人事労務関連では毎年のように法改正が生じますが、これらへの対応の中で盲点となりがちなのが「過去数年もしくは数カ月以内に施行され、今年度中に新たに実務上の対応が必要となる改正法」です。
今回は、「賃金請求権の消滅時効延長」及び主に大企業に課せられた「人的資本関連の情報開示」について振り返り、必要な対応に目を向けましょう。(文・丸山博美社会保険労務士)

【2023年度】対応必須! 人事が押さえておくべき労務関連重要5テーマ

目次

  1. ①賃金請求権の消滅時効延長から3年が経過。 今後は5年分の未払賃金請求の可能性
  2. ②2023年度以降、中小企業は意図せぬ未払残業代発生にご注意を
  3. 主に大企業に課せられた、人的資本の情報開示に向けた実務対応
    1. ③常用労働者301人以上の事業主に対して「男女の賃金の差異」の情報公表
    2. ④常用労働者1001人以上の事業主に対して「育児休業取得状況」に関わる公表
    3. ⑤有価証券報告書を発行する大手企業は「人的資本の情報開示」が義務化に
  4. まとめ

①賃金請求権の消滅時効延長から3年が経過。 今後は5年分の未払賃金請求の可能性

2020年の改正民法施行により、民法上の賃金請求権の消滅時効期間は、債権の種類を問わず原則として権利を行使できることを知った時から5年、又は権利を行使することができる時から10年に統一されました。これに伴って労働基準法も改正され、労働・賃金関係の一部の消滅時効が以下の通り変更になりました。

賃金請求権の消滅時効期間の変更内容

【2023年度】対応必須! 人事が押さえておくべき労務関連重要5テーマ

出典:厚生労働省「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」

2020年の改正法施行から3年が経過し、賃金及び付加金請求についてはすでに最大で3年分を遡及できるようになっています。

企業においては今一度、未払賃金対策を強化すべく、賃金制度の適正運用、給与計算方法に関わる見直しを行ってまいりましょう。

賃金請求権の消滅時効は、今後「5年」に延長される可能性も
賃金請求権の消滅時効期間や付加金の請求期間については、表にある通り、原則「5年」に延長されたものの、当面の間は「3年」の経過措置が講じられています。

ここでいう「当面の間」とは一体いつまでなのか、現状では明らかにされていませんが、企業においては先を見据えた対策が求められます。

②2023年度以降、中小企業は意図せぬ未払残業代発生にご注意を

中小企業では、割増賃金率の引き上げの観点からも、未払賃金対策にこれまで以上に注力すべきです。

2023年4月1日以降、中小企業でも月60時間超の時間外労働について50%以上の割増賃金率が適用されることとなりました(大企業ではすでに2010年4月より適用)。

そのため、割増賃金の引き上げに対応できていなかった、もしくは割増賃金の計算に不備があった等で、意図せず未払賃金が生じやすくなります。賃金請求権の消滅時効延長と併せて、注意が必要です。

【2023年度】対応必須! 人事が押さえておくべき労務関連重要5テーマ

出典:厚生労働省「月60時間を超える時間外労働の 割増賃金率が引き上げられます」

主に大企業に課せられた、人的資本の情報開示に向けた実務対応

日本では従来「コスト」「資源」として捉えられてきた「人材」ですが、近年では国際社会の流れを受け、企業価値向上の源泉となる「資本」として認識されるようになっています。

こうした風潮の中、女性活躍推進法や育児・介護休業法、企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、大企業に対する人的資本関連の情報開示が義務化されました。対象企業においては、2023年度中に順次対応が求められます。

③常用労働者301人以上の事業主に対して「男女の賃金の差異」の情報公表

現在、常時雇用する労働者数が101人以上の事業主に対しては、「女性活躍に関する情報の公表」が求められています。

これについて、2022年7月の女性活躍推進法に基づく省令・告示の改正により、公表項目に「男女の賃金の差異」が追加された他、常時雇用する労働者が301人以上の事業主に対しては当該項目の公表が義務化されました。

男女の賃金の差異の情報公表

【2023年度】対応必須! 人事が押さえておくべき労務関連重要5テーマ

出典:厚生労働省「男女の賃金の差異の情報公表について」

初回「男女の賃金の差異」の情報公表は、2022年7月8日の施行日以降最初に終了する事業年度の実績について、その次の事業年度の開始後おおむね3カ月以内に行うこととされています。

毎年4月が年度始まりの会社では、6月末が期限となります。 「男女の賃金の差異」に関わる算出の手順等、詳細は以下の資料で解説されています。
参考:厚生労働省「女性活躍推進法に基づく男女の賃金の差異の情報公表について」

④常用労働者1001人以上の事業主に対して「育児休業取得状況」に関わる公表

2023年4月1日施行の改正育児・介護休業法では、従業員数1000人超企業の事業主に対し、男性労働者の育児休業等の取得状況を年1回公表することが義務付けられました。

義務化された育児休業取得状況の公表内容

【2023年度】対応必須! 人事が押さえておくべき労務関連重要5テーマ

出典:厚生労働省「育児休業取得状況の公表の義務化」

公表はインターネットで行うものとし、具体的には自社のホームページの他、厚生労働省が運営するウェブサイト「両立支援のひろば」(https://ryouritsu.mhlw.go.jp/ )への掲載が考えられます。

公表の期限については、公表を行う日の属する事業年度の直前の事業年度(公表前事業年度)の状況について、公表前事業年度終了後概ね3カ月以内とされています。「女性活躍に関する情報の公表」同様、事業年度末が3月の会社では、6月末日が公表期限の目安となります。

⑤有価証券報告書を発行する大手企業は「人的資本の情報開示」が義務化に

2023年1月31日の「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(改正開示府令)公布・施行により、上場企業に対しては「人的資本、多様性に関する項目」について、有価証券報告書における以下の内容に関わる情報開示が義務化されました。

・人材の多様性の確保を含む「人材育成の方針」や「社内環境整備の方針」及び「当該方針に関する指標の内容」等を必須記載事項として、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において記載する
・提出会社やその連結子会社が女性活躍推進法等に基づき、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」を公表する場合には、公表するこれらの指標について、有価証券報告書等においても記載する

改正開示府令は、2023年の3月期決算以降の有価証券報告書から適用となります。
「人的資本の情報開示」に関わる詳細は、ガイドラインよりご確認いただけます。
参考:金融庁「企業内容等開示ガイドライン等」

まとめ

ここに挙げた各種の法改正対応について、ご対応漏れはないでしょうか。

ともすれば煩わしいものと捉えられがちな法改正対応ですが、見方を変えれば、組織課題を解決し企業成長を加速させるきっかけともなります。

労務管理における「未払賃金対策」の重要性は言うまでもありませんが、「人的資本関連の情報公表」への対応の中で自社の状況がデータ化・指標化されることで、きっと見えてくるものがあるでしょう。

あらゆる法改正対応について、義務感からではなく、前向きな姿勢で取り組んでいきませんか。