオフィスあい」の事務所のある福沢町は高橋さんが生まれ育ったところ。今では姫路市内でも有数の〝高齢者の町〟だが、町内は昔からのご近所さんが多い。お互いの日々の暮らしを見守る空気も強く、高橋さんも「地域への貢献」を仕事の大きな柱としている。「ケアマネジャーである人と、ケアマネジャーの仕事をしている人がある、という言葉をうちのスタッフが言っていました。ケアマネジャーを単なる仕事ととらえて漫然と作業をするのでなく、相手の気持ちを汲み取れるケアマネジャー、人との信頼関係を築ける人でありたい」
自分を育んでくれた人々、地域。福沢町は文字通り高橋さんの福祉の仕事の立脚点なのかもしれない。
企業概要
会社名 | 合同会社ケアオフィスあい |
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本社 | 兵庫県姫路市福沢町47 福沢ビル702 |
電話 | 079-290-5068 |
創業 | 2016年7月 |
従業員数 | 9人 |
事業内容 | 居宅介護支援事業所 相談支援事業所 |