中小企業が事業拡大を進めるカギとなる新規開拓。必要とは思っていてもどこから着手してよいのか分からない経営者も多いだろう。経営体力や経済的な環境もあって、限られた資力で広告・宣伝を打つには限界があるため、大企業のようにはいかない。ただ、中小企業でも新規開拓に力を入れて成功している企業もある。

本稿では、中小企業が新規開拓を行うためになにから始めるべきかを解説しながら、新規開拓に成功している企業を紹介していく。

目次

  1. 新規開拓を行う際には事業スキームの策定が必要である
    1. 事業スキームとは
    2. 事業スキームは新規開拓の際にも必要となる
  2. 新規開拓の成功事例を紹介
    1. 環境大善株式会社(北海道北見市)のブランドコンセプトの明確化
    2. 有限会社市場印刷(兵庫県姫路市)のドローンやVRを活用した新事業
    3. だしダイニング楓(埼玉県川口市)のテイクアウト商品の充実による柔軟な営業体制
    4. 旅館 比与志(埼玉県秩父市)の地元業者との連携と丁寧なSNSによる情報発信
  3. 新規開拓の重要性
    1. 中小企業にとって新規開拓が必要な理由
    2. 新規開拓は企業の特性や強みを生かす
  4. 新規開拓には事業スキームの構築が不可欠
事例から学ぶ中小企業の新規開拓法 今日から着手するための戦略設計法
(画像=BBuilder/stock.adobe.com)

新規開拓を行う際には事業スキームの策定が必要である

新規開拓は、やみくもに行ってうまくいくものではない。特に新しい商品やサービスを売り出す際には、経営ビジョンや経営理念、営業戦略までを含む事業の全体像をまとめた仕組みや流れを説明する事業計画書の作成が必要だ。新規開拓の際、事業スキームを作成すれば計画的に事業を進められるだろう。

事業スキームとは

事業スキームとは、当該企業が事業拡大や資金調達を行ううえで必要となる事業の全体像、いわば経営戦略をまとめたもの。具体的には経営ビジョンや経営理念も含め、商品開発やマーケティングから営業方法、販売戦略に至るまでを計画に落とし込む。ビジネスの世界における事業スキームとは「事業計画」といった意味で使われることが多い。

事業スキームは、投資家に事業内容を説明したり中小企業が銀行で融資を受けたりするときに作ることが多い。しかし営業戦略として社内に周知するときや新商品の販売、新規事業への参入時にも必要となる。特に新しい商品やサービスを販売したり新しい分野に進出したりする際には、ターゲットや販売方法を明確にするためにも事業計画に沿って営業活動を行うことが重要だ。

マーケットの動向や顧客のニーズを分析して、裏付けのある市場調査に基づき営業戦略を立てなければ、事業の成功は難しい。事業で成功を勝ち取るためには、事業の全体像とその事業の仕組みや流れ、営業戦略を計画に落とし込んだ事業スキームの策定が必要となる。

事業スキームは新規開拓の際にも必要となる

新規開拓を行う際は、電話営業や訪問営業、DMなどでやみくもに営業をかけるのではなく営業戦略を考えなければならない。また営業をするにしてもそのツールは必要となるだろう。事業スキームは、投資家など対外的に説明することが目的であれば、見て分かりやすいように簡潔にまとめることが必要だ。

また金融機関から融資を受けるなど資金調達が目的ならば事業内容やビジネスモデル、財務計画などの作成が求められる。そのため想定している目的に応じて使い分けるのがよいだろう。一般的に事業スキームは、以下の5つの事項を含めて作成することが多い。

  1. 事業のコンセプトやビジョン、経営理念
    企業の目的や経営理念、存在価値などとともに、商品やサービスを「だれに」「なにを」「どのようにして」販売・提供するのかを分かりやすく説明する。売上や利益の目標などを含めることもある。
  2. 事業領域・事業内容
    業界情報の収集、市場規模、顧客動向などのマーケットに関する情報の収集、競業他社の情報収集や比較、自社商品、サービスの優位性、リスク対策など、さまざまな情報を分析する。
  3. 収益化の方法
    販売計画、仕入計画、販売促進・集客・広告宣伝の方法、人員配置、人件費の計画など、ビジネスモデルとして収益化の方法を説明する。
  4. 自社の強み
    人材育成、技術力、ブランド力、企業の持つノウハウや販路など、自社の強みを分析しアピールする。
  5. 財務計画
    貸借対照表や損益計算書への影響を予想し、財務情報を中心とした実行計画や収支計画などから将来性を説明する。

5つのなかでも「2.事業領域・事業内容」と「3.収益化の方法」は押さえておきたい。なぜなら新規開拓のためのマーケティングに基づく調査・分析、ターゲットとなる顧客層の選定、商品の宣伝方法などの新規開拓ツールが含まれるからだ。あらかじめ作成した事業スキームに沿った営業方法や販売戦略があれば、ターゲットや販売方法が明確となり、新規開拓がしやすくなるだろう。

新規開拓の成功事例を紹介

中小企業でも新規開拓に力を入れて成功している企業は多い。新規開拓の成功事例についても見てみよう。

環境大善株式会社(北海道北見市)のブランドコンセプトの明確化

従業員21名の牛のし尿を原料とする消臭液や土壌改良材を製造販売する企業だ。ターゲット層の若返りなどを狙い、ブランドコンセプトの見直しをすることで海外5ヵ国との取引が開始するなど販路拡大や利益率の向上を図ることに成功。具体的には、以下のようなブランドプロミス(顧客に約束する価値)を策定した。

「人」、「暮らし」、「健康」を整え、「地球」を健康にする

社名変更やブランドロゴの作成とともに社内外へ発信し、ブランドコンセプトの明確化を目的に商品パッケージのリニューアルを実施したのだ。事業のコンセプトやビジョン・経営理念を明確化することで企業に付加価値を与え、新規顧客獲得に結び付けることができた。

有限会社市場印刷(兵庫県姫路市)のドローンやVRを活用した新事業

従業員12名の住宅・不動産会社向けの広告制作を行う企業。広告媒体が多様化していることに目を付け、ドローンやVRを活用した新事業に取り組み、新たな顧客獲得に成功している。紙媒体広告の売上減少の最中で住宅・不動産会社向けの広告制作だけで業態の維持は難しかったが、ドローンやVRを活用するアイディアを取り入れて新事業に取り組んだ。

ドローンやVRを利用した広告は、コロナ禍により非対面・非接触の告知方法が急増している市場にマッチした。また商工会議所の支援を受けて事業計画書を策定して事業再構築補助金を活用したことも成功の要因といえるだろう。

だしダイニング楓(埼玉県川口市)のテイクアウト商品の充実による柔軟な営業体制

従業員4名の飲食店を経営する個人事業者。新型コロナウイルス感染症による外出自粛の影響により夜間の団体予約や来店客が減少するなかでテイクアウト販売を開始するなど柔軟な営業体制により新たな顧客層を取り込むことで売上の安定化に成功した。緊急事態宣言を機にテイクアウト販売を開始し、添加物が少ない安全・安心な温かいお弁当を販売することで大手との差別化を図った。

自社の強みを活かすとともに、コスト削減や単価の見直しによるリーズナブルな価格帯の設定により購入者を増やすことに成功。テイクアウトで味を知った顧客の来店にもつながり、新たな顧客層の固定客の確保ができた。

旅館 比与志(埼玉県秩父市)の地元業者との連携と丁寧なSNSによる情報発信

従業員が6名の宿泊業を営む個人事業者。宿泊業は、新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けた業種の一つだ。しかし地元事業者とコラボした新たな宿泊プランを企画したり、インスタグラムで発信したりしたことで予約の確保に成功。創作料理店との提携により「2週間ごとにメニューが変わる」「タロット占いやエステ付きプランを企画」などを実施した。

また営業戦略として地元事業者とコラボレーションの様子をSNSにより発信。結果的に30代女性を中心とした利用客から口コミで広がり、高評価を得ることにつながっている。

新規開拓の重要性

新規開拓は重要だが、まったく新しい分野に進出する場合は、大きなリスクを伴うため、自社の強みや特性を活かした新規開拓を行うのがよいだろう。

中小企業にとって新規開拓が必要な理由

中小企業の場合、主要既往取引先からの売上が大きく減少すれば、廃業や倒産という事態を招きかねない。長い間事業を行っていれば、取引先との関係が疎遠になったり取引が解消されたりすることもあるかもしれない。また新型コロナウイルス感染症の影響で多くの企業が苦境に立たされたように、外部要因で事業継続が困難になることもある。

中長期的なビジョンで営業戦略を考えると「一社偏重の取引は避ける」「常に新規開拓により顧客を増やす」「分母を拡大してリスク分散を図る」といったことも考えておく必要がある。営業利益や経常利益を安定させるためには、顧客数を増やして売上を増加させるか、経費を削減して利益率を上げるしか方法がない。

また利益率の低い取引先とばかり商売をしていると事業を維持できなくなるため、既存の顧客の見直しを行い、常に入れ替えていくことも求められる。つまり新規開拓を行うことは、売上や利益の増加をもたらすだけでなくリスク分散を図ることにもつながるのだ。現状の経営状態に問題はなくても「現状維持で良い」と考えていては先行きが尻すぼみとなって、廃業へとつながってしまう危険性がある。

新規開拓は企業の特性や強みを生かす

助成金や補助金を利用して新規開拓や業態転換をするケースもある。しかしまったくの異分野で新規開拓を行うには、業界のトレンド・業界情報、市場規模に関する情報、競業他社の情報を収集し、自社商品・サービスの優位性を分析してから計画を実行しなければならない。これは商品開発から事業開始までに時間がかかるうえにリスクを伴うことになる。

それよりも今ある企業独自のノウハウや地域特性、技術力、人脈など企業の強みを活かして新規開拓を行うのがよいだろう。新規開拓の成功事例で取り上げた企業のように自社の事業特性・技術力・ノウハウを活かした商品やサービスを提供するほうが成功する確率は高くなるのだ。

新規開拓には事業スキームの構築が不可欠

中小企業の場合、特に販路拡大で悩む経営者は多いかもしれない。しかしきっちりとした事業スキームが作成できれば事業改革に沿った営業方法・販売戦略を行えるため、新規開拓はやりやすくなる。中小企業のなかでも新規開拓に力を入れて成功している事例は多いため、新規開拓の成功事例を参考に自社の営業戦略を今一度見直してみてはいかがだろうか。

中小企業の経営体力や経済的な問題を考えると新事業の創出や業態の転換に利用できる補助金や助成金を利用することも検討したい。しかし補助金や助成金は、新規事業や業態転換に必要となる設備資金などの費用の一部を補助するものが多い。また生産性の向上や収益力の改善につながらなければ、設備の維持費や設備資金の返済負担増加などの懸念がある。

補助金や助成金には、こういった特性があることから、かえって中小企業の経営状態を悪化させる可能性もあることは十分に注意したい。

加治 直樹
著:加治 直樹
特定社会保険労務士。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。銀行に20年以上勤務。融資及び営業の責任者として不動産融資から住宅ローンの審査、資産運用や年金相談まで幅広く相談業務を行う。退職後、かじ社会保険労務士事務所を設立。現在は労働基準監督署で企業の労務相談や個人の労働相談を受けつつ、セミナー講師など幅広く活動中。中小企業の決算書の財務内容のアドバイス、資金調達における銀行対応までできるコンサルタントを目指す。法人個人を問わず対応可能であり、会社と従業員双方にとって良い職場をつくり、ともに成長したいと考える。
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