2022年5月9日、マリリン・モンローの肖像画《Shot Sage Blue Marilyn》が約2億ドル(当時約253億円)で落札され、数々の記録を打ち出したことで話題を呼んだアーティスト、アンディ・ウォーホル。
ウォーホルが巨匠として美術史に名を残しているのは、版画技法の「シルクスクリーン」を用いて量産するという制作方法で新たな価値を生み出したところにある。そこで今回は、ウォーホルの版画市場について、そして人気シリーズの解説とコレクターたちが狙う貴重なコンプリートセットの最高落札価格をご紹介(2022年8月8日時点)。
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目次
❚ ウォーホルの版画市場
民主化を導いたシルクスクリーン
ウォーホルは1960年にファインアート界へ本格的に参入し、これまでに制作した版画の数は19,000枚以上にものぼる。「キャンベル・スープ」や「コカ・コーラ」などの資本主義や大衆文化、大量生産、消費社会を象徴するイメージをシルクスクリーンで平面的に、かつ反復させる表現方法でアメリカ社会の通俗性や空虚さを表現した。
ウォーホルはそうした当時のアメリカ社会の空気感に魅せられながら、「自分の芸術は経済的な背景を問わず、すべての人に提供されるべきだ」という信念を持っていたアーティストだ。分かりやすいモチーフを使って、入手しやすいようにシルクスクリーンで大量に生産し、それまでは一部の人だけのものだったアートの「民主化」を試みていたのである。
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ウォーホルの市場を圧倒的に占めているのも、もちろん「版画類(Print-Multiple)」である。ここ20年はウォーホルの再評価が進み、「絵画(Painting)」に関しては、先の《Shot Sage Blue Marilyn》など一部の超富裕層にしか手が届かない額に高騰した。しかし、版画は比較的安価で入手しやすいため、コレクターにとってはより身近な存在でありながら、価値が安定した安全な投資先としても常に高い需要を集めるのがウォーホルの版画である。
なぜ貴重?版画のコンプリートセット
ウォーホルの作品において「多重性」と「反復」は重要なキーワードである。例えば、「マリリン・モンロー」の版画作品はそれぞれが独立しながらも、一つのシリーズとして構成されている。このようなシリーズにおいて、その全てが同じエディションナンバー(250枚のエディションなら全てが「10/250」になる)で揃うことは稀である。
なぜ、エディションナンバーを揃えるのが難しいかは、ウォーホルが制作した当時の版画がまだ金銭的にも美術史的にも価値がなかったところにある。版画はサイズが大きく保管コストもかかる上に、コンプリートセットを所有することによって生まれる経済的な価値や利益など、作品のポテンシャルに気づいていない購入者が多く、ディーラーさえもウォーホルのセット作品を分割して購入していたのだ。
1962年、アメリカのフェレスギャラリーでウォーホルが初めて「キャンベル・スープ」の絵画作品を展示した際も個別に作品が販売された。しかし、どんどんと強まっていくウォーホルの人気ぶりを見て、オーナーが個別に売ったことを後悔し、すでに販売したいくつかの絵画を買い戻してシリーズを維持させたほど。それからウォーホルがアート市場の最前線をリードし始めると、同エディションナンバーで揃ったコンプリートセットにかつてないほどの高値がつけられるようになったのだ。
❚ 作品年代順:コンプリートセット最高落札価格
マリリン・モンロー
1962年にマリリン・モンローが早すぎる死を迎えたことに衝撃を受けたウォーホルは、すぐに最初の作品《Marylin Diptych》(1962)を制作し、1967年にはこれを版画のシリーズとして発表した。モンロー主演の映画『ナイアガラ』のスチール写真を使用し、ビビットなカラーで制作されたモンローのポートレートはウォーホルを象徴する珠玉の代表作となった。
落札価格:498万ドル(当時約6億4,242万円)
キャンベル・スープ
ウォーホルの代表作シリーズの「キャンベル・スープ」は、上述のフェラスギャラリーで展示された32枚のキャンベル・スープをキャンバスにトレースして描いた絵画作品《Campbell’s Soup Cans》(1962)が最初のシリーズ。友人のディーラーに「キャンベル・スープのような、誰もが知っているものを描いたらどうか」と提案されたことが誕生のきっかけだった。後に、シルクスクリーンで《Campbell’s Soup Ⅰ》(1968)と《Campbell’s Soup Ⅱ》(1969)の二つのシリーズが制作され、特に《Campbell’s Soup Ⅰ》の「TOMATO」は高い人気を集めている一枚である。
落札価格:84万9,000ポンド(当時約1億2,650万円)
Flowers(花)
1964年にニューヨークで開催した個展「Flower Paintings」が大成功を収めたことを受けて制作された10点の版画。使用したのは、『Modern Photography』(1964年発行)に掲載されたパトリシア・コーフィールドによるハイビスカスの写真。後にウォーホルは無断使用で提訴されているが、既存のイメージを素材として使用することで、ファインアートを定義してきた「オリジナリティ」や「作家性」といった伝統的な価値観に疑問を投げかけた。
落札価格:259万4,535ドル(当時約2億8,540万円)
Mao(毛沢東)
中華人民共和国の政治家・毛沢東のポートレート。1972年、アメリカのリチャード・ニクソン大統領が中国に訪問したことをきっかけに制作されたもの。ウォーホルは1972年から1973年にかけて、5つのサイズで毛沢東の絵画を199点と本作の版画を制作した。これは『毛沢東語録』(別名「ザ・リトル・レッド・ブック」)に掲載されていた写真が引用されており、この作品でウォーホルは初めてシルクスクリーンに手描きの線を描き加えた。
落札価格:160万9,250ポンド(当時約2億276万円)
ミック・ジャガー
ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーのポートレート10枚で構成されたシリーズ。本作は1975年にウォーホルが撮影した写真を使って制作された。それまではスチール写真など既存のイメージを使用していたのに対し、この頃からウォーホルは自分で被写体をより頻繁に撮影するようになる。そのことから、この「ミック・ジャガー」シリーズは、ウォーホルのキャリアにおいて重要な転機の一つとされている。オークションでも常に上位に入る人気の作品だ。
落札価格:87,500ドル(当時約936万円)
Ladies and Gentlemen(紳士淑女)
1975年、イタリアの美術商ルチアーノ・アンセルミノがウォーホルに「無名、匿名」でポートレート制作を依頼して誕生した作品。被写体となったのは、スタジオ近くのクラブでスカウトされた黒人やラテン系のドラァグクイーンやトランスジェンダーの女性14名。ウォーホルが撮影した500枚上のポラロイド写真から選び抜かれた10枚をもとに制作されている。本版画に加えて268点の絵画と65点のドローイングも制作されており、ウォーホルの作品群のなかでも特に数の多いシリーズである。
落札価格:10万8,416ドル(当時約1,279万円)
ANDARTで扱う《Ladies and Gentlemen》は、10枚全てのエディションナンバーが「60/125」と揃ったコンプリートセットです。
Myths(神話)
1981年に制作された「神話」シリーズは、アメリカのテレビやコミック、映画など人気エンターテインメントの人物が大集合した作品(そのうちの一枚はウォーホルが「シャドウ」というヒーローに扮している)。鮮やかな色彩とダイヤモンドダストを用いて、ウォーホル自身の子供時代とアメリカの文化形成に大きく影響したキャラクターへのオマージュを描いている。本シリーズの多くは、俳優や友人に頼んで各キャラクターを再現してもらい、それをウォーホルがポラロイド撮影をして制作された。
落札価格:108万5,000ドル(当時約1億2,586万円)で落札
Endangered Species(絶滅危惧種)
本作は、環境活動家として知られるアートディーラーのフェルドマン夫妻に依頼されて制作した作品。世界の絶滅の危機に瀕した動物の保護に対して注意喚起することを意図しており、ハクトウワシ、クロサイ、アフリカゾウ、オランウータン、グレビーシマウマ、オオツノヒツジ、ジャイアントパンダ、パインバレンズアマガエル、サンフランシスコ・シルバースポット(蝶々)、アムールトラが描かれている。動物を愛していたウォーホルは「花」シリーズの他に、「Cow(牛)」や「Fish(魚)」シリーズなど動物や自然に関連するモチーフで作品を制作している。
落札価格:291万9,000ポンド(当時約4億4,369万円)
ANDARTでは、アンディ・ウォーホルの作品を5点扱っています。他にもバンクシーや草間彌生など、国内外の若手から巨匠まで、さまざまなアーティストの作品も扱っているので【取扱い作品一覧】から是非ご覧ください。無料会員登録で最新のオークション速報やアートニュースを受け取ることができます。
文:ANDART編集部
参考:https://www.myartbroker.com/collecting/guides/guide-andy-warhol-print-sets