中小企業庁
(画像=THE OWNER編集部)国の事業承継支援策の全体像を説明する市川氏(左)と小野氏(右)

日本企業全体の99.7%を占め、日本経済の「屋台骨」である中小企業が、後継者不在で大量廃業の危機に直面している。政府は「事業承継問題」を最重要課題の一つに位置付け、今後10年で集中的に支援していく。

相続税・贈与税の納税を猶予する税制改正をはじめ、各都道府県ベースでの支援体制の強化、第三者承継のインフラ整備、親子間の対話の促進など、円滑な承継に向けて阻害要因を取り除き、地域・日本経済のさらなる活性化を目指す国のビジョンについて、中小企業庁事業環境部財務課税制企画調整官の市川紀幸氏、調査員の小野淳氏に聞いた。

事業承継時の税負担は実質ゼロに

国が実施していく切れ目のない事業承継支援策の一つは、税制改正だ。事業を引き継ぐ際の相続税・贈与税の納税を猶予することにより、後継者の税負担は実質ゼロになった。

10年間限定の特例措置として、2018年度は法人事業を対象に、納税猶予の対象となる株式の上限を撤廃し、猶予割合を80%から100%に拡大。後継者の適用要件も、これまで先代1人から後継者1人に相続・贈与される場合に限られていたが、親族外を含む複数の株主から後継者最大3人への承継に緩和。2019年度には、個人事業者の事業承継にかかる納税猶予制度を創設した。

市川氏は「事業をやめた場合はその時点で相続税・贈与税を払わなければならないが、業態変容があっても事業を継続している間は猶予が続く。極端な例を挙げると、10年間のうちに1代目の親から2代目の子が事業を継ぎ、さらに3代目の孫が継ぐ場合、2代目の子は納税が免除になる」と説明する。

税制の優遇措置で重要な存在が、顧問税理士だ。

「経営者自身の教育も必要だが、税理士業界への普及、啓発活動も重要。税理士法人、税理士協会、日本税理士会連合会などに制度の説明や利用促進を呼び掛けている。当然、金融機関も関わりが深いわけで、多方面からの働きかけに期待したい」と語る。

こうした税制改正の背景について、「相続税・贈与税の負担は、親族内承継の大きな阻害要因となっていた」と小野氏。

大型設備を抱えていたり、優良企業であればあるほど自社株を相続・贈与する際に多額の税金が課される可能性がある。上場企業であれば当然ながら株式市場で売却・譲渡して現金化し、納税できるが、中小企業の場合は非上場で、株自体は高い価値が付いていながらも換金性が極めて低く、後継者個人が資金繰りに苦しむことも珍しくないという。

一体となった支援体制の構築

後継者が決まっていないケースの支援策として、「事業承継ネットワーク」の取り組みにも力を入れる。

行政や地元の商工会・商工会議所、金融機関、各士業団体などの連携による支援体制構築は2017年度から始まった。ネットワーク事務局を各都道府県に1カ所置き、経営者に事業承継の重要性を伝え、事業を受け継ぐ後継者育成などの早期かつ計画的な準備を促し、「気付き」の機会を提供。

経営者の課題やニーズを掘り起こし、適切な支援機関に取り次ぐとともに、必要に応じて地域の専門家による支援も実施。国は2017年度補正予算に20億円を計上、2019年度も予算を増額して、全面的にバックアップする。

ネットワークで事業承継のニーズが顕在化したものの、身近に後継者候補がいないケースには、従業員承継や、M&A(企業の合併・買収)などの第三者承継を後押しする「事業引継ぎ支援センター」の役割も重要。

センターは、事業を譲渡したい中小企業と事業を譲受したい企業が無料で相談できる公的な支援機関として2011年に発足し、2016年までに全国47都道府県に設置。売り手、買い手両者の相談案件をデータベース化し、各センター間における広域的なマッチング支援にも力を入れる。相談件数は延べ4万件を超え、約3千件の事業引き継ぎを実現した。

そのほか、M&Aを含む事業承継をきっかけに新しいチャレンジを行う事業者向けの補助金もある。市川氏はサプライチェーンなど、中小企業が担う重要な機能に着目した支援策も進めていく必要性を感じている。

M&Aは大企業ではずいぶん前からあった。しかし、中小企業では多くの当事者が「第三者に事業を引き継ぐ」という思いすら描いていなかったわけで、それを支えるインフラ整備も円滑な事業承継を進める上で欠かせない。

市川氏はこうも言う。「事業承継は、最終的には本人が納得して決断すること。どのやり方が正解というものでもない。場合によっては一つの意見だけでなく、セカンドオピニオン、サードオピニオンのように相談先が複数あった方がいいのかもしれない」

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事業承継支援策の全体像(資料提供:中小企業庁)

親子間で腹を割って話せるように

国は親族内承継を支援する新たな試みとして、その経験者を紹介し、同じ目線で話せる機会を提供する「草の根セミナー」を本年11月から展開している。具体的には、中部、近畿、中国地域において、公民館単位で20から30人程度を対象に50カ所程度で事業承継を済ませた先輩経営者や事業承継をサポートする専門家から話を聞く機会を設けている。

中小企業庁はもちろん、地方経済産業局や事業承継ネットワーク、事業引継ぎ支援センターなど、それぞれの支援機関がセミナーを開催しているが、事業承継を円滑に進める上で非常に高いハードルになっているのが、「親子間の対話」。親子間で腹を割って話をしてもらう―。草の根セミナーの狙いはここにある。

「多くの経営者は『事業は家業として継ぐもの』という考えが強く、現実もそうなのだが、少子高齢化や価値観の多様化の中で『継がない』という選択肢が生じてきた」と市川氏。「親は継いでくれると思っていたが、子どもには継ぐ気がない。親子間でしっかり話ができていないまま、先代が体を壊し、引退する間際になって互いの思いを初めて知ることになり、うまくいかない」

親族で家業の話がしづらく、意見が食い違うと感情的になってしまうという声が多く聞かれる。経営者一族にとってプライベートな問題だったにもかかわらず、それを身内の中で解決しきれなくなり、その結果、事業を引き継げずに廃業、全従業員を解雇せざるを得なかったという事例もある。感情面の対立がある場合、知識やツールをもっても解決することは難しく、国としてもプライベートな問題ゆえにアプローチの仕方を模索する中、「親子の対立など、同じ悩みを経験した身近なメンターから話を聞く方が心情として共感できるのではないか」と考えた。

市川氏は「職人気質が強く、経営のマネジメントに重きを置いていない経営者もいる。事業承継は今日、明日で決められる話ではない。早めに『気付き』を与えられるような取り組みをしていかなければならない」と力を込める。

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事業承継の阻害要因を語る小野氏

取り組みに対する地方の温度差

事業承継に関わる支援機関の連携強化や事業者の意識醸成を図るため、昨年10月には中小企業経営者や後継者、行政、支援者らが一堂に会する「全国事業承継推進会議」キックオフイベントを東京で、今年2月からは地方会議を全国9ブロックで順次行った。

「この会議には、後継者世代の『決意を持ってやっていこう』『“親父”と対峙していこう』といった決起集会的な意味合いと、支援機関の『それぞれの地域でしっかりサポートしていこう』という2つの意味合いがあった」と市川氏。

経営者の高齢化が進む地方において、事業承継問題は特に深刻だ。60歳以上の経営者の割合を都道府県別に見ると、約7割弱を占める秋田県が最も高く、島根、佐賀、北海道、茨城の順に続く。地域における事業承継の一層の加速・進展を後押ししているが、まだまだその取り組みに温度差がある。

事業承継問題の解決なくして、地方経済の再生、持続的発展はない。地方経済が健全に発展してこそ、日本経済の活性化が図られる。「どこの地域も重要だと認識しているが、そこに至るまでの手法や優先順位が異なり、生産性の効率化や販路拡大など、目先の業績に直結する部分に力を入れてもらえる方が、本質的に役に立つという考え方もある」と実情を語る。

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「事業承継問題は地方において特に深刻」と話す市川氏

2025年までに約60万社が黒字廃業

日本の中小企業経営者のうち、2025年までに約6割(約245万人)が70歳以上になると見込む。約半数(約127万社)が後継者未定に。その約半数(約60万社)が黒字にもかかわらず廃業に追い込まれ、約650万人の雇用と約22兆円の国内総生産(GDP)が失われると試算する。さらにサプライチェーンの一翼を担う中小企業の廃業による大企業への影響を加味すると、経済的損失の大きさは計り知れない。

市川氏は「このままでは毎年、何十万という単位で中小企業が廃業し、日本の経済全体に多大な影響を与えることになりかねない。このインパクトは非常に大きい。生産性が高く、まだまだ引き継ぐ価値のある事業者も多い。地域の生活基盤を支えるなど、なくてはならない事業者も数多く含まれている。早急に対策を講じなければ手遅れになってしまう」と強調する。

また、経営者の年齢分布に着目すると、最も多いのが66歳。一方で平均的な引退年齢は70歳。事業承継は将来の問題ではなく、もうすでに危機的な状況が始まっていると認識しなければならない。

1995年に47歳だった経営者年齢のボリュームゾーンは、2015年には66歳に移動。「バブル時代に起業し、代替わりすることなく、今を迎えている事業者も多い」といい、右肩上がりの傾向は今後も続くとみている。人生100年時代といわれ、引退年齢は多少なりとも伸びると思われるが、80歳、90歳まで頑張れるかというと現実問題として難しいところだ。

中小企業の維持・発展が、地域・日本経済の活性化につながる

事業承継問題の根幹は、中小企業経営者が10年後、20年後、さらにその先の将来の経営戦略をどのように描いているかということ。事業承継そのものがゴールではなく、中小企業の維持・発展によって地域経済、そして日本経済が活性化することに他ならない。

日本経済は戦後から右肩上がりで、これまでは後継者も20年後、30年後の見通しをある程度立てることができたが、今日の日本経済、世界経済は5年後、10年後ですらどうなるか不透明。競争環境として非常に厳しい状況下で、経済の先行きに不安感はぬぐえない。

「後継候補の子どもからしてみると、『それなら家業は廃止し、むしろ自分は今の勤め先でやっていく方がいいんじゃないか』というのが本音。高度成長期に働き盛りだった方々と、これから社会に出る方々とは深刻度が大きく異なる」と市川氏。そういう意味からも円滑な事業承継の促進は重要度が高く、国を挙げて取り組むべき喫緊の課題となっている。

国の動きに合わせて、中小企業庁財務課でも一つのラインが立ち上がり、人員配置が手厚くなった。「施策を打つ側としていろいろな検討はしているが、果たして5年後、10年後、どのくらいの中小企業があれば適正なのかという判断はなかなか難しいところ。まずは意欲のある事業者をしっかりとサポートしていきたい」。市川氏と小野氏、2人の言葉に決意がにじむ。

企画:小笠原嘉紀(ZUUM-A)
編集:浅井克俊
執筆:内田亜矢子