この記事は2023年4月20日に「テレ東プラス」で公開された「客を魅了するバスツアー~常識を打ち破るエンタメ戦略:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
この春オススメの安・近・短の旅~開放的なオープンデッキで
東京駅の丸の内側から乗る2階建ての屋根がない「スカイバス」。皇居前広場から桜田門、国会議事堂など、東京のさまざまな名所を見たことのない高い目線から楽しめる。「お江戸東京コース」は皇居を中心に、銀座、日本橋など江戸・東京の歴史や名所などを巡っていくコースだ。
▽2階建ての屋根がない「スカイバス」名所を見たことのない高い目線から楽しめる
料金は大人2,000円とリーズナブル。席が空いていれば当日の飛び込みでもOKだ。さらに人気の理由は約50分という所要時間。「通りすがりに『時間があるから』と参加できる」というわけだ。
「スカイバス」のコースは3種類。子ども連れで楽しむなら、爽快感やインパクトを重視した場所をチョイスした「東京タワー・レインボーブリッジコース」(同2,000円)を。もう一つは歌舞伎座など東京の夜景スポットを巡る「お台場夜景コース」(同2,400円)。ロマンチックな雰囲気に浸れるから、こちらはカップルに人気だ。
▽爽快感やインパクトを重視した場所をチョイスした「東京タワー・レインボーブリッジコース」
また「スカイホップバス東京」といって、観光スポットにバス停が設けられ、自由に乗り降りできるバスもある。バスは1時間おきにやってきて、3,800円で1日乗り放題。路線バスを乗り継ぐ感覚で観光地を効率的に回れるのだ。
新たな東京観光を生み出すバス会社は「日の丸自動車興業」。日の丸といえばタクシーや自動車教習所が有名。もともと日の丸自動車という一つの会社だったが、その後、事業ごとに3つに分社化。観光バス事業を引き継いだのが日の丸自動車興業だ。
コロナ禍で団体客やインバウンド需要がなくなり、貸切バス業界の収支は2021年、過去最低を記録した。そんな中、日の丸自動車興業は社長・富田浩安(83歳)が推し進めてきた「スカイバス」が功を奏し、売り上げを3割も上げた。
「団体旅行だけをやっている我々のビジネスは、変えていかないといけない。普通の貸切バスは1日がかりで箱根や日光に行きます。都心でちょっとブラッと観光したいという人のために、1時間以内の旅行ができないかと思って始めました」(富田)
屋根がないから換気は十分。さらに、団体ではなく個人が短時間で楽しめる点が支持されたのだ。
親子二人三脚でチャレンジ~バス事業の新たな可能性
「東京の街をディズニーランド化しようという流れを作ったんです」と言う富田には、バスを使うことで街自体をアミューズメントパークのようにしたいという戦略があった。
アミューズメントパーク戦略(1)「乗らなくても楽しめる」
アミューズメントパークといえばパレード。2012年のロンドンオリンピックのパレードでは銀座の街に50万人もの観客が集まった。優勝パレードといえば、以前はオープンカーが当たり前だったが、富田がどこからでも選手の顔が見やすい屋根無しバスを売り込んだところ、主催する企業や自治体から依頼が殺到。今やパレードの定番となった。
アミューズメントパーク戦略(2)「迫力のアトラクション」
「スプラッシュ・マウンテンを町の中で乗れたらどうだろうと思って」(富田)
横浜に現れたのは「スカイダック」という水陸両用バス。「スカイダック横浜みなとハイカラコース」(3,600円)では、陸上で由緒ある建物を見たあと、スピードを上げて海にダイブする。海上では安全面から「何かあった時に逃げられるようにするために、シートベルトは外してください」というアナウンスも。
▽「スカイダック」陸上で由緒ある建物を見たあと、スピードを上げて海にダイブする
運転手はバスの免許のほかに、船舶の操縦免許も必要になる。元海上自衛官というドライバーの橘一夫は「ぜひこのバスの操縦士になりたいと思って59歳で転職しました。お客さんが坂の上では悲鳴をあげますが、水の中に入ると歓声に変わる。うまく飛び込めたら『やったね』と思います」と言う。
ツアーの売れ行きはアイデアが勝負。日の丸自動車興業の東京営業所ではこの日、夏に向けた新コースの企画会議が行われていた。「スカイバス」を「走るビアガーデン」にしてしまおうという提案が出ていた。
こうした会議から生まれたあるツアーがこの春、実現することになった。関係者以外立ち入り厳禁の成田国際空港の駐機場を巡る「スカイバスで巡る成田空港スペシャルバスツアー」だ。途中でバスを降りることもできて、離陸の瞬間も間近に見ることができる。
スカイバスを武器に新たな手を打ち続ける富田には頼りになる右腕がいる。息子で副社長の富田哲史(44)だ。会社の運営は親子二人三脚で進められている。
▽会社の運営は親子二人三脚で進められている
哲史は今、時代に合わせた新たな取り組みを進めている。今まで感覚に頼っていたツアー作りにデータを導入。お客の年齢層やニーズを分析して、新たなファンを増やそうとしているのだ。
「観光バスは新たなことにチャレンジすることも1つの役割。自分は、多少失敗してもいいからやりたいといつも思っている。思い切って新しい分野に出て行って良かったと思っています」(富田)
地域の活性化に大貢献~東京駅界隈の無料巡回バス
日本を代表するオフィス街の丸の内。「丸の内シャトル」は東京駅西側の有楽町、丸の内、大手町をつなぐ無料巡回バスだ。
2003年、このエリアの人の流れをバスで活性化させようと、日の丸自動車興業が提案。賛同した企業が協賛金を出しているので、無料で乗ることができる。
「丸の内で働く人たちの移動手段として無料シャトルバスは便利という点に加えて、いろいろな人たちが無料シャトルバスに乗って、丸の内を支えている企業のことも知ってファンになってくれる人もいると思いますので、そういった点もメリットだと思います」(「三菱地所」・大谷典之さん)
利用するのは主に会社員。「10分に1本くらい来てくれるので助かる」「駅までの距離が結構あるので近場の移動に便利」と好評だ。開発した専用のアプリで、バス停ごとの到着時間をリアルタイムで確認することもできる。
一方、東京駅の八重洲側でも無料巡回バスを運行している。こちらは日本橋や京橋といったショッピング街を巡回する「メトロリンク日本橋」。例えば、東京駅から日本橋三越へ行くには、地下鉄なら乗り替えがあって手間がかかるが、このバスは商業施設のすぐそばに停まるから、買い物するのに便利だ。
日本橋で江戸時代から続く「榮太樓總本鋪」社長・細田眞さんは「バブルが弾けてから日本橋の寂れ方がすごかったんです。無料巡回バスによって、日本橋にお客が入ってきて、回遊性が高くなった。日本橋にとってなくてはならないものです」と言う。
この無料バスを発案したのが富田だ。
「我々としては、最初からビジネスというよりも、社会に貢献してビジネスになるのが一番長続きする」(富田)
観光バスの常識を打ち破れ~協賛社募集で起死回生の妙手
1950年、富田の父・金重は10台のタクシーで日の丸自動車を創業。63年には、翌年に控えた東京オリンピック需要を狙い、貸切バス専門の会社として日の丸自動車興業を設立した。狙い通り、東京オリンピックは多くの観光客を呼び、日の丸自動車興業も大きく業績を伸ばす。ところが「その時は大変良かったんですけど、オリンピックが終わったら不況になってしまった」(富田)
低迷するバス事業の再建に白羽の矢が立ったのが、現社長の富田だった。
富田は他社と差別化するため、それまでにないバスの導入に力を注いでいく。その1つが79年に導入したサロンカー。テーブル付きの座席に、電子レンジや当時は珍しかった自動車電話も装備した。82年には、当時としては画期的なドイツ製の2階建てバスを導入。カウンターバーや観光バス初のカラオケも楽しめるようにした。
こうした戦略で業績を順調に伸ばしていった。しかし、99年、「改正道路運送法」が成立し、バス事業の規制を緩和したため、観光バス事業に新規参入業者が急増。そのあおりで日の丸自動車興業は業績を落としていく。
「競争相手が多くいる中で、もっと特殊なことをやっていかないと生きていけない」(富田)
富田が目をつけたのは開発されたばかりのお台場。当時、エリア内の移動手段はほぼ「ゆりかもめ」に限られ、駅の周辺しか人の流れができないことが地域の課題となっていた。
「運賃は無料でという方法はどうなんだろうと。地元の企業からお金をもらって、乗る人はタダだっていうのであれば、利用者は喜んでくださる」(富田)
富田は地元企業を回って協力を求めた。「なぜお客のバス代を我々が?」と、否定的な相手には「皆さんはデパートのエレベーターに乗るのに、お金を払っていますか。お台場全体をデパートだと見たてれば、我々のバスは無料のエレベーター。これで人の流れができるんです」と言って説得した。
こうして2000年、お台場に無料巡回バス「東京ベイシャトル」の運行が実現した。すると富田の狙い通り、初年度から60万人もの人が利用。そのビジネスモデルをもとに、2003年に「丸の内シャトル」、2004年に「メトロリンク日本橋」の運行を開始した。
人の流れが活性化したことで、丸の内の商業施設の店舗数は20年で3倍に増えたという。
地方の活性化にも協力&一流ホテルのような営業所も
「スカイバス」がやってきたのは静岡・伊東市にある「東海バス」の伊東営業所。
「『ぜひ自分の地元でもスカイバスを走らせたい』という声がかかったりするんです。それに対応して、いろいろな地方でスカイバスを走らせています」(久田直哉)
地方の観光を盛り上げるため、各地にスカイバスを貸し出しているのだ。立山黒部アルペンルートや青森の奥入瀬渓流といった絶景ポイントを走る。
▽地方の観光を盛り上げるため、各地にスカイバスを貸し出している
伊東のスカイバスツアーの企画を打ち出したのは星野リゾート。ツアーの企画を星野リゾート、バスの貸し出しを日の丸自動車興業、運行を東海バスと、3社の協力で実現した。
「観光が盛り上がっている時期に、『スカイバス』さんを使わせていただくことで、非日常的な空間を提供できる」(「星野リゾート」・池上真尊さん)
伊豆の桜めぐり「桜オープンバスツアー」(宿泊客限定、無料)の当日、ホテル「星野リゾート 界アンジン」から「スカイバス」が出発した。伊豆ならではの自然と桜を楽しんでもらう。緑の中を通り抜けると、そこへ現れたのが桜のトンネル。手に届くほどの近さで桜を満喫できる。約2時間のツアーに、参加者は大満足の様子だった。
東京・足立区に富田が3年前に作った日の丸自動車興業東京営業所。中に入ってみると、冨田がパリで買い付けたリゾート地の大きな絵画に、ニューヨークのパレスホテルで使われていたという高級ソファーが置かれている。
▽「お客様の気持ちが分かったりすることが大事」と語ると富田さん
「ドライバーやガイドさんがふだんお相手するのは、ホテル・旅館へ楽しみに行かれる方。ホテルと同じような空間で毎日過ごすことで、お客様の気持ちが分かったりすることが大事だなと思い、このような場所を作りました」(富田)
~村上龍の編集後記~
バスで移動する仕組みを作り、活性化につなげたい。「それは無料でやるべきだ」受益者は誰なのかを懸命にアピールした。
「デパートのエレベータは無料、街とはデパートが横になったものだと考えれば、来た人が移動しやすくなるシステムは地元業者のメリットになる」丸ノ内は、エリアの広さを考えると歩いて移動するのが不便。
三菱地所の会長に恐る恐る打診すると、自分も無料巡回バスを考えていたとのこと。中小企業でも、卑下することはない。己を知っている、己の弱さを知って油断はしない、それが大切なのだ。
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<出演者略歴>
富田浩安(とみた・ひろやす)
1939年、東京都生まれ。1962年、慶應義塾大学卒業後、日の丸自動車入社。1966年、米国コロンビア大学院卒業。1993年、日の丸自動車興業 社長就任。
富田哲史(とみた・てつふみ)
1979年、東京都生まれ。2003年、上智大学卒業。2006年、日の丸自動車興業入社。2020年、副社長就任。
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