個人のワークライフバランスが重視される中、近年ではウェルビーイングが注目されている。日本では働き方改革とも関係するため、経営者や上層部はその考え方を理解しておかなくてはならない。ここではウェルビーイングの概要や手法、メリットなどを解説する。
目次
ウェルビーイングの意味や定義
ウェルビーイング(well-being)とは、「心身のすべてが満たされた健康な状態」のことである。さまざまな調査において、幸福度の高い従業員は業務パフォーマンスが上がると判明したことから、現在ではビジネスシーンで注目されるようになった。
ウェルビーイングは、従業員自身が「幸せだ」と感じていることが前提となる。つまり、他人から見て肉体的・精神的に健康であっても、本人がそれを自覚していない場合は当てはまらない。
ウェルフェアとの違い
同じくビジネスシーンで使われる「ウェルフェア(welfare)」は、福祉や福利厚生を表す言葉だ。例えば、社内食堂や家賃補助などの福利厚生は、ウェルフェアサービスと呼ばれることがある。
語感が似ているため混同されやすいが、ウェルビーイングは目的、ウェルフェアは手段として使い分けられている。
ウェルビーイングが注目される背景
従業員の幸福度と聞くと、当たり前のような話に思えるかもしれない。では、なぜ近年になってからウェルビーイングが注目され始めたのだろうか。
ここからは国内や海外の現状とともに、ウェルビーイングが注目される背景を紹介する。
ウェルビーイングの誕生は1946年
もともとウェルビーイングという言葉は、WHO(世界保健機構)が生み出したとされている。WHOは1946年の設立にあたって、次のような憲章を公表した。
○世界保健機構憲章の一部
・英文
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
・仮訳
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。
(引用:https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/)
上記の通り、WHOの憲章には「well-being」という言葉が含まれている。以降から現在までこの憲章は変更されておらず、世界の諸機関や日本政府は重要ワードとして度々取り上げてきた。
日本では価値観の多様化をきっかけに注目される
近年の日本でウェルビーイングが注目され始めたのは、価値観の多様化と言われている。多様性を表す「ダイバーシティ」という言葉が誕生した影響で、多くの企業や従業員が働きやすさを意識するようになった。
そのほか、働き方改革の推進や人材不足、SDGsの採択(※)なども、企業が労働環境を見直すきっかけになっているだろう。現在では「ウェルビーイング経営」という用語が広がるほど、重要なキーワードとして多方面から認識されている。
(※)2015年の国連サミットで採択された、世界共通の「持続可能な開発目標」のこと。
新型コロナウイルスも注目される一因に
実は2019年末から蔓延した新型コロナウイルスも、ウェルビーイングが広まった一因とされている。
日本では感染拡大を防ぐ手段として、テレワークやリモートワークが浸透した。しかし、社外での業務に慣れないケースが多く、新たなストレスや問題点を抱える労働者も見られた。
つまり、新型コロナウイルスによる労働環境の変化は、自分らしい働き方を考えるきっかけになったのである。その結果、多方面からウェルビーイングが注目され、2021年は日本の「ウェルビーイング元年」とまで言われるようになった。
この流れは今後も続くことが予想されるため、企業側も真剣に向き合っていく必要がある。
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ウェルビーイングに取り組むメリット
ウェルビーイングの実現に取り組むと、企業にはさまざまなメリットが発生する。その中でも経営者が押さえたい3つのメリットを解説しよう。
離職率低下や定着率アップにつながる
ウェルビーイングが実現されると、従業員はストレスフリーな状況で働けるようになる。つまり、会社に対する不安が薄れるため、ウェルビーイングは「離職率低下」や「定着率アップ」につながりやすい。
この効果を高めるには、従業員ひとり一人の不調をすぐに察知することがポイントになる。特に精神的な不調は気づきにくく、不満として周りに広がるリスクもあるので、日頃から強く意識することが重要だ。
生産性がアップする
従業員のモチベーション向上によって生産性がアップする点も、ウェルビーイングに取り組むメリットである。
施策を進めるためにはコストや手間がかかるものの、ウェルビーイングが実現されれば労働環境が改善される。その結果、やりがいや働きやすさを感じる従業員が増えるので、最終的には生産性のアップひいては大きな利益につながるはずだ。
優秀な人材を確保できる
すでにウェルビーイングは多方面から注目されているため、積極的な企業がメディアから評価されるケースも多い。「働きがいのある企業ランキング」や「ホワイト企業ランキング」などは、分かりやすい例と言えるだろう。
このような形で外部から評価されれば、入社に興味をもつ求職者や転職希望者が増加する。つまり、優秀な人材が集まりやすくなるので、ウェルビーイングは人材確保力の強化策になる。
ウェルビーイングの取り組み方や手法
ウェルビーイングにはさまざまな手法があり、企業によって取り組み方には違いがある。ここからは具体例を交えて、ウェルビーイングの基本的な手法を紹介する。
【STEP1】従業員が自身の不調に気づける制度を導入する
いくら注視していても、外見から他人の健康状態を判断することは難しいだろう。本人でなければ気づけない不調もあるので、ウェルビーイングは以下のような制度を導入するところから始めたい。
○従業員自身で不調に気づける制度(例)
・全社的な健康診断
・人間ドックや歯科検診などの補助制度
・予防接種の補助制度
精神的な不調をチェックする制度としては、従業員50人以上の事業所において「ストレスチェック」が義務付けられている。ストレスチェックは厚生労働省が推奨する「職業性ストレス調査票」を活用できるため、手間やコストをかけずに導入することが可能だ。
もちろん、条件を満たさなくても実施は自由なので、これを機に導入を検討してみよう。
【STEP2】労働環境の見直しと改善
必要な制度を導入したら、次は現場などの労働環境を見直そう。このプロセスでは業務内容や労働時間のほか、業務に使用するツールや環境、雰囲気などの改善も意識したい。
○労働環境の改善方法(例)
・残業や長時間労働を減らす
・休憩時間を増やす
・パソコンやタブレットを新しいものにする
・休憩専用のスペースをつくる
・外の景色が見えるデスク配置にする など
業務内容によっては、テレワークやリモートワークの導入も効果的な施策になる。ただし、自宅での業務にストレスを感じる人材もいるため、導入前には従業員の意思を確認することが重要だ。
業務環境は従業員のモチベーションにも関わるため、これを機に徹底した見直しや改善を実施しよう。
【STEP3】コミュニケーションの円滑化
従業員のストレスは、上司と部下の関係性によっても変わってくる。業務に最適なツールがそろっていても、部下が自由に発言できない環境や、上司から仕事を押し付けられる環境ではストレスが溜まってしまう。
そのため、社内の人間関係を整理し、コミュニケーションを円滑化させる施策も必要になる。
○コミュニケーションを円滑化させる施策(例)
・オープンスペースや休憩スペースの設置
・1on1ミーティングを開催する
・メンター制度を導入する
・シャッフル形式の食事会を開催する など
また、上記のような施策に取り組んでも、すべての従業員が気軽に相談できるわけではない。自分から話しかけることをためらう人材も存在するため、経営者や上司側から話しかけることを意識しよう。
【STEP4】福利厚生の充実
福利厚生の充実も、ウェルビーイングの実現に役立つ施策だ。福利厚生にはさまざまなものがあるため、うまく活用すれば従業員のプライベートまでフォローできる。
ただし、福利厚生の種類が多すぎるとコストだけではなく、担当部門の業務負担も増えてしまう。その結果、労働環境が悪化してしまう恐れもあるため、新たな福利厚生の導入は慎重に検討したい。
【STEP5】実施状況のデータ化
ここまでの施策をすべて実施しても、確実に効果が表れるとは限らない。方向性を誤るリスクもあるので、ウェルビーイングの実施状況はすべてデータ化することが重要だ。
○実施状況をデータ化する方法
・社内の人間で評価し合う
・従業員にアンケートを取る
・健康診断やストレスチェックの結果を活用する
もともと、ウェルビーイング関連の施策は成果が分かりにくい傾向にある。従業員を観察する方法では、経営者や上司の主観が入り込んでしまうため、明確な実施データをまとめることが望ましい。
また、実施状況をデータ化した後には、課題の洗い出しやブラッシュアップも忘れないようにしよう。
ビジネス面のウェルビーイングを判断する5つの要素
従業員のウェルビーイング(幸福度)は外見から判断できないため、施策の効果が分かりづらいケースもある。ここからはビジネス面での判断指標として、米国の調査会社であるギャラップ社による要素の定義を見ていこう。
Career well-being(キャリア ウェルビーイング)
ウェルビーイングの「キャリア」には、仕事面でのスキル向上や昇進のほか、プライベート面での活動も含まれる。例えば、家事や育児、学習、ボランティア活動などもキャリアの一環であり、ひとり一人の従業員が「日常をどのように過ごしているか?」を判断するための要素だ。
簡単に言い換えれば「ワークライフバランス」のことであり、日本の働き方改革にもつながる要素である。
Social well-being(ソーシャル ウェルビーイング)
直訳すると社会的な幸福だが、ここで言う「ソーシャル」とは人間関係のことである。従業員が安心して働くには、周りに信頼できる仲間や愛情を注げる人間、不安になった時の相談相手などが必要だ。
交友人数やコミュニケーションの量だけではなく、個々の関係性もポイントになるため、ビジネス面では上司や同僚、部下などとの関わり方を確認したい。
Financial well-being(フィナンシャル ウェルビーイング)
ビジネス面でのウェルビーイングでは、経済面の視点も欠かせない。仮に業務負担が少なかったり、やりがいのある仕事を与えていたりしても、報酬が見合っていなければ従業員は不安を抱える。
そのため、企業側は「納得できる報酬を受け取っているか」や「正しい資産管理ができているか」などを確認する必要がある。
Physical well-being(フィジカル ウェルビーイング)
フィジカル面(身体的)の幸福度は、言うまでもなく重要な要素だろう。仕事をこなすには健康であることが前提であり、健康面はメンタルやモチベーションにも影響する。
外見からは判断できない体調不良もあるため、定期的な健康診断や人間ドックなどを実施することが望ましいだろう。
Community well-being(コミュニティ ウェルビーイング)
ここで言う「コミュニティ」とは、家族や親戚、友人などの身近な集団を指す。ビジネス面では経営者との関係性のほか、部署や取引先との関係性も確認しておきたい。
前述の「ソーシャル ウェルビーイング」とも関わるため、望ましいコミュニティを形成できるようなサポートも重要になる。
国内・海外のウェルビーイングの事例
ウェルビーイングにはさまざまな形があるため、事例から具体的なイメージをつかんでおきたい。ここからは国内・海外の事例をまとめたので、プラン策定の前にチェックしていこう。
【事例1】社員自身がプロジェクトを提案/丸井グループ
日本全国に商業施設を展開する丸井グループは、社員自身がプロジェクトを提案する形でウェルビーイング経営を行っている。上層部ではなく、現場のプロジェクトメンバーに活動方針を決めさせることで、従業員が主体的に動くような環境づくりに成功した。
また、社内に広く浸透させることを目的に、メンバーを定期的に入れ替えている点も参考になるポイントだ。全体がうまく機能する仕組みを作れれば、トップダウン式のウェルビーイングにこだわる必要はない。
【事例2】3つの部門に分けてチームを構成/楽天
ネット関連サービスを手がける楽天は、毎年のウェルネスサーベイ(健康状態の調査)を通してウェルビーイングを目指している。仮に心身面での問題が見つかった場合は、運動型のイベントや健康セミナー、ワークショップなどに参加できる仕組みがとられている。
また、「ウェルネス部」「フィットネス委員会」「カフェテリア委員会」に分けてチームが形成されている点も特徴的だ。それぞれの役割を明確にし、無理のない業務分担をすることで、チーム全体がスムーズに機能している。
【事例3】多角的な調査によって従業員を徹底分析/積水ハウス
大手住宅メーカーの積水ハウスは、独自の健康調査によってウェルビーイングを実現しようとしている。
例えば、慶應義塾大学と共同開発した「幸福度診断 Well-Being Circle」は、個人の幸せを多面的に計測できる仕組みになっている。また、「はたらく人の幸せ/不幸せの 14 因子」では、労働者の幸せを数値として分析することが可能とされている。
ウェルビーイングを成功させるには、従業員の心身状態を十分に把握する必要があるため、多角的な調査はぜひ検討したいところだ。
【事例4】チームを成功させる5つの鍵を提唱/Google
検索エンジンで有名なGoogleは、多くのコストと歳月をかけて生産性に関わる研究をした。その結果として、チームを成功させる5つの共通事項(鍵)をまとめている。
例えば"心理的安全性"では、チーム内でミスをしたときに「それを理由に避難されない」と思える環境の重要性を説いた。そのほか、メンバーに仕事を任せられる相互信頼性や、チームの意思決定プロセスも成功の鍵に含まれている。
このように、組織としての在り方を明確に示し、働きやすい環境を整えることもウェルビーイングにつながるだろう。
【事例5】アプリを利用した健康管理/Virgin Pulse
世界的なプロパイダーのVirgin Pulseは、テクノロジーを駆使したウェルビーイングの施策に取り組んでいる。
例えば、身体面では日々のカロリー消費量や歩数、運動時間の自動測定機能によって従業員をサポート。精神面についても、人間関係や睡眠時間を分析できるアプリを提供している。
日本国内でも、従業員のウェルビーイングを実現させるサービスはいくつか存在するため、方向性で悩んでいる経営者は利用を考えてみよう。
ウェルビーイングのよくある質問
ウェルビーイングの施策を考える前には、十分な基礎知識をつけておく必要がある。以下ではウェルビーイングに関するQ&Aをまとめたので、おさらいの意味も含めてしっかりと確認していこう。
Q1.ウェルビーイングとはどういう意味?
ウェルビーイング(well-being)とは、肉体的・精神的・社会的に満たされており、幸福を実感できる状態を指す。従業員のパフォーマンスに影響する要素であり、近年では多くの企業が実現に向けたプロジェクトを進めている。
Q2.ウェルビーイングを構成する5要素とは?
ウェルビーイングの実現では、幸福度を構成する以下の要素を意識する必要がある。
- ポジティブな感情(Positive Emotions)
- エンゲージメント(Engagement)
- 良好な関係性(Relationships)
- 意味や意義(Meaning)
- 達成(Accomplishments)
上記の構成要素は、それぞれの頭文字を取って「PERMA」と呼ばれている。
Q3.ウェルビーイングの使い方や例文は?
元々、ウェルビーイングはWHO憲章で用いられた言葉だが、現在ではさまざまなビジネスシーンで使用されている。
例文1:労働環境を改善し、従業員のウェルビーイングを実現する。
例文2:最近では働き方改革やウェルビーイングの重要性が叫ばれている。
ちなみに、似た用語である「ウェルフェア」は手段のひとつであり、日本語では福祉や福利厚生と訳されることが多い。
Q4.ウェルビーイングはなぜ必要?
ウェルビーイングが注目されたきっかけは、労働人口の減少や社会的価値観の変化と言われている。さまざまな業界で人手不足が叫ばれる中、ウェルビーイングによって離職率を低下できる意味合いは大きい。また、ウェルビーイングは個人のワークライフバランスの実現にもつながる施策と捉えられている。
Q5.ウェルビーイング経営のメリットは?
企業がウェルビーイングに取り組むと、離職率低下や定着率のアップ、生産性向上、優秀な人材の獲得などにつながる。また、個人の働き方が重視される現代では、企業価値を向上させる効果も期待できる。
Q6.ウェルビーイング経営のデメリットは?
ウェルビーイング経営のメリットや効果は、すぐに表れるものではない。長期的には生産性や企業価値の向上を期待できるが、そのためにはある程度の予算を割き、さまざまな施策を続ける必要がある。
コストによっては経営が圧迫されるリスクもあるため、本業に力を入れることはもちろん、費用対効果を意識した施策を考えることも重要になる。
Q7.ウェルビーイングの歴史を知りたい
ウェルビーイングの発祥は、1946年に公表されたWHO憲章と言われている。2011年にはアメリカの心理学者であるマーティン・セリグマン氏が、「計測可能なウェルビーイング理論」を提唱した。
ウェルビーイングに関する研究は世界中で行われており、独自の研究結果を公表している企業も存在する。
Q8.幸福度を上げる行動や方法は?
従業員の幸福度を上げるには、それぞれの価値観や考え方、ライフスタイルなどを受け入れる必要がある。また、時代やニーズの変化に合わせて働きやすい環境を整えることも、これからの企業には求められるだろう。
人の幸福度は精神状態に左右されやすいため、身体的な健康面はもちろん、メンタルヘルスの維持にも取り組まなければならない。
Q9.幸福度が高い人の特徴とは?
一般的に幸福度が高い人は、プライベートと仕事面で信頼できる人に囲まれており、他者とコミュニケーションを取る機会が多い。このような環境があれば、仮に仕事で失敗しても相談ができるので、大きなストレスを抱えにくくなる。
そのため、ウェルビーイング経営では現場の人間関係を注視し、円滑なコミュニケーションのための場を提供することがポイントになる。
Q10.日本のウェルビーイングの現状は?
持続可能開発ソリューションネットワーク(SDSN)の「World Happiness Report」によると、2019年~2021年における日本の幸福度は世界で第54位である。幸福度スコアは6.039であり、上位を占める北欧勢とは大きな差がある結果となった。
第1位:フィンランド(7.821)
第2位:デンマーク(7.636)
第3位:アイスランド(7.557)
(※)カッコ内はSDSNが算出した独自のスコア。
ウェルビーイング経営を始める企業は増えているが、世界的に見ると日本の取り組みはやや遅れている。
ウェルビーイングは将来の企業価値につながるキーワード
働き方改革や個人のワークライフバランスが叫ばれる日本においても、ウェルビーイングの考え方は重視されつつある。将来的には企業価値に直結する可能性もあるため、成長を目指す企業は早めに施策を考えておきたい。
ただし、方向性を間違えると逆効果になるリスクがあるので、本記事で紹介した手法や事例を参考にしながら、慎重にプランを組み立てていこう。