グループ内の組織再編や、事業承継問題の解消など様々な経営課題解決の手段として、国内外で数多くの企業買収が行われています。その一方で、買収者が自己の短期的利益の獲得を目的に行う企業買収も存在します。
このような買収は株主だけでなく、従業員や取引先などのステークホルダーにも影響を及ぼすため、買収防衛策を検討しておくことは経営者としての責務であると言っても過言ではありません。
本記事では、買収防衛策の概要、具体的な種類や導入までの流れ、そして導入事例をご紹介していきます。
買収防衛策とは?
買収防衛策とは、敵対的買収など買収される側にとって望ましくない買収に対し、防衛手段として実施される対策を指します。
買収防衛策の実行は、多くの場合「株主」「経営陣」にとって望ましくない買収に対して行われます。
しかし「経営陣」にとって望ましくない買収が仕掛けられとしても、「株主」にとってはそうではない場合、買収防衛策の導入が決議されない可能性があります。
それでは買収防衛策は、どのような買収に対して実行されるかについて見ていきましょう。
「友好的買収」と「敵対的買収」
買収は、買収対象企業の経営陣の事前の同意有無によって、「友好的買収」と「敵対的買収」の2つに分かれます。
友好的買収とは
友好的買収は、買収の対象となる企業の経営陣の同意を得たうえで行われる買収を指します。買収の条件や買収後における従業員の処遇などを話し合い、お互い完全に同意したうえで買収が行われるため、手続きがスムーズに進められます。
敵対的買収とは
一方、「敵対的買収」は買収の対象となる企業の経営陣の同意を得ないで半ば強引に進められる買収です。敵対的買収者は経営権を掌握する目的で、議決権の過半数を取得するために株式を買い進めていきます。
敵対的買収のための株式取得は原則として公開買付(TOB)によって進められます。(まれに市場内の取得だけで議決権の過半数が取得されるケースも存在します。)
なお、敵対的買収では、経営陣にとって望ましくない場合でも、株主にとってはそうであるとは限りません。
例えば経営方針に対して株主が不満を持ってる、あるいは敵対的買収者が経営権を握る方が企業価値向上を見込めるなど、株主にとって買収が望ましい場合には、前述の通り防衛策が決議されず、敵対的買収が成立してしまう可能性はゼロとは言えないでしょう。
「株主平等原則」と「濫用的買収者」
会社法では、「株式会社は株主をその有する株式の内容および数に応じて平等に取り扱わなければならない」と定めており(109条1項)、これが「株主平等原則」です。
「株主平等原則」は敵対的買収者に対しても適用され、たとえ経営陣や他の株主と意見が対立したとしても、平等に扱われなければなりません。それでは、本来は平等に扱われるはずの敵対的買収者に対して、買収防衛策を発動するにはどうすれば良いのでしょうか?事例を見てみましょう。
濫用的買収者に対する買収防衛策の発動事例
2005年のライブドアによるニッポン放送に対する敵対的買収に関して東京高裁では、買収者について以下のように述べられています。
- 株主としての権利を濫用する目的で株式を取得した敵対的買収者(濫用的買収者)は、株主として保護する必要はない
- 会社は対抗手段として必要性や相当性が認められる限り、敵対的買収者の不利益となる買収防衛策(このケースでは新株予約権の発行)を発動しても良い
つまり、敵対的買収者の中でも「濫用的買収者」と判断される場合には「株主平等原則」は適用されず、買収防衛策を発動しても良い旨の判決を出しています。
- 「濫用的買収者」の定義
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①会社経営に参加するつもりがないにも関わらず、株価をつり上げて高値で売り抜ける目的で株式の買収を行っている
②会社を一時的に支配して知的財産権やノウハウなどを買収者の企業に移動させる目的で株式の買収を行っている
③買収後に会社の資産を買収者の債務の担保や弁済として流用する目的で株式の買収が行われている
④買収後に会社が保有する不動産などを売却し、その対価で高額配当を行って株価を急上昇させ、株式の高価売り抜けを目的とする株式買収を行っている
また当該判例では、以下の敵対的買収者を「濫用的買収者」と定義しています。
したがって、敵対的買収者が登場した際に、単に経営陣と対立する程度では買収防衛策の導入や発動は法律上難しいものの、濫用的買収者と認定できれば買収防衛策の導入が認められる、ということになります。
買収防衛策の必要性
2005年5月27日に経済産業省と法務省が連名で発表した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」では、買収防衛策の導入に際して以下の3つの原則を提示しています。
企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則
買収防衛策は経営陣の保身のためでなく、企業価値や株主の利益を守るためのものでなければならない
事前開示・株主意思の原則
買収防衛策の導入に際しては、その内容を事前に株主に提示したうえで判断を求めなければならない
必要性・相当性確保の原則
買収防衛策の濫用を防ぐため、必要かつ相当な方法でなければならない
買収は、それが敵対的買収であったとしても、必ずしも既存の株主にとって不利益なものになるわけではありません。むしろ、株主の利益を棄損するような非効率的な経営を行う経営陣を刷新する良い機会になる場合も考えられます。
しかし、濫用的買収者による買収は、株主をはじめとするあらゆるステークホルダーにとって良い結果をもたらすことはないと考えられています。このような買収者に対しては、上記の指針に留意しつつあらゆる対抗策を講じ、すべてのステークホルダーの利益を守ることが経営陣としての務めだといえます。
予防策としての買収防衛策
買収防衛策事前に備えておくことができる予防策と、実際に起きてから講じる対抗策があります。まずは主な予防策をご紹介していきます。
ポイズンピル(Poison Pill)
ポイズンピル(Poison Pill)とは、企業が敵対的な買収者以外の株主に対し、あらかじめ新株を市場価格より安く取得できる新株予約権を付与する買収防衛策です。 敵対的買収が仕掛けられた際には株式を大量発行して敵対的買収者の持株比率を引き下げ、結果的に支配権の獲得、買収を断念させます。
ポイズンピルには事前警告型と信託型の2種類があり、抑止効果も高いため日本企業でも買収防衛策として数多くの企業に導入されています。ただし、新株発行により株価が急激に低下する点や、買収側から新株発行の差し止め請求をされた結果、場合によっては新株発行が無効になるリスクがある点などに注意が必要です。
ゴールデンパラシュート(Golden Parachute)
ゴールデンパラシュートとは、買収価格を高騰させることで買収意欲を削ぎ、抑止効果を高める買収防衛策です。具体的には敵対的買収により経営陣が退陣したときの退職金を高額に設定しておき、買収するためのコストアップによる抑止効果を狙います。
ティンパラシュート(Tin Parachute)
経営者以外の従業員に対しても割増退職金などを支払う契約を締結するのがティンパラシュート(Tin Parachute:ブリキのパラシュート)です。ゴールデンパラシュートの従業員版とも言えるティンパラシュートは、ゴールデンパラシュートと同様に買収価格を高騰させることにより買収意欲を削ぎ、抑止効果を高めます。
マネジメントバイアウト(Management Buyout)
マネジメントバイアウトとはMBOとも略され、経営陣が既存株主から自社の株式を広く買い付けて行う、企業買収の手法のひとつです。筆頭株主である創業家が中心となり、事業承継のために市場の株式を買い取って上場廃止にする場合や、上場するメリットが少ないことから廃止する場合などにこの方法が用いられます。市場に流れる株式を買い取るため、買収防衛策として機能します。
チェンジオブコントロール条項(COC条項)
チェンジオブコントロール条項とは、敵対的買収などを理由に契約の当事者の支配権に変更が生じた場合、もう一方の当事者が契約内容に制限をかけたり、契約そのものを解除できたりする契約規定のことです。チェンジオブコントロール条項を締結しておけば、事業を行うための大切な契約が解除されてしまうので、買収意欲を削ぐ抑止効果があります。
ピープルピル(People Pill)
ピープルピルとは、敵対的買収が完了した場合、主力業務に携わる優秀な人材が退職する契約を事前に結んでおき、抑止効果を狙う買収防衛策です。
プットオプション(Put Option)
プットオプションとは、特定の商品について、そのときの市場価格とは関係なく、一定の期間内にあらかじめ決められた数量・価格で売る権利のことです。この方法を実施すると買収コストを大幅に増額させられることから、抑止効果が高められます。
黄金株
黄金株とは、買収などの株主総会決議事項について、拒否権を行使できる株式のことをいいます。正しくは「拒否権付種類株式」といい、株主の権利内容について、特別な条件がつけられた種類株式の一つです。たった1株で決議内容を拒否できるため、黄金株を安定株主などにあらかじめ交付しておけば、敵対的買収を防げます。
絶対的多数条項
絶対的多数条項はスーパーマジョリティ条項とも呼ばれ、あらかじめ定款を変更して特定の議案を決議するためのハードルを高くしておき、敵対的買収者が支配権を確立しておくことを難しくしておく買収防衛策です。たとえば、取締役の解任に必要な賛成数を増やしたり、普通決議で済む内容を特別決議にしたりしておく方法などが挙げられます。
全部取得条項付株式
全部取得条項付株式とは種類株式の一種で、株主総会の決議によって会社側が発行する株式の全部を取得できる株式です。全部取得条項付株式の発行を行うには種類株式発行会社であることが必要であり、また発行にあたっては株主総会の特別決議が求められます。
この方法は、敵対的買収に対する買収防衛策だけでなく、少数株主に対するスクイーズアウトなどにも活用できます。
対抗策としての買収防衛策
続いて、実際に敵対的買収に直面した際に講じられる主な対抗策について紹介します。
ホワイトナイト(White Knight)
ホワイトナイトとは、敵対的買収を仕掛けられた企業が、別の友好的な買収者を見つけて買収あるいは合併をしてもらい、敵対的買収を阻止する防衛策のことです。ホワイトナイトを用いることで、結果的に他社の傘下に入る点などには気をつける必要があります。
パックマンディフェンス(Pac-Man defense)
パックマンディフェンスとは、敵対的買収を仕掛けられた被買収企業が、逆に買収企業を買収してしまう買収防御策のことです。ただし、買収企業を買収すると言っても、買収企業の株式の過半数を取得するのではありません。
会社法で定められたルールにより、買収を仕掛けてきた企業の株式を4分の1以上取得すれば買収を阻止できるため、そのラインまでの取得を目指します。
ジューイッシュデンティスト(Jewish Dentist)
ジューイッシュデンティストとは、敵対的買収を仕掛ける企業に対してメディアなどを通じてネガティブキャンペーンを行うことによって買収に対するイメージを落とし、敵対的買収を阻止する方法です。
「買収に応じることは社会正義に反する」というイメージを、メディアを通じて株主に浸透させて、株主が公開買付に応じて株式を売却しないように働きかけることで買収を阻止します。
クラウンジュエル(Crown Jewel)
クラウンジュエル(焦土作戦)とは、買収企業が狙っている財産価値の高い資産や収益性の高い事業を関連会社へ売却したり、金融機関からの負債を引き受けたりすることによって、買収されたあとの企業価値を低下させる買収防衛策です。
どのような方法を使ってでも買収を阻止したいならば、この方法で目的を達成できるかもしれませんが、買収を阻止した後は文字通り自社が焦土と化すため、用いた場合の重大なリスクを認識しておく必要があります。
資産ロックアップ
資産ロックアップとは、買収終了後の一定期間内は資産の売却ができないように定款に定めることでで、敵対的買収を防ぐ方法です。
敵対的買収を仕掛ける企業の中には、買収後に土地などの含み益の大きい保有資産を売却して現金化することを目的としている場合があります。このようなケースでは、資産ロックアップが防衛策として有効に用いられるでしょう。
第三者割当増資
第三者割当増資とは、増資をするにあたり、特定の第三者に対して新株を発行することです。第三者割当増資が敵対的買収の防止策として用いられる場合は、買収が仕掛けられたときに新株、もしくは新株予約権を第三者割当することで株式の希薄化を行い、買収者の持ち株比率を下げさせます。
買収者の持株比率が下がってしまうと、買収ができなくなります。また新たに資金を用意する場合でもコストが大幅に増えてしまうため、買収意欲を削ぐ効果があります。
スタッガードボード(Staggered Board)
スタッガード(staggered)とは、「交互の・ジグザグ状」を表します。取締役の任期を揃えず、バラバラにしておくことで、任期満了によりすべての取締役が同時に入れ替わるのを防ぎ、敵対的買収者によって経営権を掌握されるまでの時間を稼ぐ買収防衛策です。
スタッガードボードを実行しておけば、買収完了後に経営権を完全に掌握するまでに時間を要し、買収側は投下した資金を回収するまでに時間がかかるため、買収意欲を削ぐ効果があるとされています。
株式交換
株式交換とは、会社が発行している全ての株式を、他の株式会社に取得させることで、完全親子会社関係を構築する方法です。
株式交換は主にグループ企業内の組織再編などに使われるケースが見られますが、これを行うことによって、親会社以外が株式を持つことができなくなるため、結果的に買収防衛策となりえます。
新株予約権
新株予約権とは、予約権を受けた者がその権利を行使することで、当該株式会社の株式の交付が受けられる権利です。新株予約権を行使すれば、あらかじめ定められた価格で新株が発行されます。
敵対的買収者のみ行使できない差別的行使条件を付した新株予約権を用いて、一般株主がこの権利を行使することで、敵対的買収者の議決権が希薄化されるため、買収防衛策としての効果が生じます。
買収防衛策を導入から発動するまでの流れ
買収防衛策の導入から実際に発動するまでの流れについて解説します。導入から発動までの流れは、主に以下の4段階に分かれます。
①株主総会で定款変更を決議
買収防衛策を導入するためには、まず定款に「買収防衛策の導入に関しては株主総会で行う」旨の規定を記載する決議を株主総会の特別決議で行います。決議が通れば定款を変更し、次に変更後の定款にもとづいて買収防衛策の導入に関する株主総会の決議を図ります。
②取締役会での検討
敵対的買収者が登場し、発行済株式総数の20%を超える株式を取得した段階で、株式の買い付けをめぐる意向表明書や必要情報などのやり取りが行われます。この時点で、敵対的買収を受けた企業の取締役会が開かれ、対抗策が検討されます。
③株主総会で買収防衛策の発動を決議
敵対的買収が企業価値や株主の利益を著しく低下させると合理的に判断された場合は、株主総会の決議にもとづき買収防衛策を発動します。しかし、企業価値や株主の利益が著しく低下させるかどうかの判断が難しい場合は、その判断を株主にゆだねなければなりません。その場合には臨時株主総会を開催し、買収防衛策を発動するかどうか決議します。
④買収防衛策の発動
株主総会の決議によって買収防衛策を発動することが決まったら、あらかじめ準備しておいた防衛策を発動し、敵対的買収に対する対抗措置を実施します。
買収防衛策を導入・廃止した企業事例
最後に買収防衛策を導入あるいは導入を廃止した企業事例を4例紹介します。
ツイッターによるポイズンピルの導入
米国のツイッター社は、同社の買収を目指す米電気自動車大手テスラのCEOイーロン・マスク氏への対抗手段として、ポイズンピルを導入することを2022年4月15日に発表しました。
このポイズンピルは、個人や法人などが取締役会の承認を得ることなく15%以上の株式を取得した場合、他の株主が市場価格よりも安価な価格で株式を買うことが可能な新株予約権を付与し、発動されると15%の株式を買い進めることが実質的に不可能となる内容でした。
発表時点で9%の株式を取得している同氏による買収を牽制する目的で導入され、その期限は2023年4月までと定められています。
ビットフライヤーホールディングスによるホワイトナイトの募集
国内暗号資産(仮想通貨)交換業界の大手ビットフライヤー社の創業者の加納裕三氏は、2022年4月4日、同社の買収報道をめぐり、友好的な買収者である「ホワイトナイト」を募集する異例の呼び掛けを自身のツイッターで行いました。
これは、日本とシンガポールを拠点に活動する投資ファンドACAグループが、同社を買収する見通しが立ったとする内容の日経アジアの報道を受けて行われたものです。(ビットフライヤーHD側「現時点で決まった事実はない」とし、正式発表は無し)
この後、楽天グループなどによる入札が進む中、当初想定していたビットフライヤー社の企業価値評価が450億円から倍の約900億円まで膨らみ、買収資金が高騰したことや買収に関する法的リスクが浮上してきたことなどを受け、ACAグループによる買収は断念されたと日経新聞が報じています(2022年10月1日)。
象印マホービンによる新株予約権の無償割当
東証プライムに上場している象印マホービンは、2022年1月11日、取締役会にて買収防衛策の導入(新株予約権の無償割当)が決定したことを発表しました。
同社は「現時点で特定の敵対的買収者からの買収などを仕掛けられているわけではないものの、昨今の資本市場の状況を踏まえると必ずしも中長期的な企業価値・株主共同の利益にならない株式の大量取得行為が行われる可能性が存在しており、それに対抗するための手段」として防衛策を導入したと言われています。
その背景には、ここ数年で株を買い増しし、経営方針を巡って対立してきた筆頭株主である中国家電大手の存在があると見られています。
エーザイによる買収防衛策廃止
大手製薬会社のエーザイは、2022年4月、同年6月30日をもって、同社が2006年から続けてきた買収防衛策を廃止することを発表しました。
エーザイは株主総会ではなく取締役会決議で導入・継続を行ってきましたが、
・かねてより防衛策に対して投資家からの批判が強く、株主総会における現社長の再任に対する賛成比率が年々下がっていたこと
・近年の他社の判決例などから事前に大掛かりな防衛策を備える必要性は低下していること
・万が一敵対的買収に直面した場合には、株主などステークホルダーと対応を協議し、法令で認められた範囲で十分に対処できること
以上のことから、防衛策廃止の判断につながったとされています。本事例のように、事前に備える買収防衛策を廃止する企業も少なくありません。
終わりに
買収防衛策は、敵対的買収者から企業価値や株主などの利益を守るために役立つ方法です。上場企業だけでなく、非上場企業でも株式が分散している場合は注意しておいた方が良いでしょう。
今後の企業運営を安定的に行うには、買収防衛策も含めた包括的な株主構成戦略を構築しておくことをおすすめします。
日本M&Aセンターの企業戦略サービス
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