経営者の立場からは、役員報酬は「多いほど嬉しいもの」と感じるかもしれない。しかし、経営面や税金面を考えると、報酬額の多さは必ずしも得にはつながらないため要注意だ。役員報酬や税制の仕組みを理解し、各ケースで最適な金額に設定することを目指そう。
目次
役員報酬とは?給与との違い
役員報酬とは、会社の役員に対して支払われる報酬のこと。「給与」と同じ意味合いに感じるかもしれないが、以下のとおり役員報酬・給与は全く異なるものだ。
・役員報酬…法人税法上の「役員」にあたる人物に対して、会社が支払う報酬のこと
・給与…労働をする「従業員」に対して、会社が支払う対価のこと
つまり、会社が金銭を支払う点は同じだが、役員報酬と給与では支払われる対象が変わってくる。原則として役員が給与を受け取ることはなく、その反対に従業員が役員報酬を受け取ることもない。 ほかにも役員報酬・給与には、以下のようにさまざまな違いがある。
役員報酬と給与の違い | 役員報酬 | 給与 |
・毎月の支給金額 | 変動なし。 | 残業代や諸手当によって、毎月変動する。 |
・金額の決め方 | 株主総会による決議。 | 最低賃金などのルールを守る必要はあるが、増額・減額を会社が自由に設定できる。 |
・雇用保険の扱い | 保険料の徴収なし。 | 加入者は保険料の徴収あり。 |
・税法上の扱い | 詳しくは後述するが、条件を満たさないと損金算入が認められない。 | 全額を損金算入できる。 |
上記のように役員報酬と給与にはさまざまな違いがあるが、個人の所得税を計算する場合はどちらも「給与所得」として取り扱う。また、支給金額に対しては基本的に源泉徴収が実施される点も、合わせて覚えておきたい共通点だ。
混同しないように両者の違いを理解しておくことが重要だが、所得税法上では同じ扱いをされるケースが多いため、共通点についても正しく理解しておこう。
役員報酬の税金の決まり方は?損金算入が認められる3つのケース
役員報酬の税金には、「個人が課せられるもの」と「法人が課せられるもの」の2種類がある。このうち、役員個人の税金は給与所得として計算されるため、税額の計算方法は一般的なサラリーマンと変わらない。
○役員個人の税金の計算方法 【1】「給与所得-非課税所得-所得控除」の計算式で、課税所得を算出する 【2】該当する税率を確認し、課税所得に所得税率をかける 【3】住宅ローン控除などの所得控除を、【2】で計算した金額から差し引く |
一方で、法人が課せられる税額については、役員報酬を損金算入できるかどうかで変わってくる。損金算入が認められれば、その金額を会社の利益から差し引いて税額を計算するため、税金の負担をある程度抑えられる。
ただし、役員報酬を損金として計上するには、以下のいずれかの形式で役員報酬を支払わなくてはならない。
損金算入が認められる役員報酬 | 概要 |
・定期同額給与 | 毎月決まった額を支給するタイプの役員報酬。期中には支給金額を変更できない。 |
・事前確定届出給与 | 国税庁に事前に届出をすることで、所定の時期に届け出た金額を支給するタイプの役員報酬。役員に対して、賞与を支給したい場合などに活用される。届出の時期については、以下のうち早いほうが期限となる。 【1】株主総会による決議から1ヶ月以内 【2】会計期間開始の日から4月を経過する日 |
・業績連動給与 | 金額の算定に特定の指標を用いる必要はあるものの、会社の業績に連動させた金額を支給できる役員報酬。同族会社には適用できず、主に上場企業やその関連会社で採用されている。 |
いずれの役員報酬を選ぶ場合であっても、損金算入が認められるには事前の手続きや届出などが必要だ。つまり、経営者が自由に都合よく役員報酬を設定し、その全額を損金算入することは非常に難しいため、その点はきちんと理解しておこう。
役員報酬の金額の決め方は?適正金額を設定する基本的なポイント
役員報酬の金額は、基本的に以下のような流れで決定される。
役員報酬を決める流れ | 概要 |
【STEP1】役員報酬の形式やルールを確認 | 一般的な中小企業では、定期同額給与を選ぶケースが多い。 |
【STEP2】株主総会による決議 | 定款に役員報酬の決め方が記載されていない場合は、株主総会による決議が必要になる。 |
【STEP3】賞与に関する届出 | 事前確定届出給与を支給する場合は、事前に税務署へ届出をしておく。 |
特別な事情がない限り、定期同額給与の改定時期は「事業年度開始の日から3ヶ月以内」と定められている。前述でも触れたように、定期同額給与は原則として期中に金額を変更できないため、役員報酬を決める際には改定時期を強く意識しなければならない。
また、「役員報酬の金額」も、経営者が注意しておきたいポイントだ。仮に役員報酬を高く設定し過ぎると、会社のキャッシュフローが一気に悪化したり、株主からの理解を得られなかったりなど、さまざまな弊害が生じてくる。
役員報酬額を決める際に押さえておきたいポイントとしては、以下の点が挙げられるだろう。
○役員報酬の金額を決める際のポイント ・会社の利益を正確に見積もっておく ・会社と個人の、両方に発生する税金を意識する(どちらの税金を抑えたいかなど) ・経営者の生活費や前職での収入を基準にしない ・職務と金額の関係性を、第三者に説明できるようにする ・常に適正金額になるように、改定時期には毎回見直すようにする など |
最初に意識しておきたいのは、やはり「会社の利益とのバランス」だ。役員報酬を変更できるのは期首から3ヶ月間なので、この期間中に会社の利益を正確に見積もり、その利益に応じた役員報酬を設定しなければならない。
また、不相当に高い報酬額・低い報酬額は、税務調査が入ると思わぬ指摘を受ける恐れがある。あくまでも妥当な金額を設定する必要があるため、職務の頻度や内容と報酬額の関係性を、第三者にきちんと説明できるようにしておきたい。
なお、会社の経営状況や利益は毎年変わってくるので、改定時期になったら役員報酬を毎回見直すことも忘れないようにしよう。
役員報酬の仕組みを活かした、節税効果を高めるテクニック集
ここまで解説したように、役員報酬の仕組みは一般的な給与とは大きく異なる。実はその特性を上手に活かせば、ケースによっては節税効果を高められる可能性がある。
そこで以下では、役員報酬に関する節税のテクニックをまとめた。少しでも支出を減らすために、実践できるものについてはぜひ取り組んでおきたい。
1.「会社+個人」の手取り金額をシミュレーションする
より多くのキャッシュを手元に残したい場合には、「会社+個人」の手取り金額を細かくシミュレーションする必要がある。たとえば、会社に1,000万円の利益が発生したと仮定した場合、役員報酬によって手取り金額は以下のように変わってくる。
○個人の手取り金額のシミュレーション
役員報酬 | 税金 | 社会保険料 | 個人の手取り金額…① |
100万円 | 0.5万円 | 15.7万円 | 83.8万円 |
200万円 | 8.8万円 | 30.4万円 | 160.8万円 |
300万円 | 17.0万円 | 46.4万円 | 236.6万円 |
400万円 | 26.0万円 | 60.7万円 | 313.3万円 |
500万円 | 38.2万円 | 73.2万円 | 388.6万円 |
○会社の手取り金額のシミュレーション
役員報酬 | 税金 | 社会保険料 | 法人の手取り金額…② |
100万円 | 270.1万円 | 15.7万円 | 656.9万円 |
200万円 | 227.4万円 | 30.4万円 | 580.8万円 |
300万円 | 188.8万円 | 46.4万円 | 493.6万円 |
400万円 | 160.0万円 | 60.7万円 | 407.8万円 |
500万円 | 131.5万円 | 73.2万円 | 323.3万円 |
上の表の「①+②」を計算すれば、各パターンの手取り金額がはっきりとわかる。細かい計算は省略するが、上記のケースで「①+②」の金額が最も多くなるのは、役員報酬を200万円に設定したときだ。
会社に発生した利益や役員報酬額によって、税金・社会保険料の税率は変わってくるため、上記のシミュレーションは各ケースで取り組まなくてはならない。税金・社会保険料の計算に手間はかかるが、手元に多くのキャッシュを残す手段としては確実な方法と言えるだろう。
2.身内を非常勤役員にする
役員報酬として同じ金額を支給する場合であっても、実は身内で所得を分け合うと1世帯あたりの納税額を抑えられる。たとえば、経営者個人が1人で200万円の役員報酬を受け取るより、経営者190万円・配偶者10万円のような形で支給したほうが、税金・社会保険料の負担は抑えられるのだ。
こういった現象が起きる理由は、各種税金や社会保険料の仕組みにある。以下の所得税率の表(一部)を見れば、そのメカニズムを理解できるはずだ。
課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円超~330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円超~695万円以下 | 20% | 427,500円 |
経営者1人の課税所得が200万円と仮定すると、その所得税額は「102,500円」。一方で、配偶者と「190万円・10万円」の形で所得を分け合う場合は、2人の所得税額の合計額は「100,000円(95,000円+5,000円)」となる(※所得税額は課税所得に税率をかけ、その金額から控除額を差し引いて算出)。
つまり、このケースでは役員報酬を分け合うことで、適用される所得税率が10%から5%に下がっている。住民税や社会保険料も合わせると、手元に残る金額の差はさらに大きくなるため、しっかりとシミュレーションをしたうえでぜひ取り組んでおきたい節税対策だ。
3.役員報酬を減らし、役員退職金を増やす
役員報酬に比べると、役員退職金は「老後生活の原資になる」という観点から税制面で大きく優遇されている。支給金額や勤続年数によっては税金がかからず、さらに退職金には社会保険料も発生しないので、トータルで考えれば役員退職金として支給したほうが手元に残る金額は多い。
そのため、税金・社会保険料の負担に悩んでいる場合は、役員報酬の一部を役員退職金に回す方法が効果的だ。また、多くの掛金を損金算入できる形で解約手当金・退職金を積み立てられる「経営セーフティ共済」や「小規模企業共済」を活用すれば、さらに節税効果は高まっていく。
ただし、役員報酬を減らしすぎると経営者自身の生活に支障をきたす恐れがあるので、役員退職金に回す金額は慎重に設定することが重要だ。
役員報酬を決める際の注意点
役員報酬を決める際や変更する際には、注意しておきたい点がいくつかある。経営面への影響や税金とのバランスなど、細かく見れば数多くの点に注意するべきだが、以下では特に押さえておきたい2つの注意点をまとめた。
1.役員報酬変更議事録の作成が必須!早めの準備を
役員報酬は株主総会の決議事項であり、金額を決めた際には「役員報酬変更議事録」を作成しなくてはならない。この議事録は、税務調査が入ったときの説明資料として活用されるので、第三者から見ても「正当性」がわかる内容にすることが求められる。
つまり、役員報酬の変更時期や金額だけではなく、「役員報酬を変更しなければいけない理由」についても、合わせて議事録に記載しておくべきだ。税務調査が入ってから用意をすると、過去何年にも遡って理由を探す必要があるため、議事録の作成は役員報酬を改定する度に取り組んでおきたい。
また、役員報酬の設定から議事録作成までにはある程度の期間を要するので、早めに取り組むことも意識しておこう。
2.期中の役員報酬の増減は慎重に
前述では原則として、役員報酬は期中に変更できないと解説した。しかし、実は「やむを得ない」状況に直面した場合に限って、期中での金額変更が認められている。
具体的なケースとしては、資金繰りがショートするリスクが高まった場合、非常勤役員が常勤役員になった場合などが挙げられる。ただし、妥当性が認められる理由に加えて、以下のような条件も同時に満たさなくてはならない。
○役員報酬の期中の変更が認められる主な条件 ・金額が不相当に高くないこと ・定款の役員報酬総額の支給限度内であること ・臨時株主総会の決議によって決定し、議事録を作成すること |
仮に妥当性・正当性が認められなかった場合には、増額分の損金算入が認められないなどのリスクがあるので、期中の変更が必要になった場合は専門家への相談をおすすめする。
役員報酬の金額は、今後の経営にも関わってくる重要な要素
役員報酬はさまざまな要素を意識して設定する必要があるため、適正金額を判断することはやや難しい。当期利益の予測を立てたり、税金や社会保険料のシミュレーションをしたりなど、基本的に大きな手間がかかってくるだろう。
しかし、中小企業にとって手元により多くの現金を残すことは、非常に重要なポイントだ。経営者個人の生活だけではなく、会社のキャッシュフローにも大きく関わってくるため、適正金額の設定は時間をかけて取り組んでおきたい。ただし、役員報酬を変更できる時期は限られているので、余裕をもって取り組むことも意識しておこう。
文・THE OWNER編集部