AIやIoTをはじめ、今では多くの業界がデジタル技術を活用している。その一方でIT人材は需給のバランスが崩れており、すでに数十万人が不足している。なぜ日本は人材不足に直面しているのか、その理由を押さえて中小企業の戦略や対策を考えてみよう。
目次
IT人材不足は最大79万人に達する見込み
経済産業省の資料によると、日本のIT人材は2015年時点で不足しており、2030年の不足数は最大79万人に達すると試算されている。
時期 | IT人材の不足数 |
---|---|
2015年 | 17万700人 |
2020年 | 29万3,499人 |
2023年 | 37万4,564人 |
IT人材のニーズは今後も増えると予想されるが、人材供給は2019年から減少する見込みだ。つまり、IT人材の獲得競争はさらに激化するため、採用コストが限られた中小企業はますます苦境に立たされる。
デジタル技術を活用して持続的な成長を遂げるには、早めに危機感をもってIT人材戦略を考える必要がある。
なぜIT人材は不足しているのか?日本特有の根深い理由
IT分野の技術はハイスピードで進化しており、ニーズやトレンドの変化が激しい。たった数年で知識や技術が古くなることもあるため、他業界の人材に比べるとそもそも育成が難しいだろう。
これはどの国にも共通する課題だが、日本特有の理由としてはどのような背景があるだろうか。
あらゆる業界でのIT需要の増加
一見するとデジタル技術とは無縁に思える業界でも、IT化やDX化は進んでいる。
例えば、農業ではロボットを活用した生産、建設業ではドローンによる現場確認のように、デジタル技術はさまざまな業務に導入できる。製品情報や顧客情報などをもとに、AIによる経営分析を行っている企業も珍しくない。
日本には多様な産業があるからこそ、IT人材の需要は急速に拡大している。手軽に扱えるDXツールなども登場しているが、そもそも適切な運用管理や社内教育をする人材がいなければ、有効活用は難しいだろう。
少子高齢化による労働人口減少
日本は少子高齢化に直面しており、2011年からは人口自体も減少している。このままの状態が続けば、あらゆる業界で労働人口が不足することは簡単に想像できる。
中でもIT人材は、高校教育などの育成環境が整っていない。また、IT人材の給与水準が低い影響で、優秀な日本人が海外に流出したり、海外人材の獲得が難しかったりする状況も懸念点だろう。
少なくとも、少子高齢化は2045年まで進むことが予想されているため、IT人材の供給量は伸びないと考えられる。
ブラック労働のイメージが広がっている
国内の労働人口が減少しても、求職者が増えれば状況は改善するはずだ。しかし、IT業界は多重下請けの仕組みが多いため、低賃金かつ長時間労働をしているイメージが残っている。
実態は企業によって異なるが、ブラック労働のイメージが業界全体で払しょくされない限りは、多くの人材を集めることは難しい。
中小企業のIT人材戦略とは?多角的な視点での取り組みが必要
ここまでの内容を踏まえて、経営資源が限られた中小企業はどのような戦略をとれるだろうか。多角的な視点での取り組みが必要になるため、優先事項を一つずつ確認していこう。
柔軟な視点で採用範囲や採用方法を見直す
IT人材獲得のライバルには、ブランドのある大企業や外国企業も含まれる。そのため、よく見られる従来の採用活動では(求人サイトや求人情報誌など)、優秀な人材に注目されることは難しい。
大企業や外国企業に打ち勝つには、採用範囲や採用方法の抜本的な見直しが必要になるだろう。
<採用範囲を見直す例>
・採用年齢を40代まで引き上げる
・年齢の条件を撤廃し、スキル面で応募をかける
・未経験者や外国人の採用枠を増やす
<採用方法を見直す例>
・求職者に直接アプローチをする(ダイレクトリクルーティング)
・社員や関係者に紹介してもらう(リファラル採用)
・一旦離職した人材を再雇用する(アムルナイ採用)
上記のような方法であれば、広告掲載などに多額のコストをかける必要はない。求める人材像を明確にした上で、採用範囲・採用方法を柔軟に考えてみよう。
働き方を含めた待遇面を改善する
給与や福利厚生などの待遇面は、ほとんどの求職者が重視する情報だろう。そのため、業務に合わせて待遇面を改善するだけで、求職者がもつ企業イメージは変わってくる。
財務的に賃金の引き上げが難しい場合は、政府が推進する「働き方改革」に取り組みたい。例えば、テレワークなどの導入によって働きやすい環境になれば、賃金水準が変わらなくても求職者にはメリットになる。
<求職者にアピールできる働き方改革の例>
・テレワークやフレックスタイム制を導入する
・育児や介護を対象にした時短勤務制度を導入する
・退職者に対して、同一の職務や階級に戻れる制度をつくる
上記のような制度は、既存社員のモチベーション向上にもつながるため、無理のない範囲で導入を検討しよう。
DX化を進めて社内の意識を統一する
上層部を中心にDX化を進めて、社内の意識を統一するのも一つの手だ。効果が分かりやすいツールを導入し、業務負担が軽くなる光景を実際に見せれば、多くの人材がデジタル技術に興味をもつかもしれない。
ただし、部署間での連携が必要なツールや、操作が難しい端末デバイスなどを選ぶと、大きな混乱を招くリスクがある。既存システムとの兼ね合いもあるため、導入するツールは慎重に検討しよう。
業務効率化・コスト削減に取り組む
上記のような施策に取り組んでも、採用・育成できるIT人材には限りがある。十分な人材を確保するハードルは高いため、必要な人材数を減らすことも考えたい。
例えば、運用に多くの人材を割いているレガシーシステム(※)からの脱却は、業務効率化やコスト削減につながる。手が空いたIT人材を他の業務に回し、浮いたコストで新たな人材を採用すれば、人材不足が一気に解消する可能性もある。
(※)古い技術のみで構築された非効率なシステムのこと。
アウトソーシングも有効?気になるコストと活用のポイント
IT人材の獲得方法としては、アウトソーシング(外部への委託)もある。業務自体を外部のプロに任せたり、ITに精通した人材を派遣してもらったりなど、依頼先によっては手厚いサービスを受けることが可能だ。
上記の方法と比べて、アウトソーシングは有効な手段と言えるのだろうか。
アウトソーシングと社内育成はどちらが効率的なのか?
一般的な情報システム業務を外注した場合、費用相場は月額で25~30万円程度と言われている。年間では300~360万円のコストになる計算であり、自社の運用体制が変わらない限りはこの支出が続いていく。
一方で、IT人材の育成コストは企業によって異なり、一人あたり50万円以上をかけている企業も存在する。仮に10人のIT人材を育成する場合は、それだけで500万円の支出になる計算だ。
一人前のIT人材を育て上げれば、社内育成ではその後のコストがかからない。情報漏えいのリスクも下がるため、適した環境さえあれば安心して人材を育てられる。
しかし、アウトソーシングにも最新技術を導入できる、従業員がコア事業に集中できるなど、軽視できないメリットがある。単純な比較は難しいため、自社ならではの課題や背景を踏まえて、目的により適した方法を選びたい。
全ての業務を外注することは難しい
企業にもよるが、ITに関連する全ての業務を外注することは難しい。アウトソーシングにも向かない業務はあるため、依頼する範囲は慎重に決めることが重要だ。
<アウトソーシングに向かない業務の例>
・プロジェクトの企画立案
・法務関連などの判断が必要になる業務
・特定の資格が必要になる業務
また、アウトソーシングを活用し過ぎると、社内にノウハウが蓄積されなくなる。実務を通して学べるITスキルも多いため、外注する範囲は育成計画も踏まえて判断しよう。
高度なIT人材はフリーランスにも多い
高度なIT人材は、フリーランスや個人事業主にも多く存在する。中でも専門的な案件をこなすフリーランスは、ITトレンドの変化にも敏感な可能性が高いので、アウトソーシングよりも安心して業務を任せられるかもしれない。
そもそもフリーランスとは、特定の企業や団体などに属さず、案件ごとに契約を結ぶような人材を指す。通常の正社員と比べてどのようなメリット・デメリットがあるのか、以下で簡単に整理しておこう。
フリーランスに依頼するメリット | フリーランスに依頼するデメリット |
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・即戦力の人材を確保できる ・業務量に合わせて増員できる ・社内の業務負担が減る ・稼働までのスピードが速い ・依頼範囲にしかコストがかからない | ・契約を継続してもらえるか分からない ・個人によって品質に差がある ・情報漏えいのリスクが高まる |
契約によってはコストも抑えられるが、フリーランスには特有のデメリットやリスクもある。全ての業務を任せることは現実的ではないため、業務の一部のみを委託したり、アウトソーシングと組み合わせたりといった工夫が必要だ。
また、高度なフリーランスを見つけるには、人材サービスの選び方も意識しておきたい。専門分野や技術者のレベル、未経験率などが異なるため、各サービスの特徴はあらかじめ確認しておこう。
経営が回らなくなる前に早めのIT人材対策を
日本の現状を考えると、IT人材はしばらく不足する可能性が高い。中小企業はますます厳しくなるため、早めに対策を考えることが重要だ。
社内育成は一つの選択肢だが、経営資源が限られた中小企業では難しい場合もある。アウトソーシングやフリーランスの活用も含めて、さまざまな方法を模索していこう。