医療介護連携ネットワークシステムとLIFEの活用で利用者への支援の質を高め、「地域まるごとケア」を目指す 悠愛-2(栃木県)

目次

  1. 栃木県では、栃木県医師会で開発した県独自の完全非公開型 医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」が2014年から運用
  2. 地域に在宅医療を担う医療機関がない状況で、独自に「どこでも連絡帳」を使えるよう粘り強く交渉
  3. 科学的介護情報システム「LIFE」が目指す介護技術の標準化と質の高い介護への課題
  4. LIFE(科学的介護情報システム)導入で介護業界はどう変わるか
  5. 支援が必要なのは高齢者だけではない。今後目指すのは「地域が施設」の地域まるごとケア構想
中小企業応援サイト 編集部
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介護の未来を考えると、利用者への質の高いケアのためには、看護・介護と医療との連携が必須だ。また、介護現場の情報を分析し、介護現場に適切な情報をフィードバックする「LIFE」は、現場のケアスタッフにとって力強い味方になるはずだ。活用には現場スタッフの負担増加や既存ソフトウェアとのデータ連携等様々な課題もあるが、株式会社悠愛の横山孝子代表取締役(TOP写真)はICTも活用して「地域まるごとケア」という理想に向けて歩みを進めている。

栃木県では、栃木県医師会で開発した県独自の完全非公開型 医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」が2014年から運用

急速に進む少子高齢化により、医療・介護従事者はこれまでにない対応を迫られている。高齢者は慢性疾患を抱える人が多いため、「病気を治す」という医療対応から「病気と共存しながらQOLを維持する」(QOL:クオリティ・オブ・ライフ=生活や人生の質)方向へと舵を切っている。また、認知症や医療ニーズのある重度要介護者の増加により、医療と介護の緊密な連携が求められるようになった。

こうした状況下で、在宅看護・介護においては医療・介護従事者等多職種との情報共有の仕組みが必要だ。これについては、栃木県は全国に先駆けてICTを活用した取り組みを進め、栃木県医師会が中心となって協議会を設置。患者の情報を各医療機関と共有するネットワーク「とちまるネット」(2013年から運用)と、完全非公開型 医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」を2014年から運用し、栃木モデルとして全国から注目を集めた。栃木県ではこの2つのICTネットワークシステムを連動させ、地域包括ケアの構築を図っている。

医療・介護従事者の多職種連携コミュニケーションに威力を発揮する完全非公開型 医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」はスマートフォンやタブレット、パソコンを用いてLINEと同様に医師や訪問看護・薬剤師など多職種のグループチャットでの患者の情報共有のほか、家族・患者とのコミュニケーションにも利用できるSNSだ。さらに、同じ職域や地域医療従事者のコミュニティーともつながることができ、患者当人の状態を写真でタイムリーに確認もできる。事業者の利用料は無料だ。このように機能的には民間のLINEと同様だが、患者情報は手厚いセキュリティ対策を講じており、完全非公開型であることも特徴だ。

なお、栃木県では令和元(2019)年度に雇用管理改善・労働環境整備支援事業を実施。この中のICT普及啓発事業において栃木県医師会は年間4回の講習会を行い、参加目標数100人に対して86人が参加。「どこでも連絡帳」をはじめとするICTを活用するための基礎知識の習得と導入促進を着実に進めている。

地域に在宅医療を担う医療機関がない状況で、独自に「どこでも連絡帳」を使えるよう粘り強く交渉

医療介護連携ネットワークシステムとLIFEの活用で利用者への支援の質を高め、「地域まるごとケア」を目指す 悠愛-2(栃木県)
「どこでも連絡帳」はスマートフォン、タブレット、パソコンでも利用できる

医療・介護従事者の多職種連携コミュニケーションのために開発された「どこでも連絡帳」。横山代表はぜひこれを訪問看護ステーションでも導入したいと考えた。

ただ、このシステムは、栃木県独自の医療機関連携ICTネットワーク「とちまるネット」と「どこでも連絡帳」のハブとなるのが医師であるために、医師主導で登録・導入するモデルだった。ところが、悠愛の本拠地那須烏山市では当時在宅医療に対応している医療機関がなかった。

これまで自社の看護師たちとの情報共有は、横山代表が個別にショートメールやLINEなどで行っていたが、スマートフォンを持っていないスタッフもいたため、一斉送信ができなかった。「LINEグループを使えばそこに入れない人が疎外感を感じるでしょう。でも、スタッフが増えてきたのでLINEが使えれば情報共有がスムーズにできますよね。ただ、セキュリティの点で問題があるので困ったな……と思っていたところに『どこでも連絡帳』が登場したのです」。そこで医師会の講習会に幾度も足を運んだ横山代表は医師会側と粘り強く交渉し、訪問看護ステーション内での使用許諾を獲得するに至った。

「医師が『多職種で患者さんの情報共有をしましょう』ということで作ったのが『どこでも連絡帳』です。でも、うちみたいに自分のところのチーム間で使いたいとは想定されていませんでした。でも、今やっと使えるようになってありがたいです」と導入の効果を実感する。

ただ、1つ問題がある。現在悠愛が使っているソフトを介してサーバーに入力した情報は、手作業で「どこでも連絡帳」にも入力しないと連携ができないのだ。したがって作業が二度手間になり負担が生じているのが現状だ。悠愛に限らず、医療機関と介護事業者が異なるシステムを導入しているケースは多く、各事業所の既存インフラに応じた情報共有の仕組みづくりには課題が残る。

科学的介護情報システム「LIFE」が目指す介護技術の標準化と質の高い介護への課題

医療介護連携ネットワークシステムとLIFEの活用で利用者への支援の質を高め、「地域まるごとケア」を目指す 悠愛-2(栃木県)
看護師のスキルが高いことで知られる悠愛。それを支えるのがスタッフ同士の情報共有だ

今、介護業界は大きな変革期にある。厚生労働省は2021年からLIFE(科学的介護情報システム)の導入を始めた。LIFEとは、科学的なエビデンスに裏付けられた介護の実践を目的に、現場から妥当性のあるデータを収集・分析し、その結果を現場にフィードバックする仕組みだ。LIFE導入の背景には、在宅介護が拡大する今後に向け、エビデンスに基づいた自立支援と重症化の防止につなげたいとする国の狙いがある。

科学的介護の取り組みは海外で先行し、経験や勘に頼りがちだった日本の介護技術に風穴をあける取り組みだといえる。しかし、課題もある。LIFEのデータ収集の対象は身体、口腔、栄養、認知などの身体機能が中心で、意欲や価値観などに基づく心のデータは含まれないのだ。したがって、利用者一人ひとりの異なる人生経験による価値観や志向性、その時々の揺らぐ気持ちを汲み取る感受性が現場のスタッフには求められる。「人が中心」の介護はデータありきでは実現できない。データを活用しつつも柔軟な対応ができなければ、本末転倒になるだろう。

一方で、介護業界では慢性的な人手不足から、見守りセンサーなどのICT機器を活用する事例が増えている。ICTの導入については「利用者の自己負担にならないよう、加算や補助金がつけば導入する施設は増えていくでしょう」と横山専務は見ているが、人手不足からくる常勤人数の削減とイコールでは本末転倒だと考えている。「ロボットでも見守りはできます。でも、何かトラブルがあった時は人間でないと対応不可能です」。あくまで質の高い介護を補完するツールとして、現場の状況に応じた使い分けが必要だと指摘する。

LIFE(科学的介護情報システム)導入で介護業界はどう変わるか

医療介護連携ネットワークシステムとLIFEの活用で利用者への支援の質を高め、「地域まるごとケア」を目指す 悠愛-2(栃木県)
ICTを活用した介護が進み、スタッフは数多くの記録業務に日々追われている

「国が推奨しているにもかかわらず看多機が増えないのは、看護師の数でしょう。配置基準では最低でも2.5人必要ですが、看護師が確保できないのです」と話す横山専務。設立当初悠愛では看護師3.5人でスタートしたが、横山代表も横山専務も8ヶ月間は無給だった。看護師が5人以上になってようやく利用者も増え、全体のキャッシュフローが回ったという。横山専務は「2.5人の看護師で始まったところは現場が疲弊するか資金が追いつかず、経営的に苦しいでしょう」と指摘する。

横山代表は「訪問看護ステーションにおいて看護師が増えない理由は、訪問看護という仕事への理解が進んでいないからでしょう。病院で勤務するのが看護師という認識の人が多いのだと思います」と見ている。看護・介護人材の確保には多くの事業所が苦戦を強いられているが、こうした状況にLIFEは貢献できるのでは、と横山代表は期待を寄せる。

「厚生労働省が介護福祉士の業務を評価するためには、きちんとした介護の裏付けが必要です。LIFEによって加算が出せれば、介護士の給与アップと雇用継続にもつながります。つまり、介護福祉士のスキルアップが求められているのです」と指摘する横山代表。さらに「国は介護福祉士に税金を投入しています。だからこそ、プロとして訓練・育成していくことは重要だと思います」と続けた。

新しい制度や技術の導入が進む医療・介護業界だが、その主人公は介護される当事者であることは忘れてはならない。「本人や家族が何を望むのか、対話を繰り返しながらその時々で方針が変わってもいい」。横山代表はそんな当事者意識を持ち、将来の構想を温めている。

支援が必要なのは高齢者だけではない。今後目指すのは「地域が施設」の地域まるごとケア構想

医療介護連携ネットワークシステムとLIFEの活用で利用者への支援の質を高め、「地域まるごとケア」を目指す 悠愛-2(栃木県)
地域の高齢者も障害者も利用できるシェアハウスを作り、「地域まるごとケア」を実践したいと構想を温める横山代表

高齢者人口は徐々に減りつつある。将来的には、今ある施設が定員割れを起こす事態も起きるだろう。そんな近い将来を見据え、横山代表は今後の構想を温めている。
「今後やりたいのはシェアハウスです。健常者も障がいを持つ人もお互いに協力し合って生活をして、一緒に暮らしている人同士で見守り合う。その代わり、何かあった時には個人の責任。24時間管理する人はいないけど、それぞれがSOSを出してもらう。寝たきりでも訪問看護が伺います。定員は4〜5名で一軒家とし、各自の部屋と共有スペースがあって、自由に使えるキッチンもある。料理が作れなければ配食サービスを利用するか、周辺に食事をする場所を作る」……そんな場所を思い描いているそうだ。

「今はまだ絵空事ですけど、『地域まるごと計画』というのを構想していて、この地域の空き店舗になっている飲食店と介護施設が活用できれば、地域で完結できるんじゃないかって。『地域が施設』のような感じです。そんな支援ができればずっとこの場所に暮らしていけるんじゃないかって思うんです」と夢を膨らませる横山代表は、いずれ訪れる自らの老年期を見据えている。
「いずれ自分が入りたい場所を作っていくには、この業界の経験者が中心になってやればできるんじゃないかなと。いえ、やらなくちゃいけないんですよね。だからこそ、今いる高齢の方たちが幸せじゃないとすごく怖いんです。できれば自分たちの力で生活できるようなシステムを作っていくしかないですよね。若者たちには頼れませんし」。

常に先を見据え、前例にとらわれず突き進んでいく横山代表の情熱と行動力には敬服するばかりだ。質の高い人材の育成とICTの的確な活用によって、その夢はきっと実現するだろう。そんな期待を抱かせてくれる悠愛の熱い志とパワーが、地域を超えて広がっていってほしいと強く願う。

企業概要

法人名株式会社悠愛
所在地栃木県那須烏山市神長422-1
HPhttps://www.ai-houkan.com/
電話0287-83-8035
設立2012年4月1日
従業員数26名(2022年10月現在)
事業内容  居宅介護支援事業所、訪問看護ステーション、看護小規模多機能型居宅介護、訪問ボランティアナース「キャンナス烏山」、くらしの保健室(在宅療養、健康相談)