アメリカで誕生しバージョンアップを重ねてきたバランススコアカード。フォーチュン500企業を含む多くの優良企業で使われ、汎用的な経営戦略策定フレームワークとなった。バランススコアカードに初めて接する経営者・マネージャーを対象にバランススコアカードの基本を解説する。
目次
バランススコアカードとは何か?
バランススコアカードは、1992年にハーバード大学ビジネススクールのロバート・キャプラン教授と経営コンサルタントのデービッド・ノートン氏が共同で開発した経営戦略策定フレームワークだ。バランススコアカード(BSC:Balanced Scorecard)は、「バランスト・スコアカード」と訳すべきだが、日本において普及が進む際にバランススコアカードという名称が一般化した。
そのため本記事でもバランススコアカードという名称を用いる。
バランススコアカードの歴史
バランススコアカードの原型となるフレームワークは、半導体メーカーのアナログ・デバイス社に勤務していたアーサー・シュナイダーマン氏が1987年に発案したとされる。5年間の中長期経営計画の作成に携わっていたシュナイダーマン氏が非財務的な経営評価プロセスを作成する過程において発案し、実際に活用された。
その後、経営パフォーマンス評価モデルの開発プロジェクトを行っていたノートンに紹介。ノートンとキャプランが一般モデル化した。
「バランススコアカード」と名付けられたフレームワークは、1992年にハーバードビジネスレビューに投稿されたノートンとキャプランの論文で紹介され、アメリカの経営学界における注目トピックとなる。
ノートンとキャプランは、1995年に著書『The Balanced Scorecard』を出版。バランススコアカードは、経済界で広く知られ実際に実務に使われるようになった。なおバランススコアカードは、2001年ごろから日本の経営学者や経営者に知られるようになり、今日までに大企業を中心に導入が進んでいる。
バランススコアカードの基本構造
バランススコアカードとは一体、どんなフレームワークなのだろうか。以下にその基本構造を説明する。
バランススコアカード第1世代
ノートンとキャプランが一般化した初期のフレームワークは、「バランススコアカード第1世代」と呼ぶべきもの。主な特徴として経営戦略策定およびパフォーマンス評価を4つの視点(Perspective)で行う点が挙げられる。具体的には「財務」「顧客」「社内ビジネスプロセス」「学習と成長」である。
・「財務」の視点
株主の観点から財務的メジャーメント(評価方法)が設計される。具体的には、成長率やキャッシュフロー(EBITDA)、営業利益および営業利益率、資本収益率(ROE)などが挙げられる。
・「顧客」の視点
顧客の観点から評価メジャーメントが設計される。具体的には、顧客満足度、重要顧客シェア、重要顧客の増加数、新規顧客獲得数などが挙げられる。
・「社内ビジネスプロセス」の視点
社内の観点から業務パフォーマンスメジャーメントが設計される。具体的には、製品歩留り率、製造単価、サイクルタイムなどが挙げられる。
・「学習と成長」の視点
会社全体の成長パフォーマンスメジャーメントが設計される。具体的には、新製品開発数、製品ライフサイクル、市場投入スピードなどが挙げられる。
基本的にバランススコアカードの設計者は、以上の4つの視点から各メジャーメントを設計することが推奨される。しかし非営利団体や行政機関などでの活用を図るため、他の「視点」にリプレースした各種のバランススコアカードも多数発案されている傾向だ。
バランススコアカード第2世代
1995年には、4つの視点における各メジャーメントの設計を「戦略マップ」とセットで行う新しい設計コンセプトが発案された。このコンセプトでは、設計者は、まずは戦略マップまたは戦略相関モデルを設計し、それらと紐づいたメジャーメントを設計。
それによりメジャーメントが戦略から乖離するリスクを減らし、戦略および目標実現のための具体的な活動の実施が可能になる。
このバランススコアカード第2世代と呼ぶべきフレームワークは、1996年ごろから広く使われるようになった。
バランススコアカード第3世代
2002年、バランススコアカード第2世代に新たな改良を加えたバランススコアカード第3世代が登場。第3世代では「デスティネーション・ステートメント」または「ビジョン・ステートメント」が新たに付加され戦略相関モデルに改良が加えられた。
また戦略目標の定義と各メジャーメントの「ターゲット」を含んだ定義の策定も新たに付加。
バランススコアカードはその後も各所で改良が加えられ進化が続いているが、多くの「バランススコアカード」を称するフレームワークは以上の基本構造を有している。バランススコアカードは、基本的には採用する企業それぞれが独自に設計するべきフレームワークであり、他社のものをそのまま活用できるといったものではない。
バランススコアカードの設計にあたっては、設計者はバランススコアカードの基本構造とコンセプトを十分に理解し、自社にとって最適なバランススコアカードを設計することが求められる。
バランススコアカードの設計方法
では、具体的にどのようにバランススコアカードを設計すべきだろうか。ここでは、バランススコアカード第3世代を設計するステップを紹介する。
1.ミッションまたはビジョンの明確化
バランススコアカード第3世代では、「デスティネーション・ステートメント」または「ビジョン・ステートメント」の策定が求められているが、これが最初のステップとなる。主に以下のような質問に答えなければならない。
- 自社は何を目指しているのか
- 自社は何を誰に対して行おうとしているのか
- 自社のビジョンは何か
ミッションまたはビジョンは、バランススコアカードの戦略マップの中核部分である。
2.4つの視点の各メジャーメント設計
次のステップは「財務」「顧客」「社内ビジネスプロセス」「学習と成長」といった4つの視点におけるそれぞれのメジャーメントの設計だ。それについてノートンとキャプランは、それぞれに以下のような問いに答える必要があるとしている。
- 財務:株主は、自社に何を求めているのか
- 顧客:顧客とステークホルダーにとって大切なものは何か?
- 社内ビジネスプロセス:自社は何に強くあるべきか?
- 学習と成長:自社はどうすれば改善し、価値を創造し、イノベーションを起こせるか?
3.目標の策定
次に各視点における戦術目標を策定していく。戦術目標は、可能な限り具体的で可視化しやすいものを設定する。「顧客」を例にすれば「顧客満足度を現在の25%改善する」、「財務」を例にすれば「キャッシュフロー(EBITDA)を年末までに30%改善する」といった具合だ。
4.戦略マップの作成
各視点の戦術目標が策定されたら次に戦略マップを策定する。各視点間において相関関係にあるものを線でつなぐ。なおこのステップは紙に手書きして行ってもよいが、後述するツールなどを活用してもいいだろう。
5.イニシアティブの策定
策定された戦術目標について、それぞれに対するイニシアティブを策定する。イニシアティブとは、目標実現のための具体的なアクションプランのことだ。以下のように可能な限り具体的で現実的なイニシアティブを策定する。
- 「顧客満足度を現在の25%改善する」という戦術目標に対しては「カスタマサポートを10%増員し、電話待ち時間を現在の半分にする」
- 「キャッシュフロー(EBITDA)を年末までに30%改善する」という戦術目標に対しては「オペレーションコストを10%、仕入れ原価を15%削減する』
6.スケジュールの策定
策定されたイニシアティブのスケジュールを策定。具体的な開始時期と終了時期を決め担当者もアサインする。また各戦術目標のパフォーマンスを評価するタイミングもスケジュールに織り込む。
バランススコアカード設計に便利な2つのツール
バランススコアカードの設計を紙とペンで行う会社は少ないだろう。今日までに各種のバランススコアカード設計ツールが開発され有償無償で提供されている。以下筆者がおすすめのバランススコアカード設計ツールを2つ紹介していく。
1.Canva
デザインテンプレート提供企業によるクラウドベースのバランススコアカード設計ツール。好きなテンプレートを選んでバランススコアカードを設計できる。有償コンテンツを利用しなければほぼ無料で利用可能だ。(写真やグラフィックパーツなどの一部が有償)テンプレートの多くが日本語に対応しておりアカウントを人数分作成すればチームで共有できる。戦術目標やイニシアティブの設定も簡単だ。
2.BSC Designer
クラウドベースのバランススコアカード設計ツール。個人による5つ以内のスコアカードなら無料で利用できる。用意された28のテンプレートをベースにバランススコアカードをステップバイステップで簡単に設計可能。日本語対応はしていないが、比較的簡単な英語のため、英語が苦手な人でも問題なく使えるだろう。
中小企業こそバランススコアカードの利用を
1992年に誕生してからまもなく30年を迎えるバランススコアカード。当初導入が広がった企業を超えて今日までに行政機関、非営利団体、教育機関、医療機関、軍事組織などでも活用されている。日本では、大手企業を中心に活用されている傾向だ。
しかし中小企業においては、「バランススコアカードを聞いたことがない」というケースもあるだろう。新型コロナウイルスの影響などにより難しい経営を強いられている中小企業も多いが、困難にある中小企業こそバランススコアカードを経営改善ツールとして活用してもらいたい。
すぐには導入が難しい場合でもバランススコアカードの中核部分である「ミッション」と「ビジョン」は、ただちに明確にしておくと導入しやすいだろう。
文・前田健二(ダリコーポレーション ライター)