M&Aコラム
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近年、ガバナンスについて議論されることが多くなっています。とくに、企業統治という意味のコーポレートガバナンスには、非常に大きな注目が集まっています。しかし、コーポレートガバナンスという言葉を聞くことは多いものの、しっかりと理解している方は意外と少ないのではないでしょうか。
本記事ではガバナンスの中でも特に「コーポレートガバナンス」について詳しくご紹介していきます。

ガバナンスとは

ガバナンスは「統治」、コーポレートガバナンスは「企業統治」と訳されます。コーポレートガバナンスとは、企業経営において公正な判断・運営がなされるよう、監視・統制する仕組みのことです。

コーポレートガバナンスがなぜ必要なのかというと、「企業に関わるステークホルダーの利益を守るため」という理由が大きいでしょう。企業の第一義的目的は、利益を得ることです。しかし、もちろん利益のために何をしてもいいというわけではありません。それにもかかわらず、世の中では企業不祥事が多くあります。たとえば、製品の欠陥隠しやデータ改ざん、入札談合、カルテル、不法勢力への利益供与、偽装表示、粉飾決算などです。最近では、有名企業の不祥事が目立ってきている場面もあります。

企業不祥事が起こると、その会社は刑事責任や民事責任などの法令上の責任追及だけでなく、会社イメージの悪化、風評被害や取引先の喪失などさまざまな方面で影響を受けます。最悪の場合は倒産という事態に追い込まれるでしょう。

特に大企業が不祥事を起こした場合は、社会的影響も大きく、より大きな損害が発生します。そのような状況になってしまうと、ステークホルダーの利益は大きく損なわれてしまうでしょう。しかし最悪の事態に陥るとわかっていても、企業不祥事は起こります。その理由について、株式会社の仕組みから考えてみましょう。株主は、出資をするだけで経営は経営者に任せます。株式会社で稼いだ利益が配当として、株主に分配される仕組みです。このような仕組みを所有と経営の分離といいます。

コーポレートガバナンスを強化する主な理由

  • 経営の改善につながる
  • 経営の透明性向上
  • 企業イメージ向上
  • 社員の士気向上
  • 不祥事の防止に役立つ
  • 顧客から求められている
  • 取引先からの要請
  • 地域社会からの要請

企業の持続的成長と企業価値の向上のためには、コーポレートガバナンスに取り組むことが必須になってきました。中小企業でも、コーポレートガバナンスを導入している企業は数多く見られます。
コーポレートガバナンスを強化する理由としては、経営改善につながるという点を筆頭に、前向きな理由が挙げられます。

株主の配当に対する期待に応えるため、経営者は利潤の追求を行います。昨今の株主重視の経営といわれる環境では、この傾向はより強くなっているでしょう。また経営者の報酬も、業績連動型になると多くの利益を稼ごうと躍起になります。このようにして、企業不祥事が起こりやすい土壌が生まれているといえるでしょう。
さらに日本企業の場合、先代社長から受け継いだ不祥事が自分の代で解決せず、保身から公開しないで先送りにする傾向もあります。もちろん、所有と経営が一致する中小企業でも、経営者が自分の利害を優先して不祥事を起こすことはあり得る話です。しかし社会の目は、企業不祥事を許さない傾向にあります。企業の起こす不祥事の影響が大きくなりつつある現在では、さらに厳しくなっているといえるでしょう。

コーポレートガバナンスを強化するための有効策

  • 積極的な情報開示
  • 社外取締役の導入
  • 取引金融機関による経営指導
  • 会計参与の導入
  • 監査法人の導入
  • 株主総会の機能強化
  • 株主数の増大

代表格は、積極的な情報開示です。企業の内容をオープンにすることで、社会との関係を良好に保ち、企業価値の増大を図ります。社外取締役の導入は、異文化を背景にもつ人間を社内に入れることで、会社の監視機能を強化することが可能です。さらに、社内の活性化も期待できることから採用する企業も多くなっています。

上場企業は「ガバナンスコード」に則って運営している

コーポレートガバナンスコードとは、上場企業が行うコーポレートガバナンスにおいて、ガイドラインとして参照にするべき原則・指針のことです。コーポレートガバナンスコードに従って企業経営を行えば、コーポレートガバナンスを強化できます。「コード」は規則を意味しており、細則の規定集ではなく原則を示したものです。コーポレートガバナンスコードは、2015年6月から適用されています。

本コードは、大きく以下の5つの基本原則で構成されています。

(1)株主の権利 平等性の確保
(2)株主以外のステークホルダーとの適切な協働
(3)適切な情報開示と透明性の確保
(4)取締役会等の責務
(5)株主の対話

「日本版スチュワードシップ・コード」は機関投資家や投資信託の運用会社、年金基金などの責任原則であるのに対し、本コードは上場企業に適用されるものです。 両コードともに法的拘束力はありませんが、「遵守か説明か(Comply or Explain)」の精神のもと、原則を実施するか、実施しない場合は理由を説明すればいいという点が特徴です。
本コードの策定を受け、東京証券取引所は上場制度を一部見直し、2015年6月から制度改正が適用となりました。従来のコーポレートガバナンス報告書に本コードの実施に関する情報開示を義務づけ、実施しない場合はその理由の明記が必要です。政策保有株(持ち合い株)に関する方針や、取締役会に関する開示などが中心であり、会社の持続的成長·中長期的企業価値向上に寄与する、独立社外取締役を2名以上選任することも新たな上場制度に盛り込まれました。
2018年6月には初の改訂版を公表。政策保有株削減の促進、経営トップの選任・解任手続きの透明性、女性や外国人の登用による取締役会の多様化を求めています。

ガバナンスと混同されやすい言葉との違い

ガバナンスと混同されやすい言葉がいくつかあるのをご存じでしょうか。この章ではガバナンスと混同されやすい4つの言葉との違いをご紹介します。

「コンプライアンス」との違いは?

企業の外側にある、さまざまなルールに従うことがコンプライアンスです。ルールを守るために管理体制を運用していくことが、コーポレートガバナンスと区別できる点といえます。

コンプライアンスの語源は、英語の"Compliance"です。狭義には「法令の遵守」を、広義には「法規範はもとより、社会良識・社会ルール等を踏まえた企業の行動規範の遵守」などの意味で用いられます。

「リスクマネジメント」との違いは?

リスクマネジメントとは、リスクを組織的に管理(マネジメント)し、損失などの回避、低減を図るプロセスのことを指します。リスクマネジメントは健全に企業経営を行っていくうえでは欠かせないものであり、コーポレートガバナンスの大切な機能の一つです。事業に発生しうるリスクを網羅的に把握し、対策を講じることとPDCAサイクルで改善を図っていくことが重要です。

「ガバメント」との違いは?

統治するといった意味ではどちらも共通点はありますが、ガバメントは国にまつわる場合に使われます。対してガバナンスは、企業などの組織にまつわる場合に使われるのが一般的です。

ちなみに、ガバメント(government)を日本語にすると、「政治」や「政府」を表します。「企業の統治」を表すガバナンスとは、意味がまったく異なります。

「内部統制」との違いは?

「内部統制」とは、企業が掲げる経営目標を達成するために、すべての従業員が守るべきルールや仕組みのことを指します。内部統制は100%社内のルールである一方、コーポレートガバナンスは株主などのステークホルダーを強く意識している点が明確に違う部分です。

コーポレートガバナンスを強化する5つの目的・メリット

コーポレートガバナンスを強化する目的やメリットは、さまざまです。目的・メリットは主に5つに集約されます。
それぞれ詳しく説明していきます。

企業価値が向上する

コーポレートガバナンスがしっかりしている企業は、法律や規則、倫理をきちんと守る企業だと社会に評価されます。そのため、企業価値が向上し、営業面で多くのメリットが得られるでしょう。また営業面だけでなく、資金調達がしやすくなるなどのメリットもあります。企業のグローバル化が進んでいる今、コーポレートガバナンスが機能していない状態では、経営の健全性や透明性などが確保できません。世界経済の大きな変化に柔軟に対応できなくなるでしょう。
つまり、コーポレートガバナンスがしっかりしていると社会的信用が向上し、優良企業として成長し続けやすくなるといえます。

株主に安心して投資してもらえる

コーポレートガバナンスにしっかりと取り組んでいる企業は、透明性の高い健全な経営ができている状態です。したがって、不祥事や不正のリスクも低い企業だと評価されます。
昨今、企業の不祥事や不正は、以前に比べて明るみに出るようになりました。SNSの進化などによって、もはや不祥事が世の中へさらされずに済むことはありません。このような状況のなか、不祥事や不正が起きる確率が低い企業は、投資をする側からすると大きな安心感になるでしょう。

財務状態の強化が期待できる

企業価値が上昇することによって金融機関からの信頼が厚くなるため、融資が受けやすくなります。また、融資だけでなく出資を持ちかけられる機会も多くなるでしょう。
いくら事業内容がすばらしくても、資金がなければどうしようもありません。企業価値が上昇し融資や出資が受けやすくなることは、コーポレートガバナンスに取り組む大きなメリットです。

経営陣の不正防止につながる

コーポレートガバナンスにしっかり取り組むことで、企業の管理体制が徹底され、内部統制がとれている状況になります。管理体制がしっかりしていると、経営陣の不正防止につながります。
バブル崩壊後、山一証券やオリンパス、旧ライブドアなど経営陣による不祥事は後を絶たず、多くの株主・顧客・社員などに大きな損失をもたらしました。組織の腐敗、企業の私物化、不正会計などは、コーポレートガバナンスの強化によって防げます。

コンプライアンス対策につながる

コーポレートガバナンスにしっかり取り組むことは、コンプライアンス対策にもつながります。
昨今は、コンプライアンスについて厳しい世の中です。外部に対してももちろんですが、内部のコンプライアンスにもしっかり取り組まなければ、社員から訴えられる可能性があります。
コーポレートガバナンスにしっかり取り組むことは、従業員の労働環境の改善にもつながります。このように、外部だけでなく内部のコンプライアンス対策にもつながるのは、コーポレートガバナンスを強化する大きなメリットでしょう。

コーポレートガバナンスの4つの注意点

コーポレートガバナンスには、メリットだけでなく注意点もあります。コーポレートガバナンスの注意点は、主に以下の4つです。

  • 保守的な経営になってしまうリスクがある
  • 企業成長を妨げる可能性がある
  • ビジネスチャンスを逃す可能性がある
  • オーナー企業の場合、適正に機能しない可能性がある

コーポレートガバナンスの4つの注意点について、わかりやすくご説明します。

保守的な経営になってしまうリスクがある

コーポレートガバナンスは、株主や社員などさまざまなステークホルダーを重視します。もちろんステークホルダーを重視するのはいいことですが、ステークホルダーの意見を気にするがあまり、攻めの経営ができなくなってしまう可能性があるでしょう。誰にとっても耳障りのいい「守りの経営」しかできなくなってしまうことは、注意すべき点です。

企業成長を妨げる可能性がある

企業は、短期間の利益だけではなく、継続的に成長していくための長期での利益も重視する必要があります。しかし株主などのステークホルダーからは、短期間での利益が求められる傾向にあります。短期で利益をあげられるのに越したことはありませんが、長期的な目線が欠けてしまう点に注意しましょう。

ビジネスチャンスを逃す可能性がある

コーポレートガバナンスを重視した経営を行う場合、株主や社員などさまざまなステークホルダーに経営方針を伝えなければなりません。中長期経営計画をつくり、周知させる行為が必要です。
ただし、あまりにも計画をつくることや、計画を達成することにとらわれてしまうと、ビジネスチャンスを逃してしまったり、スピーディーに行動にうつせなくなる可能性があります。

オーナー企業の場合、適正に機能しない可能性がある

オーナー企業とは、大多数の株式をもった経営者が経営を行っている企業のことです。オーナー経営者の場合は絶大な力があることが多いので、取締役や監査役などがしっかりとオーナー経営者の経営について注視しなければなりません。
しかしあまりにも力が強い場合、オーナー経営者に適切な意見を発言できなくなってしまう可能性があります。そのような状態になってしまうと、いくらコーポレートガバナンスについて声高に公表しても、オーナー経営者が一度暴走してしまえば適正に機能しなくなるでしょう。

コーポレートガバナンスを強化する方法

注意すべき点を見てまいりましたが、コーポレートガバナンスを強化する方法について見てまいりましょう。主な方法は、以下の3つです。

内部統制を構築・強化する

内部統制を構築・強化することによって、コーポレートガバナンスは強化できます。たとえば内部統制に精通した役員を置くことにより、内部統制機能は劇的に強化できるでしょう。

第三者よる監視・評価体制をつくる

コーポレートガバナンスを強化するには、第三者による監視・評価体制をつくることが重要です。第三者委員会などをつくることによって、劇的にコーポレートガバナンスの強化が進むでしょう。

社内にコーポレートガバナンスを浸透させる

コーポレートガバナンスを強化するためには、社内にコーポレートガバナンスを浸透させることも重要です。
企業活動の中心は従業員です。コーポレートガバナンスの意義を伝えることで、従業員の意識は確実に変わり、体制やプロセスを遵守しようという意思を生み出すことにつながるでしょう。

コーポレートガバナンス強化の事例を紹介

実際にコーポレートガバナンスの強化し経営に活かしている企業事例をご紹介します。今回紹介する企業は、日本取締役協会が選定する「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー®2020のWinner Company」を受賞した以下の4社です。

キリンホールディングス株式会社

キリンホールディングス株式会社は、飲料事業会社のキリン株式会社を中核とするキリングループの持ち株会社です。
受賞理由は、社長自ら率先して、社会が求める価値を創造することによって社会に貢献するという企業目的を明確にしたことです。さらに、その実践にあたって多様性に富んだスキルの高い外部人材を経営に招き、透明性の高いガバナンス体制を構築していることが評価されての受賞となりました。

株式会社アドバンテスト

株式会社アドバンテストは、半導体検査装置の大手メーカーです。メモリテスターなどの分野では、かつて世界第1位をとった会社です。ガバナンスに対する取り組みが、極めて真摯に実行されていると評価されました。具体的には、取締役会では毎回3~4時間、社外取締役や執行役員も積極的に参加して、活発な議論が行われていることです。しっかりと機能した取締役会のおかげで、中期計画の目標値を定められたことも評価された点でしょう。

テルモ株式会社

テルモ株式会社は「医療を通じて社会に貢献する」という理念を掲げ、100年の歴史をもつ、日本発の医療機器メーカーです。同社では、指名委員会、報酬委員会以外にガバナンス委員会を設置していることが高く評価されました。前社長はそのまま会長にならずに退任していることは、ガバナンスが効いている証拠でしょう。自由にガバナンスのテーマを議論しており、ガバナンスの向上に向けて持続的努力をしていると高く評価され、受賞にいたりました。

ライオン株式会社

ライオン株式会社は、歯磨き・歯ブラシ・石けん・洗剤・ヘアケア/スキンケア製品・クッキング用品・薬品・化学品などの製造販売を主な事業としている会社です。コーポレートガバナンスが優れていることに加えて、環境対応や女性活躍推進、ダイバーシティ対応、働き方改革などのESG活動を積極的に行っている点が評価されてています。

終わりに

今回は、ガバナンスのなかでも、コーポレートガバナンスについてご説明しました。グローバル化が進む今、その重要性はより高まっていくことが予測されます。コーポレートガバナンスについての理解を深めるために、今回の記事をぜひご参考になさってください。

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