(本記事は、平川 憲秀氏の著書『日本一働きやすい治療院を目指したら、人が辞めない会社になりました』=あさ出版、2022年5月6日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
保険制度への依存は「働きやすさ」の実現を難しくする
●保険治療が抱える3つのリスク
正直に告白すると、家業を引き継いで数年くらいの間は、従業員たちの「幸せ」や「働きやすさ」といった発想は私の中にそれほどあったわけではありません。そうしたことに意識が向くようになったのは、保険治療の抱える問題点にいろいろと気づくようになっていったことが大きかったといえます。
実際、治療院を切り盛りするようになると、「治療家」としてだけでなく、「経営者」としてもいろいろ考えていかなくてはいけません。継続的・安定的に治療院を運営していくにはどうすればいいかとつねに考えを巡らす中で、それを阻害しかねないある問題に気がつきました。
それは、保険治療をこのまま続けることのリスクです。中長期的な視点に立ったとき、保険治療を売上の柱とし続けることの経営的な脆(もろ)さを強く感じるようになっていったのです。私がそう感じるようになった理由には、大きく3つあります。
●治療家が育たないリスク
1つ目が、本当の意味での「治療家」が育たない、ということです。保険治療の場合、健康保険など公の「制度」の中で行われるため、価格設定には一定の基準があります(つまり、治療院が独自に価格を決めることができません)。
そのため、保険治療をメインにして治療院が利益を出していこうと思ったら、薄利多売にならざるを得ません。つまり、単価が低い分、施術する患者さまの数を多くすることでしか利益を出していけないわけです。
となると、治療家は短時間でたくさん患者さまの治療を行わなければなりません。
たくさんの施術を数だけこなしていけば、技術力はアップします。たくさんの患者さまとコミュニケーションが取れるので、接客力もつくはずです。数をこなすうちに、パパっと段取りよく施術をするスキルも身についていくことでしょう。
しかし、治療家としての本質的なスキルは、「数をこなすこと」を求められる現場では養っていけないとも思います。
私が考える「本質的なスキル」とは、患者さまの状態をしっかり診て、症状の解消・改善にはどういう施術が必要かを判断する能力です。
ところが、薄利多売で成り立っている治療院の場合、待合室でつねに数名の患者さまが待っている状態ですから、気持ちも焦り、「目の前にいる患者さまの施術に集中する」とはなかなかいきません。
患者さまの施術を次々とこなしていかなければなりませんから、施術しながら「あれ? この部分がちょっとおかしいな」と感じたとしても、丁寧にその部分をチェックする時間の余裕もありません。
こんな状態を日々繰り返していくわけですから、「本質的なスキル」を持った治療家が育たないのは当然です。
●労務環境が過酷になるリスク
2つ目のリスクは、保険治療は過酷な労務環境をまねきやすい、ということです。治療院業界というのは、完全に労働集約型の業種です。労働集約型とは、その事業活動において、人間の「労働力」への依存度が高いことをいいます。
われわれの業界の場合、治療家が施術をし、患者さまからその対価を払っていただくことで売上が生まれます。そのため、治療家は施術をしなければ、売上はゼロです。つまり、治療院を維持するための売上や利益のほとんどを治療家の施術に依存しているわけです。
こうした商売の構造になっている中で、保険治療という単価の低い施術がメインになってしまうと、相当な施術数をこなさないと利益が出ません。そこで多くの治療院がとっているのが、治療家にできるだけ長い時間治療院にいてもらい、できるだけたくさん施術にあたってもらう、というやり方です。その結果、多くの治療院で長時間労働が常態化した労務環境になってしまっているのです。
さらに、昨今、治療院の経営者たちを悩ませているのが、こうした過酷な労務環境に嫌気がさして、「辞める」選択をする若い人が増えてきている、ということです。
人が減れば、その分、施術できる数も減ります。そこで、経営者は人を補充すべく採用活動を活発に行いますが、少子化の進む今の時代、簡単には人は集まりません。
その結果、どんどん売上がじり貧になっていく。こんな状況に直面している治療院は少なくありません。人不足で治療院を閉じざるを得なくなるケースもあります。
●療養費制度変更のリスク
経営的なリスクの3つ目は、柔道整復師や鍼灸師の施術に係る療養費制度の将来が見通せないことです。
治療院が保険治療で売上を立てられるのは、今の健康保険等における療養費制度があるからです。もしこの制度が大幅に変更されて、保険適用の要件や保険請求のチェック等が今より一層厳しくなれば、保険が適用できる施術の幅がかなり限定的になる可能性があります。そうなると、保険治療に依存している治療院は売上激減です。
そして、実際、柔道整復師や鍼灸師による保険請求に対するチェックは、年々厳しくなっています。それを反映するかのように、柔道整復の療養費の支出額は減少傾向にあります。こうした流れは今後も続いていくと予想されます。
そうなると、施術への保険適用がどんどん難しくなっていき、保険治療に軸足を置いた治療院ではその経営が立ち行かなくなってしまいかねないのです。
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