M&Aコラム
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企業は、従業員が団結して取引先などとともに時間をかけて成長させていくものです。経営者を始め、これまで関わった人たちの人生や築き上げた技術、労力や思いが込められており、その価値は計り知れません。

2022年6月、政府が打ち出した「新しい資本主義」のグランドデザイン(※)では、中小企業のM&Aを積極的に促進することが述べられており、これからM&Aがますます増えていくことが推測されます。

しかし、多くの経営者に対して企業買収に関する情報が正しく伝わっているとは言えません。今後、事業承継や業界再編のためにM&Aが行われる可能性がある経営者には、企業買収に関する知識が求められます。本記事では、企業買収の基礎を整理した上で、その種類やメリット・デメリット、具体的な流れなどについて解説します。

企業買収とは?

企業買収とは、対価を支払って株式等を取得し、他社の経営権を掌握することを意味します。

私たちが日ごろ目にするモノのほとんどに価格がつけられ売買されているように企業も売買の対象になります。 また、技術力やブランド力など目に見えない無形財産にも価格がつけられ、売買されています。

上場・未上場問わず、複雑な計算式を用いて企業の価値が算出され、株式の売買や交換というカタチで取引がされます。 その際また、技術力やブランド力など目に見えない無形財産にも価格がつけられます。

こうして企業の価値を算出して売買が行われるのが企業買収です。では、何のために企業買収が行われているのでしょうか。

企業買収の目的

企業買収の大きな目的は「競争力の強化」です。自社が抱えている短所を、その分野で長所を持つ企業の買収によって補強し、市場での競争力を強化します。
企業買収を行って行った結果得られるメリットの詳細は後述しますが、ここでは競争力強化に紐づく3つの目的をご紹介します。

① 経営資源の獲得

企業買収を実行すると、相手方企業が持つ設備や技術、ブランド力など様々な経営資源を活用することができます。自社にはない経営資源を活用した競争力の強化が、企業買収の一つ目の目的です。

② 組織再編の促進

企業買収によってグループ企業を形成し、重要な部署をそれぞれ統合することでコストダウンを図ったり、それぞれの企業の長所を生かしてシナジー効果を発揮することができます。このように組織再編を促進していく点が、企業買収の二つ目の目的です。

③ 経営リスクの分散

経営リスクを分散させる方法の1つに新規事業の立ち上げがあります。予定している新規事業を既に行っている企業があれば買収することで、ゼロから新たに事業を立ち上げるよりもスピーディーに事業を展開することができます。

企業買収には「友好的買収」と「敵対的買収」がある

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企業買収には、「友好的買収」と「敵対的買収」の2種類があります。

「友好的買収」とは、買い手企業が売り手企業の経営陣との合意を経て行われる企業買収を指します。 両者の意見をすり合わせ、利害が一致して行われるため、買収手続きや統合手続きがスムーズです。

一方「敵対的買収」とは、買い手企業が売り手企業の経営陣の合意を得ず、半ば強引に行う企業買収を指します。多くの場合、買付期間や買取株式数、そして買取価格を官報などで公告した上で、不特定多数の株主から株式市場外で株式等を買い集める方法(TOB)によって進められます。

中小企業のM&Aの場合は、その多くが友好的買収であり、敵対的買収が仕掛けられることはほとんど見られませんが、未上場の会社が対象となる場合もゼロではないため、注意が必要です。

買収防衛策をとることも可能

敵対的買収を前に、何も手立てがないわけではありません。あらかじめ買収防衛策を検討しておく、もしくは最適な対応を選び、買収の防衛に成功した事例も多数存在します。買収防衛策はあらかじめ備えておけるもの、事後に対応できるものに分けられます。

<事前の買収防衛策>

買収防衛策(事前に備えておける) 概要
ポイズンピル 敵対的な買収者以外の株主に対し、あらかじめ新株を市場価格より安く取得できる新株予約権の付与をしておき、敵対的買収を条件に発動させる防衛策。
ゴールデン・パラシュート 敵対的買収の実行により、経営陣が撤退を余儀なくされる場合、多額の退職金等が発生するような契約を締結しておく防衛策。
プット・オプション 既存の株主が持つ株式や金融機関などが持つ債権を、時価以上の価格で一括買取する契約を締結しておく防衛策。
黄金株 1株だけで株主総会の決議を拒否できる株式(黄金株)を発行し、信頼できる株主に付与しておく防衛策。
チェンジオブコントロール 会社の支配権などに移動が生じた場合、相手方との取引の解消などをあらかじめ契約に含めておく防衛策。

<事後に行える買収防衛策>

買収防衛策(事後に対応できる) 概要
ホワイトナイト 敵対的買収者に対抗するため、友好的買収者に買収・合併を行ってもらう防衛策。
焦土作戦 自社の資産や事業を関連会社などへ売却するなどして、企業価値を低下させて買収意欲を削ぐ防衛策。
パックマン・
ディフェンス
敵対的買収を仕掛けられた側が、逆に買収側に対して敵対的買収を仕掛ける防衛策。
マネジメント・
バイアウト
敵対的買収者に対抗するため経営陣が株式を買い進め、最終的には上場廃止させる防衛策。
第三者割当増資 特定の者に新株を発行し、敵対的買収者の株式保有割合を低下させる防衛策。
増配 株主への配当金を増やして企業価値を低下させ、敵対的買収者の買収意欲を削ぐ防衛策。

この他にも、敵対的買収の事前・事後に対する防衛策・対抗策は様々存在します。

「企業買収」と「M&A」の関係性

企業買収を「M&A」と呼ぶこともありますが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか。

M&Aとは「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略語で、2つ以上の会社が合併する、もしくは他社を買収してグループ企業の傘下におさめることを意味します。広義の意味としてはこれらに加えて、提携までを含める場合もあります。

したがって、企業買収とは複数あるM&Aの形態の一つと言えます。

「企業買収」と「合併」の違い

前述の通り「企業買収」と「合併」は、どちらもM&Aの手法の一つです。しかし、その違いは何でしょうか。

「合併」は、2つ以上の会社を統合して1つの会社にする企業再編を指します。
合併によって消滅する会社の権利義務は、すべて合併後に存続する会社に引き継がれます。ちなみに、既存の会社が他社を合併して存続会社として残す場合は「吸収合併」と言い、新設した会社を存続会社として既存の会社をすべて吸収させてしまう場合は「新設合併」と言います。

一方「企業買収」は、合併のように企業同士が統合されて一つになるわけではありません。
会社が統合されるのではなく経営権が移動する点に違いがあります。

中小企業の企業買収で最も活用されている株式譲渡では、買収する側も、買収される側も消滅することはありません。買収によって経営権が買収側の企業に移動しますが、買収される側もグループ企業の一員としてこれまでと同様に法人格を有したままで企業活動を継続します。

「企業買収」と「完全子会社化」の違い

株式会社はその株式をどれくらい保有しているのかに応じて、以下の権利を株主に付与しています。

持ち株比率/保有権利の一例

持ち株比率 保有権利
100% すべて自分の意志で決定する事ができる(完全子会社化)
66.7%以上(2/3以上) 株主総会の特別決議(※)を単独で成立させられる
(※会社の合併、事業譲渡の承認など)
50.1%超(1/2超) 株主総会の普通決議(※)を単独で成立させられる
(※取締役の選・解任、配当など)
33.4%以上(1/3以上) 株主総会の特別決議を単独で阻止できる
3%以上 株主総会の招集、会社の帳簿等、経営資料の閲覧ができる
1% 株主総会における議案提出権

買収側の持株比率が3分の2を超えた段階で被買収企業の経営権を完全に掌握できるため、経営権の掌握を目的とする企業買収であればすべての株式を取得する必要はありません。

一方、「完全子会社化」とは親会社が子会社の発行済株式のすべて、つまり100%保有している状態を指します。したがって、完全子会社化を目的として企業買収を行う場合は、発行されているすべての株式を買い取らなければなりません。

企業買収の目的・メリット

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企業買収の目的やメリットについて整理してみましょう。企業買収を行う目的・メリットは、主に以下の7点です。

①売上規模・シェアの拡大が見込める

まず挙げられるのは、売上規模・シェアの拡大が見込める点です。自社単独で売上や市場のシェアを拡大するには、人材を募集して設備投資を行い、技術力を上げて製品を開発しつつ、販売力を高めていかなければなりません。しかもそれだけの費用や労力、そして時間をかけたとしても成功する保証はどこにもありません。

しかし、既に市場で一定のシェアを保有し、製品開発力や技術力のある企業を自社の傘下に迎えることで、売上規模やシェアを拡大させることが期待できます。

②事業多角化・新規事業への参入

資産運用を行う際にポートフォリオを組んでリスクを分散しながら資産を増やしていくように、企業を経営する際もリスクを分散しながら収益を上げていくには、事業多角化・新規事業への参入は欠かせません。

しかし、新規事業への参入は失敗のリスクが高い上に、目標を達成するまでにかなりの時間を要します。 こうした状況を打開するために企業買収によって新規事業部門を外部から取り込めれば、失敗のリスクを回避して目標の実現にスピーディーに近づけるでしょう。

③人材の獲得・技術力の向上

日本の生産年齢人口の減少は少子化による人口減少のカーブをはるかに上回る深刻な状態であり、大企業だけでなく中小企業でも、人材の確保が生き残りを賭けた課題となっています。特に技術力の向上が見込める優秀な人材の確保は難しく、中小企業がこうした人材を獲得できないと、大企業との利益率の差を拡大させてしまいます。

こうした人材面の課題も企業買収によって、相手方の従業員を丸ごと自社の企業グループの一員として迎え入れることで解消されます。また、優れた技術・経験・ノウハウを持つ人材を獲得することで、自社の技術力向上にもつながり、将来に向けたビジョンが描きやすくなるでしょう。

④シナジーの創出

他社を買収することで、掛け算的に収益が創出される場合があります。簡単な例を挙げてみましょう。

【技術力があるものの、営業力に課題があるA社】
売上高が少ないものの自社製品を販売しているため、利益率は高い水準を維持

【強力な販売網と営業力を持つB社】
売る力やルートがあり売上高が一定あるものの、自社製品を持たないため、利益率は低い水準で推移

この状態で、A社がB社を企業買収したら何が起きるでしょうか。A社はB社の販売力を使えるため、高い利益率を維持しながら売上高を伸ばしていくことが可能になるでしょう。
またB社も、A社から高品質の製品を安価で仕入れられるため、売上や利益率がともに伸ばせるはずです。

このように、企業買収によって双方に相乗的なシナジーが創出され、事業規模が拡大していく点が企業買収の大きな目的・メリットになります。

⑤バリューチェーンの補完・関連事業領域の拡大

バリューチェーンとは、原材料や部品の調達、製品の製造や加工、出荷配送などの一連の事業活動を意味します。バリューチェーン全体の流れに占める自社の割合が少ないと間に入る会社が多いため、製品が1つ売れるごとに入る利益は少なくなり、逆に割合が多いほど利益は多くなります。

そのため、既存の事業を強化して最終的な利益を増やすにはバリューチェーンに占める自社の割合を増やせば良いため、これを企業買収によって実現しようとする企業が多く存在します。

最も多く見られるケースは、自社が外部に業務を委託している企業を買収する方法です。企業買収によって外部に委託する必要がなくなれば、バリューチェーンに占める自社の割合は多くなり、収益増につながります。

⑥リスク分散ができる

企業買収を行うと事業の多角化を進められるため、将来の経営リスクを分散する効果が期待できます。

そのほか、企業買収をきっかけとして組織再編を進めることが可能です。たとえばグループ内を持株会社化して、経営と事業を分離できればグループ全体の経営効率が上げられます。

事業の多角化や組織再編によってリスク分散ができる点も、企業買収の目的・メリットに挙げられます。

⑦コストの削減・財務力強化

企業買収によって、例えば管理・製造部門など両社で共通する部門を統合することで、コストの削減を達成できます。

具体的には、以下のコスト削減が期待できます。

削減が期待できるコスト 概要
仕入れコスト 仕入れを共同で行うことによりスケールメリットが生まれ、コスト削減が実現できます。
管理部門コスト 企業内の事務・管理部門を共通化することにより、これらのコスト削減を実現します。
物流コスト 配送などを共同で行うことにより、コストの一部を削減します。
製造コスト 製造ラインを共通化することにより、製造コストの削減を実現します。
新規開発コスト 新規開発を共同で行い、開発コストを合理化によって削減します。

あらゆる場面でコスト削減を進めると無駄な支出が減るため、財務基盤の強化につながります。

企業買収の注意点・デメリット

次は企業買収の注意点・デメリットについて解説します。企業買収で注意すべき点やデメリットは、主に以下の4点です。

①顧客離れのリスクがある

社内のいたる場所で不協和音が生じたり、買収側と買収される側の統合作業が不十分だったりすると、これまでの取引先や顧客が離れていってしまうリスクが生じかねません。

例えば、企業買収後に買収される企業の従業員の離職が進めば、業務の遂行に影響が出るだけでなく、良くない噂が立ってしまいかねません。
また、統合作業が不十分のままで見切り発車してしまうと、システム障害や人為的ミスが続くなどして、結果的に顧客離れにつながる可能性があります。

②人材流出のリスクがある

買収された企業の従業員は、今後の待遇、処遇に不安を感じるものです。買収側の従業員の中にも、統合にともなう異動、環境の変化に馴染めず不満を抱える人が出てくるかもしれません。

このように企業買収を行うと、せっかく獲得した人材が流出してしまうリスクが生じるケースがあります。
ただし、買収後のPMI(Post Merger Integration=M&A成立後の経営統合プロセス)を十分に行えば、人材流出のリスクを抑えることが可能です。リスクを減らすには、PMIを自社だけで行うのではなく、ノウハウを持っている専門家の力を借りるのが良いでしょう。

③思わぬ債務を引き継ぐ可能性がある

株式の譲渡によって企業買収を行うと、買収された企業の簿外債務や偶発債務を引き継いでしまう場合があります。
意図的に簿外にしてある債務などは事前の買収監査(デューデリジェンス)や最終契約書で防ぐことができますが、以下の債務には特に注意が必要です。

回収見込みが低い売掛金
品質問題のクレームにより回収が遅れている売掛金や、納期遅れなどにより、書類上はわからないものの実はトラブルが生じている売掛金がある場合があります。こうした売掛金は、最終的に回収が困難になったり、また値引きに応じざるを得ないことになったりする可能性があります。

賞与引当金・退職給与引当金
賞与引当金や退職給与引当金は財務会計上損金算入できないため、適正な金額で計上されていない場合があります。賞与の支払い時や買収後に従業員が退職する際にこれらの引き当て不足が見つかる場合があります。

未払い残業代
買収を理由に買収される側の従業員が退職するにあたり、労働基準監督署に過去の残業の未払いがあることを訴える場合があります。買収された側の従業員に対する未払い残業代が巨額になってしまうリスクはもちろんですが、最悪の場合是正勧告書や指導票等の書類が交付されるだけでなく、訴訟費用などを準備しなければならないケースにまで発展することもあります。

あらかじめ、これらのリスクを把握し買収監査に臨む、もしくは不測の事態にも対応できる契約書を締結しておくことでリスク回避につながるでしょう。

④現場の負担が増加する

両社の業務をスムーズに進めるには、PMIをしなければなりません。この手続きは製造現場だけでなく、経理や総務などの事務業務を始め、営業や販売、物流など統合が必要なあらゆる現場で求められます。

一般的にこの手続きは半年程度で終わるものの、その間の負担はすべて現場の従業員が担わなければなりません。この負担が大きいほど従業員は大変な思いをすることになるため注意が必要です。

企業買収のスキーム

企業買収を行う際の具体的なスキーム(手法)は、大きく「株式取得」「会社分割」の2つに分類できます。それぞれにどのような特徴があるのかを、くわしく見てみましょう。

株式取得

株式取得とは、買収される企業の株主が保有している株式を売買によって取得することで株主の地位を買収側に移転させ、買収企業を親会社、買収される企業を子会社とする企業買収スキームの一つです。

この株式取得のスキームは、さらに細かく以下の5つに分類できます。

1. 株式譲渡

株式譲渡とは、売り手側の株主が持っている株式を買い手側の企業が買い取ることで売り手企業の支配権が買い手側の企業へ移動し、結果的に買い手企業の子会社となる買収スキームです。

中小企業のM&Aでは最も一般的な方法であり、多くの場合買収企業は買収される企業の株式を100%取得するため、買収後は完全親会社・子会社の関係となります。

企業買収後に変わるのは株主や取締役など株を持つ人間のみで、企業自体や従業員などに直接影響を及ぼすことはほぼありません。また、株式の譲渡によって会社の保有する資産や負債、権利や義務などのすべてが買い手側に移動するため、売り手側の資産に経営者個人の資産などが含まれている場合は後で買い戻す必要があります。

2. 株式移転

株式移転とは、新たに会社を設立して既存の会社の株主が持つ株式を新設会社に取得させ、その対価として新設会社の株式を既存の会社の株主に交付させるスキームを指します。複数社で行われる場合が多いため、株式移転後には新設会社を持株会社とする企業グループが形成されます。

買収の対価として支払うのが新設会社の株式のため、買収費用を用意する必要がない点などがメリットとして挙げられます。一方、デメリットとしては、買収される側の株主が買い手企業の株主となるため、その保有率によっては買い手企業の株主構成に大きな影響を与える可能性などが挙げられます。

3. 株式交換

株式交換とは、企業買収の対価として買収される側の株主に支払う代金の代わりに自社の株式を交付する企業買収のスキームの一つです。

買収の対価を新株発行などで補えるため買収資金を用意する必要がない点は買い手側にとってメリットです。しかし、株式交換後は買収される企業の株主が買収企業の株主になるため、株式の保有率によっては企業運営に影響を及ぼす可能性があります。

上場企業の株式は売買するマーケットがあり、対価である譲受企業の株式を現金化することは比較的容易であるため、株式交換は、買い手となる譲受企業が上場している場合に用いられるケースが一般的です。

4. 第三者割当増資

第三者割当増資とは、既存の株主ではない特定の第三者に対して新株を発行し、増資によって新たに資金調達を行う方法です。主に企業の資金調達手段として利用されますが、企業買収スキームとして用いられる場合もあります。

企業買収のスキームとして用いられる場合、新株を発行して増資を行うのが売り手企業です。売り手企業側が買い手企業に対して新株の購入権利を付与し、買い手側はその権利を行使することで売り手企業の株式を取得します。

第三者割当増資によるM&Aの場合、売り手側の株主から株式を取得することはありませんが、増資による発行株式数が多ければ既存の株主の持株比率を下げられるため、増資によって実質的な支配権は買い手企業に移ることになります。

買い手企業にとっては、株式譲渡によって完全子会社化するほどのコストがかからない点や連結決算による利益の取り込み効果などが期待できます。また売り手企業にとっても、資金繰りが安定し増資によって金融機関などからの信用力が向上する点などがこのスキームのメリットです。

ただし、売り手側の株主の持株比率が下がるため、影響力が低下するだけでなく企業買収の対価を株主が直接受け取れない点などのデメリットもあります。

5. TOB、MBOなど

TOBとは「Take Over Bid」の略語であり、日本語では「株式公開買付」と言います。あらかじめ「買付期間」「買取株数」「買付価格」を公告しておき、不特定多数の株主から市場外でそれらの株式を買い付ける方法です。

有価証券報告書の提出を義務付けられている上場企業などの大企業の株式を一定数以上取得する場合は、金融商品取引法によって公開買付を行うことが義務付けられています。したがって、このような大企業に対して企業買収を行う場合は、TOBによって株式の取得が行われます。

一方MBOとは「Management Buy Out」の略語で、主に経営陣が自社の株式や一部の事業部門を買収することで企業買収を行う方法です。事業承継を前提として、上場企業を非公開化する場合に使われる場合もあります。なお、経営陣でなく従業員が株式等を取得する場合は、EBO(Employee Buy Out)と呼ばれます。

会社分割

株式取得と同じように、企業買収で用いられるもう一つのスキームが会社分割です。会社分割とは、会社が行っている事業の一部を他社に承継させる企業再編の方法です。会社分割は不採算部門の切り離しやグループ内での分割・統合、または持株会社化などに用いられています。

「事業の一部を切り取って他社に売却する」点ではM&Aでよく用いられる「事業譲渡」のスキームと似ていますが、事業譲渡が取引先などとの契約を個別に移転手続きをしなければならないのに対し、会社分割では契約は原則として買い手企業にそのまま承継されるため移転手続きが不要である点が大きく異なります。

なお、切り離した部門をどの会社が承継するのかによって、「新設分割」「吸収分割」の2つに分けられます。

企業買収の流れ

企業買収の流れを確認しておきましょう。企業買収は実際にはかなり細かく複雑なプロセスを経て行われますが、全体像を捉えやすくするために工程を以下の3段階に分けて解説していきます。

①目的・方向性の明確化

企業買収を行う場合、最初に目的・方向性を明確に決めておくことが大切です。目的・方向性によっては、企業買収よりも別の方法の方が良い場合もあるからです。

目的と方向性を明確化し、それを達成するためにベストである方法が企業買収であれば、具体的にM&Aに向けた検討に入ります。中小企業が自力で行うのは難しいので、実績や経験の豊富なM&A仲介会社に相談するのが良いでしょう。

仲介会社のアドバイザーとの打ち合わせによってスキームなどの最終的な方向性が決まったところで、買収先の選定を行います。

②買収先の選定・交渉

買収先の選定を行うにあたっては、仲介会社が保有している譲渡企業の情報を閲覧して候補企業の絞り込みを行います。

初めに行うのが、社名や具体的な住所などの伏せられた「ノンネームシート」と呼ばれるリストを用いた買収候補先の絞り込みです。候補先を絞り込んだら、具体的かつ詳細な内容が記載された「企業概要書」を開示請求して具体的な買収先の検討に入ります。

買収先の選定が終わったら、次は交渉です。相手企業の経営者と直接面談を行い、お互いの条件を調整して買収に向けた基本合意書を締結します。

③最終契約の締結

基本合意書を締結したら、買収企業側によるデューデリジェンスを行います。財務・税務・法務などのさまざまな面から対象企業を監査し、買収後のリスクなどをチェックしていきます。

デューデリジェンスが終わったら、その結果をもとに最終条件の交渉を行い、最終契約を締結します。最終契約締結後に従業員や関係者に対して開示が行われ、PMIを経て企業買収の全プロセスが完了です。

企業買収を成功させるためのポイント

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企業買収を成功させるためのポイントについて解説します。企業買収の成功に必要なポイントは大きく4つあります。

買収目的を明確化する

基本事項ですが、まず何を達成するために企業買収が必要なのか、目的を明確にしておかなければなりません。目的がぶれていると、目先の情報に左右され、買収する企業を正しく選定できなくなります。
曖昧な目的のまま買収を進めてしまうと、買収を行うこと自体が目的になってしまい、思っていたようなシナジーを獲得できないケースも少なくありません。
M&A仲介のアドバイザーなど第三者である専門家の意見を聞きながら、自社の目的をはっきりさせておくようにしましょう。

事前の買収監査(デューデリジェンス)をしっかり行う

望み通りの買収先が見つかったとしても、正しく評価して適正な価格で買収できなければ企業買収の効果は薄れ、最終的には失敗に終わってしまいかねません。後から想定外の債務などが発覚し、最悪の場合、企業買収そのものが暗礁に乗り上げてしまうことになりかねません。そうした事態を回避するためには、事前の買収監査(デューデリジェンス)を弁護士や公認会計士、税理士など専門家の力を借りながら、買収規模に応じて過不足なく行うよう心がけておきましょう。

綿密なPMI計画を策定する

理想的な買収先が見つかり、企業買収の最終契約を締結したとしても、その時点では企業買収が成功に終わったわけではありません。両社の統合作業を行い、業務が円滑に進んで思い描いたとおりのシナジー効果が出てから企業買収は成功と言えます。

一歩間違えば、従業員の大量離職や得意先との取引停止などが起こってしまうことも十分に考えられます。

こうした事態を避けるためには、買収と並行して買収後の統合に必要な計画を綿密に策定しておくことが重要です。

専門家・専門会社からのサポートを受ける

買収目的・条件に見合った買収先候補を自社単独で見つけ出すことは、ほぼ不可能に近いでしょう。M&Aの実績が豊富で、買収先企業の事情に精通したM&A仲介会社など専門家のサポートを得ることが、スムーズな買収先候補の選定の近道です。

企業買収の事例

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最後に、企業買収の事例を3つ紹介します。

SBIホールディングスによる新生銀行の買収(2021年)

SBIホールディングスによる、新生銀行へのTOB(公開買付)が2021年12月10日に完了しました。
SBI証券会社や保険会社、銀行などを傘下に持つSBIホールディングスは第4のメガバンク構築を目指し、福島銀行、筑波銀行など地方銀行への出資を進める中で、全国規模の銀行としてターゲットに定めたのが新生銀行でした。

当時新生銀行は、経営上の多くの問題を抱えていました。前身である日本長期信用銀行は1998年に経営破綻後、公的資金が注入され一時国有化されたものの経営の低迷が続き、公的資金約3500億円の返済のめどが立たず批判を浴びていました。

このような状況の中、2021年9月に突如SBIが新生銀行に対して、「1株あたり2,000円でTOBを実施し、現在20%の持株比率を48%に引き上げる」と発表します。

これに対して新生銀行の経営陣は反対し、買収防衛策としてポイズンピルを発動します。ポイズンピルとは、敵対的な買収者であるSBIを除く既存株主に対して、新株を時価よりも安く取得できる権利である新株予約権を与える買収防衛策です。

しかし、新生銀行の既存株主であった預金保険機構や整理回収機構がこの買収防衛策に賛同しなかった理由などから、最終的に買収防衛策を取り下げ、同年11月にはSBIによる新生銀行の子会社化が確定しました。

SBIグループの一員となった新生銀行は一刻も早い公的資金返済のため、SBI証券と金融商品仲介業での全面的な提携を行い、クレジットカード積み立てサービスなどでも協力していくことが発表されています。

出典:株式会社新生銀行の株式に対する公開買付けの結果及び子会社の異動に関するお知らせ

パナソニックによるブルーヨンダーの買収(2021年)

2021年4月、パナソニックはサプライチェーンの効率化を手掛ける米ソフトウエア大手のブルーヨンダーを買収することを発表しました。同年の9月に行われた買収には約8000億円もの巨額が投じられました。

パナソニックは売上の約4割をBtoC事業が占める中、企業買収によってBtoBへの進出を模索していました。対象となったブルーヨンダーは世界に40以上の拠点を持ち、従業員は5000人を超えるグローバルな大企業です。

買収後は、パナソニックグループパナソニックコネクトの傘下に入り、約半年でその評価額は3,000億円以上値上がりしました。同社の事業会社パナソニック コネクトの傘下に入っている。そして2022年5月11日にブルーヨンダーを中心とした事業で新会社を設立して、株式上場を目指す方針が明らかにされました。

出典:サプライチェーン・ソフトウェアの専門企業であるBlue Yonder(ブルーヨンダー)の株式取得(子会社化)に関するお知らせ

セブン&アイ・ホールディングスによるスピードウェイの買収(2020年)

2020年8月、セブン&アイ・ホールディングスは米国第3位の店舗数(3854店舗)を持つガソリンスタンド併設型コンビニスピードウェイを210億ドル(約2.4兆円)で買収することを発表しました。

国内コンビニ市場が頭打ちとなっている状況に強い危機感を抱いていたセブン&アイ・ホールディングスは、頭打ちとなった国内市場の代わりに北米事業とグローバル事業をこれからの成長軸と捉えていたのです。

この企業買収の結果はただちに現れ、2021年7月に発表された2022年2月期通期(21年3月~22年2月)の連結業績予想は、営業収益が8兆380億円(前期比39.4%増)となり、その大幅増収にはスピードウェイの買収が大きく貢献していました。
同グループは今後も積極的な海外戦略を展開し、グループ全体を発展させていくことを公表しています。

出典:当社子会社による米国 Marathon Petroleum Corporation からのコンビニエンスストア事業等に関する株式その他持分取得についてのお知らせ

終わりに

企業買収は、売上規模の拡大や新規参入を達成する際に多くの企業が用いる有効な手段の一つです。これからの時代では、業界再編やグループ内での組織再編の切り札としてますます活用されていくことでしょう。
企業買収を進めて強みを増やしていけば、経営リスクの分散やコストの低減も期待できます。
ただし、買収にともない人材の流出や顧客離れのリスクが生じる場合もあります。このようなリスクを最小限にとどめ、成功確率を最大限引き上げるには、企業買収に熟練している専門家に相談しながら企業買収を進めていくのが良いでしょう。

著者

M&Aコラム
M&A マガジン編集部
日本M&Aセンター
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