経営者が企業経営をしていく中で、従業員のリストラを決断しなければならない場面もあるだろう。日本企業を取り巻く社会環境は、スピーディーに大きく変化している。現代の企業にはイノベーションが必要であり、時代に合わせた組織の再構築は激しい競争下で生き残っていくための選択肢のひとつとなるのだ。再構築の手段として、リストラ(人員削減)がある。しかし、現在の日本では、従業員のリストラを簡単にはできないことが多い。今回は従業員のリストラを進める手順と、確認しておくポイントを解説する。
目次
従業員のリストラは簡単にはできない
リストラは、企業が経営不振などを理由に、経営を維持していくために従業員を解雇せざるを得ない場合に行うものだ。「整理解雇」「人員削減」「雇用調整」などとも呼ばれる。
解雇は企業が一方的に従業員に申し出るものだが、日本の法律では、企業がいつでも自由に解雇できるものではない。労働契約法第16条では、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、労働者を辞めさせることはできないとしている。
労働契約法の他にも「労働基準法」「労働組合法」「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」などの法律で、解雇ができないケースが決められている。
さらに、職務規則に違反した従業員を解雇する場合でも、何回も違反した事実や、違反の内容や態度が重大な損害を与えたのか、悪意や故意であったのかなど、さまざまな事情を考慮され、最終的には裁判所の判断にゆだねることになる。このように、従業員のリストラは法的に簡単にはできないのである。
リストラが簡単にできない理由は法律の他にもある。まず、従業員の解雇に時間がかかる点も理由のひとつだ。従業員を解雇するときには、予告解雇として原則少なくとも30日以上前に解雇の予告(通知)することが、労働基準法第20条で義務付けられている。また、リストラを進めていくには、リストラに至るまでの要件と手順が必要であり、時間もかかる。
従業員リストラの現状
2019年の従業員リストラの現状を報道によって発表された内容を見てみると、多様化するリストラの方向性が垣間見られる。
第一に、企業がリストラに踏み切る理由に業績不振がある。日産自動車は、2019年4~6月の営業利益が過去10年で最低であった結果から、業績不振に陥っているといえる企業だ。日産自動車は2022年度までに1万2,500人規模のリストラを実施予定だ。
また、消費者動向の変化によってリストラに舵を切る決断をするケースも出てきている。近年、消費者が商品を購入する手段は、アマゾンなどネット通販の勢力が増している。それに伴って、実店舗の経営は急激に厳しさが増加しているのだ。
「セブンイレブン」「イトーヨーカ堂」「西武百貨店」「そごう」などを抱えるセブン&アイ・ホールディングスも厳しい状況に置かれている。イトーヨーカ堂では、2023年2月末までに1,700人のリストラを実施予定だ。
さらに、業績不振を理由として人件費をカットするために実施する企業だけでなく、業績が好調の中でも時代に合わせた組織の再構築の手段としてリストラを行うケースも出てきている。これは、不採算部門から撤退して事業を縮小しながら成長部門に事業展開を図るために早期退職などを実施し、人員の適正化を図るためのリストラである。
解雇によるリストラをしないための5つの方法
経営者にとっても従業員を解雇することは苦渋の選択である。広い意味で、リストラとは解雇だけを指すものではない。解雇回避のために企業が努力して行う希望退職者の募集や、配置転換もリストラの方法といえる。また、リストラによる解雇が客観的に合理的な理由を持ち、社会通念上相当と法的に認められるためにも、解雇に至るまでに実行した努力義務の手順が必要となる。
1.賃金や賞与の減額
リストラ候補となる従業員の賃金や賞与の減額を思案して雇用の道を検討し、リストラを実行する前に従業員に提案する。
2.役職定年や降格
リストラ候補の従業員に対して、役職定年や降格を思案して雇用の道を検討する。多くの企業が、50歳などの年齢によって役職定年を実施している。
3.配置転換
不採算部門の従業員を人材が必要な部門へ配置転換し、雇用の道を探る。損保ジャパンは、2020年度末までに、余剰人員について介護などを手掛けるグループ企業へ配置転換する。希望退職者の募集は予定していない。
4.転籍
従業員を子会社へ転籍させることで、人材活用の道を探る。関連会社を抱える企業では有効な手段である。
5.M&A
M&Aは、リストラを伴わないポジティブな事業承継プランであろう。優良企業に会社を引き継ぐことで、従業員は雇用を確保し、経営者は保有株式を売却することで資金を得ることができる。
リストラ以外の3つの解雇
リストラ以外にも、解雇は3つに分類される。これらは「整理解雇」と呼ばれるものだ。従業員にとっては「解雇」と「リストラ」は同じ意味合いで考えられるケースが多いため、それぞれの解雇について理解しておくことが重要となる。
1.普通解雇
「普通解雇」とは、「懲戒解雇」「整理解雇」以外の解雇の総称だ。普通解雇の解雇理由は、傷病による勤務不能、勤務成績不良、協調性の欠如などが挙げられるが、就業規則などに根拠となる定めがあること、解雇予告あるいは解雇予告手当の支払いをすること、各種法令の解雇制限に違反しないこと、解雇権濫用にあたらないことなどの要件を満たすことが求められ、客観的に合理的な理由を持ち、社会通念上相当と認められなければならない。
2.懲戒解雇
懲戒解雇とは、従業員が企業の秩序に違反した場合に懲戒処分として実行される解雇だ。ただし、懲戒処分にあたる事由がある場合でも、企業が自由に懲戒解雇することはできないことが労働契約法15条で決められている。
3.不当解雇
不当解雇とは、「労働契約法」「労働基準法」「労働組合法」「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」などの法律禁止されている解雇ができないケースや就業規則の規定に違反し、企業の都合で一方的に従業員を解雇することを指す。
従業員のリストラを合法的に進める手順
企業がリストラを行う場合は、まずは、客観的な合理的理由を明確にし、解雇に至らないように努力義務の履行を実施した上で、致し方なく解雇を実施する手順を踏む必要がある。従業員のリストラは「希望退職者の募集」「退職勧奨」で行われることが多い。
STEP1.希望退職者の募集を行う
希望退職者の募集は、法的なリスクが少ないことが予測され、大手企業のリストラでは高い割合で採用される方法だ。解雇によるリストラを展開する前に希望退職者の募集を行うことは、解雇を避けるために企業が実行した努力義務としても有効である。
ただし、希望退職者の募集を行う場合は「50歳以上」であるとか「不採算のため撤退する部門の従業員」などの基準をもとに募集するため、企業が辞めてもらいたい従業員をスポットで選択することができない。
希望退職者の募集では、企業にとって必要で優秀な人材も退職を希望してしまうリスクが存在する。また、通常は希望退職者の基準を満たす従業員全員と面談を実施していく手続きを踏むため、時間と労力がかかる。
さらに、予想を上回る希望退職者が出た場合や、退職金などの金銭面の条件を社内で公表して募集し、従業員個人に合わせた交渉を行わないため、費用が大きくなる可能性がある。
具体的には、希望退職者の基準や金銭面での条件などを社内で発表して、基準の対象者全員と面談を実施する。面談時に企業が辞めてほしいと考えている従業員に対しては、希望退職の応募に向けて後押しを行い、1回目の面接で決まらない場合は、複数回の面談を行い、従業員の合意による退職を促していく。
STEP2.退職勧奨を行う
退職勧奨は、企業が辞めてもらいたい従業員に対して個別に退職を勧め、合意による退職を目指す。辞めてもらいたい従業員に的を絞ってリストラを行うので、効率的な方法だ。退職勧奨で合意による退職が進まない場合は、整理解雇を検討していくこともある。
解雇によるリストラは法的なリスクが高くなる。従業員から解雇によるリストラが不当解雇として訴えられた場合、最終的には裁判所での判断に従うことになる。
希望退職者の募集は対象の従業員全員に対して面談を行う必要性と比較すると、担当者の労力は少ない。退職勧奨は社内でオープンに行われるのではなく、個々の従業員に対して秘密裏に行われるため、リストラの情報が社内全体に広まる可能性が低いが、うわさが広がり従業員に不信感が広がることもある。
従業員リストラで確認しておくポイント
従業員のリストラで確認しておきたいポイントは次の3点だ。
ポイント1.リストラをする客観的な合理的理由を明確にする
従業員のリストラを合法的に進めるためには。労働契約法第16条を満たした上で、リストラを進める客観的に合理的な理由を明確にし、社会通念上相当と認められる必要がある。
例えば、業績不振のためにリストラによって人件費削ることが、企業の存続にとって必要なことなどが理由として挙げられる。
ポイント2.リストラ後の組織を考えておく
リストラは単なる人件費の削除ではなく、時代に合わせた組織の再構築が目的だ。リストラ後に事業を発展していくための人員配置や組織プランを、リストラ計画を開始する前に固めておく必要がある。
従業員のリストラは手順を守り細心の注意を払うことが重要
従業員のリストラを考えるときに重要なのは「手順」である。まずは、前述した通り、リストラを進める客観的に合理的な理由を明確にし、社会通念上相当と認められる必要がある。解雇によるリストラに至る前には、賃金や賞与の減額、役職定年や降格、配置転換、転籍、M&Aなどを検討し、実行できるものは実行し、企業努力も求められる。結果的に希望退職者の募集や退職勧奨に入るときには、合法的に細心の注意を払って実施していく必要があるだろう。
文・小塚信夫(ビジネスライター)