右肩上がりの成長を遂げてきた建設業界。一方で高齢化による職人不足が深刻化していくと言われています。さらに2024年には労働基準法の改正によって労働時間の規制も始まるなど、働き方改革やDXが急務。そんな建設業界の今について、森本尚孝氏(三和建設株式会社 代表取締役社長)にインタビュー。
▽お話をお聞きした人
課題解決の糸口は提供価値の向上
――まず、現在の建設業界は全体的にどのような課題を抱えているのでしょうか。また、その中で三和建設が特に実感しているものはございますか?
大きく2つの課題があると思っています。1つは受注産業であることです。毎年、売上がリセットされますし、決まったお客様から決まった仕事を毎年、安定的にいただけるわけではない業態です。そのため、受注の枯渇が経営上の一番のリスクになるのは昔も今も変わりません。
もう1つは、仕事を際限なく取ることができないということです。社内外にいる人材の質・量に売上が制約されるため、商社や小売業のように売れば売るほど損益分岐点が上がっていくわけではありません。
これに関連して人材難の問題もあります。社員はもちろん、協力会社が現場に送り込んでくれる職人さんや専門技術者に関しても人材の確保に苦慮しています。さらに、昨今は資源高も経営を圧迫する材料になっています。
中でも当社が特に感じているのは人材難です。社員も専門工事会社の方も確保が非常に難しいですし、今後はさらにその傾向が強まると思います。
――人材難が続く理由はどこにあるのでしょうか?
私見ですが、この業界は一人前になるのにかなり時間がかかります。若く優秀な人材であっても、ベテランを追い越して成果を上げるというのが難しい構造になっています。修行をし、時間をかけて何かを作り込んでいく作業よりも、効率性や生産性を重視する世の中になっているため、業界の特性がそもそも合わない、耐えられないという人が増えているような気がしています。
――そうした課題の解決に向けてどのような取り組みを行い、どのような成果が表れているのでしょうか?
「いかに選ばれる存在になるか」を重要視しています。まず、お客様から選んでいただかないと付加価値の高い仕事を獲得することができません。それでは利益が上がらず社員や協力会社に還元することもできません。
そして、三和建設が存続するためには、社員から選ばれ続ける必要があります。採用の観点では学生や中途採用のマーケットの中から選ばれなければなりません。職人さんに作業所へ来ていただくために、サプライヤーから選ばれることも重要です。
こうした選ばれる存在になるために、いかに同質化を避けた取り組みをしていくかを重視しています。他社と同じことをしていては、知名度の高い企業や給料の高い企業に勝てなくなります。
受注やマーケティングの観点では、我々は食品工場や危険物倉庫など、分野を絞り込むことで専門家としての価値を高める行動をしています。
そして、人材マーケティングの観点では、「人を大切にする経営」を理念の最上位に置き、福利厚生や社員教育、つながりを深めるための社内文化の醸成など、社員や社員になり得る候補の方から会社を選んでもらうための取り組みをしています。
協力会社から選ばれるためには、適正な金額で発注することが受注に返ってくると思います。そういうことも含めて、いかに各ステークホルダーから選ばれる存在になるかに注力しています。
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働きがいのある会社であり続けるために
――「人を大切にする経営」を進めた成果として、「働きがいのある会社ランキング」を7年連続で受賞されています。
率直にうれしいですし、会社の目指す方向もそこにあります。仕事に対して報酬を稼ぐ手段ということとは別の価値を見出せる、というのが我々の目指すべき姿です。そういう意義を感じてもらった上で取り組んだ仕事のほうが顧客満足を得られると思っていますし、それを目指してきた結果だと思います。
――採用や人材定着のために取り組んでいること、力を入れていることを教えてください。
採用は人事部など採用部門だけに任せるのではなく、“全社採用”という形で行っています。採用を自分事と捉え、全部署が何らかの形で関わるため、入社希望者はいろいろな人と巡り会い、いろいろな情報に触れ、ありのままの会社の姿に触れて入ってくることができます。
ですから、入社してから「こんなはずじゃなかった」ということも比較的少ないはずです。育成の観点では、「SANWAアカデミー」という社内大学制度を5年ほどやっています。年始にシラバスを発表し、社員が講師になって、若手にレクチャーします。
現場で見て覚えることが非常に多い業界ですが、そこを補完し後押しする意味で、教え、教わる機会を持つようにしています。「教えてほしい」という欲望が昔に比べて非常に高い昨今ですし、現場に出る際の不安を解消するという意味も含めて取り組んでいます。また、給与についても、業界一とまではいきませんが、そこを目指せるよう努力しています。
DXが進むほど人の存在がより際立つ
――建設業界におけるDX化について、今後の展開をどのように考えていらっしゃいますか?
業界を救う切り札のような認識のもとで徐々にDXが進んでいますが、浸透するにはまだまだ時間がかかると思っています。
人間の役割や比重が大きい状態が続くのではないでしょうか。当社が取り組んでいるDXの方向性としては、ドローンやロボットよりも、設計や図面作成におけるBIM(Building Information Modeling)に対する取り組みを強化しています。
加えていろいろな管理ツールのデジタル化は進めていて、当社は以前から請求業務や精算業務ではペーパーレス化を取り入れていますし、コロナ禍になってからはオンライン化も進めました。
自動化施工やロボット施工については、大手企業ですらまだまだ標準化されていませんし、当社も模索段階です。
――建設業界で注目されている企業や経営者の方はいらっしゃいますか?
同業他社をベンチマークにはしていません。たとえば先述した「SANWAアカデミー」は、得意先でもある「サントリー大学」をヒントにしています。
大手のBIMやDXの流れは常に注視していますし、今後、我々もその恩恵に浴することになると思いますが、いわゆる人に対する取り組みは、建設業界ではない企業をベンチマークとしていることが多いです。
――建設業界の未来について、どのように考えていらっしゃいますか?
人間がどこかに住む、どこかにいて何かを行うという部分における建物や建設、建築という概念は、形は変えていきつつも絶対になくならないでしょう。人口が減っていくとは言え日本というマーケットの中でどうやって選ばれていくか……。新しい市場を開くことも大切ですが、いかに選ばれる存在になるかに注力したいと思います。
また、DXや機械化などいろいろと進んでいくと思いますが、建設業界には「人を動かすことは人にしかできない」という独自の特性があります。
建設投資という巨大な責任を誰が負うのかという時に、責任の前面に立つ相手は人間である必要があります。機械から提案を受けてネットで申し込みをして、一度もお客様と会わずに建物が建つというのは考えにくいですよね。責任を示し、お客様の心を動かしてゴールに持っていく役割はやはりAIや機械ではなく人の役割だと思うので、人の重要性はむしろ高まっていくでしょう。現場のいろいろなプロセスは機械化・自動化・デジタル化が進んでいきますが、コアとなる部分は人の存在がむしろ際立っていくと思います。
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