中小企業を対象に全10回の寺子屋式DX経営塾。「やらまいか」の精神で実践型DX人材の育成 浜松商工会議所(静岡県)

目次

  1. 130年の歴史を持つ浜松商工会議所
  2. 会員企業のDX支援を重点プロジェクトに掲げる
  3. DXに成功する中小企業を増やしたい
  4. 連続講座にすることでDXの理論から実践までを一気通貫
  5. 全国中小企業クラウド実践大賞の最高位受賞者を講師に選定
  6. DX経営塾の開講に大きな反響
  7. インプット以上にアウトプットを重視。講義はペーパーレス。外部の実践家も呼び、塾生同士の活発な意見交換を促す
  8. 塾生自らがゲームチェンジャーになるための仕掛けと仕組みを実装
  9. 10回講座の最終は、DX経営戦略をコンテスト形式でプレゼンテーション
  10. 第1期DX塾卒業生を対象にしたフォロー講義や交流会、第2期生の開講を2023年8月に実施予定
  11. 浜松商工会議所は、会員企業の商品開発や情報発信をサポート
  12. 数多くのDXの成功事例を浜松から生み出したい
制作協力
産経ニュース エディトリアルチーム
産経新聞公式サイト「産経ニュース」のエディトリアルチームが制作協力。経営者やビジネスパーソンの皆様に、ビジネスの成長に役立つ情報やヒントをお伝えしてまいります。

浜松商工会議所が2022年11月から5ヶ月にわたって開講した中小企業を対象にしたDX経営塾が大きな注目を集めている。受講生は25人限定。10回の講座を通じてDX経営戦略の策定ができる人材を育成するだけでなく、受講生が自社内で本格的に取り組むこと、さらに、DX経営塾の卒業生の成果をロールモデルに地域全体でDXを波及させていくことを前提にしている。商工会議所が中心となり、中小企業に向けて複数回に渡りDX経営戦略策定を支援する取り組みは全国でも珍しい。

130年の歴史を持つ浜松商工会議所

2007年4月に政令指定都市に移行した、人口約80万人を擁する静岡県浜松市。1893年(明治26年)に設立された浜松商工会議所は、130年の歴史の中で繊維、輸送用機器、楽器といったものづくりをはじめ、光技術、電子技術といった先端産業の発展に貢献してきた。東海エリア屈指の1万3,442事業所(2023年4月現在)の会員数を誇る。

会員企業のDX支援を重点プロジェクトに掲げる

工業や商業観光の振興、会員事業所の経営や採用活動の支援、会員共済の運営といった様々な取り組みを展開し、第25期中期行動計画では「経営力強化と変革への挑戦」をスローガンに掲げている。会員企業のDX支援を重要なプロジェクトとして位置付け、2022年にその実行組織として設立したのが重点プロジェクト推進室だ。

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浜松商工会議所のオフィスの様子

「挑戦を尊ぶ『やらまいか』の精神で取り組んだ先人たちがいるからこそ、今の浜松があります。地域全体でDXを浸透させていくのは簡単なことではありませんが、だからこそ挑戦しなければならないと思っています。デジタル技術を通じて浜松の産業ポテンシャルのさらなる強化を図りたいと考えています」。浜松商工会議所のビジョンについて河合正志専務理事はこのように話した。

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河合正志専務理事

DXに成功する中小企業を増やしたい

日本能率協会のデータによると2022年の時点でDXに取り組む国内の企業は半数を超えたが、規模別では大企業が8割を超えているのに対し、中小企業は3割に留まる。成功率は10%台で、欧米の企業と比べて低いというデータもある。

「これまで商工会議所で実施していたIT相談会やICTツールの紹介といった取り組みを通じて、地域の中小企業のDXへのニーズが高いことを実感していました。しかし、大半の企業がDXの重要性を理解していても、具体的な取り組み方がわからず悩んでいます。企業のDX推進をしっかりサポートしていかなければならないと強く感じています」。総務企画部重点プロジェクト推進室の深津正樹室長はそう話した。

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重点プロジェクト推進室の深津正樹室長

連続講座にすることでDXの理論から実践までを一気通貫

成功するDXを中小企業に実現してもらうにはどうすればいいか。重点プロジェクト推進室が様々な検討を重ねる中で2022年初夏にまとまったのが、DXの理論から実践までを一気通貫した全10回の連続講座を運営することだった。

「DXは業務効率化や生産性向上といった『守り』ではなく、新たな価値を創造することを目指す『攻め』の姿勢で活用することが重要です。DX活用の経営マインドを養うことができる講座にするには単発ではなく複数回でなければ難しいと判断しました。複数回にすることでDXに積極的に取り組む企業同士で交流を深めてもらいやすくなりますし、今後、浜松市全体でDXを推進していく上でも効果が期待できます」と深津室長。

DX経営塾のマネジメントを担当した重点プロジェクト推進室の鈴木智也係長は「ICTツールは企業によって合うものと合わないものがあり、企業がそれぞれのニーズに応じて導入を進めていく必要性があります。そのための鍵となるのがDX人材です。しかし、中小企業が外部からDX人材を採用するのは簡単ではありません。社内でDX人材を育成する上で役立つ経営塾にすることを目指しました」と話した。

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重点プロジェクト推進室の鈴木智也係長

全国中小企業クラウド実践大賞の最高位受賞者を講師に選定

DX経営塾を運営する上で最大のポイントとなったのが講師の選定だ。デジタルツール活用と経営面での指導力、現場でDX推進業務に携わった経験、幅広い人的ネットワーク、コミュニティ形成能力を兼ね備えた人物でなければ、1回あたり3時間で全10回の講座を完遂するのは難しい。人づてを頼りに講師探しに奔走する中で白羽の矢を立てたのが、和歌山県のコンサルティング企業、モノデジタル株式会社の和田正典代表取締役だった。

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DX経営塾で講義を行うモノデジタルの和田正典社長

大手の事務機器・光学機器メーカー、半導体メーカーなどを経て2022年7月に出身地の和歌山県和歌山市でモノデジタルを設立した和田社長は、同県内の建設会社で情報システムを担当していた2021年、全国中小企業クラウド実践大賞で最高位の総務大臣賞を受賞した実績を持つ。更には、一般社団法人 日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 和歌山県支部長を務め、MBA(経営学修士)の取得者でもある。DX経営塾の講師を引き受けた和田社長は、従業員100人以下の中小企業の実務者だけでなく経営者、経営幹部も受講することを念頭にカリキュラムを組み立てた。

DX経営塾の開講に大きな反響

浜松商工会議所が2022年10月にDX経営塾の開講を明らかにしたところ、大手紙などが記事として取り上げるなど大きな反響があり、製造業、建設業、サービス業など幅広い業種の企業から25人の定員を大幅に上回る応募があった。そのため規模が大きい企業には参加を遠慮してもらったという。

インプット以上にアウトプットを重視。講義はペーパーレス。外部の実践家も呼び、塾生同士の活発な意見交換を促す

一般的なDXセミナーは業務改善を目的としたICTツールの知識のインプットに終始するケースが多いが、浜松商工会議所のDX経営塾はそうではない。実装可能なDX経営戦略の策定というアウトプットを必須としているところに大きな特徴がある。講義はペーパーレスで提出物はストレージに送信することを塾生に求めた。各講座の録画は浜松商工会議所のアーカイブで保存し、塾生が講座を欠席した時や復習したい時に自由に視聴できるようにした。

「和田社長の人脈で招請した専門家からの知識の伝授やICTツールの操作、塾生同士の意見交換、プレゼンテーションの実践など、塾生が主体的に参加できるように様々な工夫を凝らしました。アイディアを活発に出し合える環境が醸成され、塾生のモチベーションも自然と高まっていきました」と鈴木係長は10回にわたるDX経営塾を振り返った。

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塾生たちの間で活発に意見が交わされる

塾生自らがゲームチェンジャーになるための仕掛けと仕組みを実装

2022年11月初旬に行われた第1講のテーマは「DXをなぜしないといけないのか」。既存の事業を変革し、新しい製品、サービスを生み出すゲームチェンジャーを目指すことが最重要であることを塾生に認識してもらうことからスタートした。

「主体性なくしてゲームチェンジャーにはなれません。会社をどのように改革するのか明確な戦略を持たずにDXに乗り出すと、導入したICTツールを現場が使いこなせないまま時間とコストとマンパワーを浪費するだけに終わってしまいます。DXを成功させるには、どのようなICTツールが必要かということを最終目標からバックキャストで考えて導入していくことが重要です」と和田社長は話す。第2講の「2025年の崖を飛び越えるDX体質の作り方」と合わせて導入部の2回の講座は、DX経営戦略策定の重要性を理解してもらうことを重視したという。

第3講から第7講は「クラウドサービスの選定方法」「API(Application Programming Interface)連携のやり方と事例」「DXでよくあるトラブルへの対処方法」「DXを活用した社員を幸せにする働き方改革」「分析データを用いたデータドリブン経営」をテーマに講義を行い、デジタル技術の活用方法、デジタルを活用した経営手法の導入について具体的な知識とノウハウを身に付けてもらうことに主眼を置いた。

10回講座の最終は、DX経営戦略をコンテスト形式でプレゼンテーション

DX経営塾のハイライトといえるのが第8講から第10講。DX戦略について総復習した上でラスト2回の講座で塾生が、それぞれ策定したDX経営戦略をコンテスト形式でプレゼンテーションした。

5ヶ月にわたって学んだ20代から50代の塾生は、和田社長が配布したテンプレートを参考に自社が抱えている問題、推進スローガン、タイトル、会社の紹介、社内の問題点、社内の推進体制、ICTツールの組み立て、スキル向上のためリスキリング計画など様々な要素を盛り込んだ見事なDX経営戦略を策定した。高いポイントを獲得したプレゼンテーションには浜松商工会議所、ゲスト講師、講座で専門家を派遣したリコージャパンが賞を贈った。

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DX経営塾終了後の記念写真の様子

第1期DX塾卒業生を対象にしたフォロー講義や交流会、第2期生の開講を2023年8月に実施予定

DX経営塾は塾生の評価も高く大きな成果を生んで終了した。「塾生がそれぞれの会社に戻ってDXをどのように根付かせていくかがこれからの課題です。DX経営塾を通じて生まれたつながりを大事にしながら塾生をしっかりと支援していきたい」と深津室長は話す。卒業生を対象にしたフォロー講義や交流会を企画しているという。

浜松商工会議所は、和田社長の協力の下、2023年8月に第2期DX経営塾の開講を企画している。今後、商工会議所のDX経営戦略の策定も進める方針だ。全国中小企業クラウド実践大賞などのコンテストへの応募を考えている企業へのサポートも検討している。

浜松商工会議所は、会員企業の商品開発や情報発信をサポート

中小企業を対象に全10回の寺子屋式DX経営塾。「やらまいか」の精神で実践型DX人材の育成 浜松商工会議所(静岡県)
会員企業の新商品について説明する商業観光課の杉浦宏昭係長

浜松商工会議所は、官公庁、大学、メディアと会員企業を橋渡しすることで様々な商品の新開発や情報発信につなげている。

浜松にゆかりが深い天下人、徳川家康を主人公にした連続テレビドラマの放映に合わせて2022年から徳川家康に関連した食品や雑貨の開発を支援しており、数十にのぼる会員企業の新商品が誕生したという。新商品は商工会議所の1階に設けた展示コーナーで紹介。そばに地元有志が牛乳パックで制作した徳川家康の甲冑(かっちゅう)のレプリカを置いて発信効果を高めている。

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商工会議所1階に展示している牛乳パックで制作した徳川家康の甲冑のレプリカ

また、情報発信の支援策では、メディア向けプレスリリース作成のサポートや、地元の大学生と連携してPR用動画の制作を行っている。

産業振興部商業観光課の杉浦宏昭係長は「商工会議所の強みの一つが幅広いネットワークです。これからも映像作品など注目を集めそうな要素をうまく活用して、会員企業の皆さんに商品開発のアドバイスをしていきたい」と話した。

数多くのDXの成功事例を浜松から生み出したい

浜松商工会議所は、地域産業を活性化するために宇宙航空事業の技術活用、ロボット医工連携、農商工連携など様々な取り組みを行っている。

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浜松商工会議所の外観

DX経営塾は浜松商工会議所が展開している様々な産業振興施策との相乗効果も期待できる。河合専務理事は「地域産業の振興にデジタル技術の活用は必要不可欠といえます。DXに取り組む企業が増えれば増えるほど地域全体のDXの加速につながります。数多くのDXの成功事例を浜松から生み出すことができるよう頑張ります」と力強く語った。

企業概要

法人名浜松商工会議所
本社静岡県浜松市中区東伊場2-7-1
HPhttps://www.hamamatsu-cci.or.jp
電話053-452-1111
設立1893年4月
従業員数66人
事業内容工業振興、商業観光振興、経営支援、会員共済、中小企業相談