スタートアップ企業が10億円規模で大手企業に買収されることがある。どうすれば会社を10億円規模で売却できるのだろうか? 今回は、会社を10億円規模で売却するための基礎知識と、経営者に求められる5つの方針を解説していく。10億円を超える売却に成功した事例も紹介するので、あわせて参考にしてほしい。
目次
会社を10億円規模で売却するときの基礎知識2つ
一見すると10億円というのはかなり高い金額に思えるかもしれないが、価値が高ければ会社を10億円規模で売却することは可能だ。スタートアップ企業やベンチャー企業であっても、大手企業から数十億円規模で買収されるケースも少なくない。しかし、実際に売却価格に関して現実味が湧かないという方もいるだろう。まずは会社売却に関する基礎知識からおさらいしていきたい。
基礎知識1.会社の売却価格を決める計算方法
会社の売却価格は、そもそもどうやって決まるのだろうか。参考として、3つの計算方法を紹介する。
【コストアプローチ】
コストアプローチとは、会社の貸借対照表の純資産をもとに価値を算定する計算方法だ。貸借対照表には、会社の現在の財産状況が記されている。純資産とは、資産から負債を差し引いた金額だ。コストアプローチには、簿価純資産法や時価純資産法などの計算方法がある。
簿価純資産法では、決算書の純資産をそのまま活用して計算する。計算はしやすいが、あくまで会計上の原則にのっとって計算されるにすぎず、正確な会社の価値を見積もれない。
そのため、M&Aを検討し始めた初期に目安として使用されることはあるが、実際の売却価格算定で簿価純資産法が用いられるケースはほとんどない。
時価純資産法では、決算書の資産と負債を時価に置き換え、資産から負債を差し引いて計算する。この方法であれば、現在の状況にのっとった評価が可能だ。中小企業のM&Aで採用されるケースが多い。
【インカムアプローチ】
インカムアプローチとは、会社がこれから生み出す将来の利益をもとに会社を評価する方法だ。DCF法や収益還元法、配当還元法などがある。
DCF法では、事業計画を立てて将来のキャッシュフローを予測し、一定の割引率をかけて現在価値に置き換える。
事業計画の作成内容によって売却価格が大きく影響を受ける。互いに納得するには、事業計画の作成において、売手側と買手側のすり合わせが大切だ。
【マーケットアプローチ】
マーケットアプローチは、自社と似た業種の上場企業の財務指標を用いて自社の評価額を決める方法だ。類似会社批准法や類似業種批准法などがある。
マーケットアプローチでは、自社のEBITDAを税引前当期純利益に支払利息と減価償却費を足して計算する。その後、類似する上場企業を選び、同じくEBITDAを計算する。最後に、上場企業の株式の時価総額をもとに、EBITDAの倍率を乗じて自社の評価額を求める。
客観的な指標があり、納得感は得られやすいが、上場企業の選び方が難しい。会社によっては、類似会社を探しづらいケースもある。
基礎知識2.会社の売却価格を引き上げる「プレミアム」
プレミアムとは、実際の売却価格と評価方法をもとに計算された売却価格との差額だ。
3つの計算方法を紹介したが、結局のところ会社の売却価格は、売手と買手の合意によって決まる。つまり、事業の魅力を十分にアピールできれば、評価方法をもとに計算された売却価格よりも、上乗せした価格で会社を売却できるのだ。
プレミアムは、お互いの事業の相性や特殊な技術力、魅力的な人材、顧客数、SNSのフォロワー数など、会社がもつさまざまなアセット、要素を考慮して決定される。
会社を10億円規模で売却したいと思うなら、自社の事業を魅力的にアピールし、プレミアムの上乗せを狙うことになる。
会社を10億円規模で売却するための方針5つ
会社を10億円規模で売却するための方針を5つ解説していく。方向性を定めて、しっかり準備することが大切だ。
方針1.自社の現状を整理する
まず、自社の現状を整理し、強み・弱みを分析する。
強みには、特許や技術力、社員のスキルなどさまざまな要素がある。各要素を洗い出し、数字を根拠としてアピールできるようにしておく。
競合他社と比較したり、シェアを算出したり、客観的な指標から説明できるようにする。特許や技術力の場合、専門外の相手にも伝わるよう、わかりやすい言葉で説明する工夫も大切だ。
弱みに関しては、それをカバーする方法や、現在取り組んでいることなどを伝えるとよいだろう。
方針2.関係者の意見を聞く
自社分析をするだけでなく、周囲の意見を聞くことも大切だ。会社のことは経営者が一番わかっているように思えるが、自社の強みに気づけていないケースもある。
また、周囲の意見を集めることで、堂々と自社の魅力をアピールできるようにもなるだろう。意見を聴く相手は、社員や顧客、取引先、友人の経営者、顧問税理士などだ。
方針3.M&A専門家の意見を聞く
M&Aの実務は複雑だ。特に売却価格が上がると、M&Aのリスクも大きくなる。そのため、専門家であるM&A仲介会社に依頼することが一般的だ。
M&A仲介会社は、客観的な視点で会社を評価してくれる頼もしい相手だ。交渉においてどのような強みが有利に働くのかといった点も熟知している。できれば、自社と似た事業のM&A実績を持つM&A仲介会社を選ぶとよいだろう。
方針4.経営の数字にこだわる
事業が好調であれば、買い手からは魅力的に映る。そのため、売上を落とさず経費を削減し、継続的に利益をあげることが、結果的に売却価格を押し上げる。
プレミアムに注目するのと同じくらい、計算方法から算出される会社の評価額を上げることも重要だ。
方針5.会社売却のタイミングを見極める
高額な会社売却を実現させたいなら、タイミングの見極めも重要だ。M&Aが加速している状態や落ち着いた状態など、業界によってトレンドもある。売り手市場や買い手市場という状況はM&Aにおいても存在する。
そのため、M&Aを検討するなら早めに専門家に相談して、情報収集するのが望ましい。早めに行動すれば、条件に合う売却先と巡り会えるチャンスも増加する。
会社の売却価格を上げるための2つの交渉術
プレミアムを上乗せし、会社の売却価格を上げようと思ったら、準備だけでは不十分だ。最後の一押しとして、交渉が重要となる。続いては、売却価格を上げるための交渉術を2つ解説する。相手を見極めながら、効果的な手段を選択するようにしたい。
交渉術1.シナジー効果のストーリーを描く
M&A後、お互いの事業がプラスに働き、双方の事業にメリットがもたらされることがある。これをシナジー効果という。
たとえば、自社が持つ顧客リストやSNSフォロワーはアピールポイントとなる。相手企業のサービスとマッチする顧客やフォロワーを抱えている場合、売上を伸ばせるかもしれない。
このとき、期待できるシナジー効果を単純に伝えるにとどまらず、効果が得られるまでのストーリーを具体的に描いて見せることが大切だ。数字でシミュレーションするのもよいだろう。
なんにせよ、相手企業のサービスを踏み込んで理解する必要がある。「ここまで考えているのか…!」と相手に思わせることができれば、希望価格で会社売却を成功させやすくなるだろう。
交渉術2.企業理念や会社風土を語る
自社の魅力を伝えるとき、数字や技術力などだけでなく、企業理念や会社風土がアピールポイントになることもある。
数字や技術力を生み出すのは、結局は背後にある考え方だ。つまり、企業理念や会社風土が数字や技術力の根拠になりえる。
10億円を超えた会社売却の成功事例2選
設立から数年を経て、数十億円規模でスタートアップ企業を大手企業に売却するのは、夢のような話だと思うかもしれない。しかし、このような事例が実際に登場している。10億円を超えた会社売却の成功事例を2つご紹介しよう。
成功事例1.ヤフーがdelyを約93億円で買収
2018年、ヤフー株式会社がdely株式会社を買収した。売却価格は約93億円といわれている。dely株式会社は、日本最大級のレシピ動画サービス「kurashiru(クラシル)」を運営する会社だ。
創業者であり、2021年現在の代表取締役でもある堀江裕介氏は、2014年の大学在学中に会社を設立し、2016年にサービスを開始。設立からわずか4年で、これだけの売却価格をたたき出した。
圧倒的なSNSフォロワー数やアプリダウンロード数が、売却価格に影響を与えたと見受けられる。M&A後も、代表取締役の交代は行われず、独立して経営していくとのことだ。
成功事例2.KDDIがnanapiを約40億円で買収
2014年、スタートアップ企業のnanapiをKDDIが買収した。評価額は約77億円で、買収額は約40億円ともいわれている。nanapiは暮らしに役立つノウハウを公開するwebメディアを運営していたが設立は2007年であり、わずか7年でこれだけ価値の高い事業に成長したといえる。
創業者である古川健介氏は、自らKDDIに売却を持ちかけた。事業は順調で黒字だったが、数年後を見据えたときに危機感があり、大きな勝負に出たという。
10億円規模の会社売却を成功させるには準備が大切!
10億円規模で会社売却したいと考えるなら事前準備が大切だ。チャンスを逃さないためにも専門家に早めに相談するのが望ましい。
M&Aでは、何がプレミアムになるかわからない。自社にとっての当たり前が、他社にとっての魅力になることもある。可能性を捨てずに、理想的な売却を模索してほしい。
文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)