人的資本が重要視される今、社員が退職してしまうことは企業にとって大きな痛手となるケースが多く、各社では退職率を改善するために様々な取り組みを行っています。本連載では、退職トラブルの原因・解決策について、退職トラブルに悩む企業へのコンサルティングを行う佐野創太氏にフェーズごとに数回にわたって解説してもらいます。
目次
防げるはずだった入社2年目「見落とし退職」はいつ起きる?
「最近の若い社員ってすぐ退職する気がするけど、実際はどう?」 経営者や人事の方々によく聞かれます。そのたびに参照するデータがあります。 厚生労働省が発表している「新規学卒就職者の離職状況」です。
2022年10月に発表された最新データ(2023年8月現在)によると、調査が始まった1987年(昭和62年)から今まで、大学卒の社員はずっと入社3年以内に約3割が退職しています。 「ゆとり世代だから我慢強くない」や「Z世代は転職前提」というわけではないのです。ちなみに中学卒の7割、高校卒の5割、大学卒の3割程度が3年以内に退職することから「七五三現象」と呼ばれたりもします。
「どの時代でも入社3年以内に退職していく」中で、特に見落とされがちな年次の社員がいます。 それが「入社2年目社員」です。意外に思われるかもしれません。
2年目といえば、新卒研修も終わり、業務にも慣れてきて「手が離れてきた頃」ですから。しかし、入社2年目で退職を決意する背景があります。
1年目は新入社員研修や配属があります。3年目は経験が積めていることから抜擢ができたり、後輩のメンターに任命できます。イベントがあるので社員も今の会社で頑張る理由や、目の前の仕事の意義を感じやすいです。
一方で2年目はぽっかりとイベントがなくなるのです。 まとめて研修をするほどではないけれど、抜擢するには経験が浅い。入社したての緊張の糸がふと緩む年次でもあります。
入社2年目社員は会社からのサポートなどの外からの刺激がなくなり、「これからどうしようかな」と考えやすい内側にこもる時期です。特にリモートワークを実施している企業の場合は、「ひとりで考える時間」が増えます。
これだけ2年目社員が退職する環境的要因がはっきりしているのですから、防げる退職でもあります。そのため、ある経営者の方は「見落とし退職だね」と呼んでいました。
それ以来、私は「入社2年目の退職は見落とし退職であり、防げる退職だ」と考え、経営者や人事の方と危機感を共有しています。
社員の本音は「今の会社は第一志望じゃないんです」
実際に入社2年目で「転職しようか悩んでいる」という方が、キャリア相談に来たことがあります。(便宜上、Aさんとします)
「このまま今の会社にいていいんでしょうか?もっと”市場価値”を上げられる仕事はないんでしょうか?」と、真剣に悩んでいました。
経験豊富な管理職やリーダーの立場の方からすると「もっと成長してからでも遅くない」と感じるかもしれません。
ですが、今の若者は焦っています。正確には、焦らされています。安定しているように見える企業や黒字企業でも早期退職を発表するニュースを見ています。SNSで「転職しました」「起業しました」という投稿を目にしています。
「うちの会社は大丈夫なんだろうか」「自分はこのままでいいんだろうか」と考えさせられる情報が大量に目に入る環境にいるのです。
Aさんもそうでした。会社の研修にも熱心に参加、外部のセミナーも受講、ビジネス書も読んでいました。「会社でも評価されている方だと一応思います」と謙虚に話していましたが、実際に成績も上がっていました。
外から見たら「順調なのでは?」と考えられそうですが、Aさんの焦燥感には理由がありました。
実は、新卒の就職活動では第一志望に入社できなかったのです。今の企業は第二志望です。
キャリア相談を続けていく中で出てきた本音は「本当はもっと入社したかった企業があるんです。第二新卒枠で挑戦してみたいです」でした。いわゆる「リベンジ転職」です。
第二新卒を受け入れる企業としても「マナーや社会人経験はあるから研修はもうしなくていいし、会社で働く現実もある程度わかってきている。あとは弊社に馴染むかどうか」と前向きに考えています。実際にAさんは、第一志望だった企業に転職していきました。
この「第二新卒の転職」や「リベンジ転職」は、特に地方と比べて求人数の多い首都圏では珍しいことではなくなっています。
「いや、うちは第一志望と面接ではっきり言った学生しか採用していない」と考えている企業も多いかもしれません。
しかし、会員数40万人の「あさがくナビ(朝日学情ナビ)」の調査によれば<第一志望でない企業から志望順位を聞かれた際に「第一志望」と回答する学生は約半数>です。
マイナビキャリアリサーチLabによると、<半数以上は第一志望でない企業を入社予定先として決めている>というデータもあります。「心残りのある社員がいる」と考える方が現実的です。
社員が「これからもこの会社で働きたい」と思えるコミュニケーション方法とは
では、「見落とし退職」にはどういった対処法が考えられるでしょうか。
単純に「サポートを増やそう」とは考えにくい企業がほとんどです。「優しくしすぎると成長しなくなるのでは」といった感情の問題ばかりではなく「マネジメント層の負荷が増え過ぎる」といった実務上の課題も多いです。
「入社2年目社員だけの集合研修をしよう」や「1on1を増やそう」は現実的ではありません。
ここでまたイベントの力を借りると「次は4年目、5年目も何かしないといけない」となり、マネジメントコストが増え続けます。
会社としては、社員には自律的であってほしいものです。日常的な関わりを変えていくタイミングが、入社2年目です。
日常的な関わりに的を絞ると、実は工夫する余地がある関わりは2つだけだとわかります。ほとんどの企業にある評価面談などの定期的なコミュニケーションと、仕事上の日常的なコミュニケーションです。
コミュニケーションの量を増やすのではなく、質を変えます。難しいことはありません。
「減点法」から「加点法」への移行です。
「減点法」とは「これができてないからもっと頑張ろう」というコミュニケーションです。経験豊富な管理職やリーダーがやりがちです。
優秀だからこそ、若手の「できていない点」や「もっとよくできる点」が目につきます。
しかし、人は「できていない点」ばかりを指摘されると、「できない自分」という自己像がつくられてしまい、自信を失い、「今の環境を変えないといけない」と考えがちです。
「加点法」とは「ここができているからもっとこれもできそうだね」というコミュニケーションです。
まず「できている点」を伝え、できている点を根拠にすることで「これもできそうだね」と伝えます。
すると、社員は「気づいていなかったけれど、自分は成長しているし、だからこそもっとできることがある」と自信をつけていきます。
もうお気づきの方もいらっしゃるでしょう。「減点法」も「加点法」も「社員の成長をサポートする点」で同じです。どちらもよく観察しているから、減点も加点もできるのです。
違いは「できている点を言葉にしているかどうか」だけです。加点法のコミュニケーションに移行するだけで社員が自分から動き出し、管理しなくて良くなります。
加点法コミュニケーションで、マネジメントが楽になる
あなたの会社のコミュニケーションは、どちらが多いでしょうか。
社員に「もっと頑張ってほしい」と願っている経営者や管理職の方々はたくさんいます。
その願いを「ここができていないから」といった減点法ではなく、「ここもできるようになっているから」といった加点法にしてみるのはいかがでしょうか。
1カ月続けるだけで、社員から「これもやっていいですか?」と提案が増えたりします。加点法に移行する組織開発を支援させていただいた企業からは「特別なことはしていないのに急に自主的になって驚かされた」という声をいただきました。
選考に突破するほどの社員なのですから、もともと自主的な人物です。自主性が開花しやすい環境を整えただけで、社員はイキイキと自分から動き出します。
加点法にしただけで、なぜここまで変わるのでしょうか。社員が次のようなサイクルに入るからです。
「こんなこともできてきたね」とフィードバックされた社員は、「自分では気づかなかったけれどできることが増えてきたのか」と自信が湧きます。これまでの自分の頑張りを認められます。自信がつくと「こんなこともしてみたい」と学んだり挑んだりする回数が増えます。気がつけば「これからもこの会社でしたいことがある」と未来志向になり、そのために「今はこれを頑張ろう」と目の前の仕事に集中します。
防げる退職であり、「見落とし退職」でもある入社2年目社員の退職。
ここを起点とするコミュニケーションの改善だけで、自主的に動く社員が中心の組織に生まれ変わります。
退職は一時的にはピンチですが、中長期的には組織が強くなるシグナルです。