ビジネスに使えるナッジ理論、その活用方法と事例を解説
(画像=Nuthawut/stock.adobe.com)

近年アメリカから広がりつつある理論の一つに、日常生活からビジネスにまで幅広く応用できる「ナッジ理論」がある。ナッジとは強制や指示などを用いることなく、個人の行動をよりよい方向に導くことである。

行動経済学にもとづくこのナッジ理論は、そのまま企業経営に活用することも可能だ。ではビジネスにおけるナッジとはどのような役割を果たすのか、ここからその仕組みや活用方法を検証してみよう。

目次

  1. ノーベル賞学者が提案するナッジ理論
    1. ナッジ理論の基礎知識
    2. 身近にみられるナッジ理論
    3. 厚生労働省が推奨する「明日から使えるナッジ理論」
  2. ビジネス分野に広がるナッジ理論
    1. 行動経済学とは?
    2. 行動経済学におけるナッジ理論
    3. ナッジ理論の枠組み「EAST」とは?
    4. ビジネスに活用されるナッジ理論
  3. ナッジ理論の活用事例
    1. 国内外での具体的な活用事例
    2. ビジネスに役立つ活用事例
  4. 決して難しくないナッジ理論の実践
  5. 事業承継・M&Aをご検討中の経営者さまへ

ノーベル賞学者が提案するナッジ理論

ナッジ理論は、行動経済学における功績により2017年にノーベル経済学賞を受賞した、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授がはじめて提唱した。その後アメリカを中心に世界に広がり、徐々に社会に浸透しつつあるが、まだ歴史の浅い理論でもあるので、ここで改めてナッジ理論についてまとめてみよう。

ナッジ理論の基礎知識

ナッジ理論のもとになった「nudge(ナッジ)」という言葉は、本来「相手をひじで突く/そっと押す」という意味を表す。相手の行動をそっと促す効果から、セイラー教授はナッジ理論と命名したのではないだろうか。

さてナッジ理論におけるナッジとは、相手に直接的に働きかけることをせず、それでいて望ましい方向に相手を導くことである。ただし、これも最近では一般に使われるようになった、「incentive(インセンティブ)」という概念とはちょっと違う。これだけでは分かりにくいので、実際にナッジがどのように活用されているのか、最初に身近なテーマからみてみよう。

身近にみられるナッジ理論

これは日本人にしか分からない感覚かもしれないが、ゴミのポイ捨てに悩む道路脇の空き地に、小さな赤い鳥居を立てたところ、ゴミの投げ捨てが劇的に減少したという話がある。放置自転車が多いスペースに、「ご自由にお持ちください」という貼り紙をするのも同様の効果を生むらしい。

かなりウィットに富んだこの二つの事例では、迷惑行為をする本人の罪悪感を喚起することで、望まれない行動を抑えることに成功している。直接的に注意をするかわりに、相手の情操に訴えかけてコントロールするという手法は、まさにナッジの具体的事例と言えるだろう。

また最近では、新型コロナウィルスの問題もあり、スーパーマーケットや公共機関などで、床に一定の間隔で描かれている足跡のマークを目にするかもしれない。このマークを見ると、人は無意識にそのマークの上に足をそろえて立つ。これも人間の心理を巧みに利用したアイデアだろう。

厚生労働省が推奨する「明日から使えるナッジ理論」

厚生労働省では、「明日から使えるナッジ理論」と題して、がん検診の受診率向上ハンドブックを公開している。このハンドブックでは、身近なナッジ理論を紹介した上で、がん検診の受診率を上げるアイデアについて解説している。

一例を挙げると、ハンドブックではランチタイムの「本日のおすすめ」メニューを引き合いに出し、まずはなぜ多くの人がおすすめメニューを選ぶのか、そこに働くナッジ理論を紹介する。これは選択肢の多さや、意思決定を避ける傾向が強いからだという。

その上で福井県での事例を挙げ、ナッジ理論にもとづいた「がん検診セット受診」による成功例を解説している。この事例では特定検診とがん検診とをセットのように扱うことで、申込者の選択肢をせばめ、がん検診の受診率向上に貢献したことが理解できる。

このように、日本国内の政府機関でもナッジ理論には注目しており、管轄する分野での活用を推奨している。いずれはこの流れが、民間のビジネス界にも波及するだろう。

ビジネス分野に広がるナッジ理論

ナッジ理論の概略がつかめたところで、ここからはビジネスの世界で活用できるナッジ理論について解説しよう。ビジネスにナッジを取り入れるには、最初に行動経済学を理解する必要があるだろう。

行動経済学とは?

日本では、企業の経営戦略を策定する場に、心理学者が立ち会うことはありえない。まさに場違いである。しかしアメリカでは、企業経営にも積極的に心理学者が関わっているという。

行動経済学とは、心理学、社会学、脳科学などと経済学を融合させ、人間の心理が経済活動に及ぼす影響を考察する新しい学問である。すでにアメリカでは、心理学者らのアドバイスを経営に取り入れ、企業は顧客や従業員の行動をナッジ理論で誘導しているのだ。

行動経済学を活用することにより、企業は社内の残業時間を節減したり、顧客の購買行動を望ましい方向に誘引したりすることが可能になる。当然大手通販サイトや、SNS、動画サイトなどにも行動経済学の手法が取り入れられている。

行動経済学におけるナッジ理論

行動経済学の根底にあるのは、人は必ずしも合理性だけで行動を決めるわけではないという考え方だ。人が意思決定を行う場合、合理的(論理的)な思考に頼るよりも、不合理的(直感的)な思考に従うケースのほうが圧倒的に多いという。この不合理こそがナッジ理論へと結びつくのだ。

例えば前述した厚生労働省のハンドブックで、ランチタイムとおすすめメニューの関連性について紹介したが、時間的な余裕がない状況で食事メニューを決定する場合、理論的思考によりメニューを選ぶよりも、直感的におすすめメニューを選ぶ人のほうがはるかに多い。小さな世界ではあるが、飲食店ではすでにナッジ理論が根付いていたわけである。

もちろん飲食店のランチタイムでの事例を、直接ビジネスに応用することはできない。そこでナッジ理論をビジネスの現場で活用するため、イギリスで構築されたフレームワークが「EAST」である。

ナッジ理論の枠組み「EAST」とは?

EASTは、もともとイギリス内閣が法律、税金、財政の分野に行動経済学を応用するために考え出された。その後さまざまな修正を経て、現在ナッジ理論を実践するためのフレームワークになっている。EASTは4つの実践プロセスの頭文字である。ここでそれぞれのプロセスを順番に解説しよう。

①Easy(簡単であること)
まずは行動の難易度を下げることが重要である。相手に伝えるメッセージはシンプルに、作業の手間は可能な限り少なくなるように心がける。また、意思決定の過程や選択肢を減らすと、ナッジの効果を高めることが可能になる。

②Attractive(魅力的なこと)
得をすることと損をすることでは、どうやら損をすることのほうのインパクトが強いらしい。つまり人は自然に、損を避ける方向で選択肢を選ぶのである。今までに無償で受け取れていたものが、ある時を境にもらえなくなるような損失感が、ナッジでは重要な要素になるのである。

③Social(社会性があること)
社会的な行動だという意識が働くと、人は望ましい方向に進むという傾向がある。また、他者とは異なる行動をとっていると認識させることにより、他者と同じ行動へと相手を誘導することも可能だ。

④Timely(時宜にかなっていること)
ナッジを実践するには、タイミングも非常に重要である。相手に情報を伝える場合でも、タイミングを逃すと行動を促すことはできない。ナッジでは、積極的にタイミングを作り出すことも重要視される。

ビジネスに活用されるナッジ理論

では実際にEASTを含めたナッジ理論は、どのようにビジネスで活用されているのだろうか。ここでは業務上重要な、資料作成をテーマにナッジ理論を考えてみよう。

まず資料を作成する上で重要な点は、相手に情報を伝えることと、その情報で相手の行動を促すことである。そのような資料を、ナッジ理論をもとに作成する場合には、以下に挙げるようなポイントに注意するとよいだろう。

・選択肢を少なくするか、または選択の方法を簡単にする(Easy)
・損をする情報を与えて行動を促す(Attractive)
・周囲の人の行動を指標として与える(Social)
・適切なタイミングで情報を与える(Timely)

このような点を重視することにより、資料の目的がはっきりして分かりやすくなり、行動する側のフットワークも軽くなる。ビジネスにおける活用方法はほかにもあるが、それは次に紹介する事例を参考にしてほしい。

ナッジ理論の活用事例

国土交通省では、日本国内と海外におけるナッジ理論の活用事例を紹介している。ここではその中から、ビジネスの参考になるものを中心にとり上げてみよう。

国内外での具体的な活用事例

事例の詳細までは解説できないが、まずは特に目を引く事例をいくつか列挙してみる。

・ナッジを活用した啓発による省エネ行動促進の取り組み(大阪府吹田市)
・記入式の受診カードによる乳がん検診の再受診勧奨(東京都立川市)
・近隣のよく似た家庭や省エネ上手な家庭と、自分の家の電力使用量を比較(アメリカ)
・階段を利用すると音が奏でられる楽しさによる階段利用率の向上(ドイツ)
・座席にぬいぐるみを置いたフィジカルディスタンス啓発(りそな銀行)

ほかにも医療分野での受診率向上や、心理的プロセスを利用した省エネ対策、納税率の向上などにナッジ理論が活用されている。

ビジネスに役立つ活用事例

次にビジネス分野での事例も、いくつか代表的なものを挙げてみよう。

・階段を用いたアンケートによるエスカレーターの混雑緩和(JR西日本、大阪大学)
・食品の賞味期限表示の変更による要求意識の変化(農林水産省、食品メーカー)
・ナッジによるアンケート回収率の向上(神奈川県茅ヶ崎市)
・掲示物による代金回収率の改善(ニューカッスル大学)

こうした取り組み以外にも、アプリケーションを利用して従業員のモチベーションを高める事例や、持続可能性に興味がある株主を募るビール会社のキャンペーンなどをみてみると、ビジネスにおけるナッジ理論の可能性が着実に広がりをみせていることが分かるだろう。

決して難しくないナッジ理論の実践

ランチタイムの飲食店の例からも分かるとおり、行動経済学や理論を持ち出してきても、ナッジ理論を堅苦しくとらえる必要はない。我々が意識していないだけで、ナッジ理論はすでに日常生活の中で自然に実践されているのである。

ただし、この理論を系統立ててビジネスに活用する試みは、まだ日本では始まったばかりだと言える。ここでナッジ理論に興味を抱いたのなら、まずはEASTを意識しながら簡単な取り組みから始めてみるとよいだろう。企業経営で未知の可能性が拓けるかもしれない。

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金城寛人
金城寛人
中小企業診断士・株式会社エルニコ執行役員
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