敵対的買収に対する防衛策

ここからは買収を仕掛けられる側の視点で、敵対的買収に対する防衛策について見ていきます。防衛策は、平時から備えておくもの、敵対的買収が仕掛けられてから(買収者が現れてから)行うものに大別できます。

ただし、このような敵対的買収への対応方針について、株主・機関投資家からは「買収防衛を導入することにより企業のパフォーマンスが悪化する」と懸念する声も少なくありません。そのため、株主や機関投資家の理解と納得を得ずに用いることは実際には困難とされています。経済産業省が2023年8月に公表した「企業買収における行動指針」によると、対応方針の導入企業数は 2008 年以降、特に東証一部・プライム市場において、減少傾向が続いています。

一方で、健全な買収防衛策は長期的な株主価値の向上につながる可能性も高いため、経営者の恣意性を排除したものであれば賛成するとの意見もあり、買収防衛策に対する評価はわかれています。

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ライツプラン(ポイズンピル)

ライツプラン(Rights Plan)は、別名ポイズンピル(Poison Pill:毒薬条項)とも呼ばれる、敵対的買収に対する防衛策の一つです。

敵対的な買収企業が株式の過半数を取得しようとした場合、既存株主に追加の株式を市場価格より安価で購入する権利を提供するため、買収企業のコストが増加し、敵対的買収を防ぐことにつながります。

なお、ライツプランにはあらかじめ新株引受権を信託銀行に信託しておく「ライツプラン信託」と、平時から買収防衛策を開示して、敵対的買収に対して警告する「事前警告型ライツプラン」があります。

ライツプランによって敵対的買収を防いだ例としては、2007年に日本の調味料メーカー「ブルドックソース」が、アメリカのヘッジファンド「スティル・パートナーズ」の敵対的買収を阻止したことが挙げられます。

ゴールデン・パラシュート

ゴールデン・パラシュートとは企業の経営陣や重要な役員が解雇された場合に支払われる、経済的な保護措置です。「墜落する飛行機から、旧経営陣が黄金のパラシュートで脱出する」という比喩が名称の由来とされています。

敵対的買収で対象企業の経営陣を解雇する場合に、多額の退職金を設定した契約を結んでおくことで、買収企業が彼らを解雇するリスクが高まり、敵対的買収の抑止力につながります。なお、経営者以外の従業員に対しても割増退職金などを支払う契約を締結する対策は、ティン・パラシュート(Tin Parachute:ブリキのパラシュート)と呼ばれます。

ゴールデン・パラシュートが行われた例としては、コールバーグ・クラビス・ロバーツ社によるRJR Nabisco社の買収が挙げられます。1989年にノースカロライナ州でタバコの製造を行っていたRJR Nabisco社は、コールバーグ・クラビス・ロバーツ社に買収された際に、当時CEOだったロス・ジョンソンにゴールデン・パラシュートとして、5,800万ドル(当時のレートで約80億円)を支払いました。

チェンジオブコントロール(COC)条項

チェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項とは、M&Aなどを理由に契約の当事者の支配権に変更が生じた場合、もう一方の当事者が契約内容に制限をかけたり、契約そのものを解除できたりする契約規定のことです。

例えばライセンスや営業権を供与する場合、契約書にCOC条項を加えておくと、第三者に経営権が移った場合に技術移転などを防ぐことができます。特定の企業との契約依存度が高い会社であれば、敵対的買収に対する防衛策として効果を発揮することも可能です。

欧州圏では、被買収リスクが高いと思われる企業が社債を発行する際に、投資家が社債に対してCOC条項の付与を要求することが一般的です。 COC条項がつけられた社債は、買収などで支配権に変更が生じた場合、買収会社に対して社債の買戻しの請求権を発生できるプット・オプションが付与されています。つまり、敵対的買収に対する防衛策としての抑止力を発揮することになるわけです。

日本では、サッポロホールディングスが2007年6月にはじめてチェンジオブコントロール条項がついた社債を発行して、話題となりました。

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ホワイトナイト

ホワイトナイトとは、敵対的買収を仕掛けられた企業が、別の友好的な買収者を見つけて買収あるいは合併をしてもらい、敵対的買収を阻止する防衛策のことです。新たに登場する友好的な買収者を白馬の騎士になぞらえ、ホワイトナイトと呼びます。

ホワイトナイトになる企業にとっては、予定外のM&Aを持ち掛けられるため、通常よりも有利な条件が提示されます。

代表的な事例としては、2005年に行われたドン・キホーテによるオリジン東秀への敵対的買収が挙げられます。また、後述のコクヨによるぺんてるへの敵対的買収事例でも、ホワイトナイトによって買収が防御されました。

焦土作戦(クラウン・ジュエル)

焦土作戦とは、買収企業が狙う自社の資産や事業を関連会社へ売却したり、金融機関からの負債を引き受けたりすることによって、買収後の企業価値を低下させる買収防衛策です。「王冠(会社)」から価値ある宝石を外すという例えから、別名クラウン・ジュエルとも呼ばれます。

焦土作戦は、軍隊が敗走するときに自らの基地や橋を破壊して相手側の兵站を消耗させる状況に似ています。敵対的買収自体を防げるものの、会社の価値や利益が大幅に棄損されるリスクがあります。

この焦土作戦の実例としては、ライブドアによるニッポン放送への敵対的買収事件が挙げられます。ライブドアによって敵対的買収を仕掛けられたニッポン放送は、新株予約権を発行して、フジテレビを子会社化しようと試みます。しかし、子会社化は東京地裁の仮処分によって差し止められてしまいました。

ニッポン放送は、ニッポン放送とフジテレビの企業価値を低下させる目的で、子会社であったポニーキャニオン社の株式の売却を検討する発表をしました。

第三者割当増資

第三者割当増資とは、増資をするにあたり、特定の第三者に対して新株を発行することです。 第三者割当増資が敵対的買収の防止策として用いられる場合は、買収が仕掛けられたときに新株、もしくは新株予約権を第三者割当することで株式の希薄化を行い、買収者の持ち株比率を下げさせます。

実例としては、2006年に行われた北越製紙による三菱商事への第三者割当増資が挙げられます。2006年に王子製紙から敵対的買収を仕掛けられた北越製紙は、三菱商事に対して第三者割当増資の引き受けを打診し、三菱商事が応じたことにより、王子製紙によるTOBは不成立となりました。

ただし会社法210条 において、株式の発行が著しく不公正な方法により行われる場合は、発行をやめることを請求できるとされています。そのため、被買収企業の第三者割当増資は、買収企業によって裁判所に仮処分申請が行われるかもしれません。 実際に、上述のライブドアによるニッポン放送への敵対的買収事件の際に、フジテレビを子会社化する目的で発行しようとした第三者割当増資は、東京地裁の仮処分によって差し止められています。

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増配

増配とは、株主に対して通常よりも配当を増やすことです。敵対的買収の防止策としては、買収企業が被買収企業の預貯金など流動性の高い資産などをターゲットにしている場合において、増配を行うことにより、買収目的そのものを喪失させるために行われます。 この方法は、焦土作戦と同じように、自社の価値そのものを棄損させることによって買収を防ぐ捨て身の方法です。買収を防いだとしても、その後の企業経営が難しくなるというデメリットをもっています。

実例としては、2012年にゴルフ場最大手アコーディア・ゴルフが、業界2位のPGMホールディングスに敵対的買収を仕掛けられた際に、当期純利益の90%を配当する増配政策が発表されたことが挙げられます。