電通グループは、日本の広告代理店の最大手だ。その電通グループが、東京・汐留の本社ビルの売却を検討していることを正式発表した。2002年に竣工した48階建ての本社ビルは、電通の多大な影響力を象徴するかのような存在だ。そんな本社ビルの売却に乗り出す本当の理由はどこにあるのだろうか。
報道を追認する形で本社ビルの売却検討を認めた電通グループ
電通グループが本社ビルの売却を検討している話は、同社が発表する前に報道機関がニュースとして流したことで、世間に知られるところとなった。
そして2021年1月20日、電通グループは報道を受けて、「一部報道について」というリリースを出し、「検討していることは事実ですが、現時点で決定している事項はありません」と説明した。つまり、検討していることは認めたわけだ。
この「一部報道について」というお知らせでは、検討をしている理由についても触れている。具体的には「包括的な事業オペレーションと資本効率に関する見直し」と「事業トランスフォーメーション加速のため」としている。
取締役会で購入希望者との取引実施に向けた検討開始を決議
そして2021年6月29日、電通グループは新たなリリースを出した。タイトルは「固定資産(電通本社ビル)の譲渡および賃借ならびに譲渡益の計上見込みに関するお知らせ」で、本社ビルの売却の検討に入ったことを正式に認める内容となっている。
これによると、購入希望者からの購入意向表明書の提出を受け、取引の実施に向けた検討を行うことを取締役会で決議したという。さらに、購入意向表明書の記載条件通りに取引を行った場合は、本社ビルの譲渡益を2021年12月期の決算において計上する見込みだとも説明している。
では、売却検討の正式発表とともに、その理由についてはどのように説明されているのか。
具体的には、建物を売却することで建物の修繕にかかる費用のほか、「テクノロジーやワークスタイルの進化に合わせた設備更新費用」を計上する必要もなくなるとしている。また、売却によって成長投資資金を確保することも当然視野に入っているものと考えられる。
ちなみに、電通はビルを売却後、売却相手と賃貸借契約を結び、電通ジャパンネットワーク全体の中核となる事業拠点として、建物を使用し続けるとしている。
電通本社の売却理由、メディアからさまざまな視点の報道
ここまでが電通グループのリリースに沿った本社ビル売却に関する情報だが、広告業界・メディア業界以外にも多大な影響力を有する電通のトピックスだけに、さまざまな切り口で報道がなされている。
コロナ禍で業績が悪化したから?
まず、電通グループが本社ビルの売却を検討しているのは、新型コロナウイルスの感染拡大によって広告が激減し、業績が悪化したからではないか、という報道だ。では電通グループの業績は実際には悪化しているのだろうか。
2020年12月期の連結決算(2020年1~12月)の収益(売上高)は前期比10.4%減の9,392億4,300万円となっており、当期利益は1,595億9,600万円の赤字となっている。この赤字額は過去最大で、2020年3~4月以降にコロナ禍の影響を多大に受けたと説明されている。
また、海外事業に関して「のれん」の減損損失や国内事業の構造改革も業績を押し下げ、2020年12月期の決算は電通にとって非常に厳しいものになったと言えよう。
このような中で、本社ビルを売却することで得られる譲渡益は、同社の業績の改善に寄与してくれることは確かだ。ちなみに譲渡益は、890億円規模になるとみられている。
オフィスがあまり必要なくなったから?
ほかの理由として報じられているのが、オフィスの必要性がそもそも低下したから、というものだ。
昨今、コロナ禍の前から効率的な働き方を模索する動きが日本の大手企業でも加速し始め、コロナ禍によってその流れの勢いは一気に増した。電通もテレワークの導入を進め、その結果、電通本社ビルへの出社率は2割以下となったという。
電通が今後もテレワーク化を推進するのであれば、空いたスペースをそのままにしている意味はない。この点で売却を検討し始めるというのは、自然な流れに感じる。
今回は複数の視点で検討した結果、売却という結論に至ったことが予想されるだろう。
今後も本社ビルを売却する企業は増えていく?
最近、本社ビルの売却に関するニュースが少なくない。例えば、音楽ビジネス大手のエイベックスも本社ビルをすでに売却しており、日本通運も売却を検討しているようだ。コロナ禍で働き方のスタイルが大きく変わり、業績が悪化する企業が増えてくれば、今後さらに有名企業の本社ビルの売却に関するニュースは増えてくるかもしれない。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)