目次
- 環境問題への対応や後継者不足でめっき工場が減少する中、取引先が増加。受注は1個から大量ロットにも応じ、短納期が強み
- 第二工場の建設を機にデジタル化を推進。社員の増加に応じて2008年、就業管理システムを導入。2018年にクラウド導入、データ活用が大幅に広がった
- 取引先の要請により1995年よりバーコード製品管理システムを導入。2010年には取引量の増大とともに自社発行の手書きの伝票は全て廃止、納品書・請求書も即時発行可能に
- 次に進めたいのは工場のIoT化。事務所と工場をつないで情報共有し、生産工程の見える化を図りたい
- ICT活用は必須の時代。取引先に対して「知らなかった」では済まされない。デジタルリテラシーは中小規模の会社でも欠かせない
- 先端技術は積極的に採用し、会社を百年企業に育てたい
戦前・戦後にかけて創業した中小の製造工場。その多くは家族経営という形態が占め、中小規模ながらも大手メーカーへのサプライヤーとして、日本の製造業の発展を担ってきたといっても過言ではない。しかし今、そんな中小製造業の多くが厳しい状況に置かれている。大手メーカーからは生産工程管理や納品管理システムの導入、環境負荷をかけない製造工程の遵守、業界規格に準拠した生産設備の配置など様々な要求を迫られ、多くの中小製造業は対応に苦慮している。さらに近年は後継者不在で廃業するケースも増えているという。
そんな状況において、群馬県館林市で鍍金(めっき)加工を手掛ける三耀鍍金工業所は今年創業87年目を迎える中小企業だ。同社は北関東エリアを中心に、中小企業から大手メーカーまで幅広い取引先を有し、その数は年々増加の一途を辿る。戦前に現社長の祖父が立ち上げ、家族で事業を守り継いできた同社は、ICTを活用して百年企業を目指している。(TOP写真:防犯用として監視カメラを導入。自動化された工場内設備の稼働状況も確認できる利点があった)
環境問題への対応や後継者不足でめっき工場が減少する中、取引先が増加。受注は1個から大量ロットにも応じ、短納期が強み
有限会社三耀鍍金工業所は代表取締役 新井一成氏の祖父が1936年に東京都荒川区で創業。現社長で3代目となる家族経営の企業だ。同社は1954年に法人組織に転ずると高度成長期とともに歩みを進め、1961年には生産拠点を群馬県館林市に移した。さらに1975年には同区域の工業団地に移転して現在に至る。手掛ける分野は重機などの産業機械を中心に、自動車・鉄道・住宅関係など幅広く、部品1個から数百個のロットまで受ける。強みは、品質の高さと短納期への対応だ。時には受注当日の納品というケースもあるという。
「めっき加工は製品のほぼ最終工程ですので、この工程が終わらなければ製品は完成しません。だからこそ、お困りのお客様の期待になるべくお応えしたいのです」。そう話すのは、新井知子専務取締役。現社長の妹に当たる新井専務は1998年に入社し、25年にわたり会社の道のりを見つめてきた。
「この近辺にはかつて5〜6社めっき工場がありましたが次々と閉鎖してしまい、今では当社の他には1軒しか残っていません。その結果、ご紹介やホームページ経由で当社へのお問い合わせが増え、受注増につながっています」と話す新井専務。今、めっき工場は減少の一途だという。めっき加工は特殊な薬品を用いるため排水における規制が多く、製造業の中でも特に厳しい環境基準が定められている。そのため、排水処理のための設備投資の難しさや後継者不足により、廃業や倒産するめっき工場が増えているというのだ。さらに年々規制も厳しくなっており、新たに許認可を得て開業することは相当困難だろうと新井専務は推測する。
「最近では既存の取引先に加えて新規取引先が増え、応じる品目も多種多様になりました。数量は1個から大量ロットにまで応じていますし、品質の高さには自信があります」。めっき工場の減少に加え、高品質かつ数量や短納期にも柔軟に応じられる体制も安定的な受注につながっている。
第二工場の建設を機にデジタル化を推進。社員の増加に応じて2008年、就業管理システムを導入。2018年にクラウド導入、データ活用が大幅に広がった
節目は2003年、第一工場の向かいに第二工場を建設したことだった。この頃には取扱品目・生産量ともに増加したため、生産設備も徐々に拡充。取引先は個人経営の会社から大手メーカーまで多岐に及んでいた。
新井専務が印象に残っているという出来事は、2008年に始まるリーマンショックだった。「一時は受注が激減しましたが、数ヶ月でなんとか元の受注数まで戻しました。当時社長を務めていた父と、前専務であった母の手腕です」と新井専務は敬意を示す。母親は、時に工場で作業を手伝うこともあったという。「母はバイタリティあふれる人でした。総務の仕事の傍ら、率先して工場に入って忙しい部署を手伝っていましたし、私が子供の頃はジーパンを履いてフォークリフトにも乗っていました」と振り返る。
第二工場ができて以降、母親が苦労していたのが社員の勤怠管理と給与計算だった。当時は給与計算も明細書の作成も全て手書きで、社員が増えるにつれ作業量も増えていった。母親は日中のデスクワークの他に工場に入ることもあり、給与計算は自宅で夜間に行うこともしばしばだったという。そのため計算ミスも度々生じ明細書の作成し直し等の労力も大きくなったため、新井専務の提案で2008年に就業管理システムを導入することにした。
導入の結果、集計作業は格段に早く・楽になり「もっと早く導入すればよかった」と母親から喜びの声が上がったという。システム導入に際してはこれまでのタイムカードを廃し、IDカードをリーダーに通す方式に変更したため、ペーパーレス化と経費削減にもつながった。その後2023年のシステムアップデートを契機に、読み取りエラーの出にくいタッチ式カードに移行。勤怠データはクラウド化され、連動する給与システムによりデータの集約と自動集計が可能となった。
「タイムカードの時代はパソコンとタイムレコーダーをケーブルでつないでデータ移行する手間があり、データのバックアップを取る作業も煩雑でしたけど、クラウド化されてその手間がなくなりました」と導入効果を実感する新井専務。大切な勤怠データ滅失の不安からも解放されたという。
取引先の要請により1995年よりバーコード製品管理システムを導入。2010年には取引量の増大とともに自社発行の手書きの伝票は全て廃止、納品書・請求書も即時発行可能に
第二工場が稼働し始めた2000年代はデジタル化が加速し、その波は工場にも及んでいった。大手企業との取引が増え、販売管理システムの導入を求められるようになったのだ。請求書・納品書・明細書が手書きだった時代と比べて取引量は格段に増えており、手書きだけでは作業効率が悪い上、記入ミスの温床となるのは必至だった。そこでバーコード認証を用いた製品管理システムの他に2010年に販売管理システムを取り入れ、受注から納品までの管理を正確かつ省力化する仕組みを整えた。
手書きの伝票は今や一部の取引先に対応する程度だ。2010年にこの販売管理システムの導入により、事務スタッフの負担が格段に減った。「進捗のお問い合わせがあった時、事務所の人間は取引先や製品を覚えていないと対応ができないのですが、このシステムはそれを補ってくれています」と新井専務。わかる人しか対応できないという属人化の弊害もなくなった。
地域からめっき工場が徐々に撤退し、三耀鍍金工業所に問い合わせが増えると、新井専務はホームページによる情報発信の必要性も感じるようになっていた。当時は工業団地のホームページ内に1ページ掲載されているのみで、情報量が少なかったのだ。そこで同社は2014年、新たに自社ホームページを公開した。基本デザインはシステム支援会社に作成依頼し、公開後は自分たちで情報の更新や写真の追加・差替が容易にできるホームページ作成ソフトを採用。情報発信がタイムリーにできることが強みだ。
また、その頃導入したものの一つに監視カメラがある。近年、日本各地では工場や倉庫からの製品・材料・車両の盗難が相次いでおり、同社でも敷地内の盗難に備えて設置した。当初は屋外に設置していたが、一度事務所に空き巣が侵入したことから屋内にも設置した。期せずして、このカメラは工場内のラインの稼働状況の確認にも役立っている。また、タッチ式カードを導入する以前は、打刻漏れをした社員の出退勤時間を確認するなど防犯以外の用途にも効果を発揮していた。
次に進めたいのは工場のIoT化。事務所と工場をつないで情報共有し、生産工程の見える化を図りたい
2019年には新井専務の兄、新井一成氏が代表取締役に就任し、新井専務は母親から総務全般を引き継いだ。時を同じくして新型コロナウイルス感染症が蔓延(まんえん)し、ICTの活用は社会全体で加速度的に進んでいた。世代交代をした三耀鍍金工業所もICT活用には積極的に取り組んでいた。
取引先との支払手続関係にもICTを導入。ネットワークセキュリティ対策を講じた上でインターネットバンキングも開始した。また、現状では給与関係や販売管理の各部門で専用のパソコンを用いており、クラウド化しているのは勤怠管理のみだ。これらもいずれクラウド化し、情報を一元化したいと新井専務は考えている。「事務所以外の場所でからも指示や確認ができるので便利ですよね。BCP対応も踏まえてクラウドは欠かせないものになるでしょう」と見通しを示す。
さらに今後取り組もうとしているのは、工場設備におけるIoTの実現だ。現状では、工場で紙のチェック表に手書きで進捗を記入しているが、タブレット等を利用してデータ化したり、ネットワークで設備と事務所をつなげば情報の共有が可能になる。とりわけ、道を挟んで反対側にある第二工場の進捗を把握したいと新井専務は言う。「工場と事務所がつながれば、生産の進捗状況や完了予定などが事務所にいても把握できるので、進捗のお問い合わせにもすぐに対応ができます。今は私が生産管理も兼務していますが、生産管理システムが導入されれば私の仕事が一つ減ります」。さらに「機械の状態を始業前にチェックできますし、機械トラブルの原因も突き止めやすくなります」と実現に前向きだ。すでに工場と事務所内には無線LANが設置済みであることから、実現できる日はそう遠くないだろう。
ICT活用は必須の時代。取引先に対して「知らなかった」では済まされない。デジタルリテラシーは中小規模の会社でも欠かせない
躊躇(ちゅうちょ)することなくICTの活用を進めている三耀鍍金工業所だが、社会全体がデジタル化の流れにある今、対応していかなければ事業が立ち行かなくなると、新井専務は考えている。「事業が持続できるよう、改善できることは改善し、今後も便利なものがあればどんどん導入していきたいです。取引先から望まれることに対しても、できるところまでやってみようと思っています。そうしなければ、お取引が継続できないことは目に見えています」と危機感を抱いている。
新井専務はさらに「今後は『知らなかった』では済まないことも増える」と指摘し、中小企業もデジタルリテラシーを身につけることが必要だと断言する。それは、新井専務がパソコンインストラクターの資格を取得していることも関係しているかもしれない。新井専務はパソコンが普及し始めた頃に興味を持ち、独学でExcelやWordの操作を習得。「いろんなことができて楽しい」と感じたという。そして、家業に入社後はホームページを自力で作るべく通ったパソコン教室で、インストラクターの資格を取得するに至っている。家業への入社前に勤めていた企業で導入していたデジタルソリューションとの出会いや、家業において手作業が多かった時代からの変遷も見ているだけに、デジタル化の可能性を肌で感じとっているのだ。
先端技術は積極的に採用し、会社を百年企業に育てたい
「兄も私も、最先端のものは積極的に取り入れていきたいという考えです。やってみたいことや導入したいものがあれば、挑戦してみるべきだと思っています」と抱負を語る新井専務。今後は事務関係以外のこともさらに深く勉強したいという。「生産関係では法律への対応も必要ですし、お客様のニーズも変わってくるでしょう。大きな会社組織と異なり、私たちのような中小企業の経営者は、対応すべきことがいろいろあります。一つの仕事だけをやっているわけにいかないのです」
そして、時代に応じたシステム作りやソリューションの導入を進めながら、会社としての組織固めにも取り組んでいきたいと意欲を示す。
現在、新井専務の父は会長として健在で、今も毎日会社に顔を見せている。しかし、父親の右腕だった母親は2022年7月に他界した。新井専務は「母の功績はかなり大きかった」と、その仕事ぶりを賞賛する。「父と母がこれまでやってきたいいところは生かしながら、新しいこともどんどん取り入れていきたいと思います」と結ぶ新井専務。それはひとえに、会社をここまで育んできた両親への敬意に他ならない。祖父に始まり、三代にわたって受け継がれてきた三耀鍍金工業所は今、ICTの可能性を武器に百年企業へとさらなる飛躍を遂げようとしている。
企業概要
会社名 | 有限会社三耀鍍金工業所 |
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所在地 | 群馬県館林市近藤町372-7(館林金属工業団地) |
HP | https://sanyoumekki.co.jp |
電話 | 0276-74-2031 |
設立 | 1954年 |
従業員数 | 31人 |
事業内容 | 電気亜鉛めっき加工 |