政治的干渉を受けながら成長したイスラエルのスポーツ
屋外で過ごすことのできる時間が長い温暖な気候、ビーチが身近なためマリンスポーツが盛んであること、兵役においてマーシャルアーツが重要視されること、競争が好きな国民性などの要因により、建国以来イスラエル人にとってスポーツは重要な娯楽であり続けている。しかし一方国際舞台において、イスラエルのスポーツは2010年代においても政治的干渉を避けられない状況であった。今章では困難な状況にも関わらず、テニス選手のShahar Pe’er(シャハル・ピアー)やサッカー選手のYossi Benayoun(ヨッシ・ベナユン)といった世界的スポーツ選手を定期的に排出してきたイスラエルのスポーツ界にスポットを当てる。
▲ヨッシ・ベナユン選手
娯楽としてのスポーツ
週末は公園でバスケットボールやサッカーに興じるグループや、海沿いのストリートを走るジョガーで賑わうイスラエル。またビーチではビーチバレーや、イスラエル生まれであることから、しばしば(冗談で)「国技」と称されるKadima Matkot(カディマ・マットコット)というパドルボールゲームが盛んにプレーされるのが日常的だ。国境の西を地中海、南端をダイビングの名所である紅海に面しているため、ウィンドサーフィンや水上スキーも人気があり、人口あたりのスキューバダイビングの有資格者数は世界一を誇る。イスラエルにとって夏季オリンピック初の金メダルは、アテネ大会のウィンドサーフィン競技でGal Friedman(ガル・フリードマン)によりもたらされている。
長距離走やトライアスロンも人気が高く、共に国内で大規模なイベントが開催されている。その他にも人気のあるスポーツとして卓球、ボクシング、レスリング、重量挙げ、柔道、空手、国防軍により開発されたクラヴ・マガ(※1)と呼ばれる護身術などが挙げられるほか、チームスポーツとしてはバレーボールとハンドボールの人気が高く、どちらも国内プロリーグが存在する。
ウインゲート・インスティテュート
イスラエルのスポーツの成功と発展を語る上で欠かせないのが、ウインゲート・インスティテュート(体育学校)の存在だ。才能ある体育学生向けのエリートコースや、スポーツ医学部を備え、科学文化スポーツ省のスポーツ局がイントラクターやコーチの研修費用を提供し、様々なスポーツの連盟や組織の活動を調整したり、プログラムの開発を支援している。
サッカーとバスケットボール
イスラエルは1954年にアジアサッカー連盟に加わったが、アラブ諸国からの政治的圧力により1974年に追放された。その後1992年に準会員として、1994年に正会員として欧州サッカー連盟に承認されたため、現在イスラエルはすべての国際大会に欧州の一部として参加している。イスラエルで最も人気のあるスポーツはサッカーであり、国内のプレミアリーグからは2010年代を代表する国際的なイスラエル人サッカー選手であるYossi Benayoun(ヨッシ・ベナユン)、Tal Ben Haim(タル・ベン=ハイム)、Tamir Cohen(タミル・コーヘン)などを排出している。名門マカビ・ハイファは2010年、ヨーロッパチャンピオンズリーグの準々決勝まで勝ち進んだ。
▲タル・ベン=ハイム選手
サッカーの次に人気なのがバスケットボールだ。2014年を含むユーロリーグ6回の優勝を誇るマカビ・テルアビブは欧州最高のチームの一つとしての地位を確立している。同チーム出身で、2009年に米NBAにおける初のイスラエル出身選手となったOmri Casspi(オムリ・カスピ、2019年に引退)他、現在も数名の選手がNBAでプレーしている。
▲オムリ・カスピ選手
柔道
2010年代、イスラエル人選手が国際舞台で受けた屈辱の一つとなる出来事は、柔道の試合で起こった。当時イスラエルを国家として認めていなかったUAEが2017年、グランドスラム・アブダビで優勝したイスラエル人選手Tal Flicker(タル・フリッカー)に対し、国旗掲揚・国歌演奏を拒否したのだ。このことから翌2018年、国際柔道連盟は同大会開催にあたり、アブダビ当局に対しイスラエルを他の国同様に扱うように要求したものの、明確な回答が得られなかったため大会の延期を発表していたが、直前に急遽イスラエルを他国と平等に扱うとアブダビ当局が発表したため、予定通り開催の運びとなった。
▲タル・フリッカー選手
イスラエルが現在までにオリンピックで獲得した13個のメダルのうち、6個が柔道協議によるものだ。Yarden Gerbi(ヤルデン・ジェルビ)は2013年、柔道世界選手権で金メダルを、2016年にはオリンピックで銅メダルを獲得した。Or Sasson(オール・サッソン)は2016年オリンピックで銅メダルを、また東京オリンピックでは男女混合チームが銅メダルを獲得している。2019年からグランドスラムに次ぐ位置付けにある国際大会であるグランプリ・テルアビブが新設され、2021年にはグランドスラム大会に格上げされた。
▲オール・サッソン選手(右)
野球
競技人口の頭打ちが問題となっている野球界において、世界規模の大会に新たに参加する国は殆ど望めない。故に、イスラエルチームが2017年のWBCで巻き起こした一大旋風を覚えている人も多いのではないだろうか。初出場で韓国・台湾・オランダと強豪揃いの一次リーグを全勝して勝ち上がったことや、蓋を開けてみれば米国とイスラエルの二重国籍を持つ、米国生まれのユダヤ人ばかりで構成された「第二の米国チーム」とも言える顔ぶれだったことで賛否両論はあったが、野球界を大いに盛り上げてくれたことは間違いない。イスラエル国内の野球人口は1,000人程度と言われており、まだまだマイナースポーツ扱いだ。このドラマチックな国際舞台でのイスラエルチーム・デビューを記録したドキュメンタリー映画「Heading Home: The Tale of Team Israel」が制作されている。
※1:イスラエルで考案された近接格闘術。一切の無駄を省いたシンプルかつ合理的な格闘術で、モサドを始め様々なイスラエル治安機関に採用されることで洗練され、現在、CIAやFBIなど世界中の軍・警察が導入している。