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信頼を醸成する手法とは
ここで「信頼の重要性」に立ち返り、重要にもかかわらず常にはっきりとした概念がないそのことに焦点を当てていきたい。
前章にも登場したハーバード・ビジネス・スクール教授で、成功と失敗(つまりは飛躍と凋落)について研究を重ねるロザベス・モス・カンターは、私たちがいかに両極端に振れやすいかを思い起こさせてくれる。勝利の瞬間には不死身ですべてがうまくいくかのように感じ(正常な思考を失って相手を見くびって、痛い目に合うまではこの陶酔感が続くことになる)、一方で、何かに失敗したときにはもはやこの泥沼からは抜け出せないのではないかという恐ろしい絶望感が襲ってくるわけだ。カンター博士は言う。
「信頼とは、期待とパフォーマンス、投資と結果をリンクさせる。信頼は、状況を制御するための重要な要素である」
備わった能力に加えて献身的な態度と、所与の条件により才能は大きく左右されることを認識しておくべきだ。たとえば、ジダンがレアル・マドリード監督になるにあたっての条件は、才能の発揮において決定的な意味をもつことは明らかだ。クラブ上層部や会長の態度はどうなのか、練習内容がどのように選手たちへ受け取られているのか、スター選手たちの状態はどうか、選手間のつながりはどれくらい強いのか、ファンの支援はどれくらいあるのか、それら諸々の要素により選手たちはいいプレーができるのか、あるいは質が下がるのか、ひいては勝利の確率も大きく変わってくるわけである。
信用するか、信用しないかは、そのときの状況によって大きく変わる。それは、私たちがある出来事を「何が起きているか」(解釈)、「どのように私たちに影響をおよぼしているか」で判断するからだ。カンター博士はこう述べている。
「チームが飛躍するのは、リーダーが信頼を醸成して、メンバーが実力以上に対戦相手を上回る力を発揮できる環境を作り上げられたときである。勝つたびに信頼は増幅し、チームをさらに操縦しやすくなり、連勝につなげられるようになる」
私たちが信頼について語るとき、実際のところ4つの次元の信頼について語っている。
【自身に対する信頼、あるいは自信】……これがあれば前向きになれるし、一生懸命(今、関わっているプロジェクトにすべてを捧げるエネルギーが湧いてくる)で、道徳観も高まる。できると信じるから本当にできるのだ。
【双方向の信頼】……前向きな行動につながり、チームに対しても助けになる動きができる。カンター博士によれば、「勝つことによりさらにチームに対してのめり込み、役割とチームの仲間に対してさらに献身的になっていく」。互いへの敬意が増し、信頼と恩返しの概念が働くので問題解決がしやすくなり、課題の修正にかかる時間も短縮される。
【システムへの信頼】……つまり、組織の構造や物事のプロセス、プロトコル(やり方)、向上のための練習内容などを信頼できるということだ。
【外部への信頼】……フットボールでいえば、ファンに対する思い、メディアや社会全般が認めてくれていると信頼できることが重要である。企業の世界でいえば、確立されたブランドが才能を引き寄せ、顧客、投資家、株主全般の信頼を勝ち取るということだ。そこから勝者の生存システムが確立されていくのである。
言うまでもなく、成功と信頼は以上の4つのレベルにおいて相互に増幅していくのである。カンター博士の言葉を借りれば、「成功が成功を呼び、その継続により自身や周囲の人、システム、投資家などに対する相互の信頼が容易に増していくのである」。これはまたオックスフォード、ハーバード、イェールといった名門大学、あるいは伝説的スポーツチームやGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)と呼ばれる巨大企業、またATUN (Airbnb,Tesla,Uber,Netflix) といった現代の流行の最前線をいく企業の成功の秘密である。
リーダーたちとは、本質的に信頼を生み出す存在である。悪い動きをすれば、不信感の醸成につながってしまう。前向きな感情をもたらすことが重要で、可能な限り後ろ向きの感情は排除していかなければならない。
好循環か悪循環か、流れを作るリーダーの手腕
成功の好循環が終わりを迎えるのはなぜか。それは、勝つためには継続的で創造力に長けた尽力が必要であり、勝者たちは往々にして歩みの速度を緩めてしまうからだ。後者についていえば、無意識のプライドの問題である。また、重圧によって混乱を招く場合も、逆に傲慢さや過剰な満足感をもたらして亀裂が生じる要因となる。
では、失敗の悪循環はどのようにしてできるのか。スポーツチームにも組織全体にも言えることだが、危機に陥って悪循環の時期に入ると問題を必要以上に誇大して考えるようになり、問題解決に取り組みはするものの、まるで砂地獄に足をとられたかのような思いにとらわれてしまう。危機の瞬間に陥ると人の心理状態は著しく悪化する。秘密主義が横行し、罪悪感に苛まれ、孤立が深まり、問題と直面するのを避け、敬意がもてなくなって無力感が広まり、事態は悪化するばかりで変革を拒むようになってしまうのだ。
そのような失敗の悪循環が始まってしまうと、方向性を変えるのは非常に難しい。次第に、あらゆる分野において自信が失われていくからだ。批判に対して過剰に反応してしまい、スケープゴート探しが加速する。敬意の失墜が習慣となり、敗北感がまとわりついて離れなくなり(さらにメディアが焚きつけて増幅させられる)、孤立は深まり、チーム・スピリットは完全に崩壊する。内部にあるべき健全な競争は、馴れ合いに様変わりする。お互いの好き嫌いが激しくなり、パフォーマンスの成果が選考基準ではなくなっていく。そして、成長への意欲が限られるようになり、落胆と絶望がチーム全体を覆うようになる。これが失敗から始まる習慣化である。
その要因はたったひとつの決定的な要素ではなく、全体的な複合的要素によって始まるものだ(悲観的な見方、コミュニケーション不足、規律不足など複数ある)。そこに経済面や組織論的な問題、文化や心理面の要素が絡み合って、さらに問題は深刻化してしまう。そんな失敗の悪循環に対して、一人のリーダーがドラスティックな手を同時に複数打たなければ、時として〝終身刑〟とか〝死刑宣告〟になってしまうこともよくあることだ。
では、失敗の流れを断ち切って成功の勢いを取り戻すために、どうすれば方向転換をうまく図ることができるのか。これは、リーダーシップの問題である。天性(知識と能力)と態度(存在感)、事態を変えて見せるという決意の固さが問われるわけだ。リーダーの人格こそがカギで、指揮官の自信が組織内のあらゆるレベルに浸透していく。
悪循環を断ち切り好循環に変換するためには、3つの意味での自信が必要となる。
① 事実と直面して、個人と集団の責任を強化する。
② 本当の意味での協力関係を醸成する。つまり、チームワークにひびを入れるあらゆる言動をやめさせて、チーム内の相互の信頼関係を再構築する。
③ 主体性を強化する。イニシアチブと協力である。後天的な無力感(「どうせやってもできない」という思い込み)を排除して、集団で見る夢を見直す。
この自信を植え付けること、それも一切の疑いがない状態まで徹底することが、リーダーの任務となる。不安定で、不確実で、複雑で、曖昧な時代において、リーダーは明るいビジョンを示し、団結を強め、明確な答えを提示し、そして機敏さが求められる。自信を植え付けるには、まずはチームのメンバー全体に自信の根拠を与えなければならない(自信を持ちようがないなら、排除することも考えなければならない)。カンター博士の言葉を借りるとこういうことだ。
「失敗にいいことがあるとすれば、私たちの目覚めを促す警鐘となり、何か行動を起こさなければならないという理由づけになるということだ」
結局のところ、成功の好循環にいるか失敗の悪循環にいるかは、考え方、感じ方、動き方次第ということだ。これらが組み合わさった結果である。そして、困難(ジダンはこれを〝苦痛〟と呼ぶ)は、人格を強化するのである。
内向的なリーダーの成功例
私たちは往々にして、リーダーやコーチ(つまりは才能を伸ばすことを職務とする人たち)は外交的で、社交性に富み、エネルギーに満ちていて印象が強い人だと思い込みがちだ。だが、いつもそうとは限らない。
コミュニケーションの大家であるシルビア・レーケンは、内向的な人物の成功について分析し、ジネディーヌ・ジダンに加え、ガンジーやマザー・テレサ、ビル・ゲイツ、スティーヴン・スピルバーグ、マーク・ザッカーバーグなどがいるという。
外向的な人と内向的な人の違いは、どこからエネルギーが湧いてくるのかという点にある。内向的な人は外部からエネルギーを受け取り、内部に向けていく。だからこそ内気で、鎧を着ているようでもある。内向的な人は平和と静謐さを必要とし、外からはその心が見えにくい。また、社会的な活動にエネルギーを割くことはない。反対に、社会的な活動にかかわるとエネルギーを殺がれてしまう。だからこそ、そこから距離を置く必要があるのだ。
しかし、ジダンのような内向的な人にも隠された特質がある。それは以下の特質で、彼の強みでもある。
① 慎重さ(意見の交換は、敬意の証明である)
② 実質的(深みのある意思疎通ができる)
③ 集中力がある(高い集中力が成長を促す)
④ 傾聴の術を知っている(疲れ果てた独白ではなく、本物の対話ができる)
⑤ 冷静沈着ぶり(内外面ともに落ち着いている)
⑥ 分析的思考(外部の雑音から切り離して思考できる)
⑦ 軸の確立(独特の基準をもっている)
⑧ 粘り強さ(目的に向かって一直線に尽力を続けることができる)
⑨ 話す代わりに書く(口数は少ないが、内容は濃い)
⑩ 共感(つながることができる。監督の場合では選手が相手となる)
また、内向的な人にありえる障壁といえば、恐怖や細かいことに注意を払いすぎること、刺激が多すぎること、受け身になること、頭でっかちになること、自己欺瞞、周囲との接触や揉め事を必要以上に避けようとすることなどである。レアル・マドリードで選手時代にジダンの監督を務めた人物たちは、誰もが「ジズーはシャイな人柄である」と口をそろえる。ビセンテ・デル・ボスケは次のように回想する。
「バレンシアでのデビュー戦の日、我々は0対1で負けた。私も不安でいっぱいになった。負けた後、あいつはロッカールームで頭を抱えて落ち込んでいたよ。高額契約によって寄せられる期待と、責任の重さを感じて凹んでいたんだろうな」
この責任感の強さはまた、ジダンの成功に大きく寄与した重要な要素であるとデル・ボスケは見ている。
「ジダンは自分自身に対しても、周りに対しても非常に要求が高い男だ。非常にシャイな人柄であることは間違いないが、周囲の人を惹きつけるシャイさで、高い人格も伴っている」
周囲の指導者や仲間たちによると非常に物静かで、バランスが取れていて敏感さも備えていて、常に思慮深く、スポットライトを避けようとするという。
「人気取りの言動をもっとも嫌っている。恥じらいが強い性格なんだ」
ホセ・アントニオ・カマーチョに言わせれば、それが彼の特質なのだそうだ。
「ジダンのキャリアにおいて大切なのは、ピッチ外の言動について何ひとつ心配することがなかったということだ。すべてはピッチの中で繰り広げられた。あれだけの名声と地位があっても、ピッチの外でそれを振り回すことはなかった」
カマーチョは2004年にジダンの監督だったわけだが、当時マドリードにおけるジダンにリーダーシップが欠けているという非難があり、その点について言及した。
「これは、いくつかのクラブを移籍してきた選手にはよくあることだ。そういう選手は新天地のクラブでなかなかリーダーになれないし、それがレアル・マドリードのようなビッグクラブなら尚更のことだ。だからこそ、フランス代表では全く別の顔が見せられたんだ、若い頃からずっとプレーしているし。チームの顔になれたのだよ」
カマーチョの後任だったマリアノ・ガルシア・レモンもまた、この選手に備わるプロ意識を称賛してやまない。
「あいつと一緒にやるのは簡単だった。チームに何が必要なのかをよく理解していたから」
だが、それ以上にガルシア・レモンの目を引いたのはその性格だった。
「彼は控えめな人間だから、喜びとか悲しみの感情をあらわにすることはほとんどない。だけど、ピッチに入ったらすべてが様変わりする。そこでこそ、本来の人間性を明らかにしているわけだ。普段、抑圧しているものが思い切りピッチで発散というか、発揮されたということなんだろうな」
選手時代の最後の監督となったのは、フアン・ラモン・ロペス・カロだった。マドリードのシーズンを通した不調が、この史上有数のフランス代表選手の引退の引き金となった。ロペス・カロが振り返る。
「あいつが引退を決めたのは、完全に本人の意思だよ。私自身はそれほど驚かなかった。ずっと前から、これが最後のシーズンになると聞かされていたからね」
そして、ロペス・カロはさらにジダンの人徳や人間性について称賛を続けた。
「引退してしまうのは残念だったよ。人間として、倫理的にも素晴らしい人物だったからね。尊敬に値する男だし、教育程度も高く、誰に対しても敬意を払って付き合っている。あれだけのものを手にしながらも、謙虚な姿勢はそのままだからね」
選手として称賛された人間性はそのまま、監督としてのジダンの数々の功績を生む基盤となったのである。