企業の価値最大化につながる株主価値経営とは?
(画像=IvelinRadkov/stock.adobe.com)

株主価値経営という言葉を聞いたことがあるだろうか。企業には、さまざまな形があり、何を目指す組織なのかというところでさまざまな論争がある。もちろん、それらの論争には正解はなく、株主、役員、従業員、顧客などステークホルダーそれぞれにとってあるべき企業の姿がある。

そのなかで企業は、株式市場やM&Aにおいて貨幣価値で測定されることもあり、その貨幣価値について目標を据えて経営するという考え方も強い。それは、社会からの評価の一形態であり、社会にとって有益な企業は自然と評価が高くなっていく。

今回は、そのような貨幣価値の最大化を目指す経営のなかの「株主価値経営」についてみていきたい。

内山 瑛
内山 瑛(うちやま・あきら)
公認会計士。名古屋大学法学部在学中に、公認会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人に入所し、会計監査・コンサルティング業務を中心に研鑽を積む。2014年に同法人を退所し、独立。「お客様の成長のよきパートナーとなる」ことをモットーに、記帳代行・税務申告にとどまらず、お客様に総合的なサービスを提供している。近年は、銀行評価を向上させる財務コンサルティングや内部統制構築支援、内部監査の導入支援にも力を入れている。

目次

  1. 株主価値経営とは何か?
  2. 企業価値と事業価値との関連性
    1. 事業価値
    2. 企業価値
    3. 事業価値、企業価値、株主価値を求めるには
  3. 株主価値経営とは、株主価値を最大化する経営
    1. ROEから分かること
    2. ROAから分かること
  4. 株主価値経営のデメリット
  5. 株主価値だけでなく他の指標もあわせて経営判断を

株主価値経営とは何か?

株主価値経営とは、企業価値を高めていくことによって、株主価値の最大化を目指す経営である。まず、株主価値とは何かについて解説したい。

企業が将来どれだけのキャッシュフローを生み出すかを現在価値で評価したのが企業価値である。株主価値は、そこから負債を差し引き、株主に帰属する価値を求めたものだ。

上場企業において、株価は理論的には株主価値と等しくなると考えることもできるため、株主価値=株価ととらえることもできる。つまり、株主価値経営は、企業の株価の最大化を目指す経営である。

企業の業績を判断する指標として、売上高や営業利益、経常利益などさまざまなものがあるが、近年になって株主重視の考え方が広まり、株主価値の最大化が求められるようになってきた。

企業価値と事業価値との関連性

株主価値と類似する概念として、事業価値や企業価値という言葉がある。しばしば、それらの言葉は混同されて使用されることが多いため、違いについてしっかりと認識しておく必要がある。

事業価値

事業価値とは、会社の事業そのものの価値であり、ディスカウンテッド・キャッシュフロー法(DCF法)などの手法を用いて計算されることが多い。その事業が将来にわたって生み出すキャッシュフローを算定し、それを加重平均資本コストによって現在価値に割り引いて算出される。

その価格は、事業だけを譲渡した場合に得られる対価の金額とも考えられており、会社の静的な価値である純資産価値だけではなく、会社の超過収益力などを示すのれんや貸借対照表に計上されない無形資産、知的財産価値を含めた価値を表している。

企業価値

ではここで、事業価値と企業価値の違いについて考えていきたい。企業価値は、事業価値に非事業資産の価値を加えたものだ。

非事業資産とは、余剰資金や短期的取引を目的とした(事業とは関連性のない)有価証券、遊休資産などで構成される、事業に直接用いていない資産である。企業価値は、非事業資産も含めて算定される、企業全体の資産(会社の超過収益力などを示すのれんや貸借対照表に計上されない無形資産、知的財産価値を含む)の価値であるといえよう。

株主価値は、企業価値から負債を控除して算出される。企業の資産は最終的に誰に所属するかといえば株主であるが、それは負債をすべて弁済し終わった資産で配分される。

これは、貸借対照表の負債と純資産の欄を見てもわかるように、会社の資産を株主と債権者で分け合っていると考えるとわかりやすい。

企業は、債権者と株主が提供した資金を基に事業運営をしており、それぞれの資金拠出者は、当該資金投下に対するリターンを期待して融資や投資を行う。したがって、株主にとっての価値(株主価値)を算出するには、企業価値から債権者に帰属する権利部分を控除する必要がある。

株主価値は、株主に帰属する市場価値といえるため、通常時価総額と同一になる(ただし、優先株式を発行している会社の場合においては、優先株式の価値を加える必要がある)。

事業価値、企業価値、株主価値を求めるには

以上のように、事業価値、企業価値、株主価値の関係性は構築されているが、具体的に計算しようとすると、問題が生じる。それは、事業価値から企業価値を求める際には、「非事業資産」を定義し、その時価を算定する必要があり、企業価値から株主価値を求める際には、「負債」を定義し、その時価を算定する必要がある。

非事業資産としては、まず事業運営に必要でない現預金が代表的なものであり、それ以外に事業用に供していない資産があればこれらの金額を合算する。現預金以外の代表的なものとしては、換金可能な上場有価証券、遊休不動産、確実に返済される貸付金などがある。貸付金などで、返済に疑義があるものについては、貸倒引当金相当額を考慮したのちに加えることも考慮される。

なお、現預金のうち拘束性預金や担保に供している預金等は「非事業資産」に含めて考えないのが通常である。企業価値から株主価値を算出する場合、有利子負債の控除に加えて、デットライクアイテムも控除することになる。

言い換えると、貸借対象表に計上されていない、将来的な支出、損失または収入減少の原因がそれに該当する。具体的には、貸借対照表に計上されていないオペレーティングリース取引に係る債務や偶発債務等があげられる。

株主価値経営とは、株主価値を最大化する経営

株主価値を最大化するためには、株主から調達した資金をいかに効率よく運用するのかが肝要である。企業業績を示す指標はさまざまあるが、そのなかでもROE(自己資本利益率)を最大化することで、株主価値が最大化されるといわれている。

ROEから分かること

ROEは、その株に投資してどれだけ利益を効率良く得られるかということを表しており、株主からみて収益性の重要な指標となる。ROEは、以下の計算式によって計算される。

ROE(%)=当期純利益÷(純資産-新株予約権-少数株主持分)×100

ROEは、貸借対照表の純資産から、その株主が出資した部分を自己資本として、計算を行う。ROEは、株主の立場から収益性を評価するための手法であるため、少数株主持分(親会社の株主ではない)や、新株予約権(まだ株主になっていない)によって調達された部分については除いて考える必要がある。

ROEは%の指標で表示され、一般的に10%以上であれば優良企業(投資家にとって魅力のある投資先)であると考えられている。日本企業は、伝統的にROEの比率が低いといわれており、海外の投資家等からROEの向上を求められることもある。

もっとも、ROEが高い企業がすべて優良企業というわけではなく、財務レバレッジを考慮する必要がある。財務レバレッジとは、自己資本に対する他人資本の割合を示す負債比率のことである。

ROE自体は、資本構成の健全性を考慮に入れていないため、同じ総資産によって利益を出していても、自己資本比率が10倍違えば、ROEも10倍異なってくる。

ROEの数値だけをみれば、収益性が10倍高い会社のようにみえるが、安全性という観点からみれば、自己資本比率の高い会社のほうが健全性は高く、投資価値が高いと思われる。実際の投資判断には、他の指標も考慮しなければならない。

ROAから分かること

ROEに似た指標として、ROAというものがある。これは、日本語では総資本利益率とわれており、【ROA(%)=当期純利益÷(純資産+負債)×100】の計算式で表現される。

ROAは分母が純資産ではなく総資産(純資産も負債も資産として含めたすべての資産)になり、ROEと異なり、負債を考慮した数値になるため、上記のデメリットを補うことが可能である。

もちろん、負債も含めた算式であるため、ROEとは違い、株主価値を表現しているわけではない。この両者を組み合わせて考えるとみえてくる内容もある。ROEが高く、ROAが低い場合大きな負債を抱えており倒産するリスクがある。

逆に、ROEが低く、ROAが高い場合においては、安全性が高い反面、経営資源を有効に最大活用できていないのではないかといった懸念がある。

なお、一般的にROEは10%以上だと優良な会社だと判断されるのに対して、ROAは5%以上で優良な会社だと判断される。

株主価値経営のデメリット

株主価値経営は、市場価値の最大化を目指すものであり、それが社会からの評価のひとつであることから、企業の価値の最大化につながることは前述した通りである。しかし、そのような株主価値経営にもデメリットがある。

それは、株主価値を高めるには、ROEを高める必要があるからである。ROEを高めるには、もちろん収益自体を増やすことによっても可能であるが、自己資本比率を下げることによっても可能だからである。

具体的には、借入をして自己株式の買い取りを行うことなどによって実現されている。そのようにしてROEを高めれば、株価は上昇するかもしれない。

しかし、経済全体にとってはマイナスになってしまう可能性がある。過剰にそのような手法で自己資本比率を下げてしまった場合、急な災害や不況などで収益性が下がったときなどに、利払い能力を超えた赤字が出てしまうことがある。

その状態が継続してしまえば、ROEを高めようとしたばかりに、倒産の憂き目にあうということにもなりかねない。

企業が倒産すると、設備が買いたたかれたり、ノウハウ・信用・顧客リストなどといった無形資産が消失したりして、連鎖倒産の発生や従業員が失業することになる。そのような企業が続出すると、経済全体にダメージを与えかねない。

株主にとっても、企業の継続に関して不確実性が高まる。自己資本比率を低下させることによるROEの向上を過剰に行えば、かえって事業価値を計算する際の割引率が高くなり(有利子負債の利子や資本コストが高くなることによって)、株主価値が低下してしまうことがある。

株主価値だけでなく他の指標もあわせて経営判断を

株主価値とともに、事業価値や企業価値について解説した。株主価値経営は、株主価値の最大化を目指す経営であり、株主価値を高めるにはROEを高める必要がある。しかし、数字だけを見ていると思わぬ落とし穴にはまることもある。そのため、一つの指標だけで経営状態を判断するのではなく、いくつかの指標を組み合わせて判断していく必要がある。

文・内山瑛(公認会計士)

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