2022年末ごろから賃上げのニュースを見聞きすることが多くなっている。社会的にも活況を取り戻しそうな賃上げは、好ましいことだ。経営者のなかには「賃上げは大企業だけのもので中小企業には関係ない」と考える方もいるのではないだろうか。しかし岸田総理は、賃上げを地方や中小企業にも広げる考えを示している。
競争力を保つためには、中小企業でも賃上げを検討する必要性が高まりそうだ。そこで本記事では、中小企業経営者として知っておくべき賃上げの背景や事例について解説する。
目次
賃上げとは
「賃上げ」とは、企業が従業員に支払う賃金を引き上げることであるが、賃金の引き上げ方にはいくつかの方法がある。
定期昇給
あらかじめ労働協約、就業規則などで定めた制度に基づき従業員の年齢や勤続年数、業績、評価結果などに応じて定期的に引き上げされる。一般的に「昇給」といえば定期昇給を意味する。
ベースアップ
賃金表を改訂することで基本給の水準を引き上げること。「ベア」ともいう。通常全従業員に対して一律で行われる。例えばインフレ時に物価に対して賃金の水準が低くなるなど従業員の生活への支障が懸念される場合などに行われることが多い。
賞与・一時金
定期昇給やベースアップのように月額給与を引き上げるのではなく、特別手当として一時金で年収を引き上げたり賞与を例年よりも多めに支給したりする方法もある。もちろん昇給・ベア・一時金の3種を組み合わせることも可能だ。
賃上げが急増している背景
大手企業を筆頭に賃上げをする企業が相次いでいる背景としては、原材料・エネルギー価格の高騰、円安を起因とした物価上昇が関係している。先の見えないインフレ率続伸に実質賃金は低下、労働者の生活は苦しくなるばかりだ。働いても実質賃金が下がれば労働意欲が減退するのが人の常だ。労働生産性も下がってしまうだろう。
岸田総理が物価上昇を超える賃上げを企業に要請したこともあるが、例年よりも賃上げ幅が大きいのは、生活を直撃している物価上昇に対する企業自身の配慮ともいえる。ベースアップもさることながらインフレ手当を支給する企業も多い。
一方、中小企業に焦点を合わせてみると「防衛的賃上げ」の面が大きい。同調査によると2023年度に賃上げを予定している企業の62.2%は「業績の改善が見られないが賃上げを実施予定」というのが実情だ。また少子高齢化の進行とともに中小企業の人手不足が進んでいることも否めない。
同調査によると人手不足への対応策として「賃上げの実施、募集賃金の引き上げ」を実施・検討すると回答した企業は66.3%と最も多い。また賃上げを予定している理由としては、「従業員のモチベーション向上(77.7%)」が最も多く、次いで「人材の確保・採用(58.8%)」となっている。
これらは「物価上昇への対応(51.6%)」よりも多く、物価上昇よりも人材獲得競争への対抗のほうが賃上げの背景に大きく広がっているようだ。2022年10月に実施された過去最高の最低賃金引き上げ(全国加重平均31円:930円→961円)の影響を受け、「最低賃金を下回り、賃金を引き上げた」企業も38.8%と少なくない。
賃上げへの対応策
ただ、賃上げとなると原資が必要だ。先に紹介したように、業績の改善が見られないなか賃上げの実施を予定している企業は6割以上に及ぶが、賃上げ対応策としてどのようなことを実施しているのか気になるのではないだろうか。そこで、賃上げ(予定)企業が実行している対応策を紹介しておこう。
この回答結果を見ると値上げ・価格適正化、販路拡大、コスト削減など業績改善に向けた取り組みをしている企業が多いことがうかがえる。一方で企業が自発的・持続的に賃上げできる環境整備としての支援策を求める声も多い。
中小企業が賃上げを実現するには、原資確保とともに取引価格の適正化、業務効率化、能力開発などといった経営環境の整備も必要になるだろう。
昨今の賃上げ状況
まずは、昨今の賃上げ状況について確認する。日本労働組合総連合会が2023年5月10日に発表した「2023春季生活闘争 第5回回答集計結果(2023年5月8日10時時点)」によると、2023年春闘で月例賃金改善(定昇維持含む)を要求した4,833組合中、76.2%にあたる3,686組合が妥結済みだ。そのうち2,146 組合(58.2%)は、賃金改善分を獲得した。
これは、2014年闘争以降、最も高い数値となっている。定昇相当込み賃上げ額の平均額は、1万923円(加重平均)となっており昨年同時期の賃上げ額より4,763円増加した。この傾向は、中小組合でも同様で300人未満の中小組合2,478組合の賃上げ平均額は8,328円(前年同期比3,331円増)という結果だ。中小組合においても比較可能な2013年闘争以降、最も高くなっている。
賃上げ企業の事例
具体的な事例をいくつか紹介しよう。自動車メーカーのホンダは、ベースアップ相当分と定期昇給分をあわせて月額1万9,000円の賃上げをした。自動車総連のなかでも賃上げ額は最も高い。パナソニックや日立、富士通、シャープ、村田製作所など電機連合各社は、そろって月額7,000円の賃上げだ。
賃上げで最も高い回答額を出しているのがセントラル硝子だ。その額は、定期昇給・ベアおよび賃金改善分を合わせて3万7,730円(13.23%増)となっている。なおセントラル硝子は、物価高騰による生活支援を目的として新卒初任給(2023 年 4 月入社)の改定および在籍社員の処遇改善をする旨2022年12月に発表している。
中小企業では約6割が賃上げを実施予定
賃上げの波は、中小企業にも及んでいる。2023年3月28日に日本商工会議所と東京商工会議所が公表した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」によると、回答を得られた3,308社(調査対象6,013社)のうち58.2%の企業が2023年度に「賃上げを実施予定」と回答した。これは、昨年同時期に比べて12.4ポイント多い。
賃上げ率は、近年の中小賃上げ率(2%弱)を上回る「2%以上」とする企業が58.6%、足下の消費者物価上昇率を概ねカバーする「4%以上」とする企業は18.7%という状況だ。
賃上げに活用したい政府支援制度
日本政府は、中小企業の賃上げを後押しするべく補助金や税制措置による生産性向上や価格転嫁の促進などの支援策を講じている。ここでは、中小企業向けの主な日本政府の賃上げ支援制度を紹介していく。
賃上げ促進税制
中小企業向けの「賃上げ促進税制」は、中小企業等が、一定の要件を満たし前年度より給与等の支給額を増加させた場合、雇用者全体の給与等支給額の増加額の15~40%を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できるというものだ。賃上げ率と税額控除の関係は、次の通りである。
【基本】
雇用者全体の給与等支給額を前年度比で1.5%以上増加:増加額の15%を税額控除
【上乗せ分】
・雇用者全体の給与等支給額を前年度比で2.5%以上増加:控除率を15%加算
・教育訓練費を前年度比で10%以上増加:控除率を10%加算
つまり15%の税額控除をベースとし、上乗せ要件を満たすことで控除率が25%、30%、40%のいずれかになる。また適用期間は2年間とされているため、賃上げタイミングを逃さないように注意したい。
- 法人:2022年4月1日~2024年3月31日までの期間内に開始する各事業年度
- 個人事業主:2023年および2024年の各年
働き方改革推進支援助成金
働き方改革推進支援助成金は、厚生労働省が実施している助成金である。労働時間の縮減や年次有給休暇の促進に向けた環境整備などに取り組む中小企業事業主に対して、実施に要した費用の一部を助成するというものだ。具体的には、以下の5つのコースがあり、コースによって適用要件や助成額が異なる。
- 適用猶予業種等対応コース
- 労働時間短縮・年休促進支援コース
- 勤務間インターバル導入コース
- 労働時間適正管理推進コース
- 団体推進コース
2023年度からは、各コースの成果目標に加え賃上げを成果目標とすることができるようになった。(団体推進コース以外)常勤労働者数および賃上げ人数、賃上げ割合に応じて助成金上限額が加算される。例えば常勤労働者数が30人以下の中小企業が10人の労働者に対して3%以上の賃上げをした場合、100万円が助成金上限額に加算される。
業務改善助成金
同じく厚生労働省が実施している助成金として「業務改善助成金」がある。これは、生産性向上のための設備投資(機械設備やPOSシステム等の導入)などを行い、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部が助成されるというものだ。次のいずれか低いほうの金額が助成額となる。
- 生産性向上に資する設備投資等にかかった費用に一定の助成率を乗じた金額
- 助成上限額
助成率は、引き上げ前の事業場内最低賃金により、また助成金上限額は事業場内最低賃金および事業場の労働者人数、引き上げ人数などによって異なる。申請期限は、2024年1月31日とされているため、早めの賃上げ対策が必要となりそうだ。
中小企業に向けた賃上げ支援制度を活用しよう
2023年春闘では、物価上昇や人手不足を背景に賃上げをする企業が相次ぎ30年ぶりの賃上げ水準となっている。2023年4月末には、岸田総理がこの賃上げの力強いうねりを地方や中小企業に広げるべく全力を尽くす考えを示した。そのため今後中小企業に向けた賃上げ支援制度のさらなる拡充も期待される。
中小企業経営者は、日ごろから情報チェックに努め、これらの支援制度を有効活用しながら賃上げすることで人材確保や企業競争力の向上を図って欲しい。