この記事は2023年2月2日に「テレ東プラス」で公開された「廃番の危機から奇跡の復活!~ウタマロの秘密に迫:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
シャツの襟、食べこぼし…驚くほど汚れが落ちる!
静岡・裾野市にある少年野球チーム。メンバーの1人、遠藤さんのお宅にお邪魔した。練習後、ユニホームの膝は真っ黒だ。母親の美保さんが取り出したのは緑色の「ウタマロ石けん」。汚れに直接こすりつけてもみ洗いし、その後、洗濯機で洗うと、泥汚れがきれいに落ちる。子どもが服にこぼしたミートソースの汚れや夫のワイシャツの首の汚れも、ウタマロでひと手間かけてから洗うときれいに落ちる。
▽ウタマロでひと手間かけてから洗うときれいに落ちる
「野球を始めた時に、先輩ママたちに教えてもらいました」(遠藤さん)
今では野球チームのお母さん、全員が愛用している。
ウタマロは釣り人にも人気だ。釣り人を悩ますのが魚の匂い。クーラーボックスに水をはり、使用したグローブやタオルにウタマロをこすりつけ、もみ洗いしていく。これで匂いもきれいに落ちる。
埼玉・所沢市のスーパー「西友」小手指店では、ウタマロ石けん」が山積みになっていた。通りかかった客が次から次へとカゴに入れていく。ウタマロは年間に1200万個が売れる、隠れた大ヒット商品なのだ。
「他の衣料用洗剤に比べてダントツで売れています」(店長・高見昭人さん)大手からも部分洗い用のさまざまな液体洗剤が出ているのに、なぜ昔ながらの固形石鹸が売れているのか。
「『汚れが落ちる』というのが口コミでかなり広がっている。ワゴンに大量陳列したところさらに売り上げが上がりました」(高見さん)
ネットには裏技を教えてくれるサイトまで登場。例えば細かく砕いて粉状にすれば塗りにくい運動靴も楽々洗える。ピーラーで薄くスライスし、濡らして貼り付けてこするという方法も。「持ちにくい」という声には、100円ショップで売っているバターケースにカットしたウタマロをセット。こうすれば使う時は回せば出てくる……。こうした使い方がSNSでどんどん広まっている。
ウタマロには液体版の「ウタマロクリーナー」もあり、キッチンや床、浴室など、さまざまな場所で使える。
▽「ウタマロクリーナー」キッチンや床、浴室など、さまざまな場所で使える
洗濯石鹸一筋103年~汚れを落とす秘伝あり
「ウタマロ石けん」を作っているのは大阪市生野区にある創業103年の老舗石鹸メーカー、東邦。従業員58人の小さな会社で、売り上げの8割はウタマロシリーズが占めている。会社にはウタマロを使った人からの感謝の手紙が山のように届いていた。
「『あまりの感動にペンをとりました』とわざわざ書いてくれて、逆にこっちが感動する」と言うのは東邦の4代目・西本武司(42)だ。
▽感謝の手紙が山のように「逆にこっちが感動する」と語る西本さん
「100年前からずっと洗濯石鹸を作り続けてきた会社ですので」
愛用者からよく聞かれるのが「柔らかくて溶けやすい」という声だ。汚れ落ちのポイントは柔らかさ。その秘密は製造工程にある。
まず作るのが石鹸の素。手洗い用とは違う中和法という方法で汚れ落ちに特化させている。これを職人が、その日の天候や気温に合わせて微調整し、水分を抜き過ぎないように乾燥させる。石鹸の成形で使うのはイタリア製の特注マシーン。柔らかい素材でもしっかり作れるよう、この機械も独自に調整している。「柔らかさを維持しながら生産速度を上げるのが難しい。『ウタマロ石けん』はこの工場でないと作れない」と言う。
▽「石鹸の素」研究室で日々行われているのが原料の組み合わせの追求
さらに研究室で日々行われているのが原料の組み合わせの追求。石鹸の主な原料は脂肪酸と水酸化ナトリウムだが、脂肪酸にはさまざまな種類があり、組み合わせによって汚れ落ちが変わる。それを試し続けているのだ。
「時代と共にお客様が悩む汚れも変わるので、細かい変更を何回も積み重ねて、随時マイナーチェンジをしながらやっています」(西本)
ウタマロの誕生は66年前。かつては製造中止の危機に陥るほど低迷したが。なぜか今、販売数は急拡大している。
「お客様の純粋な口コミを大事にして危機を乗り越えてきた商品です。お客様が主役になってどんどん広がることが、ウタマロにとっては自然なことであり、大切なことでもある」(西本)
廃番危機からの復活~「魔法の石鹸」誕生秘話
山梨・甲斐市のショッピングモール「アピタ」双葉店に東邦の営業担当、門脇将志がやってきた。
▽試供品を配ってウタマロファンを増やす「実演販売」
売り場に立ってウタマロカラーのエプロンをつけると、実演販売が始まった。だが集まってきた客に、門脇は売るのではなく、試供品を手渡した。実演販売は売るのが目的ではない。試供品を配ってウタマロファンを増やすのだ。中でも一番のターゲットが店員だ。同店の一瀬佳子さんは「もちろん使っています。いいですよ、汚れが落ちて」と言う。
「まずは販売してくださる店員の方をファンにするのが目標です。お客様が『何かないかな』と来て、話を聞くのはお店の方なので」(門脇)
口コミで人気を広げるウタマロだが、ここに至るまでには苦難の歴史があった。
東邦は1920年、初代・西本辰蔵が「西本石鹸製造所」として創業。他社の洗濯石鹸を作るOEM中心だった。まだ洗濯板でゴシゴシと手洗いしていた時代のことだ。
1957年、2代目・久雄のもとに東京の商社から「オリジナルの石鹸を売り出すので作ってほしい」という依頼が入る。
「一番汚れ落ちがよく、品質がいい洗濯石鹸メーカーに頼みたいと、選ばれたのが弊社の石鹸のサンプルだったそうです」(西本)
こうして「ウタマロ石けん」は産声を上げた。日本画好きの商社の社長が喜多川歌麿にちなんで命名。汚れ落ちが抜群によかったウタマロは年間300万個を売るヒット商品となった。
ところが1960年代に入ると洗濯機が普及し、粉石鹸が主流に。固形のウタマロは売れなくなり、売り上げは年々、下降の一途を辿る。東邦は粉石鹸などのOEMでなんとか持ちこたえたが、98年にはウタマロの販売元の商社が廃業。西本の父で3代目の博はウタマロの製造中止を覚悟した。
だが、「なんとか作り続けて下さい」という愛用者からの電話が数十件もかかってきた。
「普通は低迷していた固形石鹸にそんな声が出てくるとは考えもしない。かなり悩んだそうですが、お客様の熱烈な声を頂戴したので」(西本)
こんな経緯でウタマロは東邦の自社製品として生き残った。
その頃、京都大学大学院を修了した西本は大手化粧品メーカーで研究員として働いていた、「跡を継いで欲しい」という父親の願いを受けて2008年、東邦に入社。しかし、当時の会社の状況はといえば、「とりあえず絶望しました。社員は50~60代が多く、設備も30年以上経過していて、どこから手をつけていいのか分からなかったですね」(西本)。
そんな中、西本は一筋の光を見つける。ウタマロ石けんの売り上げが2000年頃から少しずつ回復していたのだ。一体なぜ売れているのか。西本は愛用者の声を聞きまくった。たどり着いた答えは「部分洗い」だった。
「部分洗いのニーズがあるなら十分可能性があると思ったんです。それをより多くの人に広げていけば、売り上げはまだ上げていけるんじゃないかと」(西本)
西本はウタマロを部分洗い用として広めようと、ホームページには愛用者の声を載せた。白装束が欠かせない神職を目指す学生や、シャツにシミがつきやすいバーテンダーなど、部分洗いに活用している人を探しては紹介したのだ。
この取り組みは今も続いている。商品企画部の北村真優は、ウタマロを活用している人を取材して回っている。この日、訪ねたのは、大阪市内の落語家、桂吉坊さんだ。
「一番多いのは足袋です。毎回洗っているのですが、微妙に黄ばんでくる」(桂さん)
吉坊さんはもう20年以上、ウタマロを愛用。落語界にも浸透していた。
「若手に愛用者が多いんじゃないですか。自分で足袋を洗っている人は『ウタマロ石けん』を」(桂さん)
こうした情報は会社に持ち帰り営業部と共有。「例えば呉服店などを新規開拓に考えてもいいんじゃないか」(西本)などと、している。愛用者の声を販売促進に活かしているのだ。
さらに社員達が日々、行なっていることがある。ウタマロ関連のSNSのチェックだ。
「こういったところにも使っていただいているというのは新しい発見ですね」(商品企画部・鎌田沙耶佳)
ただしSNSはチェックするだけ。こちらから書き込むことはほとんどないと言う。
▽ウタマロ関連のSNSのチェック
「あまり自分たちではSNSは積極的に取り組んでいません。純粋な気持ちで『汚れが落ちた』という口コミのほうが、他のお客様を動かす原動力になると思いますので」(西本) そして口コミを拡大する極め付けの戦略が実演販売だ。たった4人しかいない営業担当が北は北海道から南は沖縄まで飛び回りウタマロの威力をアピール。名付けて全国ローラー作戦だ。
こうした地道な取り組みでウタマロの売り上げは急上昇、絶望の淵にあった会社を救ったのだ。
落ちない汚れに挑む!~進化を続けて66年
本社の一角で、新たな汚れをウタマロ石けんで落とす実験が始まった。
従業員58人という小さな会社だが、研究にも力を入れている。この日、用意していたのはメーカーの違う3種類のファンデーション。これにウタマロを試すのだ。
▽汚れの落ち具合を確認、落ちにくかったファンデーションは研究部が分析
「どんどん新製品が発売されますので、汚れの落ち方は変わってくる。そこをしっかり確認していかないと、お客様の本当の悩みが見えてこない」(西本)
化粧品や調味料などの新商品が出ると、汚れの落ち具合を確認していると言う。もともとファンデーションは落ちにくいが、今回の3種類のうち、ひとつはウタマロでも落ちなかった。
「こういった落ちにくいファンデーションでも落とせるように、石鹸を改良できないかと」(西本)
落ちにくかったファンデーションは研究部が分析。脂肪酸の配合を変えて試す。こうしたマイナーチェンジを発売から66年、続けているのだ。
~村上龍の編集後記~
「ウタマロ石けん」は長年の研究により、汚れ落ちに適した脂肪酸の質や配合比を選び抜いて作られた。
合成洗剤の普及で売れ行きは落ち、東邦が商標を買い取った。2008年頃、西本さんは売れ行きが倍増しているのに驚いた。母親たちの間で、頑固な汚れが落ちる「部分洗い用石けん」としてSNSで広がっていたのだ。
不思議なことに気づく。「ウタマロ石けん」そのものは自律している。基本、変わっていない。周囲がそれに引きずられるように動く。優れた商品とは、すべてそのようなものである。
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<出演者略歴>
西本武司(にしもと・たけし)
1980年、大阪府生まれ。2005年、京都大学大学院卒業後、大手化粧品メーカーへ入社。2008年、株式会社東邦入社。2018年、代表取締役社長就任。
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