インフルエンサーとのコラボでオリジナルTシャツをネット販売する異色のスタートアップ 一春(神奈川県)

目次

  1. 個人でのオリジナルブランド事業から法人化へ転換
  2. インフルエンサーの訴求力を活用したビジネスモデル
  3. 自社ECサイト「EAST WOODS」で商品提供 強みは企画から製作、梱包、発送までの自社一貫対応
  4. 多様なデザインニーズに対応し高速プリンターを導入 商品の幅を広げる
  5. Tシャツのカラーは人気のホワイトとブラックの「二刀流」が可能に
  6. 生産性向上は試行錯誤を重ねこれからの課題
  7. 将来は「EAST WOODS」の海外展開の構想も
中小企業応援サイト 編集部
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株式会社一春(神奈川県相模原市)は、X(旧Twitter)やInstagramなどソーシャルメディアでの発信で大きな影響力を持つインフルエンサーの訴求力を活用し、オリジナルデザインのTシャツを製作し、自社EC(電子商取引)サイトを通じて販売している異色のスタートアップ企業だ。2023年5月には新たに高性能な高速ガーメント(衣服)プリンターを導入し、多様化するニーズに応えるとともに、商品領域の拡大にも挑み、「一つの春をプレゼントする」と社名に込めた思いの実現に大きな一歩を踏み出す。(TOP写真:一春をイメージしたデザインのサインボードを囲む小松想代表取締役<左から2人目>とスタッフ)

個人でのオリジナルブランド事業から法人化へ転換

一春(いっしゅん)は2020年8月の設立で、それまで個人のオリジナルブランドでTシャツやユニフォームを製作してきた小松氏が法人として事業を立ち上げた。法人化に踏み切ったきっかけは、あるインフルエンサーのオリジナルグッズを手掛けたことにある。

現在25歳の小松氏は「会社の設立なんて毛頭考えていなかった」と当時を振り返る。しかし、このオリジナルグッズは「ものすごい勢いで売れ、自分一人で対応できるキャパシティーを超えてしまい、これはもう人を雇わないといけない。雇う以上は会社を立ち上げないと」との考えに傾いた。

さらに、ユーチューバーなどのインフルエンサーは事務所に所属しているケースも多く、所属事務所との交渉や取引をする上で法人格を持った方がメリットもあり、最終的に会社設立に踏み切った。

インフルエンサーの訴求力を活用したビジネスモデル

インフルエンサーとのコラボでオリジナルTシャツをネット販売する異色のスタートアップ 一春(神奈川県)
一春が製作しているTシャツやトートバッグなどのオリジナル商品

一春が展開する事業にとって、インフルエンサーの存在は欠かせない。それは同社の事業がインフルエンサーにTシャツやグッズを提供し、それを宣伝してもらい、商品購入につなげるビジネスモデルを基本としているからだ。まさに、インターネット社会だからこそ生まれたビジネスと言える。

小松氏はこの点を「フォロワー数がわずか10人でも1万人もいても変わらずに夢を追い続けているユーチューバーやティックトッカー、ラッパー、アーティストといったインフルエンサーにPR用のTシャツやグッズを無料で1点提供し、それをインフルエンサーとコラボレーションして製作したオリジナルグッズとして取り上げてもらい、自社のECサイトで提供する」と説明する。

Tシャツなどにプリントするデザインはその都度、一春の提案に相手側の意向を取り入れて作成したり、インフルエンサーが持ち込むケースもある。このほか、デザイナーを紹介して企画する場合もある。

小松氏と営業担当の取締役に加えて、事業を支えるスタッフは社員4人とフルコミッション(完全歩合制)の営業2人とアルバイト3人。それに製作に入っているアーティスト1人とデザイナー1人が加わる。

自社ECサイト「EAST WOODS」で商品提供 強みは企画から製作、梱包、発送までの自社一貫対応

インフルエンサーとのコラボでオリジナルTシャツをネット販売する異色のスタートアップ 一春(神奈川県)
「企画から製作、梱包、発送まですべて自社で対応している一貫した取り組みが強み」と語る小松想代表取締役

自社のECサイトは「EAST WOODS」のブランドで展開しており、現在、毎週土曜日に50~80人程度のオリジナルグッズを出品している。小松氏は「一度コラボレーションしてもらったインフルエンサーの多くは四季ごとや春物、夏物といった具合に継続的に出品しているので、常に出品数は伸びている」という。商品はTシャツに加え、ロングTシャツ、パーカー、スウェット、トートバッグなどアパレル中心に扱っている。

インフルエンサーに対するアプローチは、メールかインスタグラムのメッセージを「EAST WOODS」のアカウントで送ることを基本としており、所属事務所を通す場合は営業担当が直接出向き交渉することもある。

「EAST WOODS」と同じようにインフルエンサーとのコラボレーションによりオリジナルグッズを販売しているECサイトは複数存在する。しかし、これらはプリントを工場に外注するなどで対応しているケースが多いとみられる。これに対して「EAST WOODS」の場合は、外注に頼ることは一切なく、「企画から製作、梱包、発送まですべて自社で対応しており、この一貫した取り組みが当社の強み」と小松氏は強調する。

これを反映して、協力してくれたインフルエンサーに支払う金額は、外注に依存している同業者に比べ高めに設定できる。さらに商品の価格設定にも柔軟に応じられる。

「EAST WOODS」の場合、製作費から販売価格までをインフルエンサーが決め、その差額をインフルエンサーが受け取る仕組みとしている。このため、フォロワーやファンに中高生が多く、インフルエンサー側から販売価格を低く抑えたいとの申し入れがあれば、シンプルなデザインでインクの使用量を減らすなどで製作費を圧縮し、販売価格を下げられる。まさに、自社製作ならではの強みを発揮できるというわけだ。

「EAST WOODS」で販売する通常の商品はTシャツが1枚3,900円の「サンキュウ価格」で提供しているケースが多い。ただ、小松氏は「基本的には個々のインフルエンサーのファン層に合わせて価格設定している」として購入者本位の姿勢を貫く。そうした配慮もあってか、現在は月に約250~300人分、1,000~2,000枚程度を販売するまでになっている。

多様なデザインニーズに対応し高速プリンターを導入 商品の幅を広げる

インフルエンサーとのコラボでオリジナルTシャツをネット販売する異色のスタートアップ 一春(神奈川県)
印刷可能範囲がA4サイズまでの小型プリンターは現在2台を備える

一方で、インフルエンサーらからはより複雑なデザインの依頼が増えており、こうしたニーズに応えることが現在の課題となっている。実際、会社を立ち上げた時に使っていたガーメントプリンターは個人でオリジナルブランドを手掛けていた当時からの小型モデルで、Tシャツへの印刷可能範囲はA4サイズまでだった。現在はこの小型モデルを更新し、同じモデルを2台備えている。しかし、多様化するデザインの作成には機能的に限界があったのも事実だ。

しかも、社内でプリント作業を行うのは小松氏の一人だけであり、小松氏自身も「プリントショップで働いた経験もなく、独学で取り組んできたこともあり、複雑なデザインの要望には技術面でのクオリティに課題があった」と語る。

そこで、これまで以上により多様なデザインに対応できるガーメントプリンターの購入を検討することになり、2023年5月に新たに高性能の高速モデルを導入した。大型のモデルのため、導入のタイミングに合わせてオフィス・工場を神奈川県大和市つきみ野の3DKの賃貸物件から相模原市南区の現在地に移転したほどだ。

導入の狙いは第一に商品の幅を広げることにあり、インフルエンサー、フォロワー・ファンそれぞれの多様な要望に応えることにあった。それに加え、作業面ではミスをなくしてロスや不良品が発生しないようにつながることも期待した。

Tシャツのカラーは人気のホワイトとブラックの「二刀流」が可能に

インフルエンサーとのコラボでオリジナルTシャツをネット販売する異色のスタートアップ 一春(神奈川県)
2023年5月にオフィス・工場の移転とともに導入した大きなサイズもプリント可能な高速プリンター。ブラックの濃色布地にも対応できる

新モデルの導入効果について、小松氏は「ホワイトインクに対応できることからブラックなどの濃色布地にもプリントでき、デザインの幅が大きく広がった」点を挙げる。Tシャツのカラーはホワイトとブラックに圧倒的な人気があり、高い需要がある。しかし、これまでは設備面でブラックやネイビーなどの濃色布地にプリントしたTシャツが提供できなかった問題が、新モデル導入によって解消した。

小松氏は「ブラックは絶対的な人気色。これまでホワイト生地一色だったのが、新モデル導入でブラックとの二刀流での提供が可能になったことは大きい」と語る。

また、印刷可能範囲が最大406×498ミリメートルとかなり広く、印刷中に生地や紙を送り込む働きをするプラテンと呼ばれる装置のサイズもラージ、ミディアム、スモールがあって、大きなサイズのTシャツにも余裕を持って対応できる。

2023年5月に導入したばかりのため、「まだまだ実験段階で使いこなしていない」(小松氏)ものの、新モデルは機能面でも優れており、今後はグッズ製作の幅が広がり多様な需要に応えられるようになるとみる。

実際、インフルエンサーの依頼の中にはアーティストやラッパーのような独特な個性や自己主張の強い人もおり、「プリントの表面を立体的なパリパリとした感じに」「シールのようにしたい」とか、「発色にこだわりたい」といった細かな要望も多い。これが新モデルによって、依頼者側が納得できる商品として提供できるようになった。

さらに、帽子やシューズといった立体的なグッズにもプリントが可能であり、新モデル導入を契機に今後は商品バリエーションを広げることも検討している。ただ、小松氏は「自分たちができることに集中しながらちょっとずつ広げていければ」と慎重さも忘れない。

生産性向上は試行錯誤を重ねこれからの課題

新モデル導入で生産性が上がったかは現時点では未知数のようだ。小松氏は「導入に当たっては、とにかく良い商品、納得できる商品を作ろうという考えを優先した。もちろん効率化はしたいし、効率の良い取り組み方があると思う。ただ、新モデルの活用は実験段階でまだ効率化を考える次元には入っていない」と語る。生産性向上は試行錯誤を重ねた上でのこれからの課題と捉えている。

小松氏は経営面については今回の高速ガーメントプリンターの導入を含めて「やっとスタートラインに立った段階」との認識を示す。業務管理面もECサイトからの注文や発送、納品、集金などの集計業務をエクセルにプログラミングするなど、当初の手書き処理をなくしデジタル化により効率化を図っている段階だ。

将来は「EAST WOODS」の海外展開の構想も

半面、事業面は将来に向けて「全く未知数」(小松氏)としながらも、意欲的な構想を抱く。「EAST WOODS」でのEC事業を日本国内と全く同じビジネスモデルで海外展開することや、インフルエンサーに女性が多いことからネイルやジュエリー、フラワー関連の事業などの事例を挙げる。しかし、その前提は「現状から商品を増やしていって、大きな木が根太くなった後の展開」(小松氏)と将来を見据える。

足元では高速ガーメントプリンターの導入によって、インフルエンサーやそのフォロワー・ファンのニーズに応じたオリジナルな「一点物」の価値に更なる磨きをかけることが可能になり、「EAST WOODS」ブランドの商品力は確実に上がる。一春の社名が意味するのは「自分たちが一番で始まりだ」であり、高速ガーメントプリンターの導入がそれを具現化する大きなきっかけにもなり得る。

企業概要

会社名株式会社一春
住所神奈川県相模原市南区松ヶ枝町16-4 小山ビル2階
HPhttps://eastwoodswear.com/
電話080-4450-1590
設立2020年8月
従業員数9人
事業内容ECサイト「EAST WOODS」の運営、ユニフォームの製作