いくつか種類がある事業資金のなかで、事業継続に欠かせないのが運転資金だ。経営者であれば「黒字倒産」という言葉を耳にしたことはあるだろう。黒字倒産とは、帳簿上は利益が出ていても支払いに必要な資金が不足して倒産すること。売上が好調でも資金調達をおろそかにしていると黒字倒産となるケースもある。

入出金のタイムラグを見計らって、不足しそうなときには早めに調達しておくことが必要だ。とはいえ、どのくらいの余裕を持って確保しておくべきか、目安が分からないという経営者もいるかもしれない。本記事では、事業ステージごとに必要となる運転資金の目安の考え方について説明する。

目次

  1. 運転資金の役割
  2. 必要となる運転資金の計算式
  3. 事業のステージによって必要な運転資金の目安は異なる
    1. 4種の運転資金
  4. 運転資金に懸念があれば資金調達を検討
    1. 補助金
    2. 借り入れ
    3. 出資
  5. 資金不足にならないための心がけ
    1. 資金繰りの把握
    2. 過剰在庫を防ぐ
    3. 資金回収サイクルを早める
  6. 自社にベストな資金調達の目安を知ろう
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(画像=BBuilder/stock.adobe.com)

運転資金の役割

運転資金とは、事業を運営するうえで発生するさまざまな費用をまかなうための手もと資金のこと。例えば原材料・商品の仕入れにかかる費用や広告宣伝費用、人件費(給料、社会保険料など)、事務所・店舗の家賃、水道光熱費、通信費、オフィスの備品を購入する費用などがある。人件費や広告宣伝費など事業に特化したものもあるが、個人の場合の生活費に相当するといえる。

個人の家計において給料などの収入をもとに食費や光熱費などを支払うのと同様に、事業を運営も売上などの事業収入からさまざまな費用の支払いに充てるのが一般的だ。しかし事業でのキャッシュの流れは、商品を仕入れ倉庫に保管し、それを販売したあとで売上代金を回収するという流れが多い。つまり売上代金の回収よりも先に商品の仕入代金や各種費用の支払いが発生するのだ。

一般的に収入と支出は、タイムラグがあるため、必要なときに必要な分だけの支出を賄えるようタイムラグを補えるだけの運転資金の確保が求められる。なぜなら黒字倒産を避けられるかどうかは、「取引先への支払いや借入先への返済などを決められた期限までに支払えるかどうか」にかかっているからだ。そのために手もとの現金や預金が支払予定金額を常に上回る状態にしておかなければならない。

必要となる運転資金の計算式

では、運転資金としてどの程度手もとに確保しておけば良いのだろうか。前述した通り、入金と出金のタイムラグを補い、資金繰りに困らないようにするために必要となるのが運転資金だ。そのため必要となる運転資金は、以下の計算式で算出できる。

・運転資金=売上債権+棚卸資産-仕入債務

売上債権(売掛金)や棚卸資産は、後日入ってくるが現時点では手もとにない資産だ。一方、仕入債務は後日支払いが必要になる(会社から出て行く)が、現時点では支払う必要がない負債である。例えば売上債権が500万円、棚卸資産が600万円、仕入債務が300万円という場合、必要となる運転資金は、800万円と算出できる。

・運転資金(800万円)=売上債権(500万円)+棚卸資産(600万円)-仕入債務(300万円)

ただし実際には、売掛金の回収が思うように運ばず、手もと資金が不足してしまうこともある。そのため一般的には、運転資金の3~6ヵ月分を目安に確保しておくのが望ましい。なぜならプールできる資金が多いほど棚卸資産の売却や売掛金の回収が難しくなっても支払いに対応しやすいからだ。

事業のステージによって必要な運転資金の目安は異なる

資金回収までの期間の長短によって必要となる運転資金の金額は異なる。一般的に回収期間が短ければ手もと資金は、少なめでも良いだろう。一方、投下資金の回収までの期間が長ければ多くの手もと資金の確保が必要だ。これは、業種や取引相手との契約状況に依存する面もあるが、事業のステージによって必要な金額の目安は変動する。

先に紹介した運転資金の計算式は、一般的に「経常運転資金」の必要額を示す。ひとくちに運転資金といってもいくつかの種類に分けられるため、運転資金の種類や必要資金の目安を理解しておくことが大切だ。

4種の運転資金

運転資金は、大別すると「経常運転資金」「増加運転資金」「減少運転資金」「季節性運転資金」の4種がある。

・経常運転資金
単に「運転資金」というときは、経常運転資金を指すことが多い。冒頭で運転資金がどのようなものであるか説明した通り、事業を運営していくうえで常時必要となる資金が経常運転資金にあたる。

・増加運転資金
事業拡大期に追加でかかる運転資金を増加運転資金という。売上増加に伴い企業に入ってくるお金が多くなるが、売上増加が見込めるほど仕入れや生産量を増やし、資金回収までの不足をつなぐ必要資金も増える。加えて事業拡大を目指す際は、新たに市場を開拓したり広告宣伝費を増やしたりすることも増加するだろう。

また生産(仕入れ)および販売量の増大の裏には、人員や設備増加に伴うコスト増加も考えられる。そうなると先の計算式で算出した運転資金では、賄いきれなくなる可能性がある。十分な増加運転資金が用意できていなければ黒字倒産に陥る可能性があるため、入念なキャッシュフローのシミュレーションをするとともに手もと資金で支出の拡大に耐えられるかどうかの慎重な判断が必要だ。

・減少運転資金
増加運転資金とは逆に、事業縮小や事業不振のステージで必要になるのが減少運転資金だ。事業不振で売上が減少しているということは、好調期に行った仕入れや採用・雇用などのコストが余分にかかっていることになるため、つなぎ資金としての運転資金が余計に必要になるだろう。加えて店舗の閉鎖やリストラなどが必要になれば、それに対する費用も必要だ。

追加支出を伴う必要のない経費削減策や資金回収、売上増加などで経営の立て直しが求められるのは当然だが、その効果が得られるのはあとになる。事業不振の兆候を感じた際にすばやく資金確保に向けた対策をするべきだろう。

・季節性運転資金
季節性運転資金は、特定の時期や季節に支出が増加し、それに対応させるための運転資金だ。例えば晩冬~初春にかけてはランドセルや学習机、夏場にはエアコンや扇風機、防虫剤、冬場は暖房機器などの需要が高まるが、事業者側は高まる需要を見込んで先に製造や仕入れをすることになる。運転資金は、そもそも入出金のタイムラグを補うために必要なものだ。

しかし特定の時期や季節に支出が集中すれば、運転資金の必要額も普段とは異なってくる。何年も事業を繰り返すうちに事業サイクルごとの必要運転資金の目安をつかめるようになるものだが、創業間もない場合や市況が大きく変化する際などには資金対策を入念に行うべきだろう。

運転資金に懸念があれば資金調達を検討

運転資金が不足する懸念がある場合は、資金調達を検討しよう。資金調達にはさまざまな方法があるが、タイミングによっては運転資金の調達としては不向きな場合もある。以下で代表的な資金調達方法である補助金、借り入れ、出資について調達にかかる期間の目安を紹介していく。

補助金

補助金や助成金は、募集期間が決められているため、その期間内でなければ申請できないことが大前提だ。各申請の受付締め切り後、補助金事務局および有識者による審査が行われる。申請件数にもよるが、審査結果が分かるまでには受付締め切りから 2~3ヵ月程度かかるのが一般的。なお補助金は、要件さえ満たせば必ず支給されるというものではない。

採択件数が決まっているため、申請内容の審査を受けて評価の高い順に採択者が決められる。また実際に補助金を受給できるのは、補助事業を実施、かつ経費内容が認められ、補助金の額が確定したあとだ。事業拡大に伴い追加で必要となりそうな運転資金を長期スパンで確保する目的ならいいが、早急に対応が必要な資金需要には適さない点は押さえておきたい。

借り入れ

公的機関や民間金融機関、ノンバンクなどからの借り入れも調達方法の一つだ。各金融機関では、さまざまな融資商品を取り扱っており、それぞれに条件や資金調達までにかかる期間が異なる。商品によっても差があるが、一般的に借り入れ側に有利になるほど調達までの期間が長い。そのなかでも基本的に最も長い期間を要するのが公的融資だ。

しかし例えば日本政策金融公庫の融資など条件を満たせば無担保・無保証人でも借り入れできたり、民間の銀行などと比べて金利も低めの融資が多かったりするなど中小企業や小規模事業者、個人事業主でも利用しやすい。個々の案件にもよるが、申し込みする金融機関と取引がない場合は、相談から融資実行まで1~2ヵ月程度は見ておきたい。

出資

出資は、資金調達する側が出資者を募る必要があり、調達までにかかる期間はプロジェクト次第ともいえる。魅力的な事業であれば賛同者を集めやすいが、出資は増加運転資金には利用できでも経常的な運転資金の調達にはそぐわない。出資の一つとして近年利用されているクラウドファンディングがあるが、これは展開したい事業内容を公表して資金提供を募るもので出資の主旨が異なる。

資金不足にならないための心がけ

黒字倒産を回避するには、資金調達を検討する前に日ごろから運転資金不足にならないように心がけておこう。

資金繰りの把握

仕入れ代金は「いくら」「いつまでに」支払わなければならないか、売上金は「いつ」「いくら」入金されるか、入出金状況をきちんと把握しておくことは事業運営における基本だ。日常の入出金に関与しない経営者も多いようだが、担当者任せにせずに資金繰り表などで入出金状況をこまめにチェックしよう。

過剰在庫を防ぐ

業種によっては、常時一定の在庫を保有しておく必要がある。しかし在庫は、資産であっても販売して現金化されなければ会社にお金は入らない。大量の在庫があれば、大きな損失になるリスクもある。資金繰りへの負担を軽減できるように適宜、在庫管理を行うことが大切だ。

資金回収サイクルを早める

運転資金は、売掛金の回収期間が長くなるほど圧迫される。そのため回収期間を短めに設定するのが望ましい。とはいえ回収を急ぎすぎると取引先に経営状況の不振を疑われたり、取引先を競合他社に奪われたりするリスクもある。取引先との良好な関係維持をアピールしつつ、交渉してみてはいかがだろうか。

自社にベストな資金調達の目安を知ろう

事業運営において運転資金は、欠かすことができない血液のようなものだ。黒字倒産を防ぐために確保しておくべき運転資金の目安は、約3~6ヵ月分が一般的だが、事業形態や企業の成長ステージによっても変わってくる。大切なのは、資金不足に陥ることのないように入出金の流れをこまめにチェックすることだが、日常的な資金繰りまで把握するのは難しいという経営者も少なくない。

資金繰りに不安を抱えず事業に取り組むためにも、外部の専門家へ依頼することも検討してはいかがだろうか。

續 恵美子
著:續 恵美子
ファイナンシャルプランナー(CFP®)。生命保険会社で15年働いた後、FPとしての独立を夢みて退職。その矢先に縁あり南フランスに住むことに。夢と仕事とお金の良好な関係を保つことの厳しさを自ら体験。こうした経験をもとに、生きるうえで大切な夢とお金について伝えることをミッションとして、マネー記事の執筆や家計相談などを行う。
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