IT人材は獲得競争が激しいため、社内での育成を考えている企業は多いだろう。しかし、教育側のITリテラシーがないと、育成の方向性を誤ってしまう恐れがある。さまざまな場面に対応できる人材を育てたい企業は、経済産業省のITSSを押さえておこう。
目次
IT人材の育成は「ITSS」がものさしになる
一口にIT人材と言っても、備えている知識やスキルは人材によって異なる。上層部や人事にITリテラシーがないと、導入するシステムに合った人材を獲得することは難しいだろう。
そこで経済産業省は、IT人材育成のものさしになる「ITSS(ITスキル標準)」を策定している。ITSSは、7段階のレベルに分けて必要なスキルが示された枠組みであり、IT人材の育成をサポートするために設けられた。
<ITSSにおけるスキルの記述範囲>
本スキル標準においては、ITサービスにおけるプロフェッショナルとして、エントリレベルからハイレベルにいたるキャリアパスを実現していくために共通に必要となるスキルを主体に記述しています。
一方で、「ものさし」としての一覧性や利便性、メンテナンスの容易性を確保する等の観点から、プロジェクトの局面に応じて短期的に必要となる個別の製品・サービス及び適用業務知識に関する要素スキルや、個人の適性や資質にかかわるような人間系のスキルについては、詳細な記述を行っていません。
(引用:情報処理推進機構「2.ITスキル標準とは -ものさしとしてのスキル標準 | デジタル人材の育成」)
上記を簡単に言い換えると、IT人材に共通して求められる実務スキルをまとめたものがITSSである。企業が求める人物像(レベル)と照らし合わせながら必要スキルを確認できるため、人材育成や採用活動のものさしになるはずだ。
需要と供給がつり合っていないIT業界
多くの業界でIT化やDX化が進む中、その中核を担うIT人材はすでに不足している。経済産業省の資料によると、IT人材は2015年の時点で17万人ほど不足しており、2030年には41万人~79万人の人材不足に直面する見込みだ。
IT人材の需要は今後も伸びると考えられるが、そのペースに供給が追いつかない状況にある。人材獲得競争はさらに激しくなるため、採用コストが限られた企業は早めに育成環境を整えておきたい。
ITスキルの証明になるITSS資格
ITSSのレベルを測る資格として、経済産業省は「情報処理技術者」と呼ばれる国家資格を実施している。人材育成の目標設定や採用活動の指針として、この国家資格は分かりやすい判断基準になるだろう。
全ての資格が役に立つわけではないが、一つずつ概要を確認していこう。
入門レベルのIT知識が求められる「ITパスポート」
ITパスポートは、ITSSのレベル1にあたる国家資格である受験。全ての社会人に必要な「共通的知識」が出題範囲であり、合格するためには以下のような知識水準が求められる。
<ITパスポートで求められる知識水準>
・一般的な企業に導入されるオフィスツールを活用できる
・データを利活用するための論理的な思考力がある
・関連法規や情報倫理に従って行動できる
・情報システムの開発または運用に関する知識がある
・新しい技術や手法(AIやIoT、アジャイル開発など)に関する知識がある
ITパスポートの受験者は毎年増えており、2021年には約21万人が受験した。情報処理推進機構の資料によると、合格率はおよそ40~58%前後で推移している。
ITエンジニアの登竜門とされる「基本情報処理技術者」
ITパスポートが入門レベルであるのに対して、基本情報処理技術者はITエンジニアの登竜門とされる国家資格だ。ITSSのレベル2にあたり、試験では以下のような知識水準が求められる。
<基本情報処理技術者で求められる知識水準>
・IT全般に関する基礎知識を理解できている
・上位者の指導のもと、以下の業務をこなせるレベルにある
1.IT戦略に関する予測や分析、評価ができる
2.システムやサービスを提案できる
3.システムの企画や要件定義ができる
4.セキュリティを意識してシステムの設計や開発、運用ができる
5.ソフトウェアを設計できる
・上位者の方針を理解した上でプログラムを作成できる
上記の通り、実務的なスキルを備えた人材でないと基本情報処理技術者に合格することは難しい。近年の合格率は40%を超えているが、実務経験があっても数十時間の勉強が必要と言われている。
実務を主体的にこなす知識が求められる「応用情報処理技術者」
応用情報処理技術者は、高度IT人材を対象にした国家資格である。ITエンジニアのステップアップとして活用されており、基本情報処理技術者よりも専門的・実務的な知識が求められる。
<応用情報処理技術者で求められる知識水準>
・経営者の考えを理解し、外部環境を正確にとらえて情報収集(動向や事例)ができる
・モニタリング指標に基づいて差異分析などができる
・システムやサービスの提案書を一部作成できる
・システムに関する要求を整理し、採用する技術を調査できる
・IT開発のメンバーとして、安定したサービス提供や稼働ができる
・リーダーのもとで予算管理や工程管理、品質管理ができる
・上位者の考えを理解した上で、技術的な問題を解決できる
応用情報処理技術者に合格した人材は、チームの主力になることが予想される。開発や運用に加えて、クライアントへの提案や管理業務もこなせるため、会社にとっては貴重な人材といえるだろう。
高度情報処理技術者
高度情報処理技術者は、ITSSの中でも最高難易度とされる国家資格である。以下のように9つの試験区分があり、いずれの区分でもさらに専門的な知識が問われる。
<高度情報処理技術者の試験区分>
・ITストラテジスト
・システムアーキテクト
・プロジェクトマネージャ
・ネットワークスペシャリスト
・データベーススペシャリスト
・エンベデッドシステムスペシャリスト
・ITサービスマネージャ
・システム監査技術
・情報処理安全確保支援士
この資格を取得した人材は、いわゆる各分野のスペシャリストにあたる。ITSS以外の資格と比べても難易度が高いため、社内教育に加えて従業員本人による努力も必要になるだろう。
エンジニアに求められるIT知識以外のスキル
ITエンジニアに求められるのは、システムの開発や運用に関する知識だけではない。他業界と同じように、チームで動くことや顧客対応も必要になるため、実際には以下のようなスキルも求められる。
円滑に業務を進める「コミュニケーション能力」
基本的にITエンジニアは、一つのプロジェクトをチーム全体で進めていく。誰がどの業務を担当するかや、他のシステムとの兼ね合いなどを相談しながら業務にあたるため、どの職種にもコミュニケーション能力が求められる。
中でもシステムエンジニアのような中心人物は、外部(顧客や営業担当者など)と頻繁にやり取りをするので、対外的なコミュニケーションスキルが必須だ。
プロジェクトを正しい方向に導く「マネジメント力」
顧客からの要求をまとめるエンジニアや、チームの中核を担うリーダーには、一定のマネジメント力も求められる。IT関連のプロジェクトには納期があるため、プロジェクトを正しい方向に導くだけではなく、効率的な方法を見定めるスキルも必須だ。
このようなスキルを備えた人材がいないと、現場の業務効率は大きく下がってしまう。
英語力
ITに関する文献や最新情報は、英語で発信されることが多い。また、海外のIT製品・サービスを購入したときや、外国企業と共同でプロジェクトを進める場合なども、基本的な英語力が必要になる。
特に海外のパートナーや顧客を抱えている企業は、コミュニケーション能力やマネジメント力にも関わるので、英語の習得が優先事項になるだろう。
ITエンジニアを効率的に育成する方法
ITエンジニアには情報技術以外のスキルも求められるため、ITSS資格を取得するだけでは一人前の人材とはいえない。実務をスムーズにこなす人材を育てるには、育成計画に工夫をとり入れる必要がある。
ここからは3つのステップに分けて、ITエンジニアを効率的に育成する方法を紹介しよう。
STEP1.従業員のスキルを見える化して評価する
従業員のスキルを見える化する手段としては、IT知識に関するアンケートなどを取り、スキルマップを作成する方法が挙げられる。実務に必要なスキル項目と、項目別の評価(5段階評価など)を一覧にまとめれば、会社全体で不足しているスキルが明確になるだろう。
STEP2.必要な人材像とスキルを明確にする
現状を整理したら、次は「必要な人材像」を明確にしておきたい。前述のITSSも参考にしながら、「どの実務をこなすために、どのようなスキルが求められるのか」を一つずつ整理しよう。
このときに整理したスキルと、上記のスキルマップを比較すれば、人材育成の方向性が分かりやすくなる。
STEP3.スキルや目的に合った方法を選ぶ
最後に学習方法を決めるが、身につけたいスキルや目的によって適した方法は異なることに注意したい。例えば、ITSS資格を目指す場合は書籍、対人的なスキルを伸ばす場合はスクールのように、従業員ひとり一人に合わせた育成計画が必要になる。
また、従業員が挫折しない方法を選ぶことも、意外と見落としがちなポイントだ。IT関連のスキルは習得が難しく、モチベーションに学習効果が左右されるため、意欲的に取り組めるような育成計画を考えたい。
IT人材の育成では最新トレンドの確認も欠かせない
IT業界は技術の移り変わりが激しく、数年で古いものになるケースもある。学習中にトレンドが変わることもあるため、最新情報を追うことも育成計画に取り入れたい。
例えば、近年ではメタバース技術が注目されており、仮想空間で展示会をする企業が増えてきた。ビジネスモデルの変革につながるような最新トレンドは、こまめな情報収集で確実に追えるようにしたい。
一人ひとりの従業員に合った育成計画を考えよう
会社全体でITリテラシーを高めるには、現状を把握することから始める必要がある。従業員によって知識やスキルの水準は異なるため、調査やスキルマップの作成にはしっかりと時間をかけよう。
また、今では多くの学習方法があるため、できるだけ個々の従業員に合った方法を選んでほしい。