「裏目に出る」というフレーズが真っ先に頭に浮かんだプレスリリースがあった。空間除菌用品などを販売する大幸薬品が8月に出した「業績予想の修正に関するお知らせ」だ。コロナ禍をチャンスと捉え生産能力を増強したが、その結果、赤字に転落した。何が落とし穴となったのか。
そもそも大幸薬品とはどんな企業?
「大幸薬品」という企業名は、聞き慣れない人もいるかもしれない。大幸薬品の場合、会社名よりも販売している薬品名やトレードマークの方が良く知られている。販売している薬品としては「正露丸」があり、トレードマークは「ラッパのマーク」だ。これでピンと来たはずである。
大幸薬品は大阪府大阪市に本社を置く製薬会社で、主力商品の1つは、先ほど触れた正露丸だ。東証一部に上場しており、2016年3月期(2015年4月~2016年3月)から6期連続で純利益が右肩上がりの状況が続いている。
売上高も好調だ。2016年3月期は83億2,700万円だったが、2020年12月期(2020年4~12月)は会計年度変更による9ヵ月決算でありながら、175億8,200万円の売上高を叩き出している。2016年3月期の2倍以上だ。
どうして赤字転落の見通しとなってしまったのか
このように売上高と純利益がともに右肩上がりの状況だったのにも関わらず、2021年8月に出した「業績予想の修正に関するお知らせ」では、2021年12月期(2021年1~12月)の純利益予想を31億円の黒字から28億円の赤字に修正した。増減額は実に59億円だ。
売上高も当初予想の220億円から125億円に修正している。なぜこのようなことが起きたのか。落とし穴となったのは、空間除菌用品「クレベリン」の大ヒットだった。
「クレベリン」の大ヒット
大幸薬品は正露丸のほかに、空間除菌用品として「クレベリン」を販売している。この商品は、空間や物に付着したウイルスや菌を除去するためのもので、スプレータイプやスティックタイプ、置き型タイプなどの商品ラインナップを展開している。
このクレベリンが新型コロナウイルスの感染拡大が起きたあと、売れに売れた。2020年12月期に売上を大きく伸ばせているのも、このクレベリンの大ヒットが背景にあるようだ。しかしこの大ヒットが裏目に出た。
設備投資が結果として裏目に
大幸薬品のプレスリリースによれば、同社はコロナ禍によるクレベリンの大ヒットで製品の供給が追いつかない状況となり、増産のための設備投資を行い、在庫を手厚くする方針で事業を進めてきた。
しかし除菌関連製品は最近、あまり売れない状況になってしまっている。ワクチン接種が進んだことなどから、消費者の除菌関連製品に対するニーズが落ちたからだ。大幸薬品にとっては、他社が似たような製品を続々と展開したことも痛かった。競合が増えたからだ。
そして現在、大幸薬品はクレベリン製造などを含む感染管理事業において、在庫調整のため製品生産を停止している。その停止関連費用などを2021年12月期の決算で計上することから、赤字転落の見通しになってしまったわけだ。
「マスク特需」に翻弄された企業も
大幸薬品の事例は、コロナ禍に翻弄された代表的なケースと言えるが、このようなケースは他の企業でも少なからず起きている。
例えば、「マスク」だ。コロナ禍が始まった当初、中国などからのマスクの輸入が大幅に落ち込んだことで、日本国内では品薄の状況が続いた。そのような状況で、マスクの国内生産に新たに乗り出した企業が出始め、しばらくは売れ行きが好調だった。
しかし、中国製の安いマスクの輸入が元の状態に戻ると、国内で「マスク余り」の状況が起き、なおかつ価格が高めの国内産のマスクは売れにくくなってしまった。大幸薬品と同じように、新たな設備投資をしたのにマスクが売れにくくなれば、業績に大きな悪影響が出る。
業務用洗浄機メーカーのショウワも同じような企業のうちの1社だ。異業種から国産マスクの生産に乗り出したものの、大赤字状態だと同社の担当者は語っている。
「特需」は確かにチャンスではあるが…
日本国内ではワクチン接種率が60%を超え、最近では第5波の感染者数もかなり減ってきた。そうなると、今後はもっと除菌関連製品やマスクの需要が減っていくかもしれない。「特需」は企業にとっては確かにチャンスだが、その波に乗ってうまく利益を残すのは実はそれほど簡単ではない。大幸薬品の事例でそのことを再認識した経営者も多いはずだ。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)