日本各地方がそれぞれの特徴を生かした自律的で持続的な社会を創生する「地方創生」の実現のためには、地域経済の発展と雇用の安定を提供する地域の中小企業の活性化が大きな課題だ。特に、労働人口が減少する傾向にある地方に所在地を置く中小企業の人材不足は深刻な問題だ。地方の中小企業の将来に向けての採用と人材活用については、国と地方公共団体、企業が一丸となって地方創生実現のためにプランを考え、実践している。今回は内閣官房・内閣府総合サイト「みんなで育てる地域のチカラ地方創生」で公開されている会議・資料にある最新情報を参考に、地方における中小企業の採用と人材活動について考える。
目次
地方創生とは?
地方創生とは「まち・ひと・しごと創生」とも呼ばれる、平成26年に閣議決定された政府の政策である。内閣官房・内閣府総合サイト「みんなで育てる地域のチカラ地方創生」から引用すると、以下の「長期ビジョン」「総合戦略」「基本方針」を掲げている。
人口急減・超高齢化という我が国が直面する大きな課題に対し、政府一体となって取り組み、各地域がそれぞれの特徴を生かした自律的で持続的な社会を創生することを目指します。
人口減少を克服し、将来にわたって成長力を確保し、「活力ある日本社会」を維持するため、
「稼ぐ地域をつくるとともに、安心して働けるようにする」
「地方とのつながりを築き、地方への新しいひとの流れをつくる」
「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」
「ひとが集う、安心して暮らすことができる魅力的な地域をつくる」
という4つの基本目標と
「多様な人材の活躍を推進する」
「新しい時代の流れを力にする」
という2つの横断的な目標に向けた政策を進めています。
引用元:内閣官房・内閣府総合サイト「みんなで育てる地域のチカラ地方創生」
地方創生は、地域経済を発展させ、地域での雇用を安定化させ、新たな人材の流れをつくり、ライフイベントを実現できる地域をつくることを目標として、実現に向けて多様な人材と新しい時代の流れを活用するための目的を掲げている。
地域経済の発展や雇用の安定には、地方に所在地がある中小企業の活躍が不可欠であり、国と地方自治体、中小企業が一体となって地方創生を盛り上げていくことが期待されている。
人手不足が深刻化する地方の実態
地方創生のためには地方に所在地のある中小企業の活躍が必要だが、中小企業の発展のための大きな課題が人材不足の問題だ。まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定に向けた地域経済社会システムと、しごと・働き方検討会では、平成31年4月にゲストスピーカーからの発表と討論において中小企業のこれからの採用・人材活用について議論し、議事録をまとめている。
ゲストスピーカーで討論会に参加したリクルートワークス研究所の資料「地方創生に向けた、これからの人材活用について」によれば、日本の2019年の有効求人倍率は45年ぶりに高水準となり、著しい人手不足が浮き彫りになった。さらに、将来に向けた働き手である若手の人口の減少はこれから急激な減少局面を迎える。
大卒者採用は首都圏に一極集中
大卒者の就職は、首都圏への大学進学の流れを汲んで首都圏一極集中が続き、地方に所在地を持つ中小企業にとっては採用の困難さが増している。
人手不足の地方の実態
2019年卒の大卒新卒採用予定人数の充足率は、首都圏、中部・東海、京阪神の3大都市圏を除く地方は低さが目立っている。
中途採用に期待をかける地方の中小企業
大卒新卒者の採用が困難な地方自治体は、解決策として中途採用からの人材確保にシフトし、多くの地域が一定の成果を得ている。しかしながら、北海道、東北、北関東、九州では、中途採用をもっても採用による人材確保が困難な状態が目立っている。
首都圏の人材を地方の中小企業採用に動かす2つのポイント
首都圏在住の現役世代(25~54歳の首都圏就業者)の中で、首都圏以外に居住エリアを変えた人の割合は約1.8%と少なく、地方への人材の流れはほとんどなかったことが予測される。しかし、現在大都市圏で働いているが、地方での仕事に強い関心を持っている若い世代の声も聞かれているのだ。そういった、まだ居住地を移すほどではないが、地方での仕事に強い興味があり、たまには行ってみたいと考えている層にプッシュしていける対策が、首都圏の人材を地方の中小企業に動かすことには必要だと考えられる。
ポイント1.副業への関心
首都圏現役世代では、およそ50%が副業に関心を寄せている。副業をしたいと思う理由は「お金を稼ぐため」の割合が最も高かったが、新たな仕事の可能性を模索する「転職の準備」「新しい知識を得るため」「さまざまな分野の人とのつながりを広げるため」などの理由も多く見られた。
近年の情報機器やリモートワークなどの浸透により、首都圏で活躍する人材が地方に転居することなく地方の企業で副業を行うことが可能になった。首都圏の人材が地方都市で副業を開始している状況は、首都圏の人材を地方の中小企業採用に動かすことができる流れとして、新たな仕事の進め方を創出しているのだ。副業をきっかけとして、地方への人材流入化が進む可能性を感じさせる。
一部の企業では、自社以外で従業員が働く副業を可とする動きがあるが、現状では大手企業の多くは副業を禁止している。首都圏現役世代が現在勤務している企業側が、副業や兼業などの社外活動を認めるような変革の浸透が早期に望まれるところだ。
ポイント2.リモートワーク
リモートワークなどのIT環境を整備し、首都圏の人材を受け入れる体制を進めていく対策も必要だ。同時に、受け入れ側の地方に所在地を置く中小企業では、自社の業務をタスクレベルに分解して細分化を図り、リモートワークで可能な業務を整理していくことが大切である。業務を細分化することで、首都圏の人材をリモートワークで活用することが可能となるだけでなく、土日などを活用して実際に地方に足を運んで働きたいと考える人材のニーズにも対応することができるのだ。
地方の中小企業が整えるべき職場環境とは?4つの環境がポイント
首都圏勤務の人材を、いきなり地方の中小企業に動かすことは難しい。首都圏で仕事を持つ人材は、容易に現在の職場を離れないはずだ。そんな中で人材の移転を推進するには、地方での仕事に強い関心を持っている人材が、副業などからスタートして地方での仕事が軌道に乗ったところで本格的に居住地を移して地方で働き出す、といった新しいモデルの実現が望まれる。
1.地方の中小企業における業務の細分化や受け入れ体制の整備
地方の中小企業へ人材の流れを実現するための新しいモデルを実現するには、人材を受け入れる中小企業側の体制を整備する必要がある。具体的には、リモートワークなどを可能とするIT環境の整備と、業務の細分化だ。
2.副業ができる環境
首都圏の人材を送り出す企業側の副業・兼業に対する既定の変革も必要だ。厚生労働省では、働き方改革実行計画を踏まえ、副業・兼業の促進を図っている。
3.成長の場の提供
地方の中小企業への人材を確保するための新しいモデルを実現するには、受け入れ態勢を整備するとともに、人材が転職を決断するための動機やニーズを満たしていくことも重要だ。現在の若者が就職先を確定するときに決め手となった項目で、最も割合が高いのが「自らの成長が期待できる」ことである。企業の中での価値だけではなく、自分の市場価値を高めたいと考え、自分自身が成長できる仕事を求めるのだ。
首都圏から地方の中小企業への転職においても、新しいキャリアを身につけることができ、成長が期待できることを重要視する傾向が見られる。勤務時間・休日休暇や年収については、比較的重要視されていない。
また、これらの実現には人材の動機やニーズを満たすことが必要であり、地方での中小企業の仕事が自分の成長の場であると認識できるようにすることが重要だ。
4.都市と地方が人材シェアできる環境整備
地方創生の実現には、都市と地方が人材の柔軟な働き方を受け入れるための環境整備を行い、人材がシェアできる社会を目指すことが求められるであろう。
地方公共団体が力を入れている地方創生に関わる企業への支援
内閣官房・内閣府総合サイト「みんなで育てる地域のチカラ地方創生」で公開されている地方創生関連事例を見ると、地方公共団体が地域の活性化に力を入れていることが分かる。
ここでは、地方における安定した雇用の創出と地方への新しい人の流れをつくる事例として、「徳島県神山町」を紹介する。徳島県神山町では、徳島県の支援によって全国屈指の高速ブロードバンド環境を実現。過疎地の古民家や蔵を改装したサテライトオフィスを開設し、ICTベンチャー企業の誘致を行った。徳島県では、神山町を含め8市町へ40の企業が進出し、平成28年4月~9月で156世帯234名の移住を実現している。
地元で働きたい若手人材の割合は高い
地方創生の実現を目指す中小企業において、これからの採用・人材活用を考えるベースとなるのが、若手人材の働く場所に対する考え方だ。大卒新卒者の都市部への就職が一極集中化を見せる中、リクルートワークス研究所の資料「地方創生に向けた、これからの人材活用について」によると、意識の中で地元で働きたいと希望する若手人材の割合は約6割に上る。若手人材では、大都市圏で働きたい人材と地元で働きたい人材の二極化がうかがえる。地方への転職の新しいモデルが実現できれば、今は都市部で勤務しているが地元で働きたいと希望する若手人材を、地元中小企業へと動かせる可能性が高まるであろう。
文・小塚信夫(ビジネスライター)